転生武田義信

克全

第154話兄弟

1561年6月・信濃諏訪城の本丸義信私室:鷹司義信・佐竹義頼・義信の側近と護衛:義信視点

「兄上様、御久しぶりでございます」

「久しいな左近衛大夫、よくぞ訪ねてくれた」

「はい、兄上様」

「うん? どうしたのだ、左近衛大夫は気に喰わぬか」

「はい、そのような他人行儀な官職名ではなく、どうか四郎と御呼びください!」

「そうかそうか、確かに兄弟水入らず太郎四郎と呼び合う方がいいな。だがそれは少し待ってくれ。こうして膝を突き合わせて話し合える機会は、そうそうないのだ。まずは政の話を済ませてしまおう」

「我儘を申してしまいました。未熟な若輩者の妄言、お笑いくださいませ」

「なぁに、俺も左近衛大夫に久し振りに会えてとてもうれしいのだよ。だがまあ官職を頂いている以上、まずなさねばならぬ事がある」

「はい、殿下」

「うむ、では尋ねるが、関東の開墾はどうなっておる」

「はい、関八州の国衆地侍を動員し、江戸城の築城と開墾を推し進めておりますが、先ずは殿下の優先順位に従い、上水と用水路の整備を進めております」

「順調に進んでおるのだな」

「はい」

四郎の側近に付けた、近衛黒鍬出身の座光寺為則が自信に満ちた顔をしているから、予定以上の進み具合なのだろう。

影衆からの報告も、何の問題もないと言う事だから、国衆や地侍対策も万全なのだろうが、ここはちゃんと四郎の口から直接報告を受けて、心から褒めてやらねばならん。

「新たに鷹司家に従った国衆や地侍は、異心なく従っているか」

「はい、殿下。一族一門家臣を直臣にされ、勢力を著しく減じた宗家は叛意を持っているでしょうが、取り立てられた一族一門家臣衆が、自分達の地位と領地を護るため、宗家を監視し抑え込んでおります」

「そうか、左近衛大夫が新参の者どもを公平に扱い、その心を掴んでくれているからこそ、異心なく仕えてくれているのだ。これからも今まで通り、新参の者どもの不安や疑念を取り除いてやってくれ」

「はい、殿下。幼き頃に殿下が私にしてくれたように、大きな心で家臣達に接していきます」

「そうか、そう言ってくれるのか」

「幼き頃も今も、私には殿下の愛だけが頼りでございます」

「そう言ってくれるのは有り難いが、右近衛大将と左近衛中将も、左近衛大夫を愛している」

「は、申し訳ありません。実信公と公之卿にも優しくして頂きました」

少し慌てて言い直しているから、実信と公之に隔意などないのだろうが、俺とは違うと言う事か。

嬉しくもあり心配でもあるな。

「うむ、それで雪で信濃が閉ざされる前に、小田原城に移りたいのだが、順調に進んでいるようだな」

「はい、小田原城の新たな縄張りも順調に進み、総構えも秋までに完成する予定でございます。殿下が特に大切にされている、伝書鳩や旗振り通信、騎馬伝令や狼煙台の整備は既に完了しております」

「よくやってくれた。これで冬の間も雪に閉ざされる事なく、何時でも動く事ができる」

天正地震・慶長地震に備え、関八州を大開墾して江戸城を築城する予定ではあるが、直ぐに完成するものではない。

防御力に問題のある城に入る訳にはいかないし、通信連絡が整備されていない城に入るのも問題だ。

諏訪城は防御力は完璧で、通信連絡もある程度完成されている。

だが冬の間は雪に閉ざされ、伝書鳩と旗振り通信に頼ることになり、機動的な部隊移動など不可能だ。

信玄の親父と信繁叔父上が要所にいてくれるから、問題がないと言えばないのだが、だからと言ってやれることをしないのは油断でしかない。

堅城で有名な小田原城が空いており、俺が小説を書こうとして調べた範囲では、戦国期に小田原で大地震はない。

1498年に南海トラフ地震があり、1525年に鎌倉で被害があった以降は、徳川綱吉の時代に元禄大地震と富士山の噴火が起こるまでは、歴史に残るような自然災害はなかった。

伊豆周辺だから、中小の地震は日常茶飯事だろうが、城が崩れて下敷きになるような地震はないと思う。

「お褒め頂き、恐悦至極でございます」

俺に褒められるのがよほど嬉しいらしい。

計算の上で愛情を注いでいただけに、不完全な良心回路がズキズキ痛むが、完全な嘘偽りではないから許してもらおう。

色々な政の話が終わったら、久し振りに兄弟水入らずで話をしよう。

四郎の大好きだった水飴や蜂蜜は用意してあるが、ジャムやバターも使って、手ずから甘いお好み焼きを焼いてやろう。

童心に帰って、兄弟枕を並べて寝てもいい。

我が嫡男の太郎とも昵懇の仲にしたいが、これを急ぐと俺の欲得が表に出てしまう。

虚飾で浪花節ではあるが、妻子を差し置いてでも、家臣や兄弟を優先しなければならない時がある。

やっと諏訪に戻り、九条を筆頭とする妻妾たちや、太郎を筆頭とする子供たちと親しく接する事ができている。

今浜城に来る事ができた側室や妾、庶子の子供達とはそれなりに接する事ができていたが、九条や太郎達正嫡の子供とは、1年ぶりの再会だ。

1分1秒でも長く接するべきなのだが、なかなか思うに任せない。

この愛情の希薄が、後々禍になる可能性もある。

今までの方針を改める時が来ているのかもしれない。

コメント

コメントを書く

「歴史」の人気作品

書籍化作品