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転生武田義信

克全

第173話海戦

1565年4月:太平洋艦隊木下戦隊旗艦・フリゲート艦上・木下藤吉郎・木下小一郎・王孫殿下:木下藤吉郎視点

「キャラベル・レドンダから信号、不審船発見」

「敵か!」

「まだ分かりません」

「不審船発見の信号を揚げろ」

「はい」

「不審船、信号機を掲げています」

「後続に知らせろ」

「はい」

「兄者、オランダ船ですかね」

「恐らくな」

「本当に戦うんですか」

小一郎が不安そうに聞くが、その気持ちは理解できる。

いや、自分達が死ぬことや怪我することは想定の範囲だから、それほど怖いわけではないのだ。

問題は俺達兄弟が御預かりしている、義近殿下の事だ。

「若殿から本当の戦を経験させるように言われている」

若殿のなされることを批判する気は全くないが、僅か10歳の御子を戦船に乗せるのは厳し過ぎる気がする。

まあ流石に御正室の御子を、戦船に預けられたわけではない。

だが庶子とは言え、王孫殿下を下賤な出の俺達兄弟に預けていただけるなど、普通なら子供に愛情がないのかと疑われるところだ。

まあ傅役や教育係の身分に拘られないのは、御正室の御子側近にも河原者や修験道の出身者を登用されておられるから、義近様に含む所が御有りになるわけではないだろう。

「ですが兄者。砲撃だと即死するだけじゃすまない。飛び散る破片で怪我でもしたら、手足が腐って切り落とさなければならなくなるぞ」

小一郎が殿下に聞こえないように囁いて来るが、そんな事は百も承知だ。

「若殿からの厳命だ。殿下には南蛮まで攻め込む大将になってもらうとの御言葉だ」

「だがだからと言って、何もフリゲートに乗せなくても」

「黙っていろ。殿下、私の側を離れませぬように」

「わ、分かった」

「飯富殿と真田殿は、いざと言う時には盾になって頂く。宜しいか」

「「承知しております」」

やれやれ。

砲弾に直撃されては、盾になりようもないのだが、震える殿下に少しでも安心していただくには、嘘の1つも言わねばならぬ。

「2隻め発見」

「まだ国籍は分からないのか」

「まだです。いえ。オランダ船発見の信号上がりました」

「オランダ船発見の信号を揚げろ」

「はい」

「艦長。予定取りで行くぞ」

「はい。戦隊司令殿」

小一郎に任せておけば、何もかも上手くやってくれるはずだ。

努力家の小一郎の御蔭で、この船の操船技術は鷹司海軍でも1.2を争うほどだから、オランダ船にだって引けを取らないはずだ。

敵を逃がすわけにはいかないが、不要な危険を犯す心算もない。

先ずは敵の鼻先を抑え、片舷斉射で一方的に叩く。

大型の艦首追撃砲で攻撃される可能性はあるが、手数が多い方が有利だろう。

敵艦を一方的に叩いたら、一旦敵の射程外に逃げて、再度敵の艦首か艦尾に食らいつき、何度も何度も繰り返し、一方的に攻撃できれば最高だ。

何もかもこちらの都合よく行く訳ではないだろうが、殿下を危険にさらすことなく実戦経験を得ていただくには、この方法しかないだろう。

敵がこちらの思惑通りに動いてくれればいいのだが、強硬に突破を計ったり逃げ出したりした場合は、味方の戦列艦が追い付く時間を稼ぐため、無理をしなければいかないかもしれない。

「キャラベル・レドンダから信号、大型船有」

「戦隊司令殿」

「予定通りだ」

参ったな。

大型船と言う事は、此方の戦列艦に匹敵する艦が敵にもあると言う事だ。

とてもじゃないが、殿下の安全を最優先にして戦える相手ではない。

ここは腹を括るしかないな。

「者共よく聞け。味方が駆けつけるまで、敵を逃がすわけにはいかん。敵の大型艦に食らいつくぞ」

「「「「「おう」」」」」

じりじりとした時間が経過したが、小一郎の指揮でフリゲートは有利な位置を失うことなく敵と接触することが出来た。

キャラベル・レドンダなどの、小回りの利く索敵用の小型船が縦横無尽に動き回り、敵の艦隊を引っ掻き回してくれた。

情報で聞いていた、敵が徴発した小型商船は、こちらが危険視していたほど操船が上手くなく、未だに俺達を射程に捕らえることが出来ないでいる。

双方が戦う気でない限り、なかなか大砲の射程に捕らえることなどできない。

ドォーン

時々艦首追撃砲が撃たれるが、波に揺られる船から放たれる遠距離砲撃など、そうそう当たるモノではない。

「敵艦隊回頭しています」

「追撃準備。艦長、敵を逃がすな」

「はい。総帆を張れ。艦首追撃砲打ち方用意」

敵がこちらの戦列艦に気付いたのだろう。

若殿の提案から船大工が創意工夫した鷹司海軍の戦列艦は、敵のガレオン船と同じ大きさであっても、搭載している大砲の大きさと数が圧倒的だ。

しかも隻数自体も多く、この周辺に集まっているだけでも30隻はいる。

問題はその速度だ。

この距離で逃げを打たれたら、味方の戦列艦では追い付けないかもしれない。

ここは少々危険を犯してでも、敵に食らいつくしかないだろう。

ドォーン

「味方のキャラベル・レドンダが敵のガレオン船を攻撃しはじめました」

「戦隊司令殿、敵の艦尾に攻撃をしかけます」

「艦首追撃砲を使うのか?」

「はい。敵の帆を破れたら、逃げ足を止めることが出来るかもしれません」

「そうか。任せる」

「者共、敵艦に向けて砲撃だ」

「「「「「おう」」」」」

砲術長は、出来るだけ形の整った丸い砲弾を選び、入念に照準を合わせているようだが、この距離からの砲撃など滅多に当たるモノではない。

波に乗り上げて、船が一番持ち上げられた時に砲撃しているが、もっと近づかないと敵に当てるのは無理だろう。

「命中しました」

腕がいいのか運がいいのか、よくこの距離であてたものだ。

「よくやった」

「「「「「おう」」」」」

「味方は続いているか」

「戦列艦が追いかけてきています。フリゲートが徐々に戦列艦を引き離しています。先行するキャラベル・レドンダが敵に追いつきそうです」

「キャラベル・レドンダに信号。敵の大型艦は無視して、小型船の足を止めろだ」

「はい」

防御力が皆無のキャラベル・レドンダが、敵の大型艦の攻撃受けたら、一撃で難破船同然になってしまうだろう。

それなりの防御力と攻撃力を兼ね備えた、大型フリゲートが追撃してくれているなら、キャラベル・レドンダに無理させる必要はない。

ドォーン

「敵は撃ち返してきませんね」

「艦尾迎撃砲を搭載していないか、あっても小型砲だけなのだろう。もしかしたら急いで砲を移動させているかもしれん」

「総帆を掲げて逃げている不安定な状態で、大型砲を移動させるなど自殺行為です」

「そうだな。大砲に潰される将兵がいるかもしれないし、滑り出した大砲が艦体を破壊するかもしれんな」

「そうなってくれれば最高なのですが」

「殿下。落ち着かないようでしたら、何か任務をこなす方がいいでしょう。少年兵の仕事ですが、火薬庫から薬砲を運んでいただきたい。飯富殿と真田殿は手伝って差し上げろ」

「わ、わ、わかった」

「「はい」」

殿下と側近は、火薬庫まで移動していった。

「やはり恐ろしいのでしょうな」

「当然だろう。俺達だって、若様から海軍に送られたときは大変だったではないか」

「そうでしたね。最初は船酔いに悩まされましたし」

「そうだな。直接御言葉を賜り、後々は海賊大将になって欲しいと言われていなければ、途中で挫折していたかもしれん」

「そうでしたか。ですが私には、拿捕や交易で分け前のある海軍の方が、足軽大将や侍大将よりずっと魅力的でしたね」

ドォーン

「そうか。だったら今回もオランダ船を拿捕したいところだが、殿下がおられるから無理はできんしな」

「まあ我々は足止めに専念して、斬り込みは後続の大型フリゲートに任せましょう。目視範囲にいれば、拿捕賞金は手に入ります」

「そうだな。佐治艦隊司令長官も、殿下を危険にさらさない為に、無理な攻撃を避けたのは理解してくださるだろう」

ドォーン

「問題は、若様の眼を欺けるかですが、大丈夫でしょうか」

「無理だろうな」

「はい。私も無理だと思います」

「どこまでやればいいと思う」

「斬り込みまでやるしかないでしょう。砲撃だけで納得されるとは思えません」

「艦長もそう思うか」

ドォーン

「はい」

「敵船の帆を破りました」

「よくやった」

「敵船の行足が落ちています」

じりじりとした時間が過ぎるが、敵船の行足がいくらか落ちはしたものの、敵も残った帆を精一杯使って逃げようとしている。

風任せのフリゲートでは、真直ぐ敵船に向かう事などできず、風を一杯に受けて速力を上げるのと、近づく為に風を受けないようにするのと、相反する事を交互に行いながら、じりじりと敵船に近づいていく。

ほとんど同じ海上にいながらも、僅かな風量の差とそれを利用する力量差で、逃げ切れるか追い付けるかの結果が如実に現れる。

「二弾片舷斉射」

ドォーン

長い追撃を行い、近距離まで追い付くことが出来たが、一方的に砲撃されるのを嫌った敵船が、砲撃戦に持ち込もうと転舵したところを、上手く船を操り船側を敵船に向けて、一方的に砲撃を浴びせることが出来た。

だが敵船も撃ち合いに持ち込もうと操船したため、反撃を恐れた小一郎は、一旦敵船から離れ再度艦尻方向から近づき、今度も一方的に砲撃しようとした。

敵船も必死で抵抗しようとしたものの、一度の砲撃で2発の弾を込めて、弱点である艦尾側から一方的に撃たれたため、士官用の大きな窓から飛び込んだ砲弾が、船体の後ろから艦首まで破壊し、飛び散った破片が直撃を逃れた敵兵を死傷させた。

「敵船、こちらに向かってきます」

「2対1ですか」

「艦長、やるしかない。もう1隻が近づく前に、出来るだけこっちの船を叩くぞ」

「はい」

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