没落貴族バルドの武闘録

克全

第18話皇太子付近習

「お前がマクシミリアンの手先か」

いきなり喧嘩腰である。
緊張して何をしているか分からない状態で、いきなりこんな事を言われても、冷静で正しい対処などできない。
身体に叩き込まれた躾と、持って生まれた性分が出てしまうだけだ。
だから、つい、躾の行き届いていない皇太子に喧嘩を売ってしまった。
そう、俺は、何故か、誰の陰謀なのか、皇太子付きの近習にされてしまった。

「そうですね、知遇を得て色々と助けていただいております。
暗殺から救ってもらいながら、恩知らずにも悪口を言うような、躾のできていない狭量暗愚の小僧とは違いますから」

「なに?!
余の事を狭量暗愚の小僧と申すか!
そこに直れ、叩き斬ってくれる!」

嫌味や悪口くらいは理解できるようだな。
周りの連中は言葉に出さないが、皇太子が俺を殺す事を期待しているようだ。
どうやら事前に悪口を吹き込んでいたようだが、ここで囃し立てないのは、シュレースヴィヒ伯爵閣下やイェシュケ宮中子閣下の手の者に聞かれるのを警戒しているのだろうな。

「これはありがたい事でございます。
これで史書に、命懸けで愚かな皇太子に諫言した忠臣として名を残せます。
さあ、どうぞこの首を落としていただきましょうか」

「おのれ、おのれ、おのれ!
忠臣だと、仕えるべき皇室の連枝を追い出した者の手先が、忠臣などとおこがましい事を申すな!」

愚かと言うべきか、それとも洟垂れ小僧と言うべきか、なにも分かっていない。
本来教えるべき者が、操り易い暗愚の君主を望んだ結果だろうか。

「やれ、やれ、未熟で愚かな君主ほど害悪な者はいませんね。
自分を暗愚に育てて操ろうとしているの者がいる事も、理解できないとは。
それにしても、ここまで皇室皇国は腐っていたのですね。
もう皇国の命運も尽きましたね」

「おのれ、おのれ、おのれ、まだ申すか!
余だけではなく、余に仕えてくれる忠義の者たちまで悪しざまに罵るか!」

ここまで言ってもまだ分からにようですね。
それとも、自分の失敗や愚かさを認めたくなくて、分かっていないふりをしているのでしょうか?
それでは、この太平の世を乱す害悪でしかありませんね。
先祖の名を辱めないように、命を捨てて暗愚の皇太子を殺してしまいますか?

「なにも聞かされていないのか、聞いていても理解できないのか?
建国皇帝陛下が国の根幹となる大切な登用制度を定められたのに、不敬不忠にもそれを不正で穢した者たち。
そのような者たちの阿諛追従に喜び浮かれて、奸臣を忠臣と言い張り、建国皇帝陛下の定めを護ろうとする忠臣を悪しざまに罵る。
まさに亡国の暗君としか申せませんね」

「な、に、それは、それはいったいどういう事だ!?
建国皇帝陛下の定められた登用制度に不正があったなど、聞いておらんぞ」

予想通りですね、自分達が生き残るために、皇太子を利用しようとしたのですね。
今上陛下も、もう少し皇太子の身の回りに気を配るべきでしょう。
いや、精一杯気を配ってこれが限界だったのかもしれませんね。
宮中貴族や宮中上級士族の大半が腐っていたら、どうしようもないのかな?

でも、シュレースヴィヒ伯爵閣下やイェシュケ宮中子閣下のお二人がいるのなら、もう少しなんとかできた気がするのですが。
もしかしたら、両閣下は皇太子を排除する覚悟だったのかもしれません。
皇太子が余りに愚かなら、自滅させる気だったのかな?

「さっきから申し上げているのに、まだ理解できないのですか?
不正をして処分されるべきものが、殿下の威光を利用して悪事を糊塗しようとしているのですよ、分かりませんか?
それとも自分の愚かさを認めたくなくて、分からないふりをしておられますか?」

「おのれ、おのれ、おのれ、余を愚弄するにもほどがあるぞ!」

「愚弄ですか、それは可笑しいですね、私は殿下のなされた事を指摘しただけです。
それが愚弄したことになるのなら、殿下が自らを愚弄して生きてこられたのです。
皇国の皇太子という栄えある地位と落としめられ、アリステラ皇室の血統を暗愚の血筋と、天下に広め貶めてこられたのです。
恥を知りなされませ!」

「余が、余自身が、皇室を貶めてきたと申すのか?
余が、皇太子の位を貶めてきたと申すのか?」

「殿下、このような卑しき者の申す事に、耳を貸されてはなりません!
殿下が皇室皇国を正さなければ、皇室皇国の栄光が地に落ちてしまいます」

馬脚を現してくれたな、ここは一気に叩き潰す!

「謀叛人が!
その言、今上陛下が愚昧な皇帝だと申しておるのだぞ!
今上陛下を廃して、皇太子殿下に皇位を奪えと唆しているのだぞ。
殿下、どこまで愚かで驕り高ぶっておられるのですか!
わずか齢十歳の身で、自分が今上陛下より英邁だと思っているのですか?
奸臣に唆されているのが、ここまで言われても、気が付かれませんか?
それとも、やはり、自分の愚かさと間違いを認めたくなくて、この期に及んで気付かぬふりを続けられますか!」

「えええええい、死ね!」
「おう、殺してしまえ」
「死ね!」
「奸臣をのさばらすな!」

皇太子付きの近習たちが、一斉に襲い掛かって来た。
もうこれ以上は、陰に隠れて皇太子を操れないと判断したのだろう。
俺を殺して口を封じるつもりなのだろうか?
それだけでは今の流れは止められないだろうから、皇太子を軟禁して名を騙り、今上陛下と両閣下を殺して、権力を手に入れるつもりだ。
その後で皇太子が納得しなければ、皇太子も殺して、追放されたコンラディン家の誰かに皇位を継がせる気だな。

などと考えながら、襲いかかってくる近習たちを叩き斬る。
小心で気が動転しているから、本能のままに動くことができているのだろう。
エルザ様のお陰で、繰り返し仇討ちの助太刀をした事で、人殺しに慣れた事が大きいのだと、こうなってみてよくわかる。
武器は短剣しかないのに、最小限の動きで、襲ってくる近習の喉を裂き心臓を一突きにする。

ランスの方が得意なのだが、短剣も使えない訳ではない。
敵の近習もランスではなく短剣を使っているから、問題は人数差なのだが、仇討ちの助太刀では必ず多勢に無勢だったから、全然焦らずに戦える。
この状態になる事も計算して、俺に仇討ちをさせ続けていたのだろうか?
そうだとしたら、シュレースヴィヒ伯爵閣下が怖すぎる。

「ヒィィィィイ、血だ、血だ、血だ」

皇太子が、返り血を浴びて腰を抜かしている。
まだ十歳だから仕方がないにかもしれないが、戦国を武で統一した皇室の跡継ぎにしては情けないと思う。
十代も皇帝を続けたら、惰弱になってしまうのかもしれない。
そんな事を考えながら、小心で理性が吹っ飛び、本能のまま戦ううちに、襲いかかって来た近習を皆殺しに出来た。

さて、この後どうするべきだろうか?
このまま皇太子の前から消えたいのが正直な気持ちだが、それでは誰かに落ち度として突っ込まれてしまう。
今の勢いなら、少々の事をやっても、両閣下の派閥にいる者は大丈夫だと思うが、何時落ち目になってしまうかは誰にもわからない。
ここは隙を見せないようにしておこう。

「皇太子殿下、これで分かっていただけましたか?
殿下の周りには、佞臣奸臣が数多くいたのですよ。
殿下はその者たちに操られ、謀叛を起こす直前だったのです。
早々に今上陛下に謁見を願い出られ、事情を説明されてください。
そうなされなければ、殿下の立場が危うくなってしまいます。
今は殿下しか皇位を継ぐ皇子はおられませんが、いつ皇子がお生まれになられるか分かりませんよ。
その時には、謀叛を起こした者として、廃嫡されかねません」

俺の言葉を聞いて、皇太子が正気を取り戻した。
謀叛人の首魁にされた時の末路は、わずか十歳の皇太子にも理解できたのだろう。
慌てて生き残っている近習に謁見願いをだすように命じていた。
俺を攻撃する事はなかったが、助けようともしなかった者たちだ。
果たして敵か味方がどちらだろうか?

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