奴隷魔法使い

克全

第237話魔境調査再開・

『飯豊魔境・朝日魔境』

(殿様、王都での詮議はどうなっているのでしょうか?)

(どうだろうね、国王陛下が取り調べが終わるまで狩りと魔境調査に専念しろと、わざわざ土御門王国筆頭魔導師殿を通じて念話してこられたのだ、厳しい態度で臨まれるのではないかな。)

(でも相手は大臣、省益を優先する士族官吏と結託した権力機構です、いくら鈴木目付殿でも捜査しきれないのではありませんか?)

(普通なら捜査は難航するだろうけど、王国魔導師団が全面協力するし、証人や容疑者は今回も我が唐津家の牢屋に入れるから、暗殺される可能性も低いからね。)

(それでも既得権を持った者達は抵抗するのでしょうね?)

(そうだね、でも国王陛下も全力で国内改革に取り組まれる御心算の様だから、きっと大丈夫だよ。)

(その為に、阿部商務大臣と久世内務大臣を閉門蟄居にされたのですね?)

(そうだよ、王国の武方も待ちに待った見せ場だからね、阿部・久世両家の王都詰め陪臣と戦闘になっても構わないくらい、厳しく包囲するだろうよ。)

俺と彩は念話で王都での捜査・詮議の行方を気にかけながら、それでも一瞬の隙も見せずに魔獣・魔竜狩りを差配していた。特に囮役の修練には力を入れたし、狩り方を5000人規模から1000人規模5隊に分けるように試してもいる。

昨日の狩りの成果は大雑把に把握出来たが、1日3度の狩りで1人当たりおおよそ6万銅貨になりそうだ。俺達が設立した冒険者組合への手数料と、各領主に対する税がそれぞれ2割で合計4割、手取りは3万6000銅貨だった。

この世界の1年は12カ月×35日で420日
年間300日狩りが出来るとしたら
300日×3万6000銅貨で1080万銅貨
知行地で換算すると5400石の大身士族並みの収入に成る。

これだけの収入が、3石4石の土地を耕作しながら士族・卒族の体面を維持して来た陪臣の手に入れば、数日で借金など返済できるが、俺と彩が囮を止めればそう容易くは無くなるだろう。常陸大公家が八講魔境で稼いでいる実績を考慮すれば。

日当は1万5000銅貨前後になるだろう。
300日×1万5000銅貨で450万銅貨
手取り6割で270万銅貨

知行3石の陪臣卒族が1350石士族並みの収入になる。だがこれから魔獣・魔竜相場が10分の1に暴落する可能性は、繰り返し繰り返し注意しておかないと、今までとは比較にならない借金地獄になってしまう。

さてこの2つの魔境が狩場になった事で俺と彩に入る収入なのだが、冒険者組合を設立した事で全狩り収入の2割が手に入る、この狩場は領地を接している各貴族家にとって、存立にかかわるほどの重大な収入源になった。国元に残る各貴族家の家臣達は可能な限り参加しているから、総数で2万を超えるほどの狩り方が集まっている。

2万人×450万×0・2は180億銅貨

もはや自分で狩りをする必要など無い状態だが、俺と彩の間に魔力の無い子供が産まれた場合は、この組合収入がとても大切になって来る。

「唐津次席大臣閣下、申し訳ありません。」
「申し訳ありません、唐津次席大臣閣下。」

「シズナもフミエも気にするな、責任は地位を与えられている者が取るものだ、2人ともまだ奴隷冒険者ではないか、今出来る事を全力で行い平民・卒族・士族の地位を手に入れる事だけを考えればいい。」

『はい!』

「先ずは飛行下駄・防御魔法盾の練習だ!」

『はい!』

『蔵王山・湯殿山・神室山地』

「唐津次席大臣閣下、あれに見えるのが蔵王山でございます。」

山形子爵家から案内に来ている家臣が縋るような目で山の説明をするが、残念ながら古代魔龍の濃厚な気配がする。主家の事、自分達家臣の暮らしを考えれば、狩りの出来る属性魔竜ボスの魔境であって欲しいのだろう。

「残念だが濃厚な古代魔龍の魔力が感じられる、次の山を見よう。」

十数人の案内役ががっくりと肩御落とすのが哀れだが、こればかりは仕方が無い。山形子爵家と天童準男爵家も哀れだが、先日に引き続き期待外れだった上山男爵家の家臣達は泣き出さんばかりの表情だ。仕方ない、救済策を提示してやろう。

「国王陛下にも御提言してあるが、この度の調査で魔境と接していない貴族家に対して救済策を用意してある。各貴族家の子弟を武者修行と言う名目で、余の領地や飯豊男爵領で冒険者として受け入れる用意がある。」

『うぉ~~~』

上山男爵家をはじめとする、各貴族家から派遣された案内役達が思わず声をあげるほど、各貴族家にとっては待望の条件だ。

(俺と彩にも領地税2割・冒険者組合手数料2割が手に入るからぼろ儲けだけどね。)

(まあ殿さまったら! でも貴族家の当主なら収入源の確保は大切なお仕事ですね。)

(そうだよ、家臣領民を餓えさせないのは当主の責任だからね。)

(はい殿様!)

「あの山は湯殿山です、向こうが月山と呼ばれております。」

少し日本海側に飛行して、朝日魔境より北にある魔境の確認調査をする。今日は朝1番の飯豊魔境・朝日魔境合同狩りを行った後、昼食後の何時もの創作と修練を行ってから、東北諸侯領の魔境調査を行っている。

たった1日で2つの魔境が発見され、さっそく次の日に無数の魔獣・魔竜が狩られて、魔境に接した幸運な貴族家は、僅か1日で莫大な借金を上回る収入が有ったと噂が駆け回ったのだ。更に北にある貴族家は形振り構わず調査再開の嘆願を王家・王国に行った。その結果が昼からの魔境調査再開とあいなった。

(殿様、残念ですが濃厚な古代魔龍の魔力を感じますね?)

(そうだね、ここも狩りは出来ないね、今回は彩から説明してあげな。)

(私からですか?)

(そうだよ、その方が好いんだよ。)

(理由は分かりませんが、殿様がそう仰るなら。)

「ここも残念ですが濃厚な古代魔龍の魔力を感じます、狩場には出来ません。」

「飯豊次席大臣添役閣下、ここで狩りが出来なくても、閣下の飯豊領で狩りをさせて頂けるのですね?」

「大丈夫ですよ、国王陛下もその御心算です、鶴岡伯爵殿にもそう伝えてくれて大丈夫です。まあ伯爵からも国王陛下に請願を出された方が話は早いと思いますが。」

「ははぁ~、身に余る御厚情、伏して御礼申し上げます。主君・鶴岡にも申し伝えます。」

「気にされずとも大丈夫ですよ、鶴岡伯爵殿は共に王家・王国に仕える身、この程度の便宜は造作も無い事です。」

「はっはぁ~、有り難き幸せにございます!」

(どうだい、分かったかい? 彩の方が御願いし易いんだよ。)

(そうなのですか? 私の噂は大女で鬼のように強いと言う事なのですが?)

(ここで実際見れば噂と違うのは分かるからね、それに一番近い飯豊男爵領は彩の領地だからね。)

(そうですね、私の方に頼みたくなるでしょうね。)

「唐津次席大臣閣下・飯豊次席大臣添役閣下、我が新庄子爵家も武者修行をさせて頂きたく、伏してお願い申し上げます。」

「唐津次席大臣閣下・飯豊次席大臣添役閣下、長瀞準男爵家も武者修行をさせて頂きたく、伏してお願い申し上げます。」

次々と案内役の家臣達が座礼で懇願して来る。

「顔を上げ立ち上がるがよい、王家・王国への請願と許可は取って貰った方が好いが、余と飯豊男爵の領地内ならばどこであろうと武者修行を受け入れよう。」

「はっはぁ~、有り難き幸せでございます。」

「さあ立ってあの山の説明をせよ。」

「はっ! あの山は鳥海山と申します。」

「向こうの山は?」

「丁岳山地と申す山々です。」

(殿様はどう思われますか?)

(難しいね、鳥海山と丁岳山地が続いているのか別々なのか。)

(鳥海山に古代魔龍の魔力を感じるのは確かですよね? 下手に確認調査すると刺激してしまいませんか?)

(そうだね、ここは安全策で迂回しよう)

「ここも古代魔龍の魔力を感じます、次に行きましょう。」

鳥海山から丁岳山地を太平洋側に飛行し、別の魔境の証拠である間を通る道や村の痕跡を探したが、確認する事が出来なかった。

「あれに見える山は神室山地の栗駒山・神室山・虎毛山と申します。」

(ここも古代魔龍の魔力を感じますね。)

(そうだね、ここも狩場にするのは無理だね。)

(ここも私が言い渡すのですか?)

(そうしてくれ。)

「ここも濃厚な古代魔龍の魔力を感じます、次の調査に行きましょう。」

落胆する案内役達を乗せて飛行するが、濃厚な古代魔龍の魔力を感じて、中々太平洋側に抜ける事が出来ない。大きく南の戻るか日本海側に戻るか思案したが、一旦戻って神室古代魔境と丁岳古代魔境の間を抜けて北上する事にした。

(殿様、属性魔竜ボス程度の魔力を感じるのですが?)

(そうだね、当たりが出たようだね。)

(次の山が狩場に出来るのですね。)

(たぶんね、俺から調査するけど彩もその後で頼むよ。)

(はい!)

「唐津次席大臣閣下・飯豊次席大臣添役閣下、あれが太平山を主峰とする太平山地でございます。」

俺と彩も修行が足らない、つい期待する表情を浮かべていたのだろう、この一帯を領地としている久保田伯爵家の案内役が期待に満ちた表情で説明しだした。まあここは期待に応えてやろう、この辺りは冷害で民が餓えていると聞いている、領民の為にも1日でも早く狩場を開設してあげるべきだろう。

「調査に飛ぶからお前達は中央で静かにしておれ。」

俺の言葉に案内役の陪臣達が、俺達の護衛家臣の指示通り空船の中央に集まる。太平魔境の境界を確認すべく周囲を巡ろうとすると、ここのボスは結構好戦的なのか直ぐに迎撃に現れた。だがこの魔境のボスは八講魔境程度の魔力と大きさで、全くは危険を感じず12本の爪を切り取り、1割程度の鱗を剥がし、おおよそ1割の血液を手に入れる事が出来た。

散々俺に嬲られ命辛々逃げ出したボスを尻目に、俺と交代に彩が魔境で狩りをする。俺も彩も一般冒険者が狩れそうもない大型の草食・肉食魔竜だけを狩って、今後始まる久保田家の狩りに影響しないように気を付けた。

久保田家も戦国期に王家と戦い敗れ、最盛期に比べて著しく領地を削られている。米沢家と同じように家臣を召し放ちしなかったから、慢性的な収入不足で借金の山になっている。問題は米沢家のように思いきった領地替えを申し出る事が出来るかどうかだ。

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