転生武田義信
第40話品種改良と馬系図
7月22日井川城の大広間:善信視点
井川城はあっさりと落とすことができた。最初に城方の弓の射程外から、大型弩砲を連(つる)べ打ちしたのだ。使った大型矢は、幅1mの十字大型鏃(じゅうじおおがたやじり)で、特に殺傷力を強くしたものだ。
さんざん打ちこんで、建物を破壊し将兵を殺傷した後で、降伏交渉をしたのだ。逃げたい者は好きな所に逃げてよし、武田に臣従したい者は本領と同じ扶持銭を保証する。だが籠城を続けるなら、明日には城に火をかける。
そう言う条件を矢文で送ると、城兵たちは籠城を主張する城代を取り押さえて開城した。寝返った城兵たちの気持ちもわかる。もともと防御に問題のある平城だ、守り切れるはずがないのだ。でなければ小笠原も、居城を井川城から林城に変えたりはしない。
俺は城代の縄目を解かせ話しかけた。
「城代殿、小笠原家への忠誠感服した、長時殿の元へ帰られよ」
「我を逃がしてくれると言うのか?」
「勝敗は武家の常、だが忠義の心溢(こころあふ)れる武士(もののふ)を殺すには忍びない。我に仕えてくれれば嬉しいが、それは望み過ぎだろう、長時殿の所へ戻られて構わんよ。信濃を出て他家に仕えてくれれば、それが一番嬉しいが」
「望外の寛大なご処置、感謝の言葉もございません。家族が林城で暮らしており、小笠原家に戻る以外に道がない事に、申し訳ない思いでございます」
人質が林城にいるのなら、戻る他に道はないだろうな。それに家族を見捨て己一人武田に仕え、立身を望むような外道は信じられん。
「構わんよ、戦国の無常(むじょう)は互いに知るところ、次はまた戦場で出会い死力を尽くそうぞ!」
「は! 有り難き幸せ」
井川城代は、近習に案内されて出て行った。
「若殿よろしかったのですか?」
漆戸虎光が俺の寛大な処置に対して疑念を呈(てい)して来た。
「ここで寛大な処置をすれば、他の信濃国衆も降伏しやすいだろう? 特に山家城近くの桐原城と霜降城は」
「なるほど!」
「それにな、小五月蠅(こうるさ)く夜襲を繰り返す騎馬隊は、山城に籠るより平城で何時でも出陣できるようにしているのだろう。平城の城主城代に降伏しやすくしてやるのが、騎馬隊封じに繋(つな)がるだろうよ。城主城代が寝返りの手土産に、神田将監の首を持って来てくれれば、扶持銭3000貫文で召し抱えるのだが、これは望み過ぎだろうな」
さてこの神田将監の首3000貫文の噂(うわさ)、どれくらい効果が出るかな?
俺も性格が悪くなったもんだ!
しばらくは井川城の修理強化をしつつ、調略に励むとするか。降伏して旗下に入った信濃衆も、血縁地縁を使って必死で調略してるし。
7月23日井川城の善信私室:善信視点
「飛影、馬の繁殖の件なんだが、購入価格の上限を金10枚にするから、できるだけ大きな種馬を集めてくれ」
「金10枚とは破格の値でございますが、それほど大切なことなのですか?」
「小笠原の騎馬隊と戦い思い知ったのだが、馬の力は大きい! 戦術さえ誤らなければ、有力な戦力となる。将来3間薙刀と鉄砲を装備させようと思うと、体格のよい馬を育てなければならん。ならば種馬を厳選して、何代も掛けて体格を変えていかねばならんのだ!」
「承りました、ならば堺、博多、琉球まで人をやって大陸の馬も求めましょう」
「よく申してくれた、そこまでは思いつかなかった。だが直接人をやれば、甲斐で働く人材が減ってしまう。銭金で済むものなら、商人に依頼いたそう」
「承りました」
「それとな、馬の系図を必ず作らせてくれ」
「なぜでございますか?」
「馬は血が濃くなりすぎると、体のどこかに障害が出るのだ。それを防ぐために馬系図を設けて、先祖5代は同じ父母の血が入らぬようにしてくれ」
「承りました」
7月24日井川城の善信私室:善信視点
「赤羽大膳殿、貴殿の主君である赤沢経康殿は、我らに寝返る代わりに、本領安堵を認めた上に、洞山城と霜降城を寄越せと言うのだな?」
筑摩郡稲倉城主の赤沢経康が、寝返りの使者に三才山城代の赤羽大膳を送って来た。寝返りは汚いような気がするが、俺もできるだけ配下の諸将を傷つけたくない。だが降伏を認めて早すぎる侵攻になると、歴史改変が大きくなりはしないかと不安だ。俺にどうしろと言うんだ!
「赤羽大膳殿、実は井深城の後庁重常殿と荒井城の島立貞知には、既に降伏の使者を送っているのだ。せっかく貴殿が来てくれたのに悪いのだが、彼らの返事を聞くまでは返答できんのだ。彼らが素直に城を明け渡してくれるなら、本領と同じ扶持銭を支給しようと思っている。これは赤沢殿に信濃衆が出している条件と同じだと思うのだが?」
「は、そのように聞き及んでおります」
「では一度稲倉城に帰って、赤沢経康(あかざわつねやす)殿と話し合ってはどうかな? 我(われ)としては攻め滅ぼした方が、我(わ)が武名も上がるし、早々に味方してくれた信濃衆に与える褒美も増やせるのでな。ただ家臣の中には、赤沢家の武勇を惜しむ者がいて執成(とりな)しをするから、城攻めを控えているだけなのだよ」
「承りました! 早々に戻りまして主人経康と談合してまいります」
「ああ、それに俺は別に赤沢家の当主が経康殿ではなく、赤澤経智殿や赤澤長勝殿でもよいのだよ。いや赤羽大膳殿や浅間孫太郎殿の方が、武田家には都合がよいかな?」
俺はいたずらっぽく笑いながら、赤羽大膳に毒を吹き込み、謀反に走る下地を作る。これで謀叛を起こしてくれれば、与える領地や扶持がぐっと減らせる。あ~あ、どんどん悪人に成っていくな、不完全な良心回路では悪行の歯止めが利かなくなる。
7月25日午前井川城の善信私室:善信視点
「荒井城の島立貞知殿は、何と返事してこられたのですか?」
鮎川善繁が尋ねてくる。
「城を明け渡すから、城兵全てを小笠原と同じ条件で召し抱えて欲しいそうだ」
「認められるのですか?」
「扶持銭でよければ召し抱えると言う文を、使者に渡す」
「それで神田将監の騎馬隊は、荒井城にいるのですか?」
「いや、今はどこにいるのか分からんそうだ。犬甘館、真々部館、平瀬館、飯田館、鳥羽館などの平地の拠点を移動しているそうだ」
「そうなると神田将監の首を、寝返りの手土産に持参する者は誰になりましょうか?」
「さあな、誰になるかは分からんが、そう簡単にはいかんだろう。それより伊深城主の後庁重常へ出した手紙の返事は遅いな?」
「疑心暗鬼(ぎしんあんき)になっているのかもしれません。我らから赤沢経康の寝返り条件と、洞山城、霜降城への奇襲計画を聞かされたのですから」
「まあ、ゆっくりやるさ」
7月25日午後井川城の善信私室:善信視点
「重常殿が、わざわざ馬を駆って参られるとは思いませんでしたよ」
後庁重常が命懸(いのちがけ)の交渉に、直接井川城までやって来た。
「一族存亡の危機でございます、我が命を賭けねば助かる命も助かりません!」
「よいお覚悟だ、ならば条件は本領安堵分と同等の扶持銭と扶持米、伊深城の城代職でよいな?」
「洞山城にいる城兵分の扶持も安堵して下さった上に、兵を伊深城の守備兵に加えてもよいのですか! そのような好条件で召し抱えて下さる訳は何でございますか?」
「赤沢殿が小笠原勢に留まった場合、重常殿は敵中で孤立することになる。敵中で踏ん張るためには、兵は1人でも多いほうがよかろう? それに何より重常殿は、一族一門家臣領民のために、己の命を賭けて自分でここにやって来た。赤沢殿は家臣に命を賭けさせ、自分は安全の本拠でぬくぬくとしている、その差だよ」
「有り難き幸せ、身命を賭して善信様のために働かせていただきます」
「間違えるな! 武田のため、御屋形様のためだ! 今度間違えるとその首が飛ぶぞ」
「は、申し訳ございません! 心得違いをして居りました、二度とこのようなことがない様に、武田のため、御屋形様のため、誠心誠意お仕えさせていただきます」
「うむ、それでよい」
7月26日午前・林大城の小笠原長時:
「桐原城、霜降城、水番城に使者を出せ、城を捨てて犬甘城に籠るとな!」
「御屋形様! 林城を捨てるのでございますか? 将監殿の文には何が書いてあるのですか?」
「稲倉城の赤沢経康と井深城主の後庁重常が裏切るようだ!」
「なんでございますと! それでは林城が取り囲まれてしまいます」
「それにな、神田将監の首に、3000貫文の賞金が賭けられたと噂(うわさ)があるそうだ。そのせいで、馬廻り衆が安心して補給に寄れる館が減っているそうだ。荒井城の島立貞知と、深志城代の挙動が怪しいと書いている。今のうちに林城、桐原城、霜降城、水番城の兵を温存して、軍資金兵糧を持って犬甘城に引く様にとのことじゃ! え~い鬼畜の小倅にしてやられたわ!」
7月27日午前・犬甘城外を行軍中の小笠原長時:
「御屋形様! 赤沢経康謀反! 行軍後方に襲い掛かっております」
「御屋形様、我にお任せを! 長勝、貞経付いて参れ」
赤沢政智は、同じ赤沢一族の裏切りが許せず、手勢を連れて迎撃に向かった。
「武田家筑摩方面軍(善信軍)」
総大将 :武田善信
副将 :松尾信是
軍師 :鮎川善繁
相談役 :漆戸虎光
侍大将 :於曾信安・板垣信憲
足軽大将:狗賓善狼・市川昌房
武将 :酒依昌光・板垣信廣・花岡善秋・有賀善内・武居善種・武居善政・武居堯存・金刺善悦・金刺晴長・矢崎善且・小坂善蔵・田上善親・田村善忠・三村長親・守矢頼真・松岡頼貞・座光寺頼近・座光寺為清・知久頼元・山村良利・山村良候・贄川重有・大祝右馬助・大祝豊保・沢房重・鵜飼忠和・両角重政・山中幸利・小原広勝・小原忠国
「深志城で休憩中の部隊」
諏訪扶持武士団: 600兵
伊那扶持武士団: 800兵
弓組足軽 : 800兵
槍組足軽 : 500兵
工夫兵 :4000兵
福山城:楠浦虎常 :扶持武士団500兵
山家城:加津野昌世:扶持武士団500兵
宮原城:米倉重継 :扶持武士団500兵
埴原城:三村長親勢
尾池城:諏訪満隆勢
福応館:福山善沖勢
丸山館:丸山善知勢
殿館 :殿勢
浅田城:千野靭負尉・千野光弘・千野昌房
荒井城:島立貞知
深志城(松本城):城代
村井城(小屋館):
諏訪満隣勢
櫛木城 :櫛置当主
波多山城:櫛置勢城代
淡路城 :櫛置勢城代
伊深城主:後庁重常
洞山城 :後庁重常城代
横谷入城:赤沢氏城代・浅間孫太郎
稲倉城 :赤沢経康・赤沢氏本拠
三才山城:赤沢氏城代・赤羽大膳
茶臼山城:赤沢氏城代
横谷入城:赤沢氏城代
赤沢氏館:赤沢氏代館
三才山館:赤沢氏代館
花岡城:特別足軽兵団:3000兵
和田城方面:曽根昌世:総大将
和田城 :今田家盛:500兵
中山城 :滝川一益:500兵
矢ヶ崎城 :相良友和:500兵
妻籠城 :甘利信忠:扶持武士団1000兵
青崩城砦群:飯富虎昌:扶持武士団1000兵:子飼兵800兵
井川城はあっさりと落とすことができた。最初に城方の弓の射程外から、大型弩砲を連(つる)べ打ちしたのだ。使った大型矢は、幅1mの十字大型鏃(じゅうじおおがたやじり)で、特に殺傷力を強くしたものだ。
さんざん打ちこんで、建物を破壊し将兵を殺傷した後で、降伏交渉をしたのだ。逃げたい者は好きな所に逃げてよし、武田に臣従したい者は本領と同じ扶持銭を保証する。だが籠城を続けるなら、明日には城に火をかける。
そう言う条件を矢文で送ると、城兵たちは籠城を主張する城代を取り押さえて開城した。寝返った城兵たちの気持ちもわかる。もともと防御に問題のある平城だ、守り切れるはずがないのだ。でなければ小笠原も、居城を井川城から林城に変えたりはしない。
俺は城代の縄目を解かせ話しかけた。
「城代殿、小笠原家への忠誠感服した、長時殿の元へ帰られよ」
「我を逃がしてくれると言うのか?」
「勝敗は武家の常、だが忠義の心溢(こころあふ)れる武士(もののふ)を殺すには忍びない。我に仕えてくれれば嬉しいが、それは望み過ぎだろう、長時殿の所へ戻られて構わんよ。信濃を出て他家に仕えてくれれば、それが一番嬉しいが」
「望外の寛大なご処置、感謝の言葉もございません。家族が林城で暮らしており、小笠原家に戻る以外に道がない事に、申し訳ない思いでございます」
人質が林城にいるのなら、戻る他に道はないだろうな。それに家族を見捨て己一人武田に仕え、立身を望むような外道は信じられん。
「構わんよ、戦国の無常(むじょう)は互いに知るところ、次はまた戦場で出会い死力を尽くそうぞ!」
「は! 有り難き幸せ」
井川城代は、近習に案内されて出て行った。
「若殿よろしかったのですか?」
漆戸虎光が俺の寛大な処置に対して疑念を呈(てい)して来た。
「ここで寛大な処置をすれば、他の信濃国衆も降伏しやすいだろう? 特に山家城近くの桐原城と霜降城は」
「なるほど!」
「それにな、小五月蠅(こうるさ)く夜襲を繰り返す騎馬隊は、山城に籠るより平城で何時でも出陣できるようにしているのだろう。平城の城主城代に降伏しやすくしてやるのが、騎馬隊封じに繋(つな)がるだろうよ。城主城代が寝返りの手土産に、神田将監の首を持って来てくれれば、扶持銭3000貫文で召し抱えるのだが、これは望み過ぎだろうな」
さてこの神田将監の首3000貫文の噂(うわさ)、どれくらい効果が出るかな?
俺も性格が悪くなったもんだ!
しばらくは井川城の修理強化をしつつ、調略に励むとするか。降伏して旗下に入った信濃衆も、血縁地縁を使って必死で調略してるし。
7月23日井川城の善信私室:善信視点
「飛影、馬の繁殖の件なんだが、購入価格の上限を金10枚にするから、できるだけ大きな種馬を集めてくれ」
「金10枚とは破格の値でございますが、それほど大切なことなのですか?」
「小笠原の騎馬隊と戦い思い知ったのだが、馬の力は大きい! 戦術さえ誤らなければ、有力な戦力となる。将来3間薙刀と鉄砲を装備させようと思うと、体格のよい馬を育てなければならん。ならば種馬を厳選して、何代も掛けて体格を変えていかねばならんのだ!」
「承りました、ならば堺、博多、琉球まで人をやって大陸の馬も求めましょう」
「よく申してくれた、そこまでは思いつかなかった。だが直接人をやれば、甲斐で働く人材が減ってしまう。銭金で済むものなら、商人に依頼いたそう」
「承りました」
「それとな、馬の系図を必ず作らせてくれ」
「なぜでございますか?」
「馬は血が濃くなりすぎると、体のどこかに障害が出るのだ。それを防ぐために馬系図を設けて、先祖5代は同じ父母の血が入らぬようにしてくれ」
「承りました」
7月24日井川城の善信私室:善信視点
「赤羽大膳殿、貴殿の主君である赤沢経康殿は、我らに寝返る代わりに、本領安堵を認めた上に、洞山城と霜降城を寄越せと言うのだな?」
筑摩郡稲倉城主の赤沢経康が、寝返りの使者に三才山城代の赤羽大膳を送って来た。寝返りは汚いような気がするが、俺もできるだけ配下の諸将を傷つけたくない。だが降伏を認めて早すぎる侵攻になると、歴史改変が大きくなりはしないかと不安だ。俺にどうしろと言うんだ!
「赤羽大膳殿、実は井深城の後庁重常殿と荒井城の島立貞知には、既に降伏の使者を送っているのだ。せっかく貴殿が来てくれたのに悪いのだが、彼らの返事を聞くまでは返答できんのだ。彼らが素直に城を明け渡してくれるなら、本領と同じ扶持銭を支給しようと思っている。これは赤沢殿に信濃衆が出している条件と同じだと思うのだが?」
「は、そのように聞き及んでおります」
「では一度稲倉城に帰って、赤沢経康(あかざわつねやす)殿と話し合ってはどうかな? 我(われ)としては攻め滅ぼした方が、我(わ)が武名も上がるし、早々に味方してくれた信濃衆に与える褒美も増やせるのでな。ただ家臣の中には、赤沢家の武勇を惜しむ者がいて執成(とりな)しをするから、城攻めを控えているだけなのだよ」
「承りました! 早々に戻りまして主人経康と談合してまいります」
「ああ、それに俺は別に赤沢家の当主が経康殿ではなく、赤澤経智殿や赤澤長勝殿でもよいのだよ。いや赤羽大膳殿や浅間孫太郎殿の方が、武田家には都合がよいかな?」
俺はいたずらっぽく笑いながら、赤羽大膳に毒を吹き込み、謀反に走る下地を作る。これで謀叛を起こしてくれれば、与える領地や扶持がぐっと減らせる。あ~あ、どんどん悪人に成っていくな、不完全な良心回路では悪行の歯止めが利かなくなる。
7月25日午前井川城の善信私室:善信視点
「荒井城の島立貞知殿は、何と返事してこられたのですか?」
鮎川善繁が尋ねてくる。
「城を明け渡すから、城兵全てを小笠原と同じ条件で召し抱えて欲しいそうだ」
「認められるのですか?」
「扶持銭でよければ召し抱えると言う文を、使者に渡す」
「それで神田将監の騎馬隊は、荒井城にいるのですか?」
「いや、今はどこにいるのか分からんそうだ。犬甘館、真々部館、平瀬館、飯田館、鳥羽館などの平地の拠点を移動しているそうだ」
「そうなると神田将監の首を、寝返りの手土産に持参する者は誰になりましょうか?」
「さあな、誰になるかは分からんが、そう簡単にはいかんだろう。それより伊深城主の後庁重常へ出した手紙の返事は遅いな?」
「疑心暗鬼(ぎしんあんき)になっているのかもしれません。我らから赤沢経康の寝返り条件と、洞山城、霜降城への奇襲計画を聞かされたのですから」
「まあ、ゆっくりやるさ」
7月25日午後井川城の善信私室:善信視点
「重常殿が、わざわざ馬を駆って参られるとは思いませんでしたよ」
後庁重常が命懸(いのちがけ)の交渉に、直接井川城までやって来た。
「一族存亡の危機でございます、我が命を賭けねば助かる命も助かりません!」
「よいお覚悟だ、ならば条件は本領安堵分と同等の扶持銭と扶持米、伊深城の城代職でよいな?」
「洞山城にいる城兵分の扶持も安堵して下さった上に、兵を伊深城の守備兵に加えてもよいのですか! そのような好条件で召し抱えて下さる訳は何でございますか?」
「赤沢殿が小笠原勢に留まった場合、重常殿は敵中で孤立することになる。敵中で踏ん張るためには、兵は1人でも多いほうがよかろう? それに何より重常殿は、一族一門家臣領民のために、己の命を賭けて自分でここにやって来た。赤沢殿は家臣に命を賭けさせ、自分は安全の本拠でぬくぬくとしている、その差だよ」
「有り難き幸せ、身命を賭して善信様のために働かせていただきます」
「間違えるな! 武田のため、御屋形様のためだ! 今度間違えるとその首が飛ぶぞ」
「は、申し訳ございません! 心得違いをして居りました、二度とこのようなことがない様に、武田のため、御屋形様のため、誠心誠意お仕えさせていただきます」
「うむ、それでよい」
7月26日午前・林大城の小笠原長時:
「桐原城、霜降城、水番城に使者を出せ、城を捨てて犬甘城に籠るとな!」
「御屋形様! 林城を捨てるのでございますか? 将監殿の文には何が書いてあるのですか?」
「稲倉城の赤沢経康と井深城主の後庁重常が裏切るようだ!」
「なんでございますと! それでは林城が取り囲まれてしまいます」
「それにな、神田将監の首に、3000貫文の賞金が賭けられたと噂(うわさ)があるそうだ。そのせいで、馬廻り衆が安心して補給に寄れる館が減っているそうだ。荒井城の島立貞知と、深志城代の挙動が怪しいと書いている。今のうちに林城、桐原城、霜降城、水番城の兵を温存して、軍資金兵糧を持って犬甘城に引く様にとのことじゃ! え~い鬼畜の小倅にしてやられたわ!」
7月27日午前・犬甘城外を行軍中の小笠原長時:
「御屋形様! 赤沢経康謀反! 行軍後方に襲い掛かっております」
「御屋形様、我にお任せを! 長勝、貞経付いて参れ」
赤沢政智は、同じ赤沢一族の裏切りが許せず、手勢を連れて迎撃に向かった。
「武田家筑摩方面軍(善信軍)」
総大将 :武田善信
副将 :松尾信是
軍師 :鮎川善繁
相談役 :漆戸虎光
侍大将 :於曾信安・板垣信憲
足軽大将:狗賓善狼・市川昌房
武将 :酒依昌光・板垣信廣・花岡善秋・有賀善内・武居善種・武居善政・武居堯存・金刺善悦・金刺晴長・矢崎善且・小坂善蔵・田上善親・田村善忠・三村長親・守矢頼真・松岡頼貞・座光寺頼近・座光寺為清・知久頼元・山村良利・山村良候・贄川重有・大祝右馬助・大祝豊保・沢房重・鵜飼忠和・両角重政・山中幸利・小原広勝・小原忠国
「深志城で休憩中の部隊」
諏訪扶持武士団: 600兵
伊那扶持武士団: 800兵
弓組足軽 : 800兵
槍組足軽 : 500兵
工夫兵 :4000兵
福山城:楠浦虎常 :扶持武士団500兵
山家城:加津野昌世:扶持武士団500兵
宮原城:米倉重継 :扶持武士団500兵
埴原城:三村長親勢
尾池城:諏訪満隆勢
福応館:福山善沖勢
丸山館:丸山善知勢
殿館 :殿勢
浅田城:千野靭負尉・千野光弘・千野昌房
荒井城:島立貞知
深志城(松本城):城代
村井城(小屋館):
諏訪満隣勢
櫛木城 :櫛置当主
波多山城:櫛置勢城代
淡路城 :櫛置勢城代
伊深城主:後庁重常
洞山城 :後庁重常城代
横谷入城:赤沢氏城代・浅間孫太郎
稲倉城 :赤沢経康・赤沢氏本拠
三才山城:赤沢氏城代・赤羽大膳
茶臼山城:赤沢氏城代
横谷入城:赤沢氏城代
赤沢氏館:赤沢氏代館
三才山館:赤沢氏代館
花岡城:特別足軽兵団:3000兵
和田城方面:曽根昌世:総大将
和田城 :今田家盛:500兵
中山城 :滝川一益:500兵
矢ヶ崎城 :相良友和:500兵
妻籠城 :甘利信忠:扶持武士団1000兵
青崩城砦群:飯富虎昌:扶持武士団1000兵:子飼兵800兵
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