閉じる

転生武田義信

克全

第119話長野業正・能登攻防

上野箕輪城:第3者視点

信玄は素早く対応策をとり、平井城に抑えの兵を置いて、箕輪城を包囲した。

これは以前に義信から、長野業正が難敵なので、上野侵攻をしないようにと止められていたからだ。

そこで信玄は、名目上は総大将だが、無能な上杉憲政が籠る平井城を包囲するより、今回の一連の夜襲で有能な事が証明された長野業正を、城内に閉じ込める作戦を取ったのだ。

長野業正は閉じ込めたものの、他にも有能な者が上杉勢にいる可能性があり、信玄は夜間に多くの篝火をたかせ、昼間に将兵を寝かせる昼夜逆転体制で箕輪城を囲んだ。

その上で義信から手に入れた大弩砲を使って、肥松大矢で火攻めを実施した。

信玄としても、自らの功名を誇りたい欲はあるが、何よりも武田家による天下平定が最優先だった。

功名を求めて逸りたつ一門譜代衆の手綱を引き締め、上杉勢に隙を見せないように攻城戦を展開して行った。





美濃岐阜城・鷹司義信・織田信長・真田幸隆・黒影:鷹司義信視点

「大将軍閣下、信繁様が能登を攻め取られたそうでございます」

「「「「「なに!」」」」」

「騒ぐな! 叔父上が攻略を決断されたのなら、それは必要な事だったのだ。分かっている範囲でいい、説明せよ」

黒影の説明によると、能登畠山家の当主である畠山義続は、下劣で好色な男で、家臣の若い娘たちを集め、怯える少女に乗馬を強要したそうだ。

多くの娘 は馬を乗りこなすことができなかったが、遊佐続光の娘だけは見事に馬を乗りこなしたが。

だが彼女が美少女だった事が、大きな災いとなった。

畠山義続はその場で、遊佐続光の娘に妾になる事を強要したのだ。

だが娘は気丈であったので、畠山義続を強要を断ったのだが、義続は遊佐続光と一門の多くが俺の政策で遠征軍に加わっている事をいい事に、その場で娘を拉致して城内に連れ込み強姦したのだ。

娘はその事を恥じて自害した。

その噂を聞き知った信繁叔父上は、この事を放置すれば、鷹司家と武田家の政策で遠征軍に加わっている、全ての国衆と地侍の信頼を損ねる一大事と判断されたそうだ。

即時動員可能な加賀と越中の直卒将兵と、国衆と地侍に畠山義続の凶行を伝え、全力動員をして能登に攻め込まれた。

信繁叔父上の侵攻に対して、能登の国衆と地侍は一切の抵抗をしなかった。

畠山義続は、既に能登の国衆と地侍の信望を失っていたのだ。

今回の事件は俺の失策だった、能登を安定させるために畠山七人衆を畿内に追い出したが、その後の能登の国衆と地侍はもちろん、領民の事を考えていなかった。

その所為で多くの人が、畠山義続の悪政に苦しんでいたのを、信繁叔父上が正して下さったのだ。

信繁叔父上は、畠山義続とその取り巻きの弁明・交渉・降伏臣従願いを一切はねつけ、一族一門全てを根切りされたのだ。

信繁叔父上がどれだけこの問題を重要視されていたかが分かる。

「それと大将軍閣下、信繁様から処罰願が送られてきております」

「そうか、追って沙汰する」

信繁叔父上は、能登畠山家を滅亡させ能登を横領する罪と、俺の指揮を受けずに独断専行した事の罪を、一身で受けて下さる心算だ。

今回の件とは多少違いがあるが、遠征に参加中の国衆と地侍も、留守にしている国元に不安を抱えている者が多くいる。

主家による横暴や、近隣の国衆や地侍との境界争い、水利争い、家臣のよる横領、妻妾の不義密通など、数え挙げたら切りがない。

早期に能登畠山家を処罰する事は、鷹司と武田には必要不可欠な事だった。

だが朝廷や幕府内の、反鷹司には格好の攻撃材料を与えた事になる。

足利は新しい能登守護に、反鷹司の者を任命するだろう。

だが一旦手に入れた能登を、今更手放す事は出来ない。

国衆と地侍はもちろん、何より領民の為に、真っ当な政を行う者を統治者に選ぶ必要がある。

だが各軍団長に独断専行を許せば、家中の統制が出来なくなる。

大きな失敗を犯したり、鷹司と武田家の拡大に合せて、自身が成長できなかった軍団長を、解任することが出来なくなる。

下手をすればその軍団を使って、俺の首を狙ってくるかもしれない。

「大将軍閣下、先ずは姉小路信綱様を、越中と加賀に送られてはどうですか?」

「加賀の一向衆に備えろと言う事か?」

「はい、信繁様に越中と能登から移動して頂く事になった場合、一門で実戦経験も豊富な方が次の軍団長でないと、国衆と地侍の信望を失う事になりかねません」

「幸隆の申す通りだな、姉小路信綱殿が旗頭にはふさわしいだろう。だが補佐役は必要不可欠だ、誰が補佐役に相応しいと思う」

「甘利信忠殿」

信長に話を振ると、迷う事なく即返答してきた。

確かに移動時間と周辺の安全性を考えれば、木曽にいる甘利信忠が適任だろう。

「戦略が根本的に代わるから、人員及び戦力配備を再考する。明日もう1度問うから、それまでに考えておけ」

幸隆・信長・黒影以外の、近習衆と小姓衆も常に考えさせ、戦略戦術を組み立てる思考を鍛えなければならない。

常に限られた情報の中で、戦略戦術を考える試練を与える。

この中から新たな軍師が育って欲しい。

翌日時間を浪費する事になるのだが、近習衆と小姓衆に考えた戦略戦術を披露させた。

皆の前で言わさねば、本気で考えない可能性もあるからだが、この生き地獄の時代に努力しないとは思えないのだが、中にはそのような超暢気者がいないとも限らない。

最終的には、幸隆・信長・黒影の戦略の中から採用するしかないのだろうが、何か目の冴えるようなアイデアを、近習衆が出してくれないものだろうか。

「能登には武田信実様に、武居善政、武居堯存、武居善種をつけて送り出しましょう」

「武居善政は、長年共に轡を並べて戦って来た歴戦の勇士だし、内政も巧みだ、何の問題も無く能登を束ねて行ってくれるだろう。それで信繁叔父上はどうする?」

幸隆の戦略に対して、1番大切な信繁叔父上の処遇を問い質す事にした。

「信繁様には独断専行の罪を着て頂き、副総大将に降格の上で、東国に行って頂きます」

「うむ」

「しかしながら今回の信繁様の英断は、遠征中の国衆と地侍にとっては、干天の慈雨でございます。表向きの処断以上の、眼に見える褒賞が必要でございます」

「その通りだ」

「そこで、鷹司太郎様の傳役に任命された上で、大将軍閣下が可愛がっておられる事が周知の、武田四郎様の後見人、陣代、副総大将として東国に行って頂くのです」

「今回の能登根切りを、陸奥で抵抗する国衆と地侍への圧力に使うと言う事だな」

「はい、降伏臣従を主とする侵攻ですから、無理せずゆっくり進んでいただきます。軍勢は滝川一益軍団の半数を分派して、四郎様の軍団の基幹といたしましょう」

「なるほど、だがそれで陸奥を落とせるのだな?」

「滝川一益軍団の半数で編成された、四郎様の軍団だけでも十分でございますが、漆戸虎光殿の出羽浅利方面軍、飯富虎昌殿の出羽山形方面軍、曽根昌世殿の陸奥会津方面軍が各個進撃します。負ける要素は御座いません」

「なるほど、信長はどう考える」

「全く異存はありません、ただ四郎様の元服と佐竹家の当主継承は済ませましょう」

「その通りだな、他にすべき事を思いつく者はいないか」

誰も何も言いださなかったからだろう、黒影が申し訳なさそうに提言してきた。

「諏訪頼善殿を、四郎様の側に御仕えさせた方がよいのではありませんか?」

「なるほど、四郎もその方が心強いだろう」

俺が最も言って欲しかった事を、俺に代わって黒影が言ってくれた。

頼善殿に諏訪を返してやる事は出来ない、自分の力で新たな領地を手に入れてもらうしかない、だからここで四郎と助け合って功名を手にして欲しい。

「後は半数に割る滝川一益軍団の人員配置でございますな」

幸隆の言葉と共に大筋が決まった、後は軍略の細目を検討することになった。





上野箕輪城:第3者視点

信玄の攻撃は手堅かった。

長野勢鉄砲隊の射程外から大弩砲と大弩で攻撃し、長野勢が耐え切れず後退したところを前進、徐々に箕輪城を侵食して行った。

これに対して、上杉勢の動きは鈍かった。

要である長野業正を欠いてしまったため、足並みを揃えて信玄軍を攻撃する事も、少数精鋭で夜襲する事も出来なかった。

ここで信玄は、謀略を仕掛ける事にした。

長野業正の家臣に偽装させた者に、平井城の上杉憲政に救援を要請させたのだ。

最初は援軍に躊躇していた上杉憲政も、和田信景・和田業繁・神保昌光・由良成繁・国繁親子が、続々と内応を約束してきたことで信じてしまった。

側に軍師や謀臣がいれば諫めたのだろうが、生憎そんな家臣はいなかった。

上野衆を纏め上げ、自分を傀儡にしている、長野業正に対する反発もあったのだろう。

信濃志賀城救援に出兵した際に、長野業正の諫言を聞かずに大軍を送り、佐久郡小田井原における「小田井原の戦い」で、信玄に大敗を喫した負い目もある。

今回の平井城包囲戦で功名を上げた長野業正への妬み、自分も功名を上げて見返してやりたい欲望が、眼を曇らせてしまっていた。

上杉憲政が、平井城の抑えに残った武田勢を蹴散らし討って出た時に、余りに簡単に武田勢が崩壊することに、本当は疑問を持たなければならなかった。

だが自分の武勇が勝っているのだと、上杉憲政は思っていた、いや、そう思いたかったのだろう。

長野業正が夜襲を成功させ、毎日武田勢を翻弄させていたのを、指を咥えて平井城から見ていたことも悪かった。

長野業正に出来るのなら、正当な関東管領である自分にも出来ると思っていた、いや、これも思いたかったのだろう。

上杉憲政は、秘かに武田勢に夜襲を仕掛ける心算だった。

だが和田勢と合流約束していた和田城の手前で、背後から一斉射撃を受けたのだ。

闇夜に鉄砲だから、命中率は高くないし、使用された鉄砲も中古の小筒と中筒が大半だ、実損害は多い訳では無い。

だが武田勢を襲う心算だった自分達が、待ち伏せを受けた事の衝撃は大きかった。

「和田城に逃げ込め! 和田城に逃げ込めば助かるぞ」

上杉憲政は判断力を失っていた。

合流を約束し、安全なはずの渡河地点を渡り切った所で待ち伏せされたのだ。

内応を約束していた、和田信景と和田業繁の裏切りは明白だった。

だが上杉憲政は信じたかった。

鳥川の佐野渡しをもう1度戻ろうとすれば、対岸に辿り着くまでに全滅するのは明白だった。

和田勢が味方でなければ、行くも戻るも全滅しかなかったのだ。

だから上杉憲政は、この期に及んでも、和田信景と和田業繁は忠臣だと信じたかった。

「関東管領の上杉憲政である、開門~!」

上杉憲政の悲痛な呼びかけに帰って来たのは、鉄砲の一斉射撃と大量の弓矢だった。

武田勢の追撃を受け、多くの将兵を失っていた上杉勢は、この攻撃だけで壊滅的損害を受けた。

そこに城門を開けて討って出て来た和田勢が、情け容赦なく切り込んで来た。

旗本衆の決死の防戦で、何とか討ち取られずに済んだ上杉憲政は、平井城に戻ろうと再度烏川を渡河しようとしたが、ここに武田勢が追いついてきた。

渡河しようとする上杉勢に鉄砲隊の一斉射撃を行い、その後で横列槍隊の一斉突撃を仕掛けた。

鉄砲玉で重傷を負った上杉憲政は、切腹する事も出来ず、雑兵の槍に掛かって死ぬ事となった。

「転生武田義信」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「歴史」の人気作品

コメント

コメントを書く