転生武田義信

克全

第107話私的軍議4・大規模部隊移動

10月信濃諏訪城の奥殿:鷹司義信視点

「ねぇねぇねぇ、御屋形様になんて返事するの」

桔梗ちゃんは今川の行く末に興味深々だ。

「御屋形様にお任せするよ」

「ええ~、ちゃんと皆でかんがえようよ~」

桔梗ちゃんは意外と謀略好きなのかもしれない、口をとがらせて抗議してくる。

「若様を困らせちゃだめよ、でも何故なんの提案もなされないのですか?」

茜ちゃんが桔梗ちゃんを宥(なだ)めながら、俺の消極的な理由を聞いてくる。

「伊那の恨みがあるからね、冷静に戦略的な判断が下せないかもしれないし、叔父姪の結婚は嫌なんだよね」

どうも前世の影響か、近親相姦には嫌悪感があるな。

「叔父姪の結婚を嫌がられる理由は何なのですか? 五摂家の当主になられたのですから、嫌では済まないと思います。帝や他の五摂家方々に、明確な理由を示さねばならなくなると思われます」

楓ちゃんが生真面目に聞いてくるが、前世の法律違反とは言えないしな。

「以前読んだ書物に、近しい結婚は障害のある子が生まれやすく、身体も病弱なるって書いたあったんだ」

書物じゃなく前世の記憶だけど、いとこ結婚は祖父母がそうだったし、親戚にも多かったから抵抗感はないけど、諸外国では禁止されてるところのほうが多かったよな。

「若様がそう言われるなら真なのでしょうね。それで寿桂尼殿の提案を、御屋形様にお任せされるのですね。でも障害や病弱の話は、御屋形様になされないのですか?」

寿桂尼:今川義元実母・女戦国大名の異名もある。

茜ちゃんが俺への信頼を示しながらも、疑問を確かめてきた。

「そうだね、御屋形様にも理由は書いて送ったほうがいいね、ありがとう、そうするよ」

「ねぇねぇねぇ、御屋形様はどうされるかな? 潰しちゃうかな?」

どうも桔梗ちゃんは今川を潰したいらしい、俺と同じで伊那の恨みが大きいのかもしれない。

「それは無いわね。信智様が今川の嗣養子に入られるなら、駿河半国残しても問題無いと思うわ。義元も氏真も僧にして甲斐に送るという話だし、今川の一門譜代衆もおかしな事はしないと思うわ」

楓ちゃんの判断は正しいと思う、しかし寿桂尼殿も思い切った策を提案してきたものだ。

だがここまで追い込まれた以上、義元と氏真の命を助けて家名と血脈を残すには、いい提案だろう。

信智叔父上と結婚するのは、史実で義信の正妻だった嶺松院殿だろうな、なんか変な感覚だな。

「西駿河の国衆を早く平らげないと、三河戦線と近江戦線に援軍を送れないし、正直相模戦線が心配だよ。万が一関東軍と北条が手を結んで、今川がそれに呼応したら、御屋形様が伊豆・相模・西駿河の3方面から挟撃されてしまう」

「でも対策は講じられておられるではありませんか?」

楓ちゃんが万全の態勢だと思っているようで、不思議そうに問うてきた。

「確かにそうなんだけど、相手が理性的に対応しなかった時の損害は、今川の伊那侵攻で懲りたからね。俺と御屋形様が、役割分担して来たから今までやれてきたんだ。御屋形様に万が一のことがあれば、一門譜代衆の統制が難しい。まだ甲斐譜代衆の意識では、武田家は国衆連合の長であって、絶対君主じゃないからね」

「御屋形様が討たれた場合に、甲斐国衆の裏切りが有ると言われるのですか?」

茜ちゃんが怪訝(けげん)な表情で聞いてきた。

まあ前世の知識がなければ、武田を裏切る譜代衆の存在は思い浮かばないかもしれないな。

「上野の長野は名将だから、佐久の国衆を調略して信濃に攻め込んで来る可能性がある。小笠原長時と神田将監も、信濃を取り返すために長野と手を組むかもしれない。小笠原と佐竹は北条に直接の恨みはないから、河越公方と関東管領の上杉を説得するかもしれない」

「しかし若様は、飯富虎昌様と鮎川善繁殿に、米沢城の伊達に圧力をかけ動けなくさせて、会津の曽根昌世様を南下させて、佐竹を圧迫させておられるではありませんか。佐竹も迂闊(うかつ)に動けないのではありませんか?」

楓ちゃんが、日本中の敵味方戦力配備を思い浮かべながら、反論と疑問を投げかけてきた。

「確かに殆どの関東武士は国元に帰ったし、特に佐竹は昌世を警戒しているけど、小笠原騎馬隊が北条と組むことが怖いんだよ。御屋形様と甲斐譜代衆の装備や陣立てには口出ししなかったし、新兵器、特に肩付け士筒の鉄砲製造法も教えていなかったから、近衛府軍に比べて装備が悪いからね」

「そうでしたね、小笠原騎馬隊が暴れまわった時に、大弩砲と弩の秘密をお伝えしただけでした」

茜ちゃんが昔を思い出しながら答えた。

「若様の仰る通りでした、御屋形様が駿河におられる今は、甲斐と佐久が手薄でした。早急に今川と和睦して、御屋形様に甲斐に御帰還していただかねばなりません。それに北条にも、武田方として籠城を続けて貰わないといけません」

楓ちゃんが悔しそうに、自分の読み違いを訂正して新たな戦術を語った。

「まあ全部の可能性を図って、御屋形様には伝令を送ってあるよ」

全国の諸大名はどう動くだろう?

武田家の勢力圏が広がるほど、家臣や部隊の統制が難しくなる。

史実の信長が、次々と家臣に謀反されたのもそうだし、天才のナポレオンが敗れたのも、拡大した戦線と部隊を指揮する連絡網が構築できなかったからだ。

俺が築いた伝書鳩・狼煙・伝令による連絡網も、躑躅城か諏訪城に俺か信玄がいないと、的確な活用ができない。

そもそも携帯や電信を知る俺には、今の伝達速度は完全ではない。

信玄が駿河にいる以上、俺は諏訪から動けない。

この状態で色々とアクシデントがあった。

1つは、信龍叔父上に土岐家の家督を譲られた、土岐頼芸殿からのお願いだ。

鷹司家からの援軍の大半が、近江に侵攻したため、尾張の信長と一向衆連合が不安なのだろう。

戦略上仕方がない事は理解しているが、せめて共に斎藤道三の猛攻をしのいだ、馬場信春を美濃に戻して欲しいというものだった。

俺が美濃方面司令官に送った、甘利信忠では不安なのだろう。

この土岐頼芸殿からのお願いは、流石に無下にできなかった。

確かに馬場信春は土岐家の末裔である上に、土岐頼芸殿にとったら同じ釜の飯を食った戦友でもある。

甘利信忠は俺と共に戦った歴戦の戦士だが、能力以前に土岐頼芸殿の心の問題を疎かにしたら、土岐頼芸殿に調略の手が伸びて謀反につながるかもしれない。

今回は仕方がない問題だと思うので、馬場信春を美濃に戻してから、甘利信忠を近江に移動させた。

次の問題は、信智叔父上の婿入りと今川義元・氏真の甲斐移送、駿河国衆の武装解除だ。

これは圧倒的な軍事力、特に水軍力で押し切り、無理矢理動員されていた農兵に銭を与えて恩を売り、農繁期に間に合うように帰農させた。

その上で反抗的な今川国衆に、他国への仕官を許して餞別銭を与え送り出した。

だがこれはごく一部で、ほとんどの国衆は甲斐で人質となる、義元と氏真親子の為にも、鷹司に忠誠を誓った。

農耕に携わる必要の無い旧今川上級武士は、猿渡飛影の主力軍とともに駿東郡の最前線に移動させた。

つまり信用度の低い旧今川の遠江国衆と駿河国衆を、北条家と関東軍が決戦する可能性のある、最前線に送り込んだのだ。

猿渡飛影の主力軍2万1000兵が駿東郡に入った後で、信玄は躑躅城に帰還し譜代名将達を、青梅・八王子・上野などの侵攻口に派遣して守らせた。

ここまでの段取りを整えて、やっと俺が移動できる。

本能寺の変を知っている俺には、信玄と同じ場所にいることは恐怖なのだ。

ここまで周辺国と争っている状態では、どこの誰が調略されているかわからない。

いや、己の野心に身を焦がし、冷静な判断力を失って、成功するはずのない謀反に走る馬鹿が出るかもしれない。

闇影の報告で他国との接触が無くても、安心安全と言い切るのは危険だ。

後は近江の六角家が苦境に立っている。

信忠叔父上と三好の猛攻で、農兵を帰農させれないようだ。

三好家の国衆は農兵を帰農させたが、長尾景虎と松永久秀・長頼兄弟が、足軽部隊を指揮して農業に関係なく攻め続けているため、六角家は追い込まれている。

苦境の六角家を助けるために、若狭の武田信豊が動き出したが、農繁期のため動かせたのは専業足軽2000兵程度に留まっている。

しかし若狭武田家にも、戦略が分かっている者がいるようだ。

北国街道を使わず、若狭街道を使って援軍を出している。

ここなら田屋家に圧力をかけるとともに、足利の忠臣・朽木家の後詰めが出来る。

朽木が揺るがなければ、他の高島七頭も六角を寝返りずらい。

最後の問題は、北条家への養子だ。

8歳の四朗を送るのは可哀想過ぎる、これだけは反対だ。

信虎爺ちゃんと一緒に帰ってこられた信顕叔父さんなら、もう嫁を迎えてもおかしくない年齢だ。

北条家には信顕叔父さん行って貰って、比内浅利には信友叔父さんに行って貰えばいい。

問題は俺がどの方面に侵攻するかだが、出羽と奥羽から軍馬も集まったし、来春から動員予定だった新兵の早期動員も整った。

出羽から集めた新兵の訓練も十分で、騎馬弓隊を編成できたし、信廉叔父さんも支配下の出羽兵を送ってくださった。

何より諏訪の守りは、茜ちゃんたち嬢子軍5000騎に任せれば安心だ。





10月小田原城外の小笠原長時と神田将監:第3者視点

「御屋形様、義昭様からの返事は如何でございますか?」

神田将監は無駄と分かっているのだろう、諦観した顔つきだ。

「公方様も管領様も不同意だそうだ」

小笠原長時は心底残念そうだ。

「やはり氏康への恨みを忘れることはできませんか」

神田将監は当然の事と思っているのだ。

「まあ我らも武田への恨みを忘れることは出来んのだ、強くは言えん」

小笠原長時もこればかりは諦め顔だ。

「11月の甲斐への侵攻は許していただけましたか?」

神田将監が僅かな希望にかける。

「管領様も、武田には恨みがあると賛成してくださったが、義昭殿と公方様が不同意だそうだ」

小笠原長時は心底残念そうだ。

「やはり会津の兵が問題ですか?」

神田将監は武田の兵力配置を考えた。

伊達に牽制を依頼したのだが、南下すれば山形の武田兵に米沢城が襲われる恐れがあると、断りが来たそうだ」

小笠原長時も、伊達と佐竹が兵を動かした時の、武田の動きを考える。

「それでは義昭様も、太田城を動くわけには行けませんな。関東諸国の国衆も、上総武田家と常陸土岐家への備えが必要になりますし、動かせる兵は限られてきます」

神田将監は、どんな場合でも自分たちが動かせる兵を考えた。

「今の我が騎馬隊なら、信濃に入りさえすれば、武田など一蹴してくれるものを、諸将の足並みが揃わねば何もできん!」

小笠原長時の返事に怒りが混じっている。

「御屋形様、小田原城は武蔵衆と相模衆に任せてしまいましょう。常陸・下総・北下野衆は、各方面の武田に備えてもらいましょう。上野・南下野衆と我らで、信濃に討ち入りたいと義昭様に申しましょう。」

佐竹義昭:佐竹家の第17代当主・常陸太田城主





『武田信智の今川当主に入り婿になった時点の部隊配置』

「義信直卒軍」
大将 鷹司義信
近衛騎馬鉄砲隊:2000騎:加津野昌世
近衛騎馬弓隊 :2000騎:米倉重継
近衛黒鍬輜重 :2000兵
出羽兵    :5000兵
計      :4000騎・7000兵
「近江軍」
大将:一条信龍
副将:甘利信忠・原昌胤
遊撃:相良友和
騎馬鉄砲隊:2000騎・相良友和
近衛武士団:1000兵・甘利信忠
甲斐兵  :1000兵・原昌胤
大弩砲隊 :1000兵
足軽鉄砲隊:2000兵
足軽弓隊 :1000兵
足軽盾隊 :4000兵
足軽槍隊 :3000兵
計   1万3000兵・2000騎
「関東方面部隊」
大将:猿渡飛影
副将:飯富源四郎(山県昌景)
近衛武士団  :3000兵
近衛足軽鉄砲隊:1000兵
近衛足軽弓隊 :1000兵
近衛足軽槍隊 :1000兵
近衛黒鍬輜重 :9000兵
信濃衆    :3000兵
駿河国衆   :3000兵
計     2万1000兵
「駿河・武田信智改め今川信智の護衛部隊」
大将:今川信智
副将:浅利虎在・信種親子
後見:今井信甫・信隣・信元・信員・信昌・信俊・虎甫
今福友清
近衛騎馬鉄砲隊:2000騎・今田家盛
駿河国衆   :2000兵
「遠江軍」
大将:楠浦虎常
近衛騎馬鉄砲隊:4000騎・滝川一益
僧兵     :8000兵 狗賓善狼
近衛武士団  :1000兵
近衛槍足軽団 :5000兵
信濃国衆   :2000兵
遠江国衆   :5000兵
計     2万1000兵・4000騎
「鷹司太平洋艦隊・遠江浜名湖」
間宮武兵衛:関船 10隻
間宮造酒丞:関船  5隻
その他  :関船 20隻:小早船30隻
岡部貞綱 :安宅船 2隻
:関船 20隻
「躑躅城」
大将:武田信玄
副将:三条公之
甲斐国衆:5000兵
越後国衆:3000兵
鉄砲  :4000丁
「信濃・青崩城砦群」
元の難民の生産衆
「信濃・諏訪城」
大将:鷹司実信
陣代:於曾信安
近衛武士団:1200兵
嬢子軍  :5000騎
「信濃国・妻籠城」
元の難民の生産衆
「美濃」
陣代:土岐頼芸
副将:馬場信春  1100兵・220騎
近衛槍足軽隊:  3000兵
近衛弓足軽隊:  1000兵
美濃国衆  :1万2000兵
「出羽」
小野寺家目付:漆戸虎光
近衛槍足軽隊:2000兵
近衛弓足軽隊:1000兵
出羽国衆  :7000兵
「出羽・山形」
山形城代:飯富虎昌
軍師  :鮎川善繁
近衛武士団 :1000兵
信濃武士団 :1500兵
近衛足軽弓隊:1000兵
出羽国衆  :9000兵
「陸奥」
山之内一族援軍:曽根昌世
近衛槍足軽隊:2000兵
近衛弓足軽隊:1000兵
陸奥国衆  :8000兵
「越後」
総大将:武田信廉
近衛武士団 :2400兵
近衛槍足軽隊:3000兵
越後国衆  :4000兵
「越中国」
総大将:武田信繁
近衛武士団    :2400兵
近衛足軽鉄砲隊  :1000兵
近衛足軽弓隊   :1000兵、
近衛槍足軽隊   :3000兵
飛騨・木曽・諏訪衆:2200兵
出羽兵      :5000兵
越中国衆     :7000兵
「その他」
花岡城:元難民が統治
金子城:元難民が統治
その他統治地域の城砦は元難民が統治

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