転生武田義信

克全

第128話剽悍丹波勢

丹波須知城・飛影と望月:第3者視点

「望月殿、手配りはいかがかな?」

「御任せ下さい、伊賀甲賀の精鋭が、丹波衆など蹴散らして御覧に入れます」

「無理はなされぬように。これからも畿内、中国、四国、九州と働いてもらわねばならぬ。ここで必要以上に死傷者を出してもらっては、閣下がお困りになられるのだ」

「有り難き御言葉でございます。出来る限り死傷者を出さぬように、改めて指示いたします」

「うむ。それで実際のところ、甲賀と伊賀の者達に不平不満は出ておらぬのか?」

「上忍と言われている国衆の中には、内心多少の不満がある者もいるでしょが、領地を持つことも叶わず、日々雇われて暮らしを立てていた下忍と呼ばれていた者達は、皆喜んでおります。正式に召し抱えて頂き、扶持を子孫に伝えることが出来る上に、奉公に必要な銭はその都度別に頂けるのです。何の不満もございません」

「望月殿自身はどうなのだ?」

「多くの下忍や中忍を引き抜かれて、大将軍閣下が彼らを直臣として召し抱えられたことに、正直複雑な思いは御座います。しかし信濃の御本家の御陰で、伊賀甲賀の世話役になれたのです。御本家の立場を危うくする訳には参りません」

「ふむ、御本家か」

「はい」

「他の主だった家はどうなのだ?」

「皆必死でございます。特に一時でも鷹司卿に敵対した家は、家名と血統の存続をかけて、丹波に従軍しております」

伊賀十二人衆の中でも、猪田郷の森田浄雲・柏原城主の滝野吉政・百地三太夫・城戸弥左衛門などは、それぞれが組下の者を指揮して働いていた。杉谷善住坊や城戸弥左衛門は鉄砲組を指揮して、高羽左兵衛や高山ノ太郎四郎などの、他の組が引き付けて来た丹波勢を射殺していた。

「道順、景春、何時でも伝令を走らせられるようにしていてくれ」

「「承りました」」

「源吾、保長、孫六、虎之助は奇襲に備えろ」

「「「「承りました」」」」

丹波では、騎馬で伝令を送れない所も多い。

特に山岳地帯でのゲリラ戦ともなれば、騎馬伝令は全く役に立たない。

そこで飛影は、伊賀崎道順・篠山景春などを配下と共に、伝令役として側近くに置いていた。

同時に松平家を致仕して鷹司家に再仕官した、甲賀伊賀縁の渥美源吾・服部保長・鵜飼孫六・青山虎之助などの手練れを、自分の護衛役に置いてある。

甲賀伊賀の国衆が裏切る事も考えられるのだ。

まあ最側近として、小さい頃から鍛え上げた影衆出身の近習衆がいるし、狼も側を離れずいてくれるからこそ、甲賀と伊賀を使う事ができるのかもしれない。

丹波国衆は、山岳地帯で鍛えられた地侍を投入して、ゲリラ戦を挑んできた。

特に切り札とも言える、丹波に土着する忍者集団を投入してきた。

村雲流 :丹波国村雲荘の忍術の総称。丹波郷士村雲党(桑田党)に伝承
波多野流:丹波国村雲荘の忍術の総称。丹波郷士村雲党(桑田党)に伝承

史実でも、織田信長が派遣した明智光秀が苦戦した。

三好長慶が派遣した、松永久秀より才能があったとも言われる、松永久秀の実弟である松永長頼(内藤宗勝)が討ち死にしている。

だが今回は相手が悪かった。

丹波方面軍団は、影衆の棟梁だった猿渡飛影が団長なのだ。

波多野家に仕える、石川頼明・雑賀五郎兵衛・龍野実道などの、他国に聞こえた手練れの忍者たちでも、ほとんど歯が立たなかった。

鷹司家では、近江を占領して以来、甲賀と伊賀の忍者を家臣団に取り込んで来た。

今回の丹波と丹後の侵攻に際して、甲賀と伊賀の戦闘系忍者は、全て飛影の配下として付けられていたのだ。

北条家に仕えていた風魔は、関東東北地方の影衆の下につけられた。

勿論史実で伊達政宗が創り上げた黒脛巾組に入るはずだった忍者も、関東東北方面影衆の配下になっている。

そして敵対していた甲賀と伊賀の忍者組織は、最低でも代替わりさせられたし、大概は末流や他家から養嗣子を迎えることになった。

ただ伊那を焼き討ちした一族だけは、情け容赦なく皆殺しにされた。

唯一の例外は、史実で武田信玄が創り出した三ツ目衆の者達だ。

武田晴信は、嫡男の鷹司義信に全てを預ける事無く、独自の忍者組織を維持していた。

それはそれとして、つまり影衆と甲賀伊賀忍者を駆使した飛影によって、丹波衆の奇襲は事前に察知されており、罠に中に飛び込む状態となっていた。

罠に誘い込まれた丹波忍者は、1人又1人と殺されていった。

一団となった軍勢は、鉄砲隊の前に誘い出され、一斉射撃の餌食となった。





京二条城の鷹司屋敷・鷹司義信・真田幸隆・秋山虎繁・黒影:鷹司義信視点

「閣下、雪のため丹波攻略が思うように進んでおりません」

黒影が申し訳なさそうに伝えて来た。

だが明智光秀すら攻めあぐねた丹波を、そう簡単に攻め取れるとは思っていない。

だが影衆の総帥たる飛影が攻略に手間取っている事を、配下の黒影は申し訳なく思っているのだろう。

「気にする事はない。丹波は守るに易く攻め難い地だ、幾年掛かろうと構わん」

「有り難き御言葉では御座いますが、それでは飛影も見放されたと思うかもしれません」

幸隆が横から助言を入れて来た。

確かに些細な言葉一つで、刃傷沙汰が起こる事もある。

幼き頃からの友諠があると油断するのは、問題があるかもしれない。

「そうだな、幸隆の申す通りかもしれぬ。黒影、飛影には今まで通り、損害を抑えるように戦ってくれと伝えてくれ。一時の功名にとらわれる事無く、領民を害する事も無く、今後の為の戦力を残す戦い方をしてくれと伝えてくれ」

「随分と難しい注文でございますな」

「何時も飛影が心得てくれている事を、改めて伝え直すだけだ。特別な事では無い」

「左様でございますな。だがこれで新たに側仕えになった甲賀と伊賀の者達も、閣下と飛影殿の関係を、想いを新たに見る事でございましょう」

「幸隆は彼らを心配して見ておるのか?」

「手練れでございますから、色んな所から調略も入るでしょう。何よりも飛影殿配下の影衆が、数多く閣下の側に送られてきております」

「飛影の周りに、裏切る可能性の高い者が増えた上に、守るべき影衆が減ったと言いたいのだな?」

「甲賀と伊賀の者達に顔を知られていない影衆を、飛影殿の側から遠ざけ、面体を知られ無いようにしたのは理解しております。しかし飛影殿は、閣下に取って無二の者ではなかったのですか?」

「油断していたのかもしれんな、何かあってからでは後悔するかもしれん! 黒影、顔の割れている手練れを、黒影の下に送り返してくれ」

「御言葉でございますが、飛影の下には服部をはじめとする松平家に仕えた者達が近侍しております。その者達の忠誠を疑う事になりますが、それでも宜しいのでございますか?」

「人を使うのは難しいな」

「閣下、余計な事を申しました。今まで通りに布陣で宜しいと思い直しました」

「そうか、幸隆もそう思うか?」

「はい、誠に申し訳ない事を申しました。」

人間関係は難しいな!

多くの将兵を束ねる身となれば、好き嫌いで将兵の扱いを変える訳にはいかない。

丹波攻略が失敗しても構わない。

生きてさえいれば、何度でもやり直しは出来る。

必ず生きて帰ってきてくれ飛影!





周防和山城・大内義通・江良房栄:第3者視点

「房栄、この話信じていいのだろうか?」

「義通様が一条家の使いとして見た事のある者が、確かに加わっておるのでございますな?」

「それは確かだ、見間違うことはない」

「ならば大丈夫でございます。それに南蛮船を10隻も持っているような大名は、日ノ本広しといえども鷹司卿だけでございましょう」

「そうか、ならばすぐに支度をすべきだな」

「はい、兵達も出来る限り船に乗せて貰いましょう。どうしても乗せきれない者達は、銭を与えて京にまで来るように申しましょう」

「本当に京まで来てくれるだろうか?」

「難しいでしょうが、御屋形様が兵を見捨てなかったという事が大切でございます」

「なるほど分かった、皆に直接そのように伝えよう」

大内義通には、思いもかけない名将が側に付いていた。

陶隆房の家臣でも屈指の名将、江良房栄が大内義通と共に和山城の留守を守っていたのだ。

どうやら毛利元就が江良房栄に才覚を恐れ、房栄が大内義隆に味方して隆房を裏切ると噂を流していたのだ。

隆房は猜疑心が強い一面があったため、房栄を誅殺しようとした。

だがそれを大内義通が庇い、自分の後見役として城に残してくれと説得したようだ。

もし高嶺城に攻め掛かる隆房の帷幕に房栄がいれば、ああも易々と奇襲を許さなかったかもしれない。

繰り言でしかないが、毛利元就を味方に引き入れていたら、全ては変わっていただろう。

大内義通は、城に残る将兵を慰撫してからガレオン船に乗り込んだ。

瀬戸内海は危険なので、安全な日本海側を若狭に戻るのだ。

もし義通が生きて京に戻る事が出来たら、鷹司義信は中国地方に兵を送る絶好の大義名分を手に入れる事が出来る。

一条房通が亡くなり、近衛家も力を落とした今なら、二条家がどれほど頑張ろうと、朝廷内の勢力を盛り返すことは出来ない。

二条家が後押しする、足利義冬連合が京を制圧しない限りは、大内義通の生殺与奪は鷹司義信の手の中にある。





丹後建部山城:第3者視点

「義道殿、義辰殿、ここは諦めて、丹後の国衆に鷹司卿に従うように使者を送られよ。さすれば命を助けた上で、多少の扶持は保証して差し上げられる」

「扶持と申される以上、領地は頂けないのでござろう。僅かな銭を得る為に一色の名を辱め、武士の誇りを捨てる事は出来ぬ」

「ならばここで腹を召されるか? そのお覚悟が御有りならば、私が介錯させて頂こうかな!」

出羽三山の僧兵出身で、今では狗賓善狼の側近として修験者系影衆を束ねる、大林坊俊海が身を乗り出してきた。

史実では、伊達政宗に仕えて黒脛巾組の幹部だった言われているが、出羽三山の僧兵全てが鷹司卿の配下になったために、大きく歴史が変わっている。

「! 待ってくれ! もう少し時間をくれ!」

「嫌々、切腹に時間を掛けては、一色家の名を辱める事になり申そう。ここは今直ぐ切腹いたされ、武士の誇りを一族郎党に示されるがよかろう!」

「どうか御待ちを! 御待ち願いたい!」

「ならば国衆に降伏臣従の文を書かれ、使者を送られるのでございますな?!」

「書く! 書かせて頂く! ただ教えて頂きたい! 我はいったい幾らの扶持を頂けるのか?」

「鷹司卿の直臣として働くと申す一族郎党衆は、別に扶持を与え一家を興して頂く。義道殿と御嫡男の義定殿は、500貫文を喰い扶持として御与えいたそう」

「たったの500貫文だと!」

「義定殿が鷹司卿の家臣として働くと申されるのなら、功名に応じて扶持を新たにお与えすることになりますが、今は500貫文でございます」

「今後の働き次第で変わると申されるのだな」

「左様」

「・・・・・分かり申した、文を書き使者を送りましょう」

一色義道は降伏した。

しかし一色義清は弓木城に入って、頑強に抵抗する姿勢を示した。

だが狗賓軍団は、波の穏やかな日を選んで、将兵を船に乗せて弓木城を奇襲した。

油断していた一色義清が討ち取られた事で、丹後の国衆の抵抗は急速に納まり、年を跨ぐ事無く丹後は鷹司卿の支配下に入った

コメント

コメントを書く

「歴史」の人気作品

書籍化作品