転生武田義信

克全

第104話倭寇・出羽問答

8月加賀内灘の武田信繁と王直:第3者視点

「信繁殿、今回の荷も極上品だ、徐州産の玄米5万4000トンと健康な若い男の奴隷500人。それと頼まれていた蒙古馬も、特に若くて健康な上に大きな奴を厳選した。山羊、羊など全て依頼された物よりも上物を用意した、ここは約束の値より多く貰もらわねば損が出る」

海千山千の王直が、自信満々に運んできた荷の説明をして、値上げ交渉に入る。

「うむ、今奉行衆が確認させてもらっているが、約定以上の物が有れば多めに払おう。だが我らもよい物が手に入ったぞ、鱶鰭(ふかひれ)も極上品だが昆布も負けていない。鮑などは今までで最大で、味も飛び切り美味い。干椎茸も王直殿の望み通り、厚みの有る物を厳選したぞ。我らも多めにもらわねば損が出る」

信繁ももはや手慣れたもので、王直に負けじと値上げ交渉に入る。

「ああそれも家の者が確認させてもらっている、互いに値付けに問題なければ積み替えだな」

互いににやりと笑って、丁々発止の値段交渉に入る。

だが両者とも内心一番大切にしてるのは、永続的な利益の確保だ。

相手に損をさせて、今後の取引を破綻させる気は毛頭無い。


「今回もよい取引になったな王直殿、そこで相談なのだがな、次の荷は遠江の遠津淡海(とおつあわうみ)(浜名湖)の志津城に運んで欲しい」

信繁は顔付を改め、真剣な表情で話し始めた。

「初めて聞くところだが、そこはいったいどこだい? ここから北にそんな場所があるのか?」

王直が少し顔に警戒心を浮かべながら、正確な場所を確認する。

「いや、日ノ本の反対側の国だ。下関を越えて反対側を岸沿いに、ここと同じくらい北へ行ってもらえば着く」

信繁は真剣な表情を崩さす話し続ける。

「おいおいおい、無茶を言ってくれる! そのような全く知らない海を渡れと言うのか?」

王直は少しの警戒心から、怒りと疑念を含んだ顔付に変わり、信繁を非難するように確認してきた。

「確かに我が武田家と戦っている場所もあるが、王直殿の艦隊なら造作も無い弱小水軍だ。もし拿捕してくれたら、その艦隊も全て真珠で買い取ろう」

「正気で言っているのか? 武田家と戦っている国の沿岸を渡れなど、無茶過ぎるぞ」

王直の表情に怒りの度合いが増えて行く。

「いや大内と一条は話が付いている。だからこの2つの航路は、安全に渡る事ができる」

信繁は若殿から預かっている、この時代の地図を懐から出し、王直に見せながら航路の説明をした

「ふむ、だがここから北はどうなってる? おおよそ2割は安全と言われても、安心などできぬぞ?」

王直も額面通り信じた訳ではない。

当然自分達で裏は取るのだが、武田と大内で話しが付いたのなら、大友とも話が付いている可能性がある。

そうなれば博多を含むことになり、交易が格段に広がるのだ。

ここで無理をする価値があるかどうか、真剣に見極めが大切になる。

「想像は出来ているだろうが、大友とも話はついてるし、三好ともやっと話が付いた。だからここまでは安全に渡れる」

信繁は瀬戸内航路と土佐沖航路を指示した。

「問題はここからここまでだ」

信繁は紀伊沖の航路を指し示す。

「ふむ、ここの海賊衆が攻撃してくるのだな」

王直が真剣な表情で考え込んでいる。

「いや敵に回るか中立に成るかが分からんのだ、見て見ぬ振りをする可能性が高いのだが、絶対とは言えん」

信繁が生真面目な表情で実直に答える。

「ふむ、だが襲ってきた場合は、拿捕して売り払ってよいのだな?」

王直が少々お道化たように答えたので、ここで何とか場が和んだ。

「そうだ、次の取引には戦闘ジャンク船36隻が運ばれてくるのであろう? それと一緒に真珠で支払うと、若殿が言われておる。それにここからここは安全だ」

信繁は伊勢志摩から松坂までを指示した。

「ふむ、ここで一息つけるのだな。だがここからこの湖までは、敵地と考えてよいのだな?」

王直が伊勢志摩から渥美半島をなぞって、最終地点の浜名湖を指示した。

「いやそれは少し違うのだ。この渥美半島は我が武田が確保しているのだが、船が無いために海賊衆の跳梁跋扈を許し、海岸線に砦を築かれてるだけだ。王直殿の海賊衆が来てくれれば、何時でも挟み撃ちにして攻め滅ぼせるのだ」

信繁が地図の渥美半島から遠江沿岸をなぞって力説した。

「ふむ、ならば問題はこの3ヵ所の海賊衆だけなのだな?」

王直が紀伊と南伊勢から、三河と遠江から駿河にかけての海岸線をなぞって、再度確認する。

「そうなのだ。日本海側の海賊衆は、王直殿が船を運んできてくれたので、我が武田に対抗できる者はいなくなった。だが此方側には、武田の船がないのだ。」

信繁が正直に話した。

「俺の方でも確認させてもらう! その上で行けると判断したら、この遠津淡海(とおつあわうみ)とやらに行こう。だが危険だと判断したら、いつも通り内灘に運ぶ、それでよいな信繁殿」

王直が結論を下した。

「それで構わん。武田としては、船や荷が敵に奪われる事が1番痛いのだ。だが俺も若殿も、王直殿なら必ず成功させると判断して、この策を考えたのだ!」

信繁は何時もは心に秘めている、海賊王・王直への厚い信頼を表に表した。

「そこまで言われると面映(おもは)ゆいわ」

不意を突かれた王直は、照れた表情を浮かべて吐き捨てた。

「では王直殿、次に運んでもらう荷の話をしようか」

信繁は何時もの謹厳実直な表情に戻って、次回の取引の相談を始めた。





8月出羽山形の飯富虎昌と鮎川善繁:第3者視点

「虎昌殿、我らも動きませんか、このままでは昌世殿だけの手柄に成ってしまいますぞ」

善繁が焦れたように話しかけた。

「何を焦っておるのだ? こうして最上の旧臣共が蠢動(しゅんどう)するのを抑え、伊達を引き付けておるからこそ、昌世殿が安心して動けているのではないか。最も手強い敵に、1番信頼する部下を当てて引き付け、決して此方からは攻めずに守備に専念させるのが、若の戦法ではないか。この事は若年より若に学んできた、その方もよく知っているではないか」

虎昌が不思議そうに不審そうに問いかける。

「しかしながら、新参の者共はそうは思いますまい。このような田舎に送られた我らを、若殿に見限られた無能者と、陰で蔑んでおりましょう。現にそのような噂が、私の耳にも入ってきております」

善繁は心底悔しそうに吐き捨てた。

「そのような愚か者の言う事を、いちいち気にするとはまだまだ若いの、しっかりせんか!」

虎昌が少し怒りを交えた声色で叱咤する。

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