転生武田義信

克全

第39話林城攻防の終わり

7月12日:広沢寺武田軍本陣

はてさて、小笠原長門もよくやってくれる、いや神田将監と言うべきか?

だがどうする?

小笠原騎馬隊相手に鉄砲の一斉斉射を使うか?

しかし鉄砲の一斉斉射は切り札だ、こんな所では使いたくない。史実での信玄は、小笠原攻略にどれくらいの年月が掛かったのだろう?

できれば史実と同じくらいの期間をかけて、歴史を変えないように攻め落としたいのだが。まあ堅固な行軍陣を組めば、移動時でも付け入るすきを与えないだろう。竹を束ねた盾をもっと作って、最前列の兵に持たせ、同時に槍衾(やりぶすま)を作る。盾兵1人と槍兵1人を必ず組ませる。その中に弓隊と騎馬兵を包み込む。しばらくはそれで凌(しの)ぐしかないだろう。

「若殿! 林城攻略を諦められるのですか!」

楠浦虎常は反対意見を言ってきた。

「ああ、神田将監の騎馬隊が、想定以上に手強い。恐らく今夜も夜襲に参るだろう。闇夜の奇襲に工夫兵が動揺して、裏崩れや友崩れを起こせば大損害になるだろう。ここはいったん村井城(小屋館)まで引いて、体勢を立て直す」

「まだ負けてはおりません。林城を力攻めで落とせばよいではありませんか。このままでは若殿の武名に傷が入ります!」

「我(われ)の武名などどうでもよい、一番損害の少ない戦いをする。今回は我攻(がぜ)めで林城を落とすより、誘い出した方が味方の損害が少ない、それだけだ」

「しかし若殿、負けた噂(うわさ)が広がれば、去就(きょしゅう)定(さだ)かでない信濃の国衆が小笠原に走りますぞ」

「林小城は落とした。勝鬨(かちどき)をあげて、林大城の籠城兵に圧迫を掛ける。林小城は全軍で強化修築して、守備兵を入れ林大城の付城にする。ああ、林、林とややこしいな、林小城は福山城に呼び名を変えよう」

「呼び名は福山城で構いませんが、福山城の守備はかなりの危険を伴いますな」

「確かに危険ではあるが、その分守り切った時の功名も大きい。それに無駄な損害は出さないと言ったろ、十分な強化をするさ」

「承りました、では誰を城代になさりますか?」

「ここはお主しかおるまい虎常、経験豊富なお主でなければ、このような大事な城は任せられんよ」

「煽(おだ)てられますな、ですが喜んでお受けいたしましょう」

「儂も福山城の修築を検分する、付いて参れ」

「は!」

近習衆も一斉についてくる。

「そうだ善狼、あれを頼む!」

狼を連れて歩いている俺の周りを、狗賓善狼が甲斐犬を連れて歩いている。その狗賓善狼が、さっと干肉を出してくれる。同時に俺の隠語を理解した素破が、伝言を伝えるべく目立たぬ様にいなくなる。秘策を使う羽目になるとは思わなかった、合戦は思い通りにはいかないものだな。





7月12日深夜の広沢寺参道下:神田将監視点

「火矢!」

我が指揮する騎馬隊300騎は、武田軍を夜襲すべく参上した。だが急拵(きゅうごしらえ)だったが、浅い空濠と土嚢(どのう)の防壁に馬防柵まで作られていた。それらに守られた陣地が、すでに参道下にはできていたのだ。しかも陣地には、武田軍の増援が入っているようだ。

「勝鬨(かちどき)をあげよ! えい、えい、えい」

「応(おう)ー!」

火矢を射かけて馬防柵を焼いただけとはいえ、勝利は勝利だ。それに我が騎馬隊には、1騎の損害もなかった。ここで撤退するにしても、勝戦(かちいくさ)だと我が軍に印象付けさせねばならん。林小城を盗られたことは些細(ささい)な事だと、味方や国衆に思わせねばならん。武田軍が誘いに乗って、馬廻り衆だけで攻めて来(く)れば目にもの見せてやるものを!

「勝鬨(かちどき)をあげよ! えい、えい、えい」

「応(おう)ー!」

武田軍が勝鬨(かちどき)をあげやがった!

我らを撃退したと、味方に印象付ける心算だな。馬防柵は焼かれても、我らを撃退すれば勝ちなのだと、味方や信濃の国衆に思わせる心算だな。





7月13日深夜の山家城:第3者視点

「嶽影様、山家氏館と宮原城も落城させたとの事です」

「よくやってくれた、これで若殿の信頼にお応えできた!」

善信の隠語による指示は、素早く花岡城の小人兵団に伝えられた。小人兵団3000兵を1000兵ずつの3部隊に分けた。彼らは嶽影率いる城砦攻略素破を先頭に中山道を駆け上り、現代のビーナスラインの横道に入り、三峰山麓を抜け、よもぎこば林道を抜け長野県道283号から山家城に取り付く部隊1000兵。ビーナスラインから長野県道67号を通り、山家氏館・宮原城に取り付く部隊2000兵に分かれた。

山家城は堅固な山城で、T字の尾根伝いに、段郭も含めれば何十もの郭が続く。主郭部の間までには、連続する堀切と、それに伴う連続竪堀があり、敵の城攻めを困難にしている。

そのため山家昌治は油断していたのだ。武田軍は小笠原騎馬隊の夜襲に苦戦し、林城の攻略にも手古摺(てこず)っている。林城が落ちない限り自分たちは安全だと、完全に油断していたのだ。武田軍に3000兵もの予備兵力があるとは、全く思いもしていなかったのだ。

平地の居館にいた山家昌治は、あっさりと討ち取られてしまった。堅固なはずの山家城も、山を密かによじ登られ、城壁や柵を乗り越え侵入されてしまった。城代はあっさり城砦攻略素破に首を取られてしまった。いつもの様に城攻め部隊の鬨(とき)の声と共に、「城代討ち取ったり」の声が山家城内から叫ばれ、守備兵の戦意を失わせた。その結果として、あっさりと降伏に導くことになった。宮原城も同じだった。





7月14日払暁の福山城(林小城)武田軍本陣:善信視点

「皆の者、山家城、山家館、宮原城を落とした、本陣を移すから付いて参れ!」

昨夜も小笠原騎馬隊の夜襲を撃退したが、その間密かに3城を落としたことは、素破衆と極一部の近習しか知らない事だった。

「「「「「え?!」」」」」

「虎常、守備は任せたぞ」

「え? は? 山家城、山家館、宮原城を落とした? 承りました、はい」

楠浦虎常と扶持武士団500兵に、福山城を任せて俺は急いで山家館に向った。






7月14日山家館:善信視点

「嶽影、ご苦労であった! 褒美(ほうび)として知行100石を加増の上、感状と褒賞銭(ほうしょうせん)500貫文を与える」

「有り難き幸せにございます!」

「今回の城取に加わった小人衆は、全て足軽に格上げした上で、それぞれの功名に相応(ふさわ)しい褒美(ほうび)を与える」

「「「「「有り難き幸せ!」」」」」

城攻めに加わった小人衆で、組頭を務める者たちが一斉に礼を言う。

秘密にしていた小人衆を投入し、世に出したのは痛かった。だが鉄砲衆の3段斉射や、車撃ちを披露(ひろう)するよりはマシだ。あとは落とした城を守り切るだけだ。

「昌世、扶持武士団500を預け山家城代に任ずる」

加津野昌世に命じる。

「有り難き幸せ、身命を賭(と)して守り切ってお見せします」

「うむ、期待しておる」

「重継、扶持武士団500を預け宮原城代に任ずる」

米倉重継に命ずる。

「有り難き幸せ、身命を賭して守り切ってお見せします」

「うむ、期待しておる」

「山家館は平地で小笠原騎馬隊の夜襲に弱い、よって放棄(ほうき)する」

「「「「「はい!」」」」」

「山家城と宮原城の修築に掛かれ!」

「「「「「はい!」」」」」

小人兵団は来た道を戻っていった。安全な花岡城の工事に戻るのだ。今回はやむを得ず前線投入したが、彼らには小笠原騎馬隊に匹敵(ひってき)する手練(てだ)れに成ってもらいたい。だからこそ普段は、馬術・弓術・薙刀術・鉄砲術などを習練させているのだ。

彼らに林城や桐原城・霜降城の前を通らすような危険は冒させられない。たとえ険しく遠い道でも、来た時と同じ山道を戻らせるしかない。





林城(林大城)の大広間:第3者視点

「山家城と宮原城が落ちただと!」

「は! 夜陰(やいん)に紛(まぎ)れて、密かに裏山から襲撃したそうでございます」

「鬼畜の軍は、将監が小城に閉じ込めていたのではないか?!」

「は! 武田軍は確かに小城に籠っておりました。落城の知らせを受けて、全軍小城から山家城に移動しましたから、間違いございません」

「ならば別働部隊がいたのか? だが鬼畜めの軍は、8000もの大軍であったのではないのか!」

「は! 移動する善信軍を確かめましたが、8000兵に違いありませんでした。恐らく甲斐から援軍を呼んだものと思われます」

「え~い! 糞! 井川城の将監に伝令を送れ!」

「は!」





井川城の大広間:神田将監と城代

「注進! 山家城、山家館、宮原城が武田善信に落とされました!」

林大城からの伝令が駆け込んで来た。

「なんと! 将監殿いかがいたそう?」

城代が狼狽して神田将監に今後の方針を尋ねる。

「善信もやりますな、いや、信玄が甲斐から援軍に来たのかもしれませんな」

「信玄が甲斐から援軍に来たと申されるのか?」

「大丈夫ですよ、信玄が甲斐を長く留守にすれば、村上義清殿が黙っておりますまい。援軍は直ぐに甲斐に戻りましょう。それに城を落とせば、その城の数だけ守備兵を割かねばなりません。そうなると善信の直卒軍は減り、我らの野戦での勝目が高くなります」

「なるほど!」

「これまで通り、敵の城に夜襲を仕掛け続ければ、善信も音を上げましょう。御屋形様が林大城に善信を引き付けていてくだされれば、我らは自由に動けます。御屋形様にこの事を文でお知らせすれば、それで済む事です、何の心配もありませんよ」

「しかし将監殿、直接御屋形様に報告しなくてよろしいのか?」

「善信は素破をよく使い、夜討ち朝駆けを好(この)むと聞いております。もし我が林大城に戻れば、城を囲み2度と夜襲に出られぬようにするでしょう。それでは我らの負けです。我が小笠原騎馬隊は決して居所を知られず、自由自在に動き回らねばなりません」

「なるほど」





7月21日花岡城の大広間:善信視点

「若殿、連日の小笠原騎馬隊の夜襲、無視してよろしいのですか?」

議長の狗賓善狼が、居並ぶ諸所を代表して確認して来る。

「被害は平城の長屋と小屋が焼かれる程度なのであろう?」

「左様でございます」

「ならば大丈夫だ、守備兵も慣れて来たであろう」

「それはそうでございますが、若殿の威信(いしん)にかかわりませんか?」

「無駄な損害は出したくない、動くときは必ず城を落とす。今までそうであったろ」

「確かにそうでございますが、我ら犬狼部隊に迎撃をお命じくだされれば、必ず小笠原騎馬隊に勝って見せます」

「確かに犬狼部隊なら勝つだろう。だが相手は日頃から犬追物で鍛えた小笠原騎馬隊だ、損害も大きくなるだろう。そうなれば我の身辺警護や夜襲警戒が疎(おろそ)かになる、敵は小笠原だけではないのだぞ!」

「は! 愚かなことを申しました」

「鍛え抜かれた犬狼予備部隊が600組を超えたら許可しよう」

「は! 有り難き幸せ、1日でも早く1人前の犬狼部隊を育てるように、里に伝えます」

「では骨休めは終わりだ、明日村井城に戻る!」

「「「「「はい!」」」」」





「現在の武田善信軍布陣」

総大将 :武田善信
副将  :松尾信是
軍師  :鮎川善繁
相談役 :漆戸虎光
侍大将 :於曾信安・板垣信憲
足軽大将:狗賓善狼・市川昌房
武将  :酒依昌光・板垣信廣・花岡善秋・有賀善内・武居善種・金刺善悦・矢崎善且・小坂善蔵・田上善親・ 田村善忠・三村長親・守矢頼真

花岡城で休憩中の部隊
諏訪扶持武士団: 600兵
伊那扶持武士団: 800兵
弓組足軽   : 800兵
槍組足軽   : 500兵
工夫兵    :4000兵

福山城:楠浦虎常 :扶持武士団500兵
山家城:加津野昌世:扶持武士団500兵
宮原城:米倉重継 :扶持武士団500兵

埴原城:三村長親勢
尾池城:諏訪満隆勢
福応館:福山善沖勢
丸山館:丸山善知勢
殿館 :殿勢
浅田城:千野靭負尉勢
淡路城:櫛置勢城代
櫛木城:櫛置当主
波多山城:櫛置勢城代
村井城(小屋館):諏訪満隣勢

花岡城:小人兵団改め特別足軽兵団:3000兵

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