「溺愛」「婚約破棄」「ざまあ」短編集3

克全

第36話

「次は魔蠍だ。
毒針の注意するのは当然だが、ハサミにも油断するな。
毒針に刺されたら数分の命だ。
ハサミは板金鎧や魔革鎧だって簡単に両断する。
現れたら躊躇わずに全力攻撃で頭を潰すんだ」

ウィリアムが指揮に従いながら、自分なりに周囲を警戒します。
魔法鎧に一件以来、彼らを全面的に信用信頼しなくなっています。
彼らの良心に疑いを持ったのではなく、彼らだって人なんだと思ったのです。
彼らの予測を超える事態はいつだって起こりえるのです。
その時に後悔しても遅いのです。

私一人だけの事なら、自分の失敗だと諦めもつきます。
ですが今は私一人ではありません。
ネイに対する責任があるのです。
私はネイの母親なのです。
血は繋がっていなくても、間違いなく母親なのです。
油断も失敗も絶対に許されないのです。

魔毒蛇の時と同じように、売り物にならない獣の血を撒き、地中から魔蠍が現れるのを待ち受けます。
最前線で盾役を引き受けてくれるのは、強力な魔法鎧を装備したイライアスです。
何か不測の事態が起こった時には、イライアスが盾役となってくれます。
あの魔法鎧なら、魔力生命力が続く限り、イライアスを護るでしょう。

ですがそんな心配は杞憂でした。
地中から現れた魔蠍は、中級上の魔法攻撃で簡単に斃せました。
簡単なというのは弊害がありますね。
猛毒の針を装備した尻尾と、板金鎧や魔革鎧すら両断する二つの前脚。
その攻撃を全く受けることなく斃せる魔法があるだけです。
そうでなければ全く歯が立ちません。

魔蠍の外骨格は、硬度と柔軟性という、本来なら両立が不可能なモノを兼ね備えた稀有な素材なのです。
魔蠍の外骨格を加工強化した素材は、板金鎧どころか魔革鎧すら遥かに凌ぐ、強力かつ動き易い鎧となるのです。
まあ、注文製作で完成まで最短で六ヶ月かかるのですが、それも素材加工と製作に必要な最低限の時間です。
普通は完成まで二年はかかります。

それに加工製作ができる職人が極端に少ないです。
その少ない職人も、腕に極端な差があります。
標準的な職人を超える、名人級職人に頼めば、動き易さが全く違います。
魔獣の攻撃を防ぐにしても、こちらから攻撃するにしても、ほんの少しのスピードとパワーの違いが、生死を分けるのです。
そして肝心の防御力も、五割り増し硬くしなやかです。

指名製作料金が二倍三倍かかっても、命には代えられないのです。
特急料金が二倍三倍かかっても、一日でも早く手に入れたいのが、命を預ける優秀な武器と防具なのです。

「魔獣標準値と標準買取価格」
魔蠍:二百四十キログラム四メートル:九万六千小銅貨
魔毒蛇:二百五十キログラム十メートル:七万小銅貨

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