転生武田義信

克全

第157話親子問題

1562年3月小田原城本ノ丸の九条簾中私室・鷹司義信・九条簾中・太郎・次郎・三郎など:鷹司義信視点

「父上様、また戦の御話をしてください」

「何時の話が聞きたいんだい」

「近江で三好を叩きのめした話が聞きたいです」

「そうか、だが何時も話しているように、戦場での話よりも、それまでの準備の話が大切なのだぞ」

「それは分かっておりますが、その話は爺や先生が話してくれます。でも戦場での話は、父上様にしか御聞きできません」

「そうか、ならば仕方がないな。大砲で吹き飛ばされた三好勢の姿は、それこそ無残で哀れなものだが、それも正しく話して聞かすが、それでもよいのだな」

「殿下、太郎殿はもうすぐ初陣を迎えるので、戦の無残な現実を教える必要もありましょうが、次郎や三郎などの幼き者達には、まだ早いのではありませんか」

「そうだな、ここで話すと幼き者達に悪影響があるやもしれん。太郎よ、後で余の私室で話して聞かしてやる故、今は我慢いたせ」

「はい、父上様」

「父上様、私も来年には初陣を迎えます。その前に御忙しい父上にお話を聞かせていただけるとは限りません。どうか私も兄上と一緒に御話を聞かせてください」

「私も一緒にお聞かせ下さい」

「次郎も三郎も我儘言ってはいけません」

「しかし母上様、父上様には滅多に御会いできないではありませんか」

「そうですよ母上様。小田原城に来てからは、月に1度はゆっくりお会いできるようになりましたが、それまでは諏訪に帰城されたときに、僅かに御顔が見れる程度でした」

「2人とも何を我儘言っているのです。殿下は命懸けの戦に、朝廷と御家の政務にと忙しいのです。それでも年に1度は諏訪に戻られ、御前達の健康と成長を確かめて下さっておられたのですよ」

「それは母上様からも爺達からも御聞きしていますが、もっと沢山父上様から直接教えていただきたいのです」

「そうですよ母上様。私も父上様から直接色々と教えていただきたいのです」

「次郎も三郎も我儘過ぎますよ」

「次郎、三郎、それに太郎もだが、母上に無理を言ってはならんぞ」

「「「はい、父上様」」」

「それと戦や政務に関する話だが、3人一緒に後で話してやろう」

「「「ありがとうございます、父上様」」」

子供達と一緒に過ごす時間が少なかったことは、俺の間違いだった。

あれほど弟達との時間を大切にし、無理をしても触れ合う時間を作り出していたのに、後継者である子供達との時間を作らなかったことは、俺の致命傷になりかねない。

子供が父を下克上してしまい、家がほろんだ武家も多い。

足利将軍家も子供が父親に下克上したことで、その政権基盤を大きく弱めてしまっている。

我が武田家にしても、史実では祖父・信虎と父・晴信の間に確執があり、真実は別にして追放騒動が起こっているし、俺の転生した義信に至っては、父の方針に逆らい切腹させられている。

今からどれだけ取り返せるかわからないが、父子関係をもっともっと親密にしていかなければならない。

だがこればかりは前世でも経験がないので、実母・傳役・乳母・各先生に丸投げして、無意識に逃げていたのかもしれない。

このツケを俺自身の命で贖うことになっても、それは自己責任なので諦めるしかない。

だがそのせいで世が乱れ、民が塗炭の苦しみを味わうことになったら、俺は生き延びていたとしても、自責の念で心が圧し潰されてしまうかもしれない。

この世界に転生した当初や強敵がいる間は、自分が殺されないように、生き延びる為に必死で、人の想いどころか命にさえ無頓着だった。

民を思いやっている心算ではあったが、平気で敵を殺す命令を下せていたのは、心が麻痺していたのだろう。

今こうして天下平定が目前になると、安心して心が転生前に近づいたのか、今までやってきた殺生が夢に現れ、眠れぬ日が時折ある。

だがまだ今までの悪行を悪夢として繰り返して見るうちはいいが、将来の不安を夢見てしまい、太郎や次郎が俺を殺す夢を見てしまうと、狂ってしまって太郎や次郎を殺してしまうかもしれない。

子供達との愛情を深め、将来の不幸を未然に防ぐことも大切だし、自分の不安を取り除き、子供達を殺してしまうような乱心に至らないようにするのも、天下布武を成し遂げようとしている俺の義務だろう。

「だが太郎、次郎、三郎、御前達だけに時間を作るにも限度がある」

「「「はい」」」

「親子として話すだけならば、こうして母を共にする兄弟姉妹だけで話すことが出来るが、武田の後継ぎとして戦や政の話をするのならば、母の違う兄弟姉妹達とも一緒に話さねばならぬ。そのことは理解しているな」

「はい、理解しております」

「母上様からも、例え母が違おうとも、兄弟姉妹仲良くし、家を割るようないように教わっております」

「はい、私も母上様や爺から、兄弟争う愚を教わっております」

太郎も当然幼いのだが、それ以上に幼い次郎と三郎も、妙に大人びている。

戦国の世だから、幼くても何かあれば殺されてしまう。

俺を心から恨み憎んでいる者も多いから、日頃から九条簾中も傳役達も、1日でも早く子供達を1人前にしようと、教え育ててくれているのだろう。

それが正しいのかどうか、前世で子供のいなかった俺に分からない。

だからとても不憫な気もすれば、仕方がないことだという思いも同時にある。

まあ太郎が1人前になるまでは、信玄に戦と政の主導権を渡して、子供達との時間を多く作るようにしよう。

「殿下、弾正様が時間に余裕が出来た時に御会いしたいと、部屋の外に来られておられます」

「そうか、弾正には政務殿で待つように言ってくれ」

真田弾正少弼幸隆

幸隆が九条や太郎達との団欒を中断させてまで報告に来るとなると、それなりの連絡が来たのだろう。

至急会いたいと言わないところから見ると、一大事ではないのだろうが、今日中には報告すべきことと判断したのだろう。

だとすると味方の敗戦や戦死病死ではないだろう。

四国攻めが佳境に入っていたから、一条兼定を殺したか捕らえたという報告だろう。

丁度いい機会だから、太郎には同席させることにしよう。

次郎と三郎は、いくら大人びていると言っても9歳8歳の子供に過ぎないから、少なくとも元服を迎えるまでは子供でいさせよう。

太郎は嫡男だから、俺に万が一があれば武田家当主になる可能性もあるし、不憫だが少しずつ責任を背負わせるしかない。

鉄は熱いうちに打てと言う格言もあるし、自分で願い出た今日がいい機会なのかもしれないし、



1562年3月小田原城本ノ丸の政務殿・鷹司義信・鷹司太郎・真田幸隆・織田信長など:鷹司義信視点

秋山左近大夫将監虎繁:鷹司家京都奉行・通称左近将監
佐竹左近衛大夫義頼 :史実の勝頼・通称左近太夫
武田左衛門督信繁  :義信叔父・安芸大宰


「四国におられる安芸太宰様と左近大夫様からの連絡によると、土佐一条家と伊予西園寺家の血脈は、途絶えたとのことでございます」

「左様か。それで御上と院の御機嫌はいかがだ」

「左近将監殿からの連絡では、よろしからずと言う事でございますが、御屋形様からの連絡では、問題なしと言う事でございます」

「御屋形様が問題なしと言われるのなら、何も問題はない」

「「「「「は!」」」」」

やれやれ、土佐一条家と伊予西園寺の血脈を、密に落ち延びさせて公卿衆に恩を着せることもなく、ただただ強気に脅す手で行くのか。

問題は信玄が大内義通をどう扱うかだ。

俺が約束したことを反故にして、土佐一条家の謀反を理由に表立って殺してしまうのか。

それとも密かに忍びを放ち、病死に見せかけて殺してしまうのか。

この程度の事は、俺の側近衆なら当たり前に気付いている手数の1つだが、流石にまだ太郎には聞かせられない話だ。

「それよりも大切なのは、太郎の初陣をどうするかだ。九州攻めに太郎を出陣させたいが、いつ頃を想定されているか御屋形様に聞かねばならん」

「早速御屋形様に連絡したしましょうか」

「うむ、直ぐに伝えさせてくれ」

連絡網に関しては、思いつく限りの手段を試し、実現出来るものは全て導入してきた。

旗振り通信に関しても、望遠鏡の倍率を上げつつ、手旗信号を駆使出来る通信兵を育て上げ、遂に京から小田原までの連絡網を整備した。

情報漏洩を防ぐために、機密情報を送るのは躊躇われるが、情報伝達の速さには代えられない場合が多い。

高性能望遠鏡と通信兵の数が少なく、一定間隔に高い通信櫓を建設しなければいけないので、諏訪や甲府には整備されていない。

通信櫓を設ける城砦に関しては、500石に1つは城がある状態なので、新規に築城する必要などない。

もっともほとんどの城は、堀切と堀切を作るときに出た土を盛った土塁、そして土塁に設けた塀や逆茂木がある程度で、前世の大半の人間は城だとは思わない粗末な代物だ。

そんな城であろうとも、遠くからの視界が確保出来る高い櫓を設ければ、手旗信号で情報をやり取りすることが出来る。

だが諏訪や甲府のような雪深いところでは、大雪が積もって視界が妨げられる場合があるし、何より連絡が入っても軍を動員して対処することが出来ない。

だが箱根を越える連絡網を整備するのは、少々労力が必要だった。

「父上様、太郎には聞かせられない事があるのでしょうか」

「やれやれ、太郎には最優秀な側近衆を付けたから、余の隠し事を簡単に暴いてくれるのだな」

「申し訳ございません、大将軍閣下。しかしながら太郎様も軍議に参加される以上、閣下の側近衆が理解していることを知っておかねばなりません」

「そうか、そうであったな。その若さで謀略の汚さを知らせるのが不憫であったが、家臣の理解していることを知らない主君では、家臣に侮られる可能性があったな」

「はい、後で某がお教えするよりも、閣下から御伝えになられたほうが宜しいかと愚考したしました」

「よくぞ余の間違いを正してくれた。心から感謝するぞ」

「もったいなき御言葉を賜り、恐悦至極でございます」

やれやれ、また間違えるとこだった。

「太郎よ、今からじっくりと教え聞かす故、しっかりと聞くのだぞ」

「はい、父上様」

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