転生武田義信

克全

第8話凄惨

俺から高遠城攻略完了の報告を受けた信玄は、即座に小笠原長時の林城攻撃を家臣団に命じた。その上で俺には、天竜川流域と躑躅ヶ崎館の守備を命じた。信玄には最初から林城を攻略する心算はなかったようで、目的は甲斐の民を喰わせるための略奪だった。だが小笠原の領民を武田の民にする気のなかった略奪は、俺には我慢ならないくらい凄惨(せいさん)を極めた。奪い、犯し、奴隷として攫(さら)う。結果として小笠原長時領の戦力と生産力は、じわりじわりと下がっていった。

正直従軍を命じられなくてよかった。俺が従軍していたら、この凶行を見て見ぬ振りできたか分からない。だが今この時期に、信玄と争う訳にはいかない。もしかしたら信玄は、それを見越して俺を参陣させなかったのか?

このような凶行を止めさせるには、武田領内の食料生産力を向上させなければならない。そして何としても、不作凶作対策も急がなければならない。飛影たちに命じた、作物探索が上手くいけばいいのだが。




天文13年1544年8月:躑躅ヶ崎館の善信私室

「若殿、ご依頼の物が見つかりました、こちらでございます」

飛影は俺に見せるため、配下の者から届けられた作物とその種を板の間の広げた。南瓜(なんきん)・薩摩芋(さつまいも)・玉蜀黍(とうもろこし)・じゃが芋が転がっている。

「どこで見つかった?」

「豊後でございます、難破した南蛮人が持ち込んだようでございます。地元の民がほそぼそと栽培している物を、銭を払って分けてもらったそうです」

そうか、まだ日本に入って間がなかったのだな、どうりで「ほうとう」を食べてるところを見なかったわけだ。南瓜の栽培が、信濃や甲斐まで広がっていなかったんだな。だが種や種芋が手に入った以上、早急に凶作対策に広めなければならない。

「よく九州まで探索できたものだ、いや、手に入れるなど望外(ぼうがい)の事。よくやってくれた、これで凶作に備える事ができる」

「お褒めに預かり恐悦至極(きょうえつしごく)でございます。河原者や修験者は、横の繋がりが強うございますので、何とか手に入れることができました」

「うむ、豊後の河原者や修験者に伝えてくれ、何かあれば何時でも甲斐で保護すると」

「有り難きお言葉、必ず伝えます。それと、てっぽうでございますが、足利義晴将軍が、国友村に製造を命じたと報告が入っております」

「なに! よくやってくれた。さらに探索を続け、製造法を習得した鍛冶を引く抜くか、国友村に入り込み製造法を学ぶように指示してくれ」

いや、信玄を通じて将軍に銭を送って、正規に鉄砲鍛冶を移住させてもらうか?

「相分(あいわ)かりました、そのように指示いたします。後は以前命じられ、手ずからご指導頂いた「塩辛」の生産でございますが。越後の白鳥山と鉾ヶ岳、伊豆の発端丈山、相模の愛鷹山、駿河の金丸山、三河の尉ヶ峰に拠点を設けて開始いたしました」

「よくやってくれた、指示通り甲斐に入る各街道に繋がる海に、分散して設けてくれたのだな。これで密貿易路が、1度に全て潰される危険が少なくなる」

「次に牛馬の購入でございますが、1000頭はなかかな難しゅうございます」

「分かっているよ、条件が厳しいからね。軍資金残高との兼ね合いもある、徐々にで構わないよ」

「はい、牝馬が231頭、牝牛が122頭購入できました。種付けも順調ですが、何より開墾と田畑の農作業が捗(はかど)り、収穫量が増えそうでございます」

「それはよかった、難民達は餓えずに暮らせているんだね」

「はい、ですが難民だけでなく、福与と高遠の領民も豊かになりました。狩猟漁労の収穫のお陰で、餓えることがなくなりました」

「それで難民の総数は幾人になったのだ?」

「まずは移住した職人をご報告をさせていただきます。刀鍛冶が8人、弓師が10人、甲冑師が10人、皮革職人が29人、竹細工職人が11人、木地師(きじし)が45人、大工が9人、塗師が5人でございます」

「ずいぶんと職人が集まってくれたな、よくやってくれた」

「ご指示通り、高遠、竜ケ崎、荒神山の3城に住居を設けました。城内に個人住居を拝領し、武士待遇で迎え入れてもらったことに恐懼感激(きょうくかんげき)し、忠誠を誓っておりました。この噂が広まれば、有能な職人が続々と移ってまいります」

「そうか、喜んでもらえて何よりだ」

「逃げてきた民も含めての人数は、甲斐の開拓地は5121人、福与城内に1000兵、荒神山城に2122人、竜ケ崎城に2231人、高遠城に2291人でございます」

「ほぼ倍増だな、開拓地の収穫で養いきれるか?」

「大丈夫でございます。高遠の開墾は間に合いませんが、上伊那郡の開墾地は飛躍的に増えております。甲斐領内では、新たな開墾分も含めて6000反、上伊那郡は7000反、福与城の難民兵が5000反開墾しましたが、あそこは水種の病に備えて畑ですので米は採れません」

水腫の病が拡散しないように、福与城の難民兵には水田を開墾させれないし、後から来た難民に接触させる事もできないから、稲作ができないのは仕方ない。

「ならば玄米8000石と雑穀1万8000石の収穫が期待できるな?」

「冷害や日照りが起きない限り、それぐらいは期待できます」

「塩の密輸量は十分あるから、麦と豆の味噌を大量に生産してくれ。できあがった味噌は、躑躅ヶ崎館と福与城の市で販売しよう」

「承りました、今日の報告は以上でございます」

「うむ、ご苦労だった。警護は配下の者に任せて休んでくれ」

「はい、では御免いたします」

さて、親兄弟の結束は強く強く結びつけないとな。俺は日課の家族対話に行った。お土産は日によって、水飴だったり味噌漬け肉だったり自然薯(じねんじょ)だったりするのだが、何を持って行っても凄く喜んでくれる。





躑躅ヶ崎館:二郎の部屋

「二郎は昼寝していないか?」

今日も女中に小声で寝ていないか確認してみる。

「起きておられます」

女中は必死で視線を外しているが、俺が持って来たお土産に興味津々だ。二郎に仕える乳母や女中たちともよい関係を築くため、いつも彼女らの分もお土産を用意してある。今日は、餅に枝豆を潰したものを絡めた「ずんだ餅」を持って来た。砂糖がないので、水飴を加えて少し甘くしてある。

「あにうえ!」

二郎が飛び出してきたが、何時ものように、その勢いのまま飛びついてくる。俺もいつも通り抱き留めて、高い高いをしてやり、両脇を支えて振り回してやる。二郎はこれがお気に入りのようだ。

「今日は新しい食べ物だよ、乳母たちと一緒に食べなさい」

30分ほど遊んでやってから、おやつにする提案をしたが、二郎はもっと遊んで欲しがった。

「あにうえ! もっとあそんでください」

可哀想だが、母上の所と信玄の所にも行かねばならん。

「母上と御屋形様の所にも行かないといけないのだ、明日も来るから今日はこれまでだ」

「はい、あにうえ」

半べそに成りながらも、必死で涙をこらえる二郎は可愛い。胸が痛むがこればかりは仕方ない、俺にはやらねばならないことが多すぎる。





躑躅ヶ崎館:三条夫人の部屋

「太郎殿、よくぞ来てくれました、とてもうれしく思います」

女中に案内され部屋に入った俺を、母上は満面の笑みを浮かべて迎えてくれた。

「母上、新しい食べ物ができたのでお持ちいたしました」

俺は大鍋に入れた「ずんだ餅」を差し出した。

「まあまあまあ、また新しい食べ物を考えたの、太郎は何でもできるのね。戦をさせても張良・楽毅を凌(しの)ぐと評判なのに、料理も素晴らしいわ!」

母上は手放しに誉めてくれる、嫡男が何をやらせても上手なのは嬉しいのかな?

それともできふできに関係なく、愛してくれているからなのかな?

「まあまあまあ、なんて鮮やかな緑なの、これが食べられるの?」

女中が分けて皿に盛った「ずんだ餅」を見て、母上は感嘆の声を上げた。

「枝豆に少し水飴を加えております、別に水飴も作らせておりますので、甘みが足らなければ料理人に持って来させてください」

「分かりました、でも食べてしまうのが惜しいくらい奇麗だわ!」

「有り難いお言葉ですが、母上が食べてくださらねば、女中たちが食べられません」

「あら、御免なさいね。さあ皆の者、頂くとしましょう。まあ! なんて美味しいのかしら!」

「お気にいってもらえて何よりです」

「太郎も一緒に食べましょう」

「この後、御屋形様にもお届しなければなりません、その時毒味しなければなりませんので、ここでは控えさせていただきます」

俺は正直に話して遠慮(えんりょ)した。

「まぁ、親子なのに毒味などと他人行儀(たにんぎょうぎ)なこと、武家とは哀(かな)しいものですね」

「戦国の世、いたし方ございません」

30分ほど母上たちと他愛(たわい)のない話をして信玄の所に向かった。





躑躅ヶ崎館:信玄私室

「山本勘助が諏訪の娘の輿入れを後押ししている、善信も家中の反対を抑えよ」

信玄は、俺が毒味した「ずんだ餅」を美味そうに貪(むさぼ)りながら命じる。

「承りました。善信が諏訪の姫を直接お訪ねし、度々お土産をお渡しすることで、家中の反対派を黙らせます、それでよろしいですか?」

「それでよい、しかしこれは美味いものだな。料理人に作り方を教えたのか?」

「はい、未成熟な大豆を茹でて潰したものですので、食べられる季節は限られます。ですが料理人に命じていただければ、季節には作れるように伝授しておきました」

「ようやった、また新しい料理を思いついたら持って参れ」

もう出て行けと言うことだな。

「承りました、では今日はこれで失礼させていただきます」

「うむ、御苦労であった」





躑躅ヶ崎館:善信私室

「痛って~、うゎっ!」

何だよ夢かよ!

夢のくせに本当に痛いよ、あの犬のやろうが!

何でいまさら、子供の頃に分家の犬にケツ噛まれた夢なんか見るんだよ。うん?

犬?

犬~!

猟犬だよ、猟犬!

猟犬がいれば狩りがぐっと楽になる!

なるのか?

犬に与える餌を考慮したら、領民の食料が減るか?

それとも狩りの成果が増えるか?

う~ん悩むな、民の食料が少しでも増えるのなら、猟犬を取り入れるんだが!

昔読んだ小説のK9部隊の様に、軍用犬にできれば価値があるか?

いや、軍用ならいっそ日本狼を手懐(てなず)けられないかな?

前世では絶滅してしまった、日本狼を軍用犬として活用できたら、この世界では日本狼の絶滅を回避できるかもしれない、ロマンだな!

だがロマンは食べられない、あくまでも食料を無駄にしないことが前提だ。山伏には「飯綱使い」ていたよな?

胡散臭い伝承の類か?

飛影に確認するか?

猟師が猟犬を使っているかも確認しよう。

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