奴隷魔法使い

克全

第225話長崎口・早朝会議

『王都・王城・御用部屋』

明朝夜明けとともに佐渡島沖で海魔獣・海魔竜を袋一杯狩ったが、それでもボスは現れなかった。もしかしたらボスは休眠期とかあるのではないか? それとも単に魔境内の事に興味がないだけかもしれない。どちらにしても適度に間引きして、佐渡島を人類が手に入れる時の下準備をしておきたい。まあ個人資産を増やしておきたい欲もある。

狩りが終わっていったん王都に戻った。長崎目付として赴任する多門重共一行を盥空船(たらいそらふね)で運ぶためだが、その前に御用部屋で担当大臣同士で話し合った。昨日の御前会議で決まった事の進捗状況の確認をしたのだ。

「大和殿、対馬・松前・薩摩・琉球国には念話で査察の話は通した。後は貴君の都合でいつ行ってくれても構わんが、具体的な話はどうされる?」

「そうですね、各家の念話官と通じ合ってる王家の念話官と、念話が出来るように互いの魔力を確認しておきます。」

王国が遠方に所領を持つ貴族・士族家と緊急連絡する為に、各家の念話が出来る魔法使いと王国の念話ができる魔法使い(念話官)が、互いの魔力を確認して連絡が取れるようにしている。(電話番号やメールアドレスを交換するようなもの)もちろん貴重な魔法使いが1人も家臣にいない貴族・士族家もあるが、異国貿易の窓口となっている対馬・松前・薩摩・琉球国は、家臣に念話官を持つことが軍役として義務付けられている。

対馬義方(そうよしみち) 津島家24代当主・5代伯爵
松前矩広(まつまえのりひろ) 士族
薩摩吉貴(しまづよしたか) 薩摩家21代当主・4代辺境伯
琉球益  琉球国・12代王


今回は新井火石の謀叛・国王陛下暗殺未遂に伴う共犯捜査と、異国との交易を全面的に見直すための目付派遣を通達した。

「対馬家が朝鮮国に持っている倭館(わかん)での競売の話はどうなりました?」

「大和殿が前日までに連絡してくれれば、翌日には海魔獣・海魔竜を持っていけると言われたので、対馬家にはそのように伝えておる、朝鮮国側との協議が終わり、競売開催が可能となれば連絡が入る手はずになっている。」

草梁倭館
朝鮮国内に在り、竜頭山を取り込んだ10万坪の広大な敷地に、館主屋・開市大庁(交易場)・裁判庁・浜番所・弁天神社・東向寺などの施設があり、館主以下・代官(貿易担当官)・横目・書記官・通詞(通訳官)などの役職者やその使用人だけでなく、小間物屋・仕立屋・酒屋などの商人、医学及び朝鮮語稽古の留学生など500人前後が居住している。

対馬家は我が国と朝鮮国との交易で栄えていた貴族家なのだが、我が国も国内の財貨流出を防ぐ為に国内産業の育成に力を入れていた。そのために最盛期は10万石並み家格を維持できるだけの交易利益(5万石)を上げていた対馬家も、今では2万石前後の利益にまで交易が落ち込み、家臣領民が貧困にあえいでいる。新井火石一味が味方につけようとするには格好の相手だ。

「対馬家今回の騒動には肝を冷やしておりましょうし、家臣領民の為にも交易維持は絶対条件でしょう。必死で朝鮮側と交渉いたしましょうし、朝鮮側にしても対馬家との交易は国の財源の大きな柱、国の面目を保つ体裁を整えることさえ出来れば、競売開催はしたいはずです。」

「左様に出来れば財務方としては助かる。国内の財貨を流出させること無く朝鮮の産物を手に入れる事が出来れば、王家・王国共に財政の余裕が出来る、今まで取り崩していた軍事備蓄を再び建国王陛下のころに戻すことができる。」

「井上殿、それはもはや大和殿の献上制度の導入で達成できておるではないか、それよりも陛下が常々気になされている民草の生活向上だ。大和殿が狩られた魔獣・魔竜の魔晶石が通貨として流通しだした御蔭で、今まで貨幣不足で阻害されていた国内交易が徐々に盛況ととなっている。これは絶対維持してもらわねばならん、いや出来ることならもっと推進していただきたい。それ故、和館とは言え異国内での競売は賛成しかねるのだ。」

大臣達もそれぞれが担当する部門によって利害がある。いや利害と言うのは酷かもしれない、皆が王家・王国を思ってはいるのだろう、だが与えられた立場役職によって重点が違うだけなのだ。井上殿は3代に渡って浪費家の王が続き、破綻寸前の王家・王国の財政を健全化したい一心だし、阿部殿は今では無く将来に渡った王家・王国の発展を考えている。

「井上殿それは大丈夫です、どれほどの交易量が増えようとも王家・王国に献上する2割が減る事はありません。財政はこれからも向上していきます。阿部殿の懸念はもっともですが、軍需物資として重要な魔晶石は競売に掛けることはりません。和館であろうとも魔晶石は御禁制品として扱います。」

俺の言葉に2人とも安心したのだろう、この後は俺の主導で確認することになった。1つは松前士族家の扱いだが、多くの魔境を抱える広大な蝦夷地を、松前家に任せていては開発が滞ってしまう。しかもアイヌ族を通じて異国との交易すら行っているのだ。ここは魔獣・魔竜を狩れる俺の直轄領として頂きたいと、昨晩の御前会議で提案し認められたが、内部調整が難航しているようだ。

今の俺の勢いなら強行する事も容易いのだが、出来れば松前家にも納得して貰った上での所領替えとしたい。そこで松前家を無高の蝦夷島当主・士族から、1万石の準男爵とする事で交渉を開始する事になった。1万石の領地は俺が今保有している所領か検地中の所領から選ばれることになっている。

「問題は薩摩家と琉球王家の扱いです。ここが最も怪しいが、強く出るなら戦も覚悟しなければなりません。長期の調査を行い、王国の財政と軍勢の用意が整う3年後が宜しいでしょう。」

「戦の覚悟か、薩摩家はそこまでの覚悟をするだろうか? 素直に下知に従うのではないか? それに戦支度をするのなら攻め滅ぼしてしまえばいい!」

間部筆頭大臣が皆が言い難い事を口にしてくれるようだ、俺はともかく他の大臣は戦にまではしたくないだろう、だがそれでは暗殺未遂事件がうやむやになってしまう。国王陛下への忠誠心が厚い真鍋殿は絶対許せないだろう。ここは各大臣を解任してでも強行されるはず。

「確たる証拠・証人を見つけ出し、陛下を害そうとした者共を誅さねば臣下の道が立ちません。断じて犯人共を許してはいけません! 陛下への忠誠心無き者は御役を返上なされませ!」

彩が珍しく激高して、消極的な大臣・添役を面罵した。彩は生まれ変わった俺と違って、幼い頃からの記憶が鮮明なのだろう。福祉政策としては不完全だが、王家が設けた貧困児・孤児の奴隷育成政策が無ければ、俺も彩も間引かれて殺されるか、どこかで野垂れ死にしてたかもしれない。陛下暗殺未遂事件をうやむやになど出来ないのだな。

「大和次席大臣添役の申す通りだ、国王陛下暗殺未遂事件を大事と思わぬ者は御役を返上するがよい、また調査に熱意無き者は犯人一味と考え断罪いたす!」

彩の後押しで間部筆頭大臣も決断されたな。ならば俺も決断すべきだな、なんと言っても彩の気持ちが最優先だからな。

「間部筆頭大臣殿の申される通りだ! 陛下に刃を向けた者の一味を許すことなど断じて出来ぬ、王国に仇名す者は我が陛下より先陣を賜り、草木一本残らず焼き払い攻め滅ぼしてくれる!」

「と、当然でござる、許せるはずなどありません。薩摩家は攻め滅ぼすことを前提に調査いたしましょう。」

俺の後押しで大勢は決した。日頃から即位から日の浅い陛下に非協力的だった大臣達も、先の新井火石との決闘での俺と彩の戦いぶりは見ているし、仕官武術大会での俺と彩の直接採用試合も見ている。更に奴隷売買一味を逮捕した際の船舶移動の大魔法も見ているのだ。敵に回して御家改易などになりたくはないだろう。


『長崎奉行所』

「次席大臣閣下、次席大臣添役閣下、御目付殿、御役目御苦労様にございます。」

「出迎え大儀である。」

今日も西役所で長崎奉行以下役人・長崎会所役人の出迎えを受けたが、本来なら交代の奉行程度でも陸路で諫早領矢上宿に入った頃から長崎在勤奉行が町使と地役人が案内に遣わされ、更に在勤奉行の代理として、その家臣1人が蛍茶屋近くの一ノ瀬橋に並び出迎え、西国の各藩から派遣されている長崎聞が新大工町付近に並び出迎え、年番の町年寄は地役人の代表として日見峠に並び出迎え、その下役の者達は桜馬場から日見峠の間に並び出迎える。そして長崎代官・高木家当主は邸外で待ち出迎える。

それが奉行よりも遥かに上役の、いや、王国政府のナンバー2が長崎に出向いているのだ。本来ならどれほどの出迎えの儀式が必要か想像できるだろう。在国の西国貴族・士族当主や名代が勢揃いすべき事態なのだ。

ところが次席大臣は空飛ぶ船で西役所の上空に瞬時に現れ、長崎の者共に対処の間を与えないのだ。いや、長崎の者共だけではなく西国の貴族・士族家の在国当主や国家老は戦々恐々としている。彼らは昨晩の念話を受けて、当主が在国している場合は当主自身が、いない場合は国家老・代官用人が長崎に馳せ参じて今日の競売に参加しようとしていた。

「政方、立山役所の高台に目付屋敷を設ける、建設は我が行うから皆見分いたすように。」

俺と彩は長崎の者共と、出迎えに間に合った西国貴族・士族の出迎え衆に見せつけるように、目付屋敷を魔法で建設していった。主要な部分は圧縮強化岩壁で創り出し、最低限目付一行が生活できる場所を確保した。

この目前の光景に長崎・西国の者共は驚天動地の有様で、俺達に逆らう気力を失うほどの状態となっていた。この状況下で目付一行は厳しい詮議を開始し、陛下暗殺未遂犯一味の特定に全力を注いだ。俺と彩は目付屋敷家の敷地内に盥空船を降下させ、競売までの時間に汎用魔法袋の制作に魔力を消費した。魔獣・魔竜の暴落を防ぐ意味もあるのだが、これ以上狩っても民間で保管できる魔法袋の許容量を超えてしまっている。長崎と朝鮮和館で魔獣・魔竜を売り払うか自分で魔法袋を増やすしかないのだ。

今日の競売は昨日の狂乱相場より半値程度で落ち着いた。命の懸った長崎会所商人は今日は安価に抑えようとするし、初めて競売に参加できた者達は必至で落とそうとする。大体は王都での競売と同じ値付けで納まったが、昨日清国人が恐ろし高値で競り落とした海魔獣・海魔竜は今日も狂乱相場となった。これには長崎会所商人も参加した。

昨日の清国人の競り方を見れば、これらの商品は清国に持ち込めば法外な値が付くのは明らかだった。だから自身の船を清国商人に貸与したり、清国商人に競り落とした品を転売する事で、昨日の損を取り戻そうとしているのだ。この結果、異国の相場を無視した王都での競売で、同じ海魔獣・海魔竜を安値で競り落としていた者たちは、莫大な利益を得ることとなった。

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