奴隷魔法使い

克全

第226話日常・拷問

『甲府奴隷千人砦』

「ウキチ、防御魔法を用意」

「はい!」

甲府の新領地(1000石)に新設された奴隷千人砦において訓練を始めた。小型の魔獣・魔竜を狩る事しか出来ないが、それでも今の奴隷たちには解放される一番の手段となっている。僅かでも魔力を持っている魔力持ちは、充魔要員としても稼ぎ時となった。この状態で囮役となれる魔法使いを直接指導が始まった。

「オリト、射れ。」

俺の小声の指令に弓の名手のオリトが小型の草食魔竜を射殺す。ここで一気に狩りが動き出した、今まで潜んでいた狩人達が気配を隠すのをやめた。オリトが手にしているのは、俺が貸し与えた魔竜素材で作られた大弓で、その射程と貫通力は並の弓とは比較にならない。

「カズマ、キリト。」

「はい!」
「はい!」

カズマは物の重さを軽くする魔法使いで、オリトが1射で即死させた魔竜を軽くする役目だ。キリトは投げ縄の名手でと1投で魔竜が倒れる前に首に縄をかけて確保した。

「引け!」

俺の命令で引き役の人夫が魔竜を魔境から引きずりだす。人夫は近隣から集まった貧民や農民で、日当100銅貨で10人集めてきたが、もっと多くの人夫が各地の狩場に集結している。

俺と彩による度重なる狩りで敏感になっているボスは、オリトが12頭の小型草食魔竜を射殺したところで現れた。佐渡島のボスとは大違いの反応だが、このボスの気配をどれくらいの距離で感じ早期撤退・囮・迎撃出来るかで生死の境目となる。なお初級中魔法使いのカズマは12頭もの重力軽減は魔力限界を超えているので、俺の貸し与えた魔晶石から魔力の補充をしている。

「ボス来ました!」

探知魔法が使えるクオンが魔晶石を握りながら叫んだ。彼女は魔境外縁部に着いてからずっと、ボスの警戒をしてくれていた。出来るだけ多くの囮班を結成するために、班のメンバー編成には知恵を絞った。莫大な囮手当を総狩り収益から歩合で得られるとは言え、何時でも単独で狩りが出来る班にするのも俺と彩の義務だろう。

「エイコ、ついてこい。」
「撤退!」

「はい!」

飛行魔法が使えるエイコが必至で俺の後をついて来る。他の者達は彩の指示を受けて素早くボスブレスの射程外に退避する。飛行魔法だけしか使えないエイコは、俺が貸し与えた魔竜製の連弩を手にしている。エイコには班員の命を守り、他の狩場が狩猟する時間を出来るだけ長く確保する重大な使命がある。完全な距離を確保しつつボスを挑発する、非常に難しい役目だ。

「エイコ、距離と魔力に注意しろ。」

「はい!」

ボスと初めて対峙するエイコは胴震いを起こしている。それでも必死で俺の後を飛行する健気な奴だ。絶対死なせはしない、必ず1人前に育てて見せる。

多摩奴隷千人砦・常陸奴隷千人砦に続いて、甲府奴隷千人砦が大和家主導で動き出した。多摩・常陸の奴隷の多くが既に王国に養育費を返納して平民に成り、一般冒険者となるか大和家の冒険者士族として仕官してしまっている為、奴隷千人砦としての戦闘力は失われている。今は幼少の奴隷達の教育育成の学校としての役割に移行しだしている。

『王都・大和家上屋敷』

「殿様、ここと多摩の窯で出来る魔晶石や魔金剛石はどうするのですか?」

「非常用の軍資金として備蓄しておくよ。」

「でもこれ以上創っても使い道が無いのではありませんか?」

珍しく彩が俺に提案してくる。確かに今は全く市場に売却していないから、何の役にも立っていないけど、魔力効率から言えば極少量の魔力で創り出せる魔貴石は創れるだけ創った方がいい。

「創るのにほとんど魔力が必要ないからね、1度起動させたら手間要らずだし、創れるだけ創ろう。」

「はい、では有り余る魔力は今まで通り汎用魔法袋作りに使うのですか?」

「今は魔獣・魔竜が市場で余り出して、価格が下落傾向だから家臣・冒険者の為に俺たちの狩りは手控えたい、だから魔貴石に充魔して非常用の魔力を確保しよう。」

「はい! それが好いと思います。」

俺も彩も自分達の安全を最優先にはしているが、多少は優先順位で考え方が違う。今回は軍資金・逃亡資金優先の俺と、魔力優先の彩で相違が出てしまったが、今回は彩の方が正しいと思う。どうも俺はお金に囚われてしまうところがあるから、常に気を付けておかないと思わぬところで足をすくわれかねない。

長崎での捜査は目付の多門重共一行に任せて、俺と彩は甲府を中心に魔境での狩りを指導した。当然経絡に魔力を流して総魔力量を拡大する鍛錬は毎日何度も行っているし、大量に飲食と魔力回復術を併用した魔貴石への充魔も行っている。そんな日課の合間を縫って王家・王国・王国魔導師団・魔術師組合が秘蔵している魔導書の解読も手を抜かずに行う忙しい日々を送っていた。

『長崎奉行所・西役所』

長崎奉行所・支配組頭の木村重長は悩んでいた。このまま黙って目付の取り調べを遣り過ごすか、それとも自白して罪の軽減を願い出るかだ。ただの抜け荷や密貿易なら自白した方が楽かもしれない。だが王国謀叛・国王陛下暗殺の一味の詮議となれば、罪の軽減など認められない可能性が高い。まさか新井火石殿がこのような大罪を犯すなど考えもしなかった。

このまま黙って遣り過ごす事が出来れば1番だ、それは間違いないがそれで罪が露見した場合は九族皆殺し(高祖父・曾祖父・祖父・父・本人・子・孫・曾孫・玄孫など4親等まで)になるだろう。だが自白すれば三族皆殺し(祖父・父・子・孫などの2親等まで)に処刑で済むかもしれない。だが自白するにしても最初の1人なのか、誰かが自白した後で続いて自白するのかで減刑に著しく差が出るだろう。本当にどうすればいいのだろう。

長崎奉行所・支配組頭 200石士族で役料300俵20人扶持

『長崎奉行所・立山役所内目付屋敷・多門重共』

長崎に赴任してから5日間捜査をしてきたがいっこうに進展しない。皆腹に一物あるのは明白なのだが、どのような罪を秘しているのかまでは分からない。王国謀叛・国王陛下暗殺に罪が重すぎて自供することが出来ないでいるのだろう。だがこれ程の重罪を迂闊に減刑など出来ないし、拷問による捜査も厳禁だからどうにもならない。正直に念話で報告したら、明日大和様が来て下さる事になったのだが、地方を含めた長崎の役人全てを集めろとはどういう事だろう。

「皆の者達に言って聞かせておく事がある、国王陛下に奏上していた操作手法が認められた。これだけでは何を言っているか分からないだろう、今回の王国謀叛・国王陛下暗殺だけは容疑者への特殊な拷問が認められたのだ。」

庭に集められた1000人を超える者達の顔が恐怖で歪んでいる。当然だろう、これ程の重罪に対する拷問だ、想像を超える苛烈下劣なものになるのは誰にでも分かる。気の小さな者が胴震えしてるのがここから見ても分かるほどだし、下帯を小便で濡らしている者も僅かながら見て取れる。

「だが心配するには及ばない、血を見るような汚い拷問は1回目には行わない。歴史上行われてきたような拷問は2回目以降だ。」

これは恐ろしい宣告だな、真実であろうとなかろうと、容疑をかけられたものは自白するまで、いや死ぬまで拷問が続くという死の宣告だろう。そして拷問が始まってからの自白では減刑は行われない、容疑をかけられた時点で族滅確定となると、迂闊に容疑をかけるわけにはいかないが、密告があった場合に見逃せば、今度は俺に容疑がかかってくる。長崎は今まで蓄積された恨みと妬みで密告による地獄が始まるぞ!

「1回目による拷問は魔法による記憶の引き出しだ。これは王国魔導師団に秘匿され忘れられていた秘蔵書であり、あまりに副作用が強すぎて禁書となっていたものだが、この度の前代未聞の大罪を調べるにあたり特別に使うことが許されることになった。」

おいおいおい、とんでもない話だぞ! 禁書になる程の副作用てなんだよ? 恐ろしすぎるだろう。そんなもの使ったら死ぬか廃人になるんじゃないのか?

「心配はしなくていい、激烈な痛みで死ぬ者は極々少数だ。大概は激痛で狂人・廃人になる程度で済むし、記憶が上手く引き出されれば1度で済むから、痛い思いだけで無実を証明することができる。だから決して魔法に抵抗するんじゃないぞ、抵抗すれば記憶の引き出しが失敗し、何度も何度も魔法による激痛に耐えねばならなくなる。そうなると確実に死ぬか狂人・廃人だ、まあ素直に自白すれば痛い思いなど一切しないで済むのだがな。」

凄いな、大和様が仰られる魔法が実在するかどうかは疑わしい、だがこれで恐怖による自白者は確実に出るだろう。それに魔法で殺してから事故扱いにして、ありもしない記憶を捏造して罪無き者を陥れて有罪にすことも可能なのだ。目端の利く会所の商人共は顔面蒼白だな、王国が奴らの財産に狙いをつけていたら確実な破滅が見えているのだから。

「さて、国王陛下におかれましては、更なる温情をお前達におかけくださった。余の拷問前に自白の機会が1度だけ許される。そして自白した者と一族は助命される、他家への仕官制限もないし追放や所払いは行わない、ただし闕所(けっしょ)として田畑・家屋敷・家財を没収する。」

皆の表情が一気に明るくなったか、これでは肝の座った者も自白するしかないな。自分1人が秘密を守ってもどうにもならないから、今度は誰が最初に自白するかの競争になるな。

「大和様、それが・・・」

「黙れ! 自白の順番は決まっておる。責任が重き者ほど自白は後になる、これは重臣会議で決まったもので、決して疎かにしていいものでは無い! 長崎奉行ともあろう者が、己1人助からんと人を押し退けての自白は許さん! 重共、目付の責任において役の軽き者から順に自白させ、調書を書き留めておくように。」

「承りました。」

大和様との軽き話し合いの後で取り調べを開始した。もはや何の妨げもなく自白調書の山が出来上がっていく。最初は尋問官・書留官・護衛官の3人が1人の自白者を取り調べてたが、自白が終わった者を書留官・尋問官に登用することで、尋問速度は飛躍的に進むことになる。

ここで分かった罪の大半は密貿易・闇奴隷売買などだが、丹念に調書を確認すると武器となる物品の移動が伺える。これを積み重ねていけば黒幕まで辿り着けるかもしれない。だが闇奴隷売買に加担した極悪人も闕所程度の微罪で済まされるのだろうか?

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