奴隷魔法使い

克全

第228話報告・人事

『王都・王城』

俺と彩が朝鮮・和人奴婢の報告をすると、国王陛下と大臣・重臣達は衝撃を受けたようだ。特に新井火石を信任し全権を与えられた陛下の後悔は大きく、苦渋に満ちた表情で自らの失政を御認めになられた。

「全ては余の不明であった。余が誤りを犯した所為で、多くの国民が異国で奴婢に落とされ塗炭の苦しみに喘いでおる。正岑、尊が払った奴婢購入費用を王家・王国財政から支出するように、今後異国の和人奴婢を取り戻す費用は全て王家・王国財政から支出する。」

「はっ!」

王家・王国財政を預かる井上正岑・財務大臣も苦しいところだが、流石にこれは反対出来ない支出だ。他の大臣・重臣達も火石の悪行を見過ごし、陛下を御諫め出来なかった以上同罪だ、この御決断を反対する事など出来ない。

「ですが陛下、今この国にいる民の事も忘れてはなりません。大和殿が申すように、民を奴隷として異国に売り払う悪逆非道な者がいる事が問題です、そのような者が大手を振ってお天道様の下を歩けないようにせねばなりません。」

「よくぞ申した詮房、重之も一層厳しく詮議を進めよ!」

内務大臣の久世重之(くぜしげゆき)殿は、新井火石を支持していたから完全に信用できないが、それを言っては陛下も間部詮房殿も火石を信任していたから同罪だ。問題は能力だ、ちゃんと捜査できるのだろうか?

「それにつきまして陛下に御願いの儀がございます。」

「何だ申してみよ?」

「情けなき事ながら、詮議を進める上で人手が不足しております。特に相手が士族・貴族となりますと奉行所の者では手を出しかねます。火付け盗賊改め・目付・大目付の人員を増やして頂きたいのです。」

重之殿も思い切った献策をしたな、場合によっては今の人員で操作できない無能者と思われる可能性も有るのに。だが正しい判断と提案だろう、相手は無法者・士族家・貴族家で、今までの付き合いも有って既存の捜査関係者だと賄賂を受け取っている可能性も有る。ここは助け船を出してやろう。

「久世殿の提案もっともだと思われます。既存の捜査役の方々(かたがた)は盆暮れの進物も受け取っておられましょう、捜査に手心を加えるとは申しませんが、遣り難い面は当然ございます。今まで進物を禁止しておりませんでしたから、信任の火付け盗賊改め・目付・大目付には進物を受け取る事を禁止し、受け取った場合は改易の厳罰をかしましょう。」

彩が積極的に献策した。朝鮮で和人奴婢に出会って決意を新たにしたのだろう。今までは俺を立て控えめに補佐する事に徹してくれていたけど、これからは前面に出る心算だな、だとしたら俺が補佐役に回ってあげるか、そうなると俺以外にも護衛の魔法使いを付る方がいいかもしれない。

「彩よくぞ申した! 無役の者の中にも優秀な者はいるだろう、今何かの役に付いていても火付け盗賊改め・目付・大目付に適任の者もいるだろう。皆そのような者を推挙致せ!」

確かにくすぶっている優秀な者もいるだろうが、家格で就任出来ない者もいるし、抜擢を増やせば王家・王国財政を圧迫してしまう、ここは前世の知識を活用しないといけない。

「陛下、それに付いて献策が有るのです。今の王国の制度では家格に応じた役目にしかつけません、それを打破して抜擢を多く行えば財政に負担を掛けてしまいます。ここは1代限りの抜擢と役料付与を行い、臨機に優秀な者を登用出来るように致しましょう。」

「それは好い策だと思うが、1代限りの抜擢では家臣達の忠誠を得られないのではないか?」

「奴隷や民でさえ陛下に忠誠を誓っております。それを領地が子々孫々に伝えられないと、士族貴族が不平不満を申すようなら、取り潰してしまわればよいのです。しかしながら、子々孫々に家名領地を伝えたいのも人情でございますから、抜擢した者は役目を離れても200石士族に永代取り立てるように致しましょう。」

「陛下、大和殿の申される方法だと、士族としての家格が保証されますから、子孫が再度抜擢される事も有りますし、王家・王国財政の負担も少なくて済みます。」

間部殿が賛成に回ってくれた。

「陛下、それに大和殿は士族だけからの抜擢では無く、卒族や庶民からの登用も考えての事だと思われます。更には今高い家格の子弟も、低い御役から習い始める事が出来る様になり、しくじりを恐れず慣れて行く事ができます。」

彩は俺が思っていた以上に賢いな、事前に何の打ち合わせもしていなかったのに、咄嗟にこれ程の事を考えて献策できる。男子3日会わざれば刮目して見よ、と言う言葉はあるけど、彩は朝鮮の1日で生まれ変わったのかもしれない。

「それは好い考えですな彩殿、確かに高き位の子弟が行き成り御役を頂き、しくじった為に家格を下げられたり所領を減らされるなどの事例がございました。それにこの制度を活用すれば、士族・貴族家の子弟が王国に士族としてお努めし、新たに家を興す事も可能となりましょう。」

商務大臣の阿部正喬殿が彩の献策に賛成したか、何か裏がるのかな? 自分の子弟で火付け盗賊改め・目付・大目付に押し込みたい者でもいるのか?

「先ずは大目付を誰にするかでございますな。」

間部殿から見たら、1番高位で貴族格の大目付人事が大切なのだろうな。

「人品・実績・家格から考えれば大久保忠鎮(おおくぼただしげ)殿が宜しいのではないですかな?」

異国大臣の土屋政直(つちやまさなお)の推薦だが、王国家臣団の事は分からん。ここは黙ってるしかないな。

(彩、咄嗟に素晴らしい献策をしたね、惚れ直したよ!)

(まあ! 今まで私の事を何だと思っていたのですか? 私だってやる時はやるんです。)

(可愛(かわい)く拗(す)ねる姿も愛(いと)おしいよ、今までは俺を立てて控えめにしていてくれたからね、でもこれからは表立って活躍してくれるんだね。)

(あのような真実に直面しては、殿様の後ろで護られているだけではいられません。私も前に出て人々を護る役に努めたいと思いました。)

(そうだね、それは素晴らしい考えだね。でも俺が1番大切にしているのは彩だと言うのは忘れないで欲しい、もし彩に何かれば俺は理性を失い、この世を呪って悪鬼羅刹となって人々を滅ぼすかもしれない。だから自分を護る事だけは疎かにしないで欲しい。)

(ありがとうございます! 殿様の名誉を損なうような愚かな真似は致しません。)

でも心配なんだよね。彩は優しすぎるからな!

「尊は誰か推薦すべき人材はおらぬのか?」

俺が彩と念話したり思考してる間に抜擢人事は終わったようだが、陛下は俺にも推薦させる心算の様だ。だが俺の短い家臣歴で出会った王国家臣団は限られている、だから推薦するならあの人しかいない。

「陛下の御下問ではございますが、我が短き王国家臣歴で出会った方々は少のうございます。今推薦できる人と言えば、鈴木正義殿だけでございます。」

「正義では抜擢するにしても家格と役職の幅が大きすぎるな、だからと言って目付組頭では独立して動くには不足であろうしな、いかが致すべきか?」

流石に間部殿は代官程度でもよく知っておられる、しかし今一つ思い切った事は出来ない性格だな。ここは大抜擢して人心の一新を図るべき時なのだが、誰かそれを言いだしてくれないないものかね?

「皆々様、ここは大抜擢するべき時では有りませんか? 」

内務大臣添役の鳥居忠英(とりいただてる)殿が有り難い後押しをしてくれた。これで一気に大臣・重臣会議の流れが抜擢に傾いた。まあ俺と彩を大抜擢してるのだから、俺を見出し後押してくれた鈴木殿を抜擢しない方がおかしいのだ。鈴木殿が侮辱と思わないでくれるなら、国家老として5000俵を扶持してでも、唐津城と領地を預けたい位なのだから。

「尊よ、そなたは具体的に正義に何をさせればいいと思っているのだ?」

「勝手な腹案ではございますが、我が独自の手先として長崎・対馬・朝鮮・薩摩・琉球・蝦夷と、臨機応変に捜査して貰いたいと考えております。元々150石高の家柄であるだけに、下級士族家や卒族家の面々の能力・人品にも通じております。王家・王国に役立つ者達をよく見知っており、その者達を抜擢して駆使できると考えております。」

俺のこの献策は流石に異論や反対が多く出た。これは仕方が無い事で、各大臣の支配領域や権限を侵す物なのだ。本来火付け盗賊改め・目付は内務大臣の配下だし、大目付は筆頭大臣に直結する特別職だ。今までなかった新設の次席大臣職に、どれほどの権限と配下を与えるかは今後の王国政治に大きな影響を与える。大臣・重臣達は単なる名誉職と考えていただけに異論百出だった。

「筆頭大臣に大目付が付属しているのだから、次席大臣にもそれに準ずる配下を付属させるべきであろう。だが行き成り正義を大目付にするのも問題だし、筆頭大臣と次席大臣が競い合う事に成っても面白くない。両者が協力し合う事を命じた上で、両者の下に大目付と新設の目付を付属させる事とする。」

陛下が家臣団に下問する事無く決断された。これで最早議論の余地が無くなったが、この決断には功罪両方が有るだろう。だがまあこれで、大目付が少数の与力同心と家臣だけで役目を遂行する負担を減らせる。3000石前後の家禄で貴族の内定調査など出来るはずがない。

新任された鈴木正義目付はどんどんと配下を増やして行った。既存の内務大臣配下の目付が16人、徒目付組頭4人・徒目付80人・小人目付・180人・中間目付若干名であったが、大目付配下として徒目付組頭10人・徒目付400人の大増員抜擢を行った。

平和な時代となり、王国戦士の士族卒族は就くべき役目が限られてしまった。それは当然の事で、合戦につぐ合戦で国を統一した王家には、常在戦場の多数の武官と国元を預かり内政をする少数の文官がいたのだ。平和になれば多数の武官に役目は無い、しかし、命を懸けて王家・王国の為に戦った者達の子孫を無下には出来ない。

結果として閑職を多く創り出してそれに就任させるか、無役のまま鍛錬に明け暮れさせるしかない。そのような者達を持ち高勤め(手当や昇給無し)で、新規に役目に付けさせたのだ。捜査費用は自弁(自己負担)だが、手柄次第では大きな昇進も有り得る、皆のやる気は高かった。

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