転生武田義信
第161話征途
1563年5月二条城本丸信玄私室:武田信玄・山本勘助・秋山虎繁:信玄視点
「愚かな者共だ」
「左様でございな」
「しかしながら御屋形様、武力を持たず、権威だけで身を守る公卿衆には、他に方法がないのではありませんか」
虎繁は公卿に近づきすぎだな。
義信に前線に呼び寄せるように命じねばならん。
「それにしても、維新皇子と幸新皇子が岐阜に移り、軍兵を預かるに至って慌てて動くとは、先が見えぬにもほどがある」
「若殿が公卿衆に御優しかったので、また助けて下さると思っていたのかもしれません」
「それこそ愚かな事よ。義信が諏訪に去り、儂が京に入ったことで、義信に見捨てられたこと悟らねばならぬ。それが伊那を襲った公卿衆の残党が殺されて、ようやく見捨てられたと気付くとは、馬鹿にもほどがあろう」
「確かにその通りでございますな」
「御屋形様、諸侯王の制度は御上と院が御内意を漏らされた形で宜しゅうございますか?」
「それは義信に確認してからだ。それよりも蝦夷地と九州への侵攻はどうなっておる」
「蝦夷地の方は、若殿と信龍様が小田原を出られ蝦夷地に向かわれたと連絡が入っております」
「九州にはまだ上陸できぬか?」
「南蛮船と合い子船を蝦夷に向かわせたため、海軍力に不安がございます」
虎繁は慎重すぎる。
大砲搭載の南蛮船や合い子船などなど以前は全くなかったのだ。
安宅船や関船の多くが合い子船に改造されたため、大型の船が少ないとはいえ、九州方面には小早船を中心に千隻を超える戦力を集めている。
だがそうだな。
四国勢には三好がいるから、万が一蝦夷地の戦況がはかばかしく無い場合は、裏切りも考慮しておく必要がある。
村上水軍も今は恭順しているが、蝦夷地の戦況如何では裏切る可能性がある。
長尾景虎達の動きは気になるが、九州全土が敵に回ったとしても、義信達が蝦夷地から戻ってから、準備万端整えて攻め込むべきか?
義信は、四国中国に集結させている兵に開墾させることで、年々九州勢よりも国力が高まり戦力差が広がるから、慌てて攻める必要はないと連絡が来ているが、本当にそれでいいのか?
義信が蝦夷地にいる間に、儂が九州を平定する方がいいのではないか?
1563年7月小樽城本丸義信私室:義信・信龍・影衆・北条信顕・義信視点
俺と太郎改め信龍は、道南十二館の1つ花沢館を経由し、この日の為に築城させていた小樽城に入った。
小田原から蝦夷地を目指したから、普通なら太平洋側を北上してそのまま苫小牧城に入るのが順当なのだが、今回は樺太経由で沿海を目指しているので、津軽海峡を通って日本海側に抜けて小樽城に入った。
次郎も同行したがったのだが、船が沈没する可能性もあるし、俺と信龍が武運拙く同時に戦死することもあり得るから、よくよく言い聞かせて小田原に残した。
俺と信龍が同時に死ぬことなどあってはならない事だが、俺と信龍に加えて次郎まで同時に死んでしまっては、鷹司武田家にとっては取り返しのつかない大打撃になってしまう。
そうそう、太郎の名前は信龍にした。
御上をはじめ朝廷は、俺が太郎に龍の名を付けることで、皇位簒奪の意思があるのではないかと言う疑いを持ったようだ。
俺にそんな意思はなく、信が武田家の通字だし、龍は家を今以上に隆盛させて欲しいという願いを込めただけだ。
まあ、あまり愚図愚図するなと言う脅しの意味が全くなかったとは言わないが、転生前に龍と言う字に憧れていた、中二病的な要素の方が大きい。
維新皇子と幸新皇子を岐阜に移したことに危機感を持ち、俺に信玄を抑えさせるために機嫌を取ろうとしたのだろう。
慌てて信龍の名前を許すという勅使がやってきた。
その勅使が諸侯王についてクドクドと言ってきたから、早々に追い返したやった。
それも色々と脅しになったようだ。
蝦夷に出陣するまでの間に、慌ただしく太郎の鎧着初を三条公之の鎧親で行い、元服儀式を鷹司実信の烏帽子親で行った。
母を同じくする次弟と長弟に、嫡男の鎧親と烏帽子親になってもらうことで、鷹司武田を盤石の体制にしたかったのだ。
「父上様、樺太にはまだ行けぬのでしょうか?」
「残念ながら、新たな岩礁と浅瀬が発見されたので、喫水の浅い平底船が足らなくなった。風のめぐり合わせも悪いので、今回いけるのは稚内城までだ」
「残念でございます」
「父も残念だが、信龍も分かっているだろうが、御前が万が一死ぬことになれば、鷹司武田家は大いに揺れる事になる」
「はい、それは理解しております」
「鷹司武田家が揺れるという事は、天下が揺れるという事だ」
「はい」
「それは日ノ本に住む多くの人たちが、戦に巻き込まれ、家を焼かれ、家族を奪われ、飢えに苦しむことにつながるのだ」
「それは・・・・・」
「武家の、それも天下を預かる家の嫡男が死ぬという事は、それほどの危険をはらんでいる」
「はい」
「大内は養嗣子を戦で亡くしたことで傾いた」
「はい」
「もし父が5年前に天命により早世していたら、実信、公之、義頼等の弟達を担ぎ、天下の実権を握ろうとする家臣が出ていた事は、信龍にも理解できるであろう」
「はい! それは理解できます」
「父と信龍は、絶対に同時に死ぬことは許されるのだ」
「はい、父上様。ですがそれなら、何故今回の北伐を私と一緒になされるのですか」
「一緒に死ぬことが許されぬと同時に、信龍に天下を担う武家としての心構えも伝えねばならぬからだ」
「私を一人前の武家に育てる為でございますか?」
「そうだ。信龍は余が愛し期待する息子だ。幸か不幸か嫡男に生まれたことで、弟達とは違う教育をせねばならぬが、愛する息子ゆえ、危険を犯してでも手ずから教えねばならぬことがあるのだ」
「有難き幸せでございます」
「若殿様、先遣隊から伝令が戻りました」
「直ぐに行く。信龍もついてまいれ」
「はい」
俺は急いで政務殿に向かった。
そこには小型のカッターを操り樺太から戻った熟練の水夫がいたが、かなり疲れているようだ。
長年北回り航路に従事した者でも、今回のように安全よりも兵力輸送を優先するような航海は、著しく心身に負担をかけるのであろう。
ここは率直に褒めておくべきだ。
そして褒めるべき時に躊躇せず素直に褒めることを、信龍に教えねばならない。
「危険な伝令の役目御苦労であった」
「何を申されますか太閤殿下! 家臣として当然の務めを果たしているだけでございます」
3人の伝令の1人が代表して答えるが、当たり前と言うには危険な任務だ。
「いやいや。今回の樺太航路は、通常の商業航路とは違い、軍事行動のための危険な航路である。危険を押して荒れ狂う海に乗り出し、逆巻く波や潮を乗り越え、座礁の危険が高い複雑な海岸に近づき測量をする。そんな困難な命令に、命懸けで挑んでくれている。これは合戦と同じ功名である! ここに感状を与えるゆえ、帰還の時には先遣隊の皆に渡してくれ」
「もったいない御言葉を賜り、感激に涙する思いでございます」
言葉だけでなく、実際に涙声になっている。
信龍は少し驚いているようだが、荒れる海に乗り出すというのは本当に危険な事で、特にエンジンの付いていない帆船では、風任せ潮任せになってしまう。
個人的に外輪船が好きではなく、海洋冒険小説が好きだった関係で、フリーゲートを偏愛してしまっているのだが、ここは個人の趣味趣向は横に置き、急いで外輪船を開発させるべきだな。
「いやいや、本当によくやってくれている。樺太と沿海に先遣してくれた者達も、駐屯してくれている者達も、元気でいるのか?」
「はい! 太閤殿下が十二分な兵糧と装備を手配してくださった御蔭で、蝦夷の浮腫病にかかる者もおらず、凍傷になる者もおりませんでした」
「そうかそれはよかった」
史実幕末の蝦夷地警備藩士や明治の屯田兵の中には、蝦夷地の厳しい冬季に、ビタミン不足で脚気になり死んでしまう者や、本土と同じように行動して、凍傷にかかって手足を失う者がいたという。
脚気に関して江戸時代の江戸患いと同じで、玄米を食べるようにさせ、糠のビタミンを吸収した野菜の糠漬けを食べさせることで防ぐことが出来る。
アイヌの知恵を借用すれば、生肉を食べるようにすればいいのだが、流石に生肉を食べるというのは精神的に難しく、高価だが南方から取り寄せた果物やドライフルーツを兵食に加えることもしている。
一方凍傷に関しては、犬狼部隊で亡くなった犬や狼の毛皮を、ここ時の為に備蓄しておいたので、何とか定数をそろえることが出来た。
もっともこれは最初大失敗しており、本土で生きている犬や狼の毛皮では、蝦夷地や樺太の寒さに対応出来ず、蝦夷地や樺太で冬季に狩った犬や狼の毛皮でないと、厳寒の蝦夷地や樺太の冬を乗り越える防寒力がなかった。
「それで樺太と沿海の各部部族は、我に従うと申しているのか?」
「はい! 樺太と沿海に点在するアイヌ・ニヴフ・ウイルタ・女真の族長達は、太閤殿下の親征に恐れをなし、次々と臣従を誓っております」
「恐れるか、それは仕方がないな。出来れば心服する形で臣従して欲しいのだが」
「それは」
「欲張りすぎだな」
「太閤殿下のはじめられた交易により、利益を得たものも多く、まして奴隷の身から武士に取り立てられた者は心から忠誠を誓っておりますが、元々貴族であった者の中には、それを快く思っていないものも多くおります」
「そうだな。全ての者の心を掴むなど、夢物語でしかないな」
「・・・・・」
「せんない事を申した。それで樺太の要地であるノテトだが、先住のニヴフ族とは友好関係を築けているのか?」
「それは大丈夫でございます。優先的に交易品売買を行う事で、利を失う事が出来ないようにしており、太閤殿下に逆らえば今の生活を失う事になります」
「そうか。ならば我と信龍がノテト城に入っても安心だな」
「はい、大丈夫でございます。北部のニヴフ城はもちろん、南部西海岸のナヨロ城、南部東海岸のクシュンコタン城、東海岸のタライカ城とコタンケシ城も安全であると、駐屯の城代殿は申しておられました」
「そうか。アムール川を遡った、沿海州のデレン城はどうだ?」
「現地の城代殿からは安全と言う連絡が来ておりますが、アムール川を遡り内陸部に入り込むとなりますと、万が一の場合危険が大きいと、我が艦隊の提督は心配しております」
「父上様、我らは死ぬわけにはいかないのですよね」
「そうだな。信龍はどうするべきだと思うか?」
「父上様がニヴフ城に入られ、私が沿海州の海岸線にあるハイツァンウェイ城に入り、デレン城には副将を派遣すればいいのではありませんか?」
「よくぞ申した。そうすることにしよう」
「愚かな者共だ」
「左様でございな」
「しかしながら御屋形様、武力を持たず、権威だけで身を守る公卿衆には、他に方法がないのではありませんか」
虎繁は公卿に近づきすぎだな。
義信に前線に呼び寄せるように命じねばならん。
「それにしても、維新皇子と幸新皇子が岐阜に移り、軍兵を預かるに至って慌てて動くとは、先が見えぬにもほどがある」
「若殿が公卿衆に御優しかったので、また助けて下さると思っていたのかもしれません」
「それこそ愚かな事よ。義信が諏訪に去り、儂が京に入ったことで、義信に見捨てられたこと悟らねばならぬ。それが伊那を襲った公卿衆の残党が殺されて、ようやく見捨てられたと気付くとは、馬鹿にもほどがあろう」
「確かにその通りでございますな」
「御屋形様、諸侯王の制度は御上と院が御内意を漏らされた形で宜しゅうございますか?」
「それは義信に確認してからだ。それよりも蝦夷地と九州への侵攻はどうなっておる」
「蝦夷地の方は、若殿と信龍様が小田原を出られ蝦夷地に向かわれたと連絡が入っております」
「九州にはまだ上陸できぬか?」
「南蛮船と合い子船を蝦夷に向かわせたため、海軍力に不安がございます」
虎繁は慎重すぎる。
大砲搭載の南蛮船や合い子船などなど以前は全くなかったのだ。
安宅船や関船の多くが合い子船に改造されたため、大型の船が少ないとはいえ、九州方面には小早船を中心に千隻を超える戦力を集めている。
だがそうだな。
四国勢には三好がいるから、万が一蝦夷地の戦況がはかばかしく無い場合は、裏切りも考慮しておく必要がある。
村上水軍も今は恭順しているが、蝦夷地の戦況如何では裏切る可能性がある。
長尾景虎達の動きは気になるが、九州全土が敵に回ったとしても、義信達が蝦夷地から戻ってから、準備万端整えて攻め込むべきか?
義信は、四国中国に集結させている兵に開墾させることで、年々九州勢よりも国力が高まり戦力差が広がるから、慌てて攻める必要はないと連絡が来ているが、本当にそれでいいのか?
義信が蝦夷地にいる間に、儂が九州を平定する方がいいのではないか?
1563年7月小樽城本丸義信私室:義信・信龍・影衆・北条信顕・義信視点
俺と太郎改め信龍は、道南十二館の1つ花沢館を経由し、この日の為に築城させていた小樽城に入った。
小田原から蝦夷地を目指したから、普通なら太平洋側を北上してそのまま苫小牧城に入るのが順当なのだが、今回は樺太経由で沿海を目指しているので、津軽海峡を通って日本海側に抜けて小樽城に入った。
次郎も同行したがったのだが、船が沈没する可能性もあるし、俺と信龍が武運拙く同時に戦死することもあり得るから、よくよく言い聞かせて小田原に残した。
俺と信龍が同時に死ぬことなどあってはならない事だが、俺と信龍に加えて次郎まで同時に死んでしまっては、鷹司武田家にとっては取り返しのつかない大打撃になってしまう。
そうそう、太郎の名前は信龍にした。
御上をはじめ朝廷は、俺が太郎に龍の名を付けることで、皇位簒奪の意思があるのではないかと言う疑いを持ったようだ。
俺にそんな意思はなく、信が武田家の通字だし、龍は家を今以上に隆盛させて欲しいという願いを込めただけだ。
まあ、あまり愚図愚図するなと言う脅しの意味が全くなかったとは言わないが、転生前に龍と言う字に憧れていた、中二病的な要素の方が大きい。
維新皇子と幸新皇子を岐阜に移したことに危機感を持ち、俺に信玄を抑えさせるために機嫌を取ろうとしたのだろう。
慌てて信龍の名前を許すという勅使がやってきた。
その勅使が諸侯王についてクドクドと言ってきたから、早々に追い返したやった。
それも色々と脅しになったようだ。
蝦夷に出陣するまでの間に、慌ただしく太郎の鎧着初を三条公之の鎧親で行い、元服儀式を鷹司実信の烏帽子親で行った。
母を同じくする次弟と長弟に、嫡男の鎧親と烏帽子親になってもらうことで、鷹司武田を盤石の体制にしたかったのだ。
「父上様、樺太にはまだ行けぬのでしょうか?」
「残念ながら、新たな岩礁と浅瀬が発見されたので、喫水の浅い平底船が足らなくなった。風のめぐり合わせも悪いので、今回いけるのは稚内城までだ」
「残念でございます」
「父も残念だが、信龍も分かっているだろうが、御前が万が一死ぬことになれば、鷹司武田家は大いに揺れる事になる」
「はい、それは理解しております」
「鷹司武田家が揺れるという事は、天下が揺れるという事だ」
「はい」
「それは日ノ本に住む多くの人たちが、戦に巻き込まれ、家を焼かれ、家族を奪われ、飢えに苦しむことにつながるのだ」
「それは・・・・・」
「武家の、それも天下を預かる家の嫡男が死ぬという事は、それほどの危険をはらんでいる」
「はい」
「大内は養嗣子を戦で亡くしたことで傾いた」
「はい」
「もし父が5年前に天命により早世していたら、実信、公之、義頼等の弟達を担ぎ、天下の実権を握ろうとする家臣が出ていた事は、信龍にも理解できるであろう」
「はい! それは理解できます」
「父と信龍は、絶対に同時に死ぬことは許されるのだ」
「はい、父上様。ですがそれなら、何故今回の北伐を私と一緒になされるのですか」
「一緒に死ぬことが許されぬと同時に、信龍に天下を担う武家としての心構えも伝えねばならぬからだ」
「私を一人前の武家に育てる為でございますか?」
「そうだ。信龍は余が愛し期待する息子だ。幸か不幸か嫡男に生まれたことで、弟達とは違う教育をせねばならぬが、愛する息子ゆえ、危険を犯してでも手ずから教えねばならぬことがあるのだ」
「有難き幸せでございます」
「若殿様、先遣隊から伝令が戻りました」
「直ぐに行く。信龍もついてまいれ」
「はい」
俺は急いで政務殿に向かった。
そこには小型のカッターを操り樺太から戻った熟練の水夫がいたが、かなり疲れているようだ。
長年北回り航路に従事した者でも、今回のように安全よりも兵力輸送を優先するような航海は、著しく心身に負担をかけるのであろう。
ここは率直に褒めておくべきだ。
そして褒めるべき時に躊躇せず素直に褒めることを、信龍に教えねばならない。
「危険な伝令の役目御苦労であった」
「何を申されますか太閤殿下! 家臣として当然の務めを果たしているだけでございます」
3人の伝令の1人が代表して答えるが、当たり前と言うには危険な任務だ。
「いやいや。今回の樺太航路は、通常の商業航路とは違い、軍事行動のための危険な航路である。危険を押して荒れ狂う海に乗り出し、逆巻く波や潮を乗り越え、座礁の危険が高い複雑な海岸に近づき測量をする。そんな困難な命令に、命懸けで挑んでくれている。これは合戦と同じ功名である! ここに感状を与えるゆえ、帰還の時には先遣隊の皆に渡してくれ」
「もったいない御言葉を賜り、感激に涙する思いでございます」
言葉だけでなく、実際に涙声になっている。
信龍は少し驚いているようだが、荒れる海に乗り出すというのは本当に危険な事で、特にエンジンの付いていない帆船では、風任せ潮任せになってしまう。
個人的に外輪船が好きではなく、海洋冒険小説が好きだった関係で、フリーゲートを偏愛してしまっているのだが、ここは個人の趣味趣向は横に置き、急いで外輪船を開発させるべきだな。
「いやいや、本当によくやってくれている。樺太と沿海に先遣してくれた者達も、駐屯してくれている者達も、元気でいるのか?」
「はい! 太閤殿下が十二分な兵糧と装備を手配してくださった御蔭で、蝦夷の浮腫病にかかる者もおらず、凍傷になる者もおりませんでした」
「そうかそれはよかった」
史実幕末の蝦夷地警備藩士や明治の屯田兵の中には、蝦夷地の厳しい冬季に、ビタミン不足で脚気になり死んでしまう者や、本土と同じように行動して、凍傷にかかって手足を失う者がいたという。
脚気に関して江戸時代の江戸患いと同じで、玄米を食べるようにさせ、糠のビタミンを吸収した野菜の糠漬けを食べさせることで防ぐことが出来る。
アイヌの知恵を借用すれば、生肉を食べるようにすればいいのだが、流石に生肉を食べるというのは精神的に難しく、高価だが南方から取り寄せた果物やドライフルーツを兵食に加えることもしている。
一方凍傷に関しては、犬狼部隊で亡くなった犬や狼の毛皮を、ここ時の為に備蓄しておいたので、何とか定数をそろえることが出来た。
もっともこれは最初大失敗しており、本土で生きている犬や狼の毛皮では、蝦夷地や樺太の寒さに対応出来ず、蝦夷地や樺太で冬季に狩った犬や狼の毛皮でないと、厳寒の蝦夷地や樺太の冬を乗り越える防寒力がなかった。
「それで樺太と沿海の各部部族は、我に従うと申しているのか?」
「はい! 樺太と沿海に点在するアイヌ・ニヴフ・ウイルタ・女真の族長達は、太閤殿下の親征に恐れをなし、次々と臣従を誓っております」
「恐れるか、それは仕方がないな。出来れば心服する形で臣従して欲しいのだが」
「それは」
「欲張りすぎだな」
「太閤殿下のはじめられた交易により、利益を得たものも多く、まして奴隷の身から武士に取り立てられた者は心から忠誠を誓っておりますが、元々貴族であった者の中には、それを快く思っていないものも多くおります」
「そうだな。全ての者の心を掴むなど、夢物語でしかないな」
「・・・・・」
「せんない事を申した。それで樺太の要地であるノテトだが、先住のニヴフ族とは友好関係を築けているのか?」
「それは大丈夫でございます。優先的に交易品売買を行う事で、利を失う事が出来ないようにしており、太閤殿下に逆らえば今の生活を失う事になります」
「そうか。ならば我と信龍がノテト城に入っても安心だな」
「はい、大丈夫でございます。北部のニヴフ城はもちろん、南部西海岸のナヨロ城、南部東海岸のクシュンコタン城、東海岸のタライカ城とコタンケシ城も安全であると、駐屯の城代殿は申しておられました」
「そうか。アムール川を遡った、沿海州のデレン城はどうだ?」
「現地の城代殿からは安全と言う連絡が来ておりますが、アムール川を遡り内陸部に入り込むとなりますと、万が一の場合危険が大きいと、我が艦隊の提督は心配しております」
「父上様、我らは死ぬわけにはいかないのですよね」
「そうだな。信龍はどうするべきだと思うか?」
「父上様がニヴフ城に入られ、私が沿海州の海岸線にあるハイツァンウェイ城に入り、デレン城には副将を派遣すればいいのではありませんか?」
「よくぞ申した。そうすることにしよう」
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