転生武田義信

克全

第87話調略

3月美濃稲葉山城:義信視点

「若殿、市場城主の鱸直重殿が、支配下の11城砦を取りまとめた上で、旗下に加わりたいと文をよこしております」

「鱸家は一族合わせれば2000貫程の所領であったか?」

「はい、長らく松平、織田、今川の境目にあって、所領を守り抜いている国衆でございます」

「命懸けの忠誠を求めるのは無意味だが、我々が所領を守ってやる限り、裏切らぬ国衆と思っていいのか?」

「調べた範囲では、周辺の所領の切り取りは行っておりますが、三河の盟主になろうとするような動きはなかったようでございます」

「今までは実力がなかったから野心が育たなかったのか、それとも元来守勢重視の男なのか? これからも引き続き調べさせてくれ、飛影」

「承りました」

「それと旗下に加えてくれというだけで、特に要求などはなかったのだな?」

「はい、何も要求はありませんでした。」

「う~ん、これ以上戦線が伸びれば、防戦の戦力が分散されかねない。雪解け後に、織田、一向宗、細川、六角に加えて、今川まで尾張方面に出てきたら厄介だな。ここは時節を待てと一旦断るか?」

「それはなりません! 庇護(ひご)を求めてきた国衆を無下にすれば、今後若殿の旗下に参ずる国衆がいなくなります。ここは苦しくとも、旗下に加えるべきです。それに調略に苦心した一益の努力も、無下にすることになります。それでは配下の者たちの忠誠心も下がってしまいます」

「飛影もそう思うか、俺もそう思っていたんだが、美濃に入ってから血気に逸り過ぎる所があるのでな、確認しておきたかったのだ」

「信頼の御下問を頂き、身に余る光栄でございます。ならばその信頼に応えて申し上げさせて頂きますが、今川家がはっきり敵に回っても宜しいのではありませんか。諏訪と伊那の鉄砲鍛冶に創らせた、あれを御使いになられれば、義元など鎧袖一触で粉砕できましょう」

「まああれを使えば、義元が城に籠ろうと野戦を挑んで来ようと、我らが負けることはない。だがあれは、三好を相手にするときの切り札にする心算なのだがな?」

「先々のことまで戦略戦術を読み切り、それに備えようとされる若殿は、天下の主に相応しい方と思っておりますが、いまその場の臨機応変な対応も大切でございますぞ! 今回の苦戦も、義元、晴元、将軍家の動きを、読み間違えたからではありませぬか?」

「確かにその通りだ、奴らがもう少し賢い対応をすると思っていたし、理想に走り事を急ぎすぎた。一旦今川から正室をもらい、後に裏切る覚悟をしていれば、ここまで苦戦はしなかっただろう」

「幼き頃はともかく、天下を求めるようになられた若殿が、後々のことを見据えられ、正々堂々の合戦や調略を望まれておられるのはわかります。しかしそれは必勝あってのことで、後の三好に備えらるよりも、今義元を確実に討ち取られよ! それに必ず義元が、三河や尾張に出てくるとは限らないのではありませんか?」

「確かにその通りだ、武田として鱸家や、先の桜井松平家を配下に加えれば、義元も戦を仕掛ける名分が立とう。だが朝廷への奉公を希望する勤王の者に、左近衛大将として官位官職を与えるなら大丈夫か? 義元が無理に名分をこじつけるとしたら、幕府からの御教書が必要になるな」

「はい、そう思われます。」

「一益にこの辺りの指揮は任せたいから、鱸直重と松平清定を従七位下・将曹に任じて、指揮権を明らかにしておこう。そうすれば2人が万が一背いた時に、討伐の大義名分が立つ」

「それが宜しゅうございますな、ならば城の腰城の奥平貞勝殿も、同じ対応で宜しいですな?」

「貞勝は、田峯菅沼家の菅沼定広を誘って、旗下に加わることを望んでいるのだったな?」

「左様でございます」

「しれっと言ってくれるな、飛影。貞勝まではよい、まだ何とかなる。だが菅沼定広の田峯城まで守るとなると、美濃からでは援軍が間に合わないかもしれぬから、伊那から援軍を送らねばならん。お前絶対義元と決戦させたいんだろう!」

「もはやお分かりいただいておりましょう、田峯菅沼家を旗下に加えれば、三河の山岳部の国衆はこぞって旗下に参じます。さすれば伊那と木曽からの援軍は、容易く三河と遠江に攻め下る事ができます」

「分かった分かった。だったら別所城と設楽城を持つ、伊藤貞久と貞次の親子にも、番長の地位を与えて近衛府に誘え。奥平と菅沼だけに、力を与えすぎるな」

「承りました、直ぐに使者を送ります。やはり若殿も手筋の1つに、山岳地帯の調略を御考えであったのですね」

「強引な手として考えてはいたよ、だがそうなると、もう1手使う事に成るが、今一(いまひと)つ気が乗らないんだよね。」

「その手は密かに進められた方が宜しいのではありませんか?」

「俺が考えている事が分かるのか?」

「側室でございましょう?」

「なぜ分かった?」

「若殿が影衆に調べさせる内容で、大体の想像がつきます」

「やはり確実に三河を取ってからがよいか?」

「少なくとも山岳地帯は、確実に確保してからがよいと思われます」

「分かった、そうしよう。それと福谷城の原田氏重は、調略できそうか?」

「奥平と菅沼が旗幟を鮮明にした後ならば、容易く下りましょう」

「三河明知城の原田重種も、原田氏重に同調するか?」

「そう思われます」

「宮口城の篠田貞英も同じか?」

「左様でございます」

「絵下城の矢田作十郎は、熱心な一向宗だと言っておったな?」

「はい、ですので絵下城の調略は無理と考えられます。もし矢田作十郎が旗下への参陣を求めて来たならば、偽りの罠でございます」

「あい分かった、一向宗から考えるなら、知立神社神主で知立城主の永見貞英はどうだ?」

「一向宗の圧力が強まっております。しかも竹千代が駿河にいて、松平が頼りになりません。簡単に調略できるでしょう」

「織田方の重原城主、山岡河内守はどうだ?」

「織田家への忠誠心厚く、容易く下るとは思えません。若殿が攻められたら、討ち死に覚悟で籠城いたしましょう」

「手出しすれば、時間も兵力も無駄と言う事か?」

「左様でございます」

「同じく織田方の、刈谷城主、水野信元はどう思う?」

「今は調略の手を伸ばしても難しいと思われます。しかし若殿が義元を破り、今川軍を三河から後退させられれば、自ら進んで誼を結びに参りましょう。その方が水野信元を低い地位に留め置いて、旗下に加えることができると思われます」

「今此方から調略の手を伸ばせば、高位を与えねばならぬが、義元を討ち破ってからなら、低位を与えるだけで済むと言う事だな。つまりそれくらい気をつけねばならぬ、強(したた)かな国衆だと言いたいのだな?」

「先代の水野忠政は、織田信秀の西三河進攻に協力しつつ、岡崎城主松平広忠、形原城主松平家広などに娘を嫁がせて、領土の保全を図っております。ですが当代の信元は、松平家広と松平広忠に嫁いだ姉妹を離縁させております。松平広忠の正室であった妹の於大の方に至っては、阿久居の久松俊勝に再婚させております。これほど強かな国衆なれば、力を持って対する方が容易いと思われます」

「飛影が言いたいのは、信元は自ら進んで強敵に対して手出しせず、強者同士の争いの隙を突き、近隣弱小国衆や地侍を確実に併合している。だから今回も、俺と織田や今川の戦いが決着つくまでは、迂闊に何方にも味方しないだろうから、俺から動くなと言うことだな?」

「左様でございます」

「あとは福釜城の松平親次をどう思う? 松平清定を抑えるのに使えると思うか?」

「忠誠心厚く野心少なき者を、松平家の当主に担ぐべきかと思われます。それに何よりも、今の勢力が小さい方が、扱い易いと思われます。松平親次と松平宗家である松平太郎左衛門家の松平親長は領地が少ないので、松平の旗頭にするに適役だと思われます」

「松平親長の所領は、100貫から150貫程度であったな? 神輿として担ぐなら一番妥当であろうな?」

「そう思われます」

「鷹司卿、一向宗が大垣牛屋城を伺う姿勢を示しております」

軍師候補の八柏道為が近習衆と一緒に報告にやって来た。

「揖斐川を渡ったか?」

「いえ、まだ川向うに集結しているだけでございます」

「何時もの嫌がらせか?」

「だと思われますが、此方の備えが遅ければ、本気で渡河するかもしれません」

「火薬を消費させようと言う魂胆だな?」

「恐らくは」

「友和、弓編成を重視した武士団3000兵を率いて、迎撃せよ」

「承りました」

恐らく命を受けると思って、近習衆と共にやって来た相良友和が答えた。

「道為、一緒に行って学んで参れ」

「は! 承りました。」

「飛影、物資の買い入れはどうなってる?」

「順調でございます。かなり高値になってはおりますが、三河、尾張、美濃からだけでなく、恐らく遠江と駿河からも、密かに商人が運び込んでいると思われます」

「伊勢と紀伊からの運び入れはないのか?」

「あるかもしれませんが、あっても少量でしょう。一向宗と織田家の邪魔が大きく、商人が無理に運び込もうとすれば、荷物だけでなく命まで奪われてしまいます」

「三河、遠江、駿河の商人が、荷や命を奪われない理由は、俺が勝つと考え、寝返りを画策している国衆が多いと言う事か? それが先程の義元と戦えと言う事に繋がるのか?」

「左様でございます。義元が始めた伊那攻めが失敗し、人質とも言えた信虎様たちを武田に帰す事態となりました。今川館にいる公家衆も、若殿の報復を恐れて、雪解けまでに京や東国へ逃げる準備をしておりましたが、若殿が美濃に攻め込んだ事で上洛は諦め、東国への更なる下向の道を探っているようでございます。それが駿河、美濃、三河の国衆の動揺に繋がっております」

「それで公家衆は、どこに逃げ込む心算なんだい?」

「それが生憎、どこも受け入れを断っているようです。北条と里見が拒否しておりますので、そこを越えて、佐竹や伊達にはとても辿り着けそうにありません。京に行ければよかったのでしょうが、それには大きな危険が伴います。若殿が尾張か三河の湊を手に入れれば、簡単に捕えられてしまいます」

「ならば危険を押してでも、今の内に三河、尾張、伊勢、紀伊の海を渡って、上洛を目指すか。だが北条と里見が、公家の受け入れを拒否したのは大きいな。里見は上総武田に勝てぬと判断して、我らに和睦を頼む心算か時間稼ぎだろう。北条も今川より武田に勝ち目があると判断したのだな」

「左様に思われます。ですからここは、一気に今川を攻め滅ぼしましょう」

「だめだ、できる限り雪解け後の農繁期を待て! 勝手に戦を始めるのではないぞ!」

「若殿のお許し無く、合戦を始める事は御座いません、必ず御指示を待ちます」

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