転生武田義信

克全

第160話弑逆

1563年3月二条城本丸信玄私室:武田信玄・山本勘助・秋山虎繁:信玄視点

「御上と院は、まだ諦めにならないのか?」

「はい。正使は御屋形様の命により御所より出る事が叶いませんので、密使を若殿の下に送ろうとしております」

「1人たりとも小田原には辿り着かせるな」

「それは御任せ下さい。不幸なことでございますが、御畿内にはいまだ山犬や狼が多く、生きて若殿の下に辿り着けた使者はおりません」

「義信が育て上げた犬狼衆は優秀だな。それに比べて虎繁、そちはいったいなにをしておるのだ。儂にも我慢の限界と言うものがあるぞ」

「今しばらくお待ち願えませんでしょうか」

「そう言い続けて年を越え、既に3月も過ぎておるぞ」

「長年日ノ本の民が護り続けた皇室でございます。それを害し廃するなど、永劫の悪名を残すことになります」

「その日ノ本の為には、諸侯王の制度を設けるのが最良なのだ」

「それは十分理解しておりますが、今しばらく御待ち頂けないでしょうか?」

「ならぬ!」

「勘助。維新皇子達を岐阜城に移せ」

「御屋形様!」

「虎繁は黙っておれ」

「少々手荒な事になるかもしれませんが、それでも宜しゅうございますか?」

「構わぬ。維新皇子と幸新皇子には、蝦夷と九州に親征していただく。そのための準備として、岐阜城に御迎えするのだ。少々手荒になろうとも、仕方のないことだ」

「左様でございますな。若殿と太郎様の蝦夷侵攻準備も整い、安芸大宰殿の九州討ち入りもいつでも可能な状態、宮様方に親征していただければ諸将も奮起いたしましょう」

「まさか御屋形様は、南北朝を再来させる御心算なのではありますまいな?!」

「虎繁は何を馬鹿なことを申しておる。義信も天災などの万が一のことを考え、儂と同じ場所にいることを避け続けておるではないか。皇室に置かれても、万が一のことを考え、一部の宮様には京を離れてもらった方がいいという事だ。天災とその後引き起こされるでおあろう民の暴動で、御所が襲われ皇族が皆殺しになることもあるからな」

「御屋形様!」

「過去にも足利の世では、度々民が一揆をおこしておるし、叡山の僧共が京の町を荒らしまわっておった。義信に滅ぼされた者共の残党が、蝦夷侵攻と九州征伐に合わせて、京で蜂起する危険はあるのだ」

「御屋形様。狗賓殿の僧兵達に弑逆をやらせる御心算ですか!?」

「狂信者どもは何でもやってくれるからな」

「御屋形様。諸侯王の事は、必ず認めていただきますので、なにとぞ今しばらくお待ちください」

「虎繁、儂は公卿共の我儘に我慢に我慢を重ねてきておる。もはや猶予はないと思え!」

「承知しております。もう手段は選びません。今迄に義信様に逆らい、伊那襲撃に加担した公卿や地家人を暗殺し、御上や院に警告いたしますので、どうかもうしばらく御待ち下さい」

「分かった。だが武田所縁の諸皇子を岐阜に移住していただくことは止めぬぞ」

「は!」



1563年3月小田原城本丸義信私室:義信・太郎・影衆・義信視点

「生きていたのか?」

「はい。島津家の支援を受け、一向衆の残党を取り込み、大友家の内紛に付け入り、九州各地を荒らしまわっております」

「共闘しているのか?」

「確たる証拠はありませんが、3者が呼応するように襲撃と撤退を繰り返し、大友家をはじめとする九州の諸大名を苦しめております」

「三好家を逃げ出してからの動向が分からなかったが、九州の山中に隠れていたのか?」

「それは分かりませんが、島津が手を貸していたのなら、不可能ではなかったと思われます」

長尾景虎・小笠原長時 · 神田将監の3将が再び俺の前に立ちふさがるのか?

しかし何故今現れたのか?

今まで隠れていたのなら、我が軍の九州上陸まで隠れていればよかったのだ。

わが軍が九州上陸した後で現れて奇襲すれば、大きな戦果を得ることが出来ただろう。

我が軍が九州上陸まで待てなかったという事か?

我が軍が近々に九州上陸を図ることは自明の理なのに、それでも待てないという事は、島津も相当苦しいという事だろう。

島津勝久と島津義虎だけでなく、母親の違う四男・家久を外戚の本田家と共に離反させることが出来た事で、騎馬鉄砲隊を隠し養う余裕がなくなったのかもしれない。

後は大友家の調略が順調すぎで、大友領内の混乱が著しく、我が軍の上陸を隠れて襲撃するよりは、大友領を切りと取った方が戦略的に有利と考えたのかもしれない。

切り取った大友家の城砦は、一向衆だった者や大友義鎮に弾圧された仏教徒に護らせ、騎馬鉄砲隊が奇襲略奪を繰り返せば、九州を席巻することが出来るかもしれない。

いや、長尾景虎・小笠原長時 · 神田将監の3将と彼らが鍛え上げた騎馬隊ならば、山城以外は切り取ることが可能だし、略奪を繰り返すことで兵糧に不自由することもないだろう。

「御屋形様や信繁叔父上には、この情報は伝わってるのだな?」

「はい。敵の騎馬鉄砲隊に対抗すべく、拒馬の制作を急がせておられます」

「我々も予定の倍の拒馬を用意いたせ」

「承りました」

太郎と共に蝦夷地に入る準備は着々と進んでいる。

蝦夷地には元アイヌ奴隷の屯田兵が入植し、農地の整備は理想には程遠いものの、城砦の整備と兵糧の備蓄は十分に整った。

樺太の諸部族との通商は順当に進み、拠点とすべき土地の購入と城砦の築城も進んでいる。

年内は蝦夷地の鎮撫を行い、来年早々には樺太に入り諸部族を配下に加えたい。

再来年には沿海州に上陸し、交易所の実権を完全に掌握することで、戦うことなく沿海州を支配下に置きたい。

米などの穀物と焼酎などの酒類を今までより大量安価に持ち込んだことで、経済的には沿海州の交易所を支配できているが、蝦夷地の屯田兵のように戦力を常駐させることで戦力的にも支配下に置き、武田鷹司の領地とする。

だが問題は騎馬民族の野人女直だ。

各部族の結束が弱いとは言っても、異民族の我々が海を渡って攻めこんできたとなると、今までのいきさつを置いておいて、部族を統合して抵抗する可能性もある。

まして満州地方に住んでいる、騎馬民族の建州女直と海西女直の各部族が一致団結して反撃してきたら、俄か騎馬部隊の我々では抵抗できないかもしれない。

鉄砲や大砲を駆使して有利に戦えるとは思うが、生粋の騎馬民族と大陸の平原で決戦するとなれば、不覚を取る可能性もあると思う。

出来れば樺太から沿海州に入る前までに、十分な数の拒馬を確保しておきたい。

「奴隷の購入は進んでいるか?」

「はい。千島・樺太・カムチャッカ・沿海で購入できる奴隷は金に糸目をつけず購入し、現地で武装させ屯田兵として開墾に従事させております」

「軍資金は不足していないか?」

「海軍艦艇を使った蝦夷地と南方の中継貿易の利益は膨大で、買える限りの奴隷を購入しても、まだ十分な利益が出ております」

「それならばいいが、海賊衆や荷役衆に不満が出ないように、彼らの利益を圧迫しないようにしてくれ」

「父上様、海賊衆や荷役衆の利益を確保することは、それほど大切な事なのですか?」

「それが何より一番大切なことだ」

「何故でございますか?」

「海賊衆や荷役衆は、商いの利益で一族一門を養っている。それが不当に削られることは、飢えて死ぬことになるのだ」

「はい」

「太郎にも飢餓訓練をさせたことがあるであろう」

「はい。あれは辛い訓練でした」

「訓練ならばいつか必ず終わる。だが主君である俺が不当に利益を削れば、それによる飢えはいつ終わるか分からぬ。一族一門を飢え続けさせるよりは、反逆を起こすのが当然なのだ」

「家臣の心を繋ぎ止める為には、家臣達に利を与え続けなければいけないのですね」

「そうだ。だが不当に多く与えれば、それが原因で家臣が驕り高ぶることもある。家臣の働きに応じた、正当な利を公平に与えなければならぬ」

「正当な利を公平にでございますか?」

「そうだ。多くの功名を命懸けで成し遂げた家臣より、一時に遊興で主君を愉しませた者が多くの利を与えられたりすれば、当事者以外の多くの家臣まで主君を見限ることになる」

「はい。心いたします」

「今度の蝦夷地侵攻では、太郎も家臣達に褒美を与えることになるが、その時には過不足なく褒め、地位を与え、扶持や料理を与えねばならぬ」

「はい」

「まずは父が太郎をはじめてする直臣達に褒美を与えるが、その与えた褒美の範囲で、太郎は自分の家臣に褒美を与えねばならぬ」

「はい」

「その時には自分の直轄領を確保し軍資金と兵糧を確保したうえで、直臣はもちろん与力や同心衆への褒美を公平に与えねばならぬ。言葉をかける事で与える領地や扶持を減らせることもあるから、日頃から家臣の心を掴むように心掛けよ」

「承りました。それで父上様、太郎は元服させていただけないのでしょうか? 何時までも幼名のままでは、家臣はもちろん一族一門衆に示しがつきません」

「その事は父も分かってるのだが。関白の地位を返上したとはいえ、父は鷹司関白家の当主であった故、太郎の名を勝手につけるわけにはいかぬのだ」

「御上に許可を頂かねばならぬでございますか?」

「許可を頂かねがならぬわけではないが、御上はもちろん御屋形様にも御相談せねばならぬ。それに呪詛の危険もあるから、下手な方法で御相談するわけにもいかぬのだ」

「手旗信号や伝書鳩で送るわけにはいかないのですね?」

「そうだ。すでに影衆を送って返事を待っている状態だから、出陣までには返事が届くだろう。それまではどんな名になるか楽しみに待っていればいい」

「今この場では、送った名前を教えて下さらないのですね」

「正式に決まるまでは教えるわけにはいかぬ。万が一許可頂けなかったら、父の威信が下がってしまうではないか」

「御冗談でございましょう。父上の願いを無下にできる者など、この日ノ本にいるとは思えませぬ」

「そうとは限らぬぞ。父の足許を見て、無理無体を押し通す者がいるかもしれぬ」

「そのような命知らずな者が本当にいるのでございますか?」

「おるかもしれぬしおらぬかもしれぬ。それも楽しみにしているがいい」

「はい、父上様」

「では軍略の続きを始めるぞ?」

「はい、父上様」


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