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転生武田義信

克全

第175話斬り込み

1565年4月:太平洋艦隊木下戦隊旗艦・フリゲート艦上・木下藤吉郎・木下小一郎・王孫殿下:木下藤吉郎視点

「木下戦隊司令。余は庶子で五男だ。合戦で力を示さねば、父上様や兄上様の役に立てぬのだ。だから遠慮せず、戦隊司令として取るべき策を取ってくれ」

「分かりました。殿下にも敵船に斬り込んでいただきますが、無用な危険は冒されますな。両名も敵船では目立ち過ぎないように」

「「は」」

警護役2人の眼には、殿下を護ると言う決意が見て取れるから、一番駆けを狙ったりはしないだろう。

「艦長。斬り込み隊を送って拿捕するぞ」

「は。副長、斬り込み隊を編成しろ」

小一郎が命じると同時に、副艦長を務める士官が目ぼしい将兵に声をかけている。

と言うか、普段から斬り込み役を拝命している士官が、死傷した仲間の人数と状態を報告し、何人が敵船に斬り込めるか報告している。

まあ今回は、此方が一方的に砲撃している立場なので、死傷して斬り込めない者は殆どいないだろう。

葡萄弾を詰め込んだ砲撃で、敵船上を支援砲撃した後で、艦の保全要員だけを残して斬り込むことが出来るだろう。

「斉射」

小一郎の号令と同時に、満を持して斬り込み前の最後の砲撃が行われた。

勿論マストの上に陣取る小型回旋砲手や狙撃兵は、斬り込み隊への支援射撃を続けてくれるが、大砲の一斉斉射ほどの破壊力はない。

「衝撃に備えろ」

吹き飛ばされそうな衝撃と共に、我が旗艦と敵船が接舷し、満を持して待ち構えていた、我が斬り込み部隊が敵船に乗り込んで行く。

元々陸兵として戦い抜いてきた将兵が多く乗船していたので、一番槍や一番首の功名争いは引き継がれており、名を上げ恩賞にありつこうと、欲望に満ちた顔で将兵が駆けて行く。



『武田義近視点』

最初は何が何だか分からなかった。

今でも、斬り込み当初は何をしていたのかよく思い出せない。

ただ昌邦と信尹に左右を護られ、以前から斬り込みの時には配下になると言われていた、歴戦海兵の後をついて行っただけだ。

そのついて行ったと言う記憶すら朧気で、昌邦と信尹に励まされるままに、必死で敵船の舷側を乗り越えたのだろう。

恐らくだが、卑怯な戦い方だったと思う。

父上様や叔父上様方からは、死なない戦いと言うモノを教えていただいたし、母上様の一族からも、色々と教わってきたが、矢張り多勢で無勢を攻撃するのが戦の基本なのだろう。

だが、安全に人を斬ることに慣れるため、余が傷つくことなく人を殺すことに慣れるため、配下が武器を取り上げた敵兵を殺すのは卑怯だと思う。

あの時は無我夢中で、自分で何をしているかも分からず、昌邦と信尹が励ますままに、敵兵に斬り付けたが、今でもあの行いが大将として相応しかったのか心配になる。

父上様や叔父上様方は、武家の初陣としてとても立派な行いだったと言ってくださるが、あの時の敵兵は、本当に降伏を拒んだのだろうか。

もしかして、余に手柄を立てさせるために、降伏を申し出ているのを拒絶したのではないだろうか。



1565年7月:薩摩一宇治城・本丸謁見の間:義信・織田信長・真田幸隆・影衆:義信視点

「義近はまだ悩んでいるのか」

「はい。初陣の折に斬り付けたい相手が、降伏を拒まれた者だったのではないかと心悩ませておられます」

「そのような者ではなかったのであろう」

「はい。それは間違いございません。相手は敵の三等海尉だったようで、艦長や一等海尉が我が軍の狙撃兵に斃され、二等海尉が降伏したにもかかわらず、勇敢にも最後まで降伏を拒んだ勇士でございます」

「その者が持つ刀を叩き落とし、左右の腕の骨を叩き折り、反撃を封じた上で義近に斬りかからせたのだな」

「はい。確かに左右の腕からの反攻は封じましたが、噛みつきと足の攻撃は可能でございました。決して何の反攻もできない状態ではありませんし、降伏を申し出てもいません」

「だが義近は気に病んでいるのか」

「はい。それでも、卑怯であったのではないかと、心悩んでおられます」

「余や弟達の手紙を読んでも、その悩みが解消できないのだな」

「はい」

優しい奴だ。

そのような優しい心を持った人間に、無理矢理大将を務めさえるのは酷かもしれない。

だがだからと言って、今前線から離せば、自分は役立たずなのだと更に悩むことになるかもしれない。

再度手紙を書いて励ましてやるのは当然だが、父親の手紙で立ち直れるような簡単な話だとも思えない。

ここは矢張り母親に励ましてもらうしかあるまい。

「義近の乗る船は、近々博多に戻るのであったな」

「はい。木下藤吉郎殿の戦隊は、マカオの海上封鎖を限界まで務められ、補給と休息の為に博多に戻られます」

「それに合わせて、紅影を博多に向かわせよう」

「宜しいのでございますか」

「余の護りは、緑影と犬狼衆が務めてくれる。今は義近の事が心配だ」

「嬢子軍の人数を増やしてはいかがでしょうか」

「気にするな。それは緑影や側近衆と話すから、御前はまず義近の事を優先せよ」

「有難き幸せに存じます」

外戚の叔父と言うのも気を使うものだな。

まあ俺が、外戚が政治に口出しするのを嫌っているのを知っているからこそ、義近の為に堪えているのだろう。

「それとポルトガルの事だが、君主の為人は分かったか」

「はい。捕虜にした将兵はもちろん、イエズス会の宣教師や商船の乗組員、スペイン人にも確認いたしました」

「では話してもらおう」

「はい。現在のポルトガル王は、セバスティアン1世と申しますが、祖父・ジョアン3世に晩年に世継ぎとして生まれております」

「それは、父親が先に死んでいると言う事か」

「はい。ですが父親だけでなく、伯父達が早世した後で生まれたため、誕生時には『待望王』と渾名されたと言う事でございます」

「それは性格に影響しているのか」

「3歳で祖父王を亡くし王位を継承し、スペイン王家から嫁いできた祖母が摂政に付いております」

「それはスペインの影響を受けていると言う事か。母親はどうした」

「母親もスペイン王家から嫁いでおり、父親と母親は従兄妹でございます。母方の祖母は、セバスティアン1世の妹でございます」

「両親が父方からも母方からも従兄妹なのだな。しかも母も祖母もスペイン王家の出身で、更に母親がスペインに戻っているとはな。スペインの影響は大きいな。他に影響を与えているモノはあるのか」

「祖母が摂政を辞めた後は、大叔父で枢機卿のドン・エンリケが摂政を引き継いでおりますが、家庭教師のカマラ神父と傅役のドン・アレイジョの影響の方が強いと思われます」

「カマラ神父は、どこの宗派に属している」

「イエズス会でございます」

「ドン・アレイジョは」

「ドン・アレイジョの宗派は分かりませんが、アフリカや南方を転戦していたようでございます」

「神憑りと奴隷貿易にどっぷり漬かった者共が、家庭教師と傅役を務めており、僅か11歳の少年王に影響を与えていると言うのだな」

「はい」

「分析した結果だけでなく、集めた噂の出所と内容を書き記して提出せよ」

「承りました」

「後の事は部下に引き継ぎ、今は義近の側にいてやれ」

「若様」

「取り返しがつかなくなる前に、義近の事を見てやってくれ」

「有難き幸せでございます」

影衆が引き上げた後で、信長と幸隆に確認しておかなければならない。

「どう思うか」

「義近様の事でございますか。それともポルトガルやスペインの事でございますか」

信長は嫌味でいけない。

「ポルトガルとスペインの事だ」

「影衆を増員し、南方はもとより天竺や南蛮まで送り込まねばなりません」

「そうだな。それは遣らねばならぬな」

「ですが若殿。南方はもとより、天竺や南蛮となりますと、行って戻るだけで1年以上かかる命懸けの事でございます」

幸隆は家中の者の事をよく考えてくれている。

「後継者の育っていない者には行かせられないし、若過ぎても役に立たんな」

「いっそ大物見と考えられて、戦隊単位で天竺や南蛮に兵を送り込まれてはいかがです」

信長は相変わらず気宇壮大だな。

「その前にマカオやマニラを確保せねば、送り出す将兵の危険が大き過ぎる」

「ではまず倭寇の取り締まりを条件に、明国にマカオの居留権を要求されてはいかがですか」

「明国には手出ししない。マカオは海上封鎖だけに留め、まずは琉球を攻め取り、南方への足掛かりとする」

「蝦夷地や沿海はどうされるのですか」

幸隆は、武田家が諸王家として版図を広げる事を優先した方がいという考えで、着々とアイヌの調略が進む蝦夷や沿海を優先すべきと考えているのだろう。

「戦を倦んだ者達を送り、アイヌとの混血を進め、砂糖大根の栽培と牧場の設立に力を入れてくれ」

「承りました」

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