転生武田義信

克全

第26話木曽攻め

躑躅ヶ崎館:信玄私室

「それで、木曽を攻めると言うか?」

「鮎川、説明の続きだ」

「は、御屋形様が農繁期に、田畑から切り離された足軽を動員され、佐久と筑摩を攻められます。そうなれば、村上義清と小笠原長時は、農繁期にもかかわらず農民兵を動員せねばなりません。これだけで、村上義清と小笠原長時の国力を減らし、配下の国衆と地侍にくわえて、百姓にまで反感を育(はぐく)めます。その上で密(ひそ)かに木曽に侵攻し、夜陰に乗じて一気に城を落とします」

「勘助、どうだ?」

今日の軍議は4人で行われている。俺が鮎川を伴って話したいことがあると前触(まえぶ)れを送ったからだろう、今回は親子の密談ではなく、互いの謀臣を交えての軍議扱いだ。

「真(まこと)にもって結構な策と思われます。御屋形様の策で善信様が編制された、扶持武士団ならばこその策かと存じます。善信様、兵力は5000ほどでございましたな?」

そうだな、自前の弓1000兵・槍500兵・伊那の降伏兵3500兵だ。あと編制中の小人兵が2000だが、これは秘密兵だ。さらに籠城(ろうじょう)となれば、元難民の老若男女全員を守備兵に動員可能だ。

「そうだ、5000程度は農繁期でも動かせる」

「善信、今年の米の作柄は分かっているのか!」

信玄は表情を変えずに聞いてきたが、内心苦しんでいるな。

「は、実入りが悪くなりそうだと聞き及んでおります」

「年が明け農閑期になれば、儂は佐久を攻めるぞ。それまでに木曽を盗れ。木曾義康一族の処分は任せる」

「交渉になった場合は、木曽家の一族と家臣を切り離し、家臣は扶持武士団に繰り入れます」

「分かった、木曽は任せる。だが、木曽を配下に組み入れられるなら、縁を結んでも構わん。嫡男に武田一門の娘、いや儂の娘と縁組させても構わん」

「承りました。あらゆる手段を講じて、今年中に木曽を攻略いたします」





躑躅ヶ崎館:善信郭の善信私室

「鮎川、手順をどうする」

「嶽影殿、素破は参加できますか?」

「大丈夫です。甲斐に残っている者を、全員参加させます」

嶽影が答えた。嶽影は城砦攻略素破部隊の責任者だ。

「ならば妻籠城、三留野東山城、三留野愛宕山城、須原城、大社館の5カ所に、1000兵ずつ派遣して一夜で攻め落としましょう。嶽影殿、5カ所に分派しても、城壁越えは可能ですか?」

「大丈夫です。木曽義康は大社館で生活しておりますので、襲撃前に密かにに討ち取っておくことも可能です」

「ならば大社館は、若殿に攻め取っていただきましょう」

城攻めの時の修験者の城壁登りだが、彼らには簡単な事だったと思う。前世でトレッキングと軽い山登りをしていたが、友人と修験者の行場巡りをしたことがある。あれはとても怖かった!

城壁登りは軽いロッククライミングだが、後の大阪城や熊本城とは違うのだ。この時点の城壁登りなど、行場巡りに比べたら簡単なものだ。

この後いろいろ相談したが、御屋形様の動員令までにやった事がある。

1つは、麦焼酎の物々交換だ。

甲斐領外から来る商人には、焼酎1石につき米45石か麦90石でしか取引しないと通告した。元々焼酎は1合45文が相場だが、京で帝や公卿に献上した御陰で、畿内や西国でも評判が鰻登りで、価格が高騰しているのだ。

だが関所抜けして甲斐から京まで運ぶには、荷役1人で京桝1升が限界なのだ。そのため京や西国では、麦焼酎が絶望的な品不足になっている。結果として麦焼酎の価格が高騰する事になり、多くの商人が大量買いして西国に送りたがってる。元々の産地は壱岐の島だが、帝は俺が送っている武田菱印の焼酎が本場だと思い込まれている。

だから米や麦を代価にしてした物々交換でも、きっと麦焼酎は売れるはずだ!

不作でもあろうと、甲斐の民を餓えさせはしない!

1つは、上洛(じょうらく)路の安全確保だ。

京に攻め上る訳ではなく、二郎の三条家継承にための上洛(じょうらく)だ。当然だが、帝・朝廷・公卿衆への根回しが必要になるので、そのために大量の贈り物が必要なのだ。美濃斎藤家・近江浅井家・近江六角家・足利将軍家・細川晴元伯父上と三好家・細川氏綱と遊佐家畠山家だ。

同時に行うのが、悪辣(あくらつ)な手段ではあるが、それぞれの守護家の有力家臣や国衆を調略する下工作だ。日頃の付き合いがあるかないかで、戦時の引き抜きやすさが違ってくる。特に美濃は侵攻確定国だから、以前から入念に根回ししている。竹中半兵衛くん・明智光秀くん、僕の家臣になりなさい。

3つめは、三条家に続いて鷹司家の横領だ。

鷹司忠冬が天文15年5月12日に亡くなり、鷹司家は断絶になってしまっている。正親町三条公治の娘が、鷹司忠冬の母だった。正親町三条家は、三条家の流れをくむ分家のようなものだろうし。三条家は五摂家のどの門流でもない独立独歩の家で、五摂家に次ぐ清華家の家柄だ。上手く工作すれば、三条公頼が鷹司家を継げるのではないだろうか?

二郎が三条家を継ぎ、三条公頼は隠居せず鷹司家を継ぐ、駄目かな?

鷹司家門流と言えるのは冷泉家だけ。冷泉為益から、三条公頼が鷹司家を継げるよう働きかけてもらおう。正親町三条は近衛家の門流だし、足利義藤と組んで近衛家にも工作してもらう。

特に働いていただくのは、能登から京に戻ってもらった勧修寺政顕殿だ。武家伝奏(ぶけてんそう)に復帰してもらったことだし、ここは頑張ってもらおう。なんといっても、叔母の勧修寺藤子が後柏原天皇の典侍となり、今上帝を勧修寺政顕の屋敷で産んでいるんだ。勧修寺政顕殿は、恐れ多くも今上帝の従兄弟(いとこ)になるんだ、せいぜい働いてもらおう。

今上帝は清廉潔白な方なので、武田家直接の願いは駄目だ、そんなことをすれば逆効果になってしまう。朝廷の官位官職運動は中止して、足利義藤に信濃・飛騨守護職をもらうことに集中する。朝廷工作は、あくまでも絶家となった鷹司家の復活に重点に置く。

下手に献金をすると、今上帝に嫌われてしまうだろうから、焼酎・椎茸(しいたけ)・塩干魚などを日々の食材として御送りしよう。日々使われる品々として、漆器(しっき)・白絹(しらきぬ)・麻布・葛布(くずふ)・水晶眼鏡(すいしょうめがね)を御送りしよう。ただし全部に武田菱を刻み込み、誰が送ったか分かるようにしよう。まずは荷役に少しずつ運ばし、三条公頼、勧修寺政顕、三条公治、冷泉為益に朝議に日参してもらい、帝に毎日品々を献上してもらう。


信玄は配下の国衆や地侍に動員を掛けた。田畑の農仕事がない上級武士だけを動員したが、これは厳命だった。米の実入りが悪いから、本格的な略奪は敵軍の収穫後に行うから、今は専業武士だけ集めろと説明した上での動員だった。

国衆や地侍には俺が主力軍だと伝えているようで、ならば白米と味噌や塩の軍事食以外にも、焼酎や塩干魚肉に燻製魚肉が振る舞われると思ったのだろう。信玄が想像していた以上に、多くの兵が集まってしまった。

城は落とせなくても青田刈りなら十分できる兵力が集まってしまい、これには信玄も困ったようだ。繰り返すが実入りの悪い米を青田刈りしてしまうと、来年の米不足に拍車がかかるのは分かっている。できれば村上と小笠原に、実が大きくなった米を刈り入れさせてから略奪したいだろう。目先の欲で乱暴狼藉を働く者が出ては米不足になるので、全軍を躑躅ヶ崎館に集結させただけで、国境線には移動させなかった。


一方俺の方は、飯富虎昌が子飼いの将兵800を動員してくれた。飯富軍には500兵の応援を加えて、合計1300兵とした。5800兵となった全軍で、出陣前に腹一杯の食事をとった。普段は雑穀雑炊を1日2回食べるのが普通なのだが、合戦時だけは白米が配給される。だが俺はあえて腹持ちのよい玄米の御握りに、梅干と野菜の糠漬(ぬかづ)けを付けて配給した。

「御前たちよく聞け、今日の合戦前の食事は玄米にする。ただし生きて帰れば、全員に焼酎の原酒を振る舞おう。だから1兵も欠けることなく、全員生きて帰るのだぞ!」

俺は戦意高揚と、絶体絶命になっても生きる気力を振り絞ってもらえるよう、人参作戦を敢行(かんこう)した。

「「「「「おぅ~」」」」」

妻籠城攻略部隊
総大将:甘利信忠
侍大将:甘利昌忠・甘利信康
武将 :長坂勝繁
兵力 :1000

三留野東山城攻略部隊
総大将:曽根昌世
侍大将:曽根虎盛(そねとらもり)・加津野昌世
武将 :松尾信是
兵力 :1000

三留野愛宕山城攻略部隊
総大将:跡部勝忠
侍大将:米倉重継
武将 :跡部昌秀・跡部昌長
兵力 :1000

須原城攻略部隊
総大将:飯富虎昌
副将 :飯富源四郎
侍大将:於曾信安・下条信俊
武将 :下条信康・下条友光・下条家長・下条信秀
兵力 :1300

大社館
総大将:武田善信
相談役:楠浦虎常・漆戸虎光
軍師 :鮎川勝繁
足軽大将:滝川一益・狗賓善狼・相良友和・今田家盛
武将 :市川昌房
弓足軽:1000
槍足軽: 500

5軍は三々五々山中を進むが、襲撃時刻を合わせるため、案内は修験者出身の素破たちが務めてくれた。5軍の装備は、音のしない皮鎧装備の先兵と完全武装の主力軍だ。備品として、音がしなくて軽い皮水筒を全員に貸し与えた。腰兵糧は糒(ほしい)と塩の利いた燻製魚と燻製肉を、万が一を考え3食分を持たせた。これなら甲斐に逃げ帰ることになっても、途中で餓えることはないだろう。

事前準備と装備や士気に、徹底的に気を付けて城攻めしたが、あっさりと5城を攻め落とせた。木曽義康は、館に突入する時には既に素破に殺されていた。だが建前上は、俺が一騎討ちで討ち取ったことになっている。素破が城壁を登り城内に潜入してくれ、大手門を開けてくれたので、城砦突入は楽勝だった。事前に素破が城内に潜入していた大社館と妻籠城は、もっと簡単だった。

またも俺は、一夜で5城を攻め落とした名将、木曽義康を討ち取った強者(つわもの)になってしまった。暗殺対策に、対忍者の護衛を増やさなければ!

やった事はやり返されるのがこの世の常だ。番犬と番狼よ、期待しているぞ!

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