転生武田義信

克全

第64話謀略戦

10月1日信濃諏訪城:義信視点

「飛影、武器の開発は順調かい?」

「はい、大型弩砲は分けて運べるようにしました。荷を運ぶための大八車も、道普請(みちぶしん)の済んだ領内では使えるようになり、荷の移動が随分楽になっております。」

「大八車に、大型弩砲や抱筒(かかえづつ)を、据え置きできるようにできたかい?」

「はい、駄馬で引いて移動できますが、それはあくまで道普請が済んだ領内だけです。他国に侵攻する時は、道が狭くて凹凸があるので使えません」

「今はまだ迎撃戦にしか使えないのは仕方ない、だが戦術訓練は、敵が大型弩砲で、殺傷用の大型射出槍を撃ち出す想定でやってくれ」

「承りました、しかしそれ程の知恵者が、若殿の敵におりますでしょうか?」

「小笠原馬騎馬隊が夜襲してきた時に、迎撃に使ったからな。神田将監あたりが同じ大型弩砲を開発して、我らに使って来たら、我ら自身が大損害を受けることになる」

そうだ、神田将監なら、1度受けた攻撃を遣り返して来るかも知れない!

敵に長さ2間・横1間の十文字竹槍を、密集陣形に撃ち込まれたら、いくら我らでも大損害を受けてしまう。

ただの矢や投槍の攻撃なら、味方は点の損害で済む。だが長い横棒を付けた射出槍の攻撃を受けたら、面の攻撃を受けることになる。

地面に落ちた射出槍が、跳ね回りながら勢いに任せて進めば、十数人の兵や馬を傷つけるだろう。十文字矢を普通の弓で射るのは難しいし、十文字投槍も人が投げるのは難しい。

そんなものは軌道が安定せず、射程も著しく短く成ってしまう。

だが多数の大型弩砲で、射出槍を力任せに撃ち出せば、その殺傷力は絶大だ!

「承りました、危険を察知したら密集陣形を解きます。人馬が安全な間隔を取った包囲陣に、素早く移行できるよう訓練いたします。神田将監と小笠原長時は、越後を出て最上を頼ったようでございますが、今は佐竹にいるようでございます」

「関東管領の上杉が、佐竹を頼ったからか?」

「恐らくそのためかと思われます。信濃の戦いでも上杉が援軍を出していますから、共に戦う心算かと思われます。越後への逃亡戦で磨り減った騎馬隊も、佐竹の支援を受けて立て直しております」

「最上家と佐竹家で、大型弩砲が使われていないか調べておいてくれ。それと尾張の調略はどうだ?」

「最上家と佐竹家のことは早急に調べさせます。それと尾張の調略は順調でございます。守護の斯波義統をはじめ、守護代2家や弾正忠家などの有力国衆に軍資金を支援して、潰し合いを始めるように致しました。その結果、尾張国内で合戦が頻発しております」

尾張守護家:斯波義統
尾張上四郡守護代家(伊勢守家):織田信安
尾張下四郡守護代家(大和守家):織田信友
尾張大和守家:清洲三奉行の因幡守家・藤左衛門家・弾正忠家
弾正忠家:織田信長・織田信行
川並衆:蜂須賀正勝・松原内匠・坪内勝定・加治田直繁

「武田家の味方にならなくてもいいから、どこか1つが尾張を統一しないようにしてくれ。だがどんな手を使ってでも、織田信長だけは潰してくれ。例え他の者が尾張を統一する危険があっても、織田信長だけは排除しなければならん」

「ならば暗殺いたしましょうか?」

「う~ん、いや、前言を撤回する。暗殺だけは駄目だ! 天下を統一するには、仁徳が不可欠だ。暗殺を使って天下を統一しても、そんな支配は長続きしない。正々堂々と戦って、天下を勝ち取るだけの能力を示さなければ、天下百年の泰平を創り出せない」

「承りました、しかし敵は毎日の様に刺客を送り込み、若殿を暗殺しようとしております」

「今川殿の事かい?」

「はい、どうやら伊賀の藤林長門を使って、仕切りに若殿を狙っております。返り討ちにした者の中に、滝川一益殿の顔見知りがいたので、藤林長門と義元殿の仕業と判明しました」

「まあそれは仕方ないだろう。俺を殺せば、武田の勢い止めることができると判断したのだろう。だが俺だけだろうか? 北条新九郎殿も評判がよかったから、義元殿が甥である俺を殺す決意をしたのなら、同じく甥の新九郎殿を殺す決意をしてもおかしくはない」

「申し訳ありません、病で死んだのは確かですが、その病の元が毒であるかどうかは分かりません」

「そうか、まあ犬狼たちを身辺に置いているから、その鼻で毒は直ぐ判断してくれるし、夜陰に乗じての侵入も防いでくれる。犬狼たちを指揮する半身も、飛影が鍛えてくれた影衆だから安心だ。奥の護りも、茜ちゃんたちが取り仕切ってくれているから、安心して眠ることができている」

「しかしながら若殿、義元殿だけでなく、将軍家や管領殿も、若殿暗殺を企てておられるようでございます」

「義輝将軍と晴元伯父上かい? まあやるかもしれないとは思っていたけど、本当に仕掛けて来たか。我が幕府の役職を返上したことで、危機を感じたのだな。馬鹿でもない限り、当然の事だ。俺が幕府より朝廷を主軸に据えて戦おうとしているのは、明々白々だからな。伯母上も亡くなられ、六角から後添えを迎えられておる。だとしたら、六角配下の甲賀衆が動いたか?」

「御慧眼の通りでございます。甲斐望月家の伝手(つて)も使い、我らも独自で調べて合わせて判断いたしましたが、甲賀山南七家の和田惟政が指揮しての事と思われます」

「畿内での軍事均衡を崩して、今上帝や叔母上たちを危険に曝すわけにもいかない、防御に徹してくれ。できるな?」

「承りました。若殿の指示で行(おこな)って来た、甲賀と伊賀の忍びの引き抜きも順調でございます。難民から筋のよい者を選び、影衆として鍛えてもおります。それに余程の事がなければ、忍び同士の殺し合いは起こりません。ただ伊達と最上と南部の忍びは、忍同士の戦いを仕掛けてくるかもしれません」

「彼らも来年には攻め込まれると思っているのだろうから、形振(なりふ)り構ってはいられないだろうな。生産拠点の焼討ちや、荷役への襲撃に備えてくれ」

「承りました」

「そうだ、俺への毒殺未遂が毎日起こっていると言う噂を流してくれ。そしてその噂が、北条家に届くようにしてくれ」

「北条新九郎殿の病死を、今川家の毒殺と思わせて、両家を戦わせるお心算ですか?」

「俺に忍びを送って、毒殺を計っているのは紛れもない事実だ。時を同じくして、新九郎殿が病死している。影衆では遺体を掘り起こして調べ直すことはできないが、北条氏康殿が風魔衆に調べ直させる決断をすれば、真実が分かるかもしれん。まあどう転ぼうとも、3国の同盟話は破綻するだろう。そうなれば今川贔屓(いまがわびいき)の譜代衆を抑えて、駿河と遠江に侵攻する手を使う事もできる」

「今川が先に、甲斐や伊那に攻め込んで来たら、どうなさるお心算ですか?」

「義元殿は猜疑心が強く、家に逃げて来ている井伊直親の父、井伊直満のように、多くの国衆を粛清(しゅくせい)している。心の中では義元殿を恨んでいる国衆も多いのだろう?」

「はい、特に遠江は元々斯波家が守護を務めていたのを、今川家が武力で奪った国でございます。度重なる斯波家と今川家の争いは、国衆同士の騒乱を引き起こしております。いえ、それどころか、家臣が国衆を追い落とす事すら起こっております。事が起これば調略できる様に、多くの国衆と繋ぎを付けております」

「そのまま義元殿に悟られぬ様に、国衆の調略を続けてくれ。それと以前話していた、遠江の頭陀寺城主、松下之綱に仕えるであろう、六本指の男が現れたら、我の下に連れて来てくれ」

「承りました、改めて配下の者の指示いたします」

しかしもはや前世の知識は役にたたんな。畿内は暫(しば)らく様子見だな。畿内に直接戦力投入するには、甲斐も信濃も遠すぎる。

それと織田信長もまだ頭角を表さず、尾張統一どころか、弾正忠家の家臣団すら纏められていない。これならば当初想定していた、今川家と織田家を噛合(かみあわ)せて、勢力を削ぐ必要もないな。

もし北条家が今川家と対立してくれたら、北条家も今川家も、武田に攻め込める状態ではなくなる。

その状態になってから、佐竹家に関東管領の上杉を担がせて、北条を攻めさせる。そうなったら、北条家は武田家を頼るしかなくなるだろう。

その上で、武田家が今川家の駿河と遠江と三河に攻め込めれば、北条家を気にする事なく、一気に3カ国の占領も可能だろう。

その場合は、出羽と陸奥の統一は遅れるだろうが、肥沃な駿河と遠江と三河を手に入れられたら、蝦夷に送る米を自前で手に入れる事ができるだろう。

ふむ、関東管領の上杉と武田家の敵対は、直ぐに解消できるとは思えない。だが武田家と佐竹家には、何の遺恨もない。佐竹家に上杉を説得してもらって、北条を攻めさせる段取りを整える。

佐竹家が関東管領の上杉を担いで北条に攻め込んだら、今川家は北条家に攻め込むだろう。その隙をついて、俺が三河と遠江攻め込む手があるな。

もし北条家が簡単に佐竹家を撃退して、その余勢をかって、北条家が今川家を攻めた場合は、北条家の駿河領有を認めて、我が三河と遠江に攻め込むことも可能だな。

それと上総の庁南武田と真里谷武田だが、もっと軍資金を支援して、兵を蓄えさせよう。関東の覇者が佐竹家になるのか、それとも北条家や里見家がなるのかは分からないが、上総を武田家の関東拠点にしておくべきだな。





10月5日信濃諏訪城:義信視点

「九条よ、太郎は元気でいるか?」

俺は日課としている、九条と太郎への面会に来た。

面会とは大袈裟だが、家族団欒の時間が大切なのだ!

戦国の世を生き抜くには、家族不和だけは防がねばならない。それに乳幼児死亡率が5割を超える時代だから、わずかでも体調に異変があれば、いち早く察知し処方しなければいけない。

だから太郎の健康のために、毎日自ら小児鍼を施術しないと安心できないのだ。そのため妊娠が分かって直ぐに、小児鍼に使う車鍼や掻鍼を作らせていたのだ。

「殿様、太郎だけなく妾も構っていただきとうございます」

「いま少し待っていてくれ、太郎への施術は直ぐ終わる、やり過ぎると逆効果だからな」

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