没落貴族バルドの武闘録

克全

第32話兎討伐

ネズミの溢れる一角を過ぎると、角のある兎と遭遇した。
姿形は兎だが、実際には別の生き物で、恐ろしく素早く動く。
食性はネズミと違って草食なのだが、縄張り意識が強く、縄張りに入り込んできた敵は、どれほど自分より大きくても平気で襲ってくる。
強靭な後ろ足の脚力を使って立体的に飛び跳ね、敵の死角を突いて額の角で急所を突いてくるのだ。

その素早い動きと、板金鎧すら貫く角の恐ろしさは、平均的な騎士では迎撃すら不可能はものだった。
ただ救いがあるとしたら、ネズミと違って単独でしか現れない事だ。
縄張り意識の強い角兎は、常に一頭しか現れないので、俺たちなら一対一で確実に狩ることができる。

ネズミの皮でもそれなりの値で売れるほど品質が良く役に立つのだが、一角兎の皮はミンクやイタチ、クロテンに匹敵する高級品なのだ。
現在皇国に流通している一角兎の毛皮は、八代様の開放政策時に得られた物か、戦国時代以前に狩られた物だけなのだ。
今一角兎の毛皮を市場に出せれば、かなりの高額で落札されるのは間違いない。

今回のダンジョン探索政策の目玉は、困窮する下級家臣の救済が目的で、我々が狩ったダンジョンの魔獣は競売にかけられ、その利益の四割が皇国に治められるが、六割が狩った騎士に与えられる。
日持ちのしない肉に限れば、その全てが騎士の手に残る。
俺たちのように実家が貧しい成り上がりの騎士には、肉が食べられる事など月に一度あるかどうかなのだ。

我らの成績がよければ、この後に徒士や若党もダンジョン探索に投入される。
彼らの生活もかかった、絶対に失敗できない重大な役目なのだ。
俺たち騎士がどこまで安全にダンジョン内を進めるかで、俺たちより弱いであろう徒士や若党が入ることを許される深度が変わってくる。
我らがダンジョンの深くに入れることが、彼らの生活に大きく影響する。

ネズミよりも簡単に一角兎の住む場所を抜けられたが、その次に待ち受けていたのは犬の集団だった。
実際に犬なのか狼なのかは、今の俺たちにはどうでもいい事で、その分類は、過去にダンジョンを攻略した者が種分けした文献に従っているだけだ。
大きさからも獰猛さからも狼としか思えない生き物なのだが、この先にもっと大きく獰猛な犬系の生物がいるので、眼の前にいる敵は犬とされている。

今回の敵は獰猛で噛む力も強いのだが、一角兎の角ほど強靭な歯をしていないので、盾で防ぎつつ槍で叩き突き殺すことができる。
十数頭の集団で襲ってくるのは危険だが、百の騎士で迎え討つなら、むしろ一角兎よりは楽に迎撃できる。
しかも犬の方が大きく食べ応えがあるので、そういう意味でも美味しい獲物だ。
冷静に考えれば、雑菌のよる感染が怖いネズミが一番怖い相手だと思う。



「没落貴族バルドの武闘録」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く