「溺愛」「婚約破棄」「ざまあ」短編集5

克全

第24話第三者視点

エイデン率いる邪悪退治軍は、全滅した。
ブレス一撃で千を超える者たちが、なすすべなく死んだ。
魔獣で作られた鎧も、魔道具で施した防御魔法も、まったく役に立たなかった。
強大な属性竜の中でも、邪竜と呼ばれるようなモノのブレスだ。
人間基準で強力な鎧も魔道具も紙同然だった。

邪竜討伐軍は逃げ出した。
最後尾にいた諸侯軍が逃げ出すという裏崩れを起こした。
何とか踏みとどまっていた諸侯軍と徒士団が、味方が逃げ出しのを見て気力が折れ、友崩れと呼ばれる逃亡を始めた。
エイデンが何を叫んでもムダだった。

騎士団から諸侯軍まで、エイデンよりも邪竜を恐れたのだ。
まあ、それも当然だろう。
邪竜は小山のように巨大な体なのだ。
前足の一薙ぎで数百の将兵が死に、羽ばたき一つで数千の将兵が吹き飛ばされ、戦闘不能にされるのだ。
とどめのブレスを見れば、意地も誇りもなくして当然だ。

普段のエイデンなら、殺されることなく逃げのびただろう。
それくらい憶病で状況判断ができた。
そもそもこんな不可能な役目は受けなかったし、受けたとしても一人で受けた。
一人なら最初から邪竜に近寄らず、戦って名誉の負傷を受けたと嘘をつける。
だが今のエイデンには、そんな判断もできなくなっていた。

一人邪竜に突撃し、あっさりと跳ね飛ばされた。
だが諦めることなく、何度も何度も突撃を繰り返した。
愚かとしか言いようがないが、狂気のエイデンは、邪竜を斃すこと以外考えられない状態だった。
前足で殺せないエイデンに苛立った邪竜は、エイデンを喰った。
鋭い牙で噛み砕いた。
なかなか死なないエイデンを確実に殺すため、よく噛んで粉々にしてから飲み込んだが、その程度で邪竜の食欲が満たされるわけもない。

そもそも邪竜が大魔境から出てきたのは、食欲を満たすだけの獲物がいなくなったから、しかたなく魔力の満ちていない所に出てきたのだ。
いや、大魔境の魔獣が減ったわけではない。
大魔境に住む竜種が増えたのだ。
縄張り争いが激化して、邪竜は大魔境から逃げ出したのだ。

屈辱と怒りと食欲に満ちた邪竜は、逃げていく人間を追った。
弱いとはいえ、エイデンがいたから戦闘モードだった邪竜だが、エイデンを食べた後は食欲モードとなった。
無駄に殺さず、ガツガツと将兵を食べ始めた。

まともな指揮官がいて、ちゃんとした指揮を執っていたら、全軍を四方八方に逃げさせて、少しでも多くの将兵を生き延びさせようとしただろう。
少なくとも、王都の方には逃げさせなかっただろう。
だが、今の邪竜討伐軍に指揮官は存在しない。
貴族や将軍や団長はいるが、みんな指揮を執れるような能力も根性もない。
我先に最も防備が堅い王都の方に逃げ出した。
ルテルナル王国は滅んだ。
王都にいた者のほぼ全員が邪竜に喰い殺され、ルテルナル王国は実質的に滅んだ。



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