閉じる

転生武田義信

克全

第165話伏兵

1564年2月薩摩一宇治城城外:第3者視点

「爺、兵を鼓舞せずともよいのか」

「今回はおやめください」

「何故だ」

「敵はこの攻撃にかけており、死兵と言えます。若の居場所が知れれば、死を恐れず攻め立てて参りましょう。そうなれば如何に歴戦の近習衆や黒鍬衆であろうと、防塁を突破されかねません。それに恐らく敵は長尾景虎、小笠原長時、神田将監の三名でございましょう。特に気を付けねばならぬのは神田将監でございますが、この者は大将軍閣下と信濃で争ったおりに、面制圧弓射の技を披露しております。若が前線に立たれれば、その技を仕掛けてくる可能性がございます」

「爺は、父上様が幼き頃より御側近くに仕えていたのであったな。その時に色々見知ったことがあるのだな」

「御側近くと申しましても、身分卑しき者でございます。それを御取立ていただき、若の傳役の1人にまで御引き立て頂きました。その御恩に報いる為にも、死にぞこないに若を害させる訳にはまいりません」

「そうか。我の我儘で、爺の顔に泥を塗るわけにはいかぬな。だがこのまま本丸に閉じこもっているのも、臆病のそしりを受けるのではないか」

「それは逆でございます」

「逆なのか」

「大将軍閣下のおかれましても、御屋形様におかれましても、御座所をどこに置かれるかは慎重の上にも慎重に決められ、決して暗殺されないようにしておられます。今回も若と共に遠征を行われましたが、出来る限り御座所を同じくしないようになされておられます。若におかれましても、臆病と言われるくらい御座所に注意を払っていただきとうございます」

「そうか。臆病な事が必要なのだな」

「はい」

各陣所厳守、討って出る事を禁じる陣太鼓が打たれてから、各大名国衆の陣所は混乱から立ち直っていった。

大名家や国衆内に潜んでいた内通者は、斬捨てられるか逃げるかしたが、大名や国衆の当主が裏切っていた陣所が明らかになってきた。

だがこの状況になるまでに同士討ちや友崩れが起こってしまったので、信龍軍は3割の兵力を失っていた。

「若。敵の数が分かりました」

「でかした。いかほどの敵が攻め寄せてきておる」

「奇襲をかけてきた3手の軍が各1000ほど、城を討って出てきた島津勢が5000程でございます」

「爺、どう思うか」

「島津は兵糧攻めと味方の裏切りで体力を失っております。数は多くても恐れる事はございません」

「奇襲をしかけてきた3手の軍は、体力気力共に充実しておりましょうが、3手に分かれており突破力に欠けております。何か奇策を仕掛けてくるまでは、今のまま守備に徹するべきかと考えます」

「奇襲を仕掛けてくると思うか」

「神田将監は知恵者でございます。必ず何か仕掛けてくるでしょうが、どれほどの奇策を仕掛けこようとも、こちらに心得がある限り、乗ぜられる事はございません」

「我が慌てる事が、敵の狙いなのだな」

「たいていの奇策は、慌てなければ対処できるものでございます」

「分かった」

奇襲部隊は信龍の野戦砦を攻めあぐねていた。

慎重な義信が信龍の為に作らせた野戦砦だけに、防御力だけでなく、兵糧や武器弾薬の備蓄が多く、雨霰と矢玉が降ってくるのだ。

籠城していた島津勢も、鷹司武田に奪われたかつての自分達の城、今では自分達を苦しめる付城を突破するのにかなりの被害を出していた。

「焙烙火矢を用意いたせ」

「は!」

神田将監は、内通者から信龍の陣所の様子を聞いて、普通では攻め切れないと考え、出来る限りの準備をしていた。

その1つが火攻めの準備で、陶器に火薬を入れ導火線に火をつけて投げ込む物や、縄を付けて振り回して遠心力で投げ込む物、数は少ないが十匁大筒にロケット型の焙烙火矢を入れて撃ち込む棒火矢まで用意していた。

神田将監は、流れ流れて三好にまで辿り着いた時、村上水軍とも交流を持ち、焙烙玉を手に入れ改良を加えるとともに、使用法も工夫していたのだ。

ドッガッァーン

「何事だ?!」

「見て参ります」

「爺。本当にこのままでいいのか?!」

「馬の準備をさせましょう」

「何?! ここを捨てるというのか!」

「九州の制圧は間違いなく成し遂げられます。今ここで行われているのは、武士の意地を示すための死に戦でございます。若の首はそのような者共の手土産にしていいモノではございません。若の命は単に武田家や鷹司家の栄枯ではなく、日ノ本の命運を変えるほど大切なモノでございます」

「父上様が段取りしてくださった初陣を台無しにしてしまうのか」

「それは違いまずぞ」

「どう言う事だ」

「戦に駆け引きは当然の事でございます。前に進むだけの端武者や猪武者のような事は申されますな。鷹司武田を率いる大将ならば、引いて島津を誘い込み、押し包んで攻め滅ぼすくらいの大きな気持ちと眼で、戦を見ていただきとうございます」

「ありがとう。爺の御蔭で誤らずにすむ」

「お気に召されますな。大将軍閣下がいて下さらなければ、とうに野垂れ死にしていた命でございます」

「申し上げます。敵の火攻めで玉薬が爆発いたしました」

「なんだと!」

「黒鍬衆が厳重な小屋を作っていたのではないのか?」

「運悪く、火薬を補充する為に扉を開けた所に、棒火矢が飛び込んだとのことでございます」

「大将軍閣下が、火矢や焙烙玉が届かぬところに火薬小屋を作らせられたが、棒火矢を撃ち込んできたか」

ウォー!

城外から気勢が上がり、何かが動いたのが本丸にいる信龍にも分かったが、もうこれ以上無様な事は言うまいと、爺に聞きたいところをぐっとこらえていた。

「申し上げます。防塁の一部が敵に破られました」

「押し返させよ」

「は」

爺が報告に来た近習の命じた。

「申し上げます。馬の準備が出来ました」

「4手の敵の位置はどうなっておる」

爺は攻め寄せる敵の布陣を確認した。

それによると、火攻めを仕掛けてきた敵は、野戦砦唯一の城門ある方向、一宇治城の反対側にいた。

防塁を破るほどの命知らずの猛攻を仕掛けてきた敵は、城門から見て右側におり、今も突破口を広げようと遮二無二攻め立てている。

残る奇襲部隊は城門から見て左側におり、弓射を中心に攻撃を続けており、力攻めは行ってこない。

一宇治城の方向は、当然城を討って出た島津勢が攻め立てているものの、鷹司武田の付け城を落とすのに疲れており、その勢いを失いかけていた。

だがこの包囲陣は、信龍を必ず討ち取ろうとする奇襲軍の意思を感じさせた。

もし籠城している島津勢を助けるだけならば、信龍の入る野戦砦を攻める時に城門側を空けて置き、逃げ出したところを追い討ちすれば、信龍の首は取れなくても包囲軍に大損害を与えることができ、島津勢も城から逃げ出すことが出来たのだ。

「騎馬隊だけで城門から討って出る。若には先駆けが敵陣を切り開いてから逃げていただきます」

「分かった。爺の策に従おう」

信龍達が逃げる準備を整えている間にも、戦況は動いており、長尾景虎が死を恐れず攻め立てて開けさせた防塁の穴が徐々に広がっていた。

越後を逃れて以来付き従う忠勇の士を中心に、一向衆の生き残りの命知らずや、四国勢の中でも武田に降伏するのを潔しとしなかった硬骨漢を集めており、ここを死にどころと獅子奮迅の働きを見せていた。

逃げる準備を整えた信龍近習衆は、城門を開けると同時に撃たれた、黒鍬部隊の士筒一斉斉射支援の後で討って出た。

信龍近習部隊の斬り込みに動揺する部隊を神田将監は叱咤するも、信龍近習衆の先駆けは神田勢の中央に騎馬射撃を行い、鉄砲を鞍の穴に差し込むと槍に持ち替え突撃を仕掛けた。

神田勢が混乱するところを信龍近習部隊の第2陣が討って出て、内城の方向に向けて逃げ出した。

しばらく馬を駆けさせた信龍近習第2陣だったが、隘路に差し掛かって何もない所に向けて一斉斉射を行った。

奇襲を仕掛けようと、神田将監が伏せさせていた部隊がそこにいたのだが、慎重な第2陣部隊の指揮官が弾薬が無駄になるのを承知で撃たせたのだった。

待ち伏せが見破られたと思った神田将監の伏兵は、多くの兵を失ってはいたが、徒士武者で騎馬武者に突撃するような愚策は行わず、生き残った鉄砲隊で騎馬隊の中央に向けて面制圧射撃を行わせたのだった。

「転生武田義信」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「歴史」の人気作品

コメント

コメントを書く