転生武田義信

克全

第31話躑躅ヶ崎館から躑躅城へ

さて、和田城、中山城、矢ヶ崎城と、信濃に打ち込んだ楔(くさび)がどういう効果を出すか。少なくとも、村上と小笠原の連携は難しくなったはずだ。細(こま)やかな戦況は前世の記憶にもないが、楔の影響がどういう形で俺に跳ね返ってくるか分からないから、少し恐ろしい。





花岡城:善信私室

信玄との話し合いは何とか纏(まと)まった。

1つは好機に今川を滅ぼし駿河遠江を切り取る準備とするか、今川氏真を傀儡(かいらい)にする布石とするかは未定だが、信虎爺ちゃんたちと文の遣り取りをする許可がおりた。当然だが、信玄と今川義元の検閲は入ってしまう、これは仕方がないことだろう。

もう1つは、拠点とする城の変更だ。上原城では城下町の発展に不利だ、だからと言って、地盤の悪い史実の通りの高島城の場所では、工事が大変だし維持費も馬鹿にならない。そこで、一時的に花岡城(尾尻城・湖尻城 )を増改築して、拠点として使う許可をもらった。

花岡城は、諏訪湖湖岸の独立した小山にある。諏訪湖と天竜川を、天然の水濠(みずぼり)に利用ですることもできる。さらに普段は平地の館で政務を取り、戦時は小山の城に籠城する事ができる。諏訪湖から掘削して、新たに運河兼用の水濠を設ける事ができれば最高だろう。

将来的には、諏訪湖に上川が流れ込む場所に拠点を移す心算(つもり)だ、金子城、大熊城、上原城、桑原城、有賀城を総濠(そうぼり)で包括した大城塞としたいのだ。諏訪湖と流れ込む河川を水濠として、周辺住民を全て収容して守れる城にする。そして新たに設ける水濠は運河兼用として、対岸にまで水運を広げられたらいいのだが、これは欲張り過ぎか?

取りあえず不作で苦しんでいる武田の領民を雇って、大々的に城普請をする!

朝から晩までの厳しい労役だが、日当を雑穀5合で募集したら、想定をはるかに超える人数が集まった。不作の影響と、村上と引き分けたお陰だね、乱暴狼藉が出来なくて、食料を確保できなかったのだろう。信玄が出陣を命じたら、君たち小荷駄兵に格上げね。取りあえず武具甲冑は貸してあげるからね。日当も玄米2升を臨時手当であげるからね。

しかし城普請に「もっこ」てなんだよ!

ゴム製タイヤの一輪車とは言わないけど、諸葛孔明の木流牛馬の話は、三国志で読んで知っているだろうに。だがこれは俺がうかつだった!

土木工事を人任せにしていて、今まで気づかなかった俺が愚かだった。大八車くらいあるかと思ったけど、あれって江戸時代からなの?

牛車(ぎっしゃ)があるんだから、車輪や車軸の技術は当然あると思っていた。京の公家を招く際に、牛車の職人も招いて量産だ。悪路狭路(あくきょうろ)用の一輪車と、広小路(ひろこうじ)用の大八車を急いで開発生産しなければならない。





躑躅ヶ崎館改め躑躅城:三条夫人私室・信玄視点

「御屋形様、妾(わらわ)が差配するのでございますか?」

「そうだ、目を病んだ二郎は武家としては難しい、だから三条家を継いでもらいたいのだ」

「それは・・・・・妾の腹から生まれた二郎が三条家を継いでくれるなら、これに勝る喜びはありませんが、朝廷や帝はお許しくださいましょうか?」

「その辺は大丈夫だ、儂と善信が根回ししておる、安心せい。三条の義父上も、絶家となった鷹司家の養子話でやる気を出された。勧修寺尚顕殿と近衛卿も、思いのほか好意的に動いてくださる。京の三条屋敷で、生活に苦しんでいる公家を大量に匿(かくま)っているのが、好意的に受け止められたのだろう」

「まぁまぁまぁ、御屋形様はそこまでしてくださっているのですか?」

「善信の考えじゃ。五摂家、今は実質四摂家だが、もはや門流の公家を養う事はできなくなっている」

「はい、哀(かな)しい事ですが、荘園は全て武家に横領され、家職の運上金も送られなくなりました。その日の食べ物にさえ事欠く公家が、大半になってしまいました」

「そこでな、三条屋敷に匿(かくま)っている公家衆の中から、義父上を鷹司家の後継者に推薦してくれる者を選び、門流の変更を話し合おうと思う」

「それでは、四摂家の方々と争いになりませんか?」

「儂は門流変更はどちらでもよいのじゃ。ただただ義父上の鷹司家継承と、二郎の三条家継承を認めて欲しいだけなのじゃ」

「門流変更は、継承問題の交渉手段に使われるのですね?」

「公家衆は強(したた)かだからな、それぐらいの駆け引きは必要だろう」

「それぐらいでないと生きていけません、特に今の世は・・・・・」

「そうだな。で、話を戻すが、武田領内の荘園年貢と家職運上金を正そうと思う。毎年京に、年貢と運上金を送る」

「まぁまぁまぁ、公家衆は皆喜びます」

「ただし、義父上と二郎の味方をしてくれた人だけじゃ」

「それは当然でございますね、それくらいしないと公家衆は動いてくれません」

「それともう1つ、京の三条屋敷では何時戦に巻き込まれるか分からん。甲斐下向を望まれる公家衆を、一族一門ごと全て武田家で受け入れようと思う。そなたが文を書いて、縁(えん)のある公家衆を招いてくれ」

「それは皆喜びますが、御屋形様の負担となりませんか? 村上との戦が激しいと聞いておりますが?」

「費用は全て善信が用意しておる、何の心配もいらん」

「まぁまぁまぁ、やはり善信の考えでございましたか! 善信は御屋形様の武勇と知略、公家の強(したた)かさを受け継いでおりますね。この館に三条郭を設けたのも、父だけのためではなかったのですね」

「まああの広さは、義父上だけのためであれば規模が大きすぎる。それに他にも城を用意しておるようじゃ」

「他のお城でございますか?」

「武田の譜代衆が、公家衆を嫌う事もあり得るからの。松岡城と吉岡城にも、公家衆のために郭を設けているそうじゃ」

「それはようございますね。譜代衆の心が、御屋形様から離れては大変でございます」

「特に吉岡城は、今川殿の遠江との行き来に都合がよい。公家衆も温暖で海の幸もある、今川殿の所にも遊びに行きたいであろう」

(こちらも公家衆を利用して、関所を心配せずに荷が運べる。公家衆の荷に、武田の産物を紛(まぎ)れ込ませる事ができるからな)

「まぁまぁまぁ、海の幸でございますか! 善信のお陰で、海の幸を躑躅ヶ崎で食せる様になりましたね。今宵は何が出るのでございましょう?」

「うむ、今宵は海の海老(えび)を唐揚げしたものと、鱚(きす)の葱煮・鯵(あじ)の一夜干しを焼いたものだそうじゃ」

「まぁまぁまぁ、善信はどうやって海の海老を生きたまま運ばせているのでしょう?」

「秘中の秘だそうじゃ、海老食べたさに今日も重臣どもが集まっておる」

「やはりそうでしたか。善信の荷が届くたびに譜代衆が集まりますから、そうではないかと思っておりました」

「儂が命じなくとも、躑躅ヶ崎の周りに屋敷を建てて定住しておる。届く荷によって皆好みがあるのであろう、一喜一憂(いっきいちゆう)しておるわ!」

「鱚は焼干ししたものでございますか?」

「うむ、鱚(きす)と鯵(あじ)は生きたまま運ぶのは無理があるそうじゃ」

「いえいえ、焼干しした鱚も一夜干しした鯵も、とても美味しゅうございます」

「左様か」

「先ほどの公家衆の住処(すみか)でございますが、公家衆ならば、吉岡城に住み暮らし、好きな時に遠江と行き来できる方が、躑躅ヶ崎で暮らすことより喜ぶやもしれませんね」

「まあ公家衆の差配(さはい)は、そなたと善信に任す。儂は二郎の行く末(すえ)さえ安泰(あんたい)ならそれでよい、公家衆がどうしようとも構わん」

「承りました」





花岡城:大広間

「黒影、太田資正が北条殿に降ったと言っておったが、大人(おとな)しくしているのか?」

「は、今の所は」

「誰かと繋(つな)ぎを取っている様子はないか?」

「今の所ございません」

「北条殿と今川殿の動向には注意していてくれ。村上や小笠原との合戦中に、背後を突かれるわけにはいかん」

「承りました」

「信濃の国衆や地侍は動きそうか?」

「武田への叛意(はんい)は高いようですが、繋(つな)ぎがままならず、連携しての動きはございません」

「善繁はどう見る?」

今回も配下の諸将を集めての軍議だ。

「我らが優勢の間は、隠忍自重(いんにんじちょう)すると思われます。前回の村上義清との合戦で、板垣信方殿達が討ち取られてしまいましたが、そのままおめおめと引き上げていたら、信濃衆が武田を侮(あなど)り一斉蜂起(いっせいほうき)したやも知れません。しかし和田城、中山城、矢ヶ崎城に兵を入れた事で、信濃衆もうかつに動けなくなりました」

「若殿、我らから攻め込みましょう!」

於曾信安か、板垣信方の娘婿だからな、敵討(かたきう)ちしたいだろうな。

「うむ、御屋形様の下知があり次第出陣する、皆は常に武芸に励(はげ)み用意を怠(おこた)らぬように」

「「「「「はい!」」」」」

「さて、軍議に戻る。信安議長をいたせ!」

軍議に割って入ったんだ、責任は持ってもらう。

「承りました」

「細川晴元伯父上が、六角定頼殿の仲立ちによって和議(わぎ)を結(むす)ばれた。三好長慶が遊佐長教の娘を娶(めと)る事で、両軍の友諠(ゆうぎ)とされた。晴元伯父上は、足利義藤公の将軍就任も認められた。だが、池田信正を切腹させたことで、三好長慶との間で諍(いさか)いがあるそうじゃ、皆はこの事をどう見る」

「せっかくの和議(わぎ)が破綻(はたん)し、また畿内が騒乱(そうらん)し、京が争いに巻き込まれるかもしれません」

楠浦虎常が情勢を冷静に説く。

「黒影殿、池田信正の切腹に、誰かが暗躍(あんやく)しているとの噂はありませんか?」

鮎川善繁が背後関係を確認しようとする。

「三好政長が、細川晴元様を唆(そそのか)したとの噂がありますが、確たる証(あかし)はありません」

「その噂が本当なら、虎常殿が申されるように、戦に成るやもしれません。三好一族が割れましょう。晴元様がこのまま長慶殿との諍(いさか)いを続けられたら、長慶殿が細川氏綱に走る事も考えられます」

「ならばどうする?」

「若殿が晴元様に文を送られませ。公平な判断で処断せねば、長慶殿が細川氏綱に走ってしまい、再び戦に成るとお知らせなされませ。さらに長慶殿にも、自重する様に文を送られるのかよいと考えます。若殿が両者の仲立ちをなされれば、京の平穏も保たれ、二郎様も三条屋敷へ安心してご出立(しゅったつ)できましょう」

「そうじゃの、二郎様の安全は大切だな」
「長慶などどうでもよいが、晴元様が政長ごときに謀(はか)られるのは許せぬ!」
「若殿が仲立ちなされれば、若殿の威光が京にも伝わろう」

皆が騒ぎだした。

「まあまて、勝手な文の遣り取りは分国法で禁じられておる。御屋形様に相談の上で行う、それでよいな」

「「「「「「はい!」」」」」





躑躅城:小人郭の刀鍛冶集団作業小屋

俺は信玄に、細川晴元伯父上と三好長慶への、仲立ちの文を出す許可をもらうついでに、新兵器の武具開発を指示するため、刀鍛冶の集団作業場を訪れた。

「若様、三間の薙刀(なぎなた)を数打ちするのでございますか?」

「そうだ、できるか?」

「まあできますが、長いと扱うのに相当な習練(しゅうれん)が必要に成りますが?」

「大丈夫だ、充分習練(じゅうぶんしゅうれん)を積んだものが扱う」

5年前から甲斐にいる、元難民の小人たちは充分な戦士に育っている。そろそろ彼らに相応(ふさわ)しい武器を量産しないといけない。それができるだけの経済力と生産力は整った、並みの武器は他国から買えばよい。

「承りました」

「では頼んだぞ!」

鍛え上げた小人衆は、騎馬鉄砲隊として編成するのだが、俺が量産している鉄砲は、時代を少し先取りしている。

銃床は最初から肩付けだ、頬付けでは反動に弱い。革製の紐が付いていて、普段は背負う事ができるから、両手が自由に使える。口径は士筒(さむらいづつ)と言われる10匁の鉛玉を使う。これは普段から熊狩りや猪狩りで使っているので、小筒や中筒では役に立たないからだ。それに加えて、速射性を少しでも上げるため、早合(はやごう)も生産させている。数人で組を作って熊狩りはしているが、数秒の遅れで熊に逆襲されて、大切な家臣を亡くす訳にはいかないからだ。

人間同士の合戦の話に戻すが、鉄砲だけの装備では、乱戦に成った場合、大切な騎馬鉄砲隊が壊滅してしまう。だからと言って、銃剣では間合いが短すぎる、万が一槍装備の敵騎馬隊と遭遇戦してしまったら、圧倒的に不利な戦いになる。火縄銃を背負えるようにしているから、両手で薙刀を持って戦う事が可能だ。鞍に工夫してあるから、薙刀も普段は鞍(くら)に固定できるようにできている。

槍(やり)ではなく薙刀を標準装備にした理由は、騎馬突撃の打撃力を最大限利用するためだ。止まっての一騎打ちなど論外だが、突撃の突進力を利用して敵を突き刺してしまうと、速度を失ってしまう。さらに槍が深く刺さった場合は、止まって槍を引き抜かねばならず、最悪の場合は槍を失う羽目(はめ)に成る。

駆足突撃で敵陣を突き抜け、敵の備(そな)えを何度も崩(くず)すには、勢いを殺さず敵を倒さねばならない。薙刀の湾曲した刃先は、勢いを殺さずに敵にダメージを与える事ができる。表現としては、敵を薙(な)ぎ払って突き抜けるである。騎馬突撃の勢いで薙ぎ払われたら、敵は戦うことができなくなる。それでいて味方の騎馬隊は、勢いを失わずに戦い続けることができる。

それに、万が一徒歩で戦う羽目に成っても、薙刀は圧倒的に有利だ。これは前世で聞いた実話なのだが、弟が高校時代銃剣道をやっていた。えらくマイナーな武道なのだが、退役軍人の担任が創部したそうだ。弟は休み過ぎで進級できないはずだったのだが、担任と出席簿改竄(しゅっせきぼかいざん)の裏取引をして入部したそうだ。

マイナー武道だったので、真面目(まじめ)に活動している友達は、国体に出場したらしい。そこで、剣道・銃剣道・薙刀で戦ったそうなのだが、薙刀の圧勝だったそうだ。間合いの長さが一番の勝因だと思うのだが、聞いた話では「おすね」で下腿(かたい)を攻撃されると手も足も出なかったそうだ。

そこで俺は、足軽などの装備も脛当(すねあて)や小手(こて)を強化した。集団戦では、薙刀の振り回しなどの武芸は、周囲の味方を傷つけるから使えない。だから安価で使い易い槍に取って代わられたが、騎馬鉄砲隊が下馬して戦う羽目に成っても、突きで戦えばいい。そして足を狙う、槍に比べて刺突面の広い所を利用して、敵の足を切り裂く。

薙刀が俺の想像通り戦場で有利ならいいのだが・・・・・

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