没落貴族バルドの武闘録

克全

第4話金貸し

「あれが今回の標的だ」

「相手は盲人ですよね、正直少々気が引けます」

エルザ様と俺は、とある徒士の屋敷前にいた。
誇り高い皇室の直臣でも、役職についていない下級士族は、生活が苦しいのが皇都の常識になってしまっている。

家族が普通に生活するだけならば、それほど苦しいわけではない。
家を継げない者を養子や嫁に出せば、三代で暮らしても六人から八人だろう。
だが、そうはいかないのだ。
皇国は戦国を勝ち抜いた軍事政権で、家臣たちには軍役があるのだ。
アルベルト家は足軽でしかないが、それでも戦争になった場合は、小者を一人連れて行かなければいけない。

更に貴族士族卒族には、平民や同じ身分の家に対する見栄がある。
家事を手伝う下女や、屋敷の雑用を行う下男を雇わななければけないのだ。
見栄を捨てれば二人分の給与と生活費を節約できるのだが、それがなかなかできないのが、皇室の直臣である士族卒族の辛い所だ。

一番の問題は、戦国乱世を統一した建国皇帝が、幼少期に辛酸を舐めた経験があり、とてもケチだったという事だ。
例えばアルベルト家と同じ足軽の場合、小者一人、下男一人、下女一人を住み込みで雇った場合、これで三人扶持がなくなってしまう。
本当は昨今の物価高でそれ以上なのだが、計算しやすいようにしておく。

足軽の給料は七人扶持だから、残っているのは四人扶持になる。
両親と子供二人は養えるだろうが、祖父母は食べていけなくなる。
ここで見栄を捨てて下男と下女を雇わない決断をすれば、ぎりぎり一家六人が暮らしていけるのだが、見栄を捨てられないと内職をしなければ食べていけなくなる。

今日見張っているのは徒士家で、給料は十人扶持だから、多少は余裕があるように誤解する者がいるかもしれない。
確かに軍役は二人なので、人数的には一人増えるだけなのだが、雇うのが中間と決められているので、給与が小者よりも高額になるのだ。
貸し与える衣服や武具も少し高価なものになるので、これも痛いのだ。

それを計算に入れなくても、軍役で槍持中間一人と戦闘中間一人、見栄で下男一人と下女一人を雇わなければいけない。
残りは六人扶持だから、祖父母と両親に子供二人が食べていけそうに見えるのだが、実際にはそうはいかない。

跡継ぎがいないと家が取り潰されるため、予備の男の子が生まれるようにしなければいけないので、確率からいってどうしても子供が三人から四人になる。
娘に婿をとると割り切れればいいのだが、普通はどうしても男系にこだわるのだ。
しかも子供が死ぬ確率がとても高いので、当主の子供が家を継げるようになるまで、当主の弟が予備として屋敷に一角で飼い殺しにされていることが多い。
つまり、どうしても、八人以上の家族構成になってしまい、徒士家らしく暮らしていくためには、借金をしなければいけなくなるのだ。

しかも必要なお金はそれだけではない。
皇国から徒士街に二〇〇坪から三〇〇坪の屋敷を貸与されるのだが、その屋敷の修繕費は個人負担になっていて、広ければ広いほど維持費が高くつく。
衣服も武具も、足軽とは比較にならない高価なものになる。
騎士家ほどではないにしても、その負担は給料を超えるモノなのだ。

だから皇国の下級士族や卒族は、借金に苦しむことになるのだが、皇国では基本金貸し業が禁止されている。
身分制度は、細かい階級は省いて大きなくくりで示しても、皇族・貴族・士族・卒族・農民・職人・商人・奴隷と分けられていて、奴隷以外では商人が一番低く見られているが、その商人にさえ、金を貸して利益を得る事は厳しく禁止されている。

だがその中にあって、盲人にだけは金を貸して利益を得る事を許されている。
これは、建国皇帝が自分の血統を詐称した事が原因だ。
戦国乱世を武勇と謀略で生き抜き、大陸を統一する寸前までいった建国皇帝は、自分の出自が辺境の陪陪臣だというのをとても気にしたのだ。
そこで箔をつけるために、伝説の古代皇国の末裔だと言いだしたのだ。

どこから探し出してきたのか、胡散臭い古代皇室の系図を捏造し、その証として伝説にある仁徳の政策を取り入れたのだ。
それが盲人でも生きていけるような制度で、金貸し業を盲人の専業とする事だ。
しかもその資金は、貴族士族卒族が、冠婚葬祭の時に寄付をさせる形をとった。
それほど仁徳を偽装したいのなら、皇室の収入から寄付しろと言いたいが、このケチな所が建国皇帝らしいし、だからこそ戦国乱世を統一できたともいえる。

最初は慈悲を施された盲人も謙虚で、低率の利息でお金を貸していたし、目に余るような取立てもしなかった。
だが皇室の歴史が一四〇年の長きにわたると、盲人たちの中に与えられた慈悲を特権と驕り高ぶる者が出てきた。
彼らは高率の利息をかけ、建国皇帝の名と自分の障害を武器にして強引な取り立てを行い、士族卒族の妻女や姫を買春宿に売り払う暴挙に出ているのだ。

「本当に大丈夫なのですか?
盲人たちは、建国皇帝から与えられた特権だと言い立てますよ。
それを無視して無礼討ちにするのは、矢張り問題になるのではありませんか」

エルザ様が、アルベルト家を皇都警備隊足軽から抜け出させるために持って来てくださった策、それが盲人金貸しを無礼討ちにすることだった。
アルベルト家でも説明してくださったが、不安がぬぐい切れない。
父上と御爺様なら賛成しなかったかもしれない。
それほど危険な行動なのだが、大爺様は俺にやれと命じられた。

「先ほども説明したのに、まだ理解できないのですか?
この方針は、既にシュレースヴィヒ伯爵が皇帝陛下に御裁可を頂いているのです。
皇帝陛下も、盲人たちが建国皇帝陛下のご慈悲を私利私欲に使う事と、皇室の直臣を苦しめている事を、激怒されているのです。
王都警備隊に摘発の命令が下される前に、私とアルベルト家が名を上げるために使えばいいと、シュレースヴィヒ伯爵直々に言ってくださったのです。
だから、なんの心配もありません」

まあ、この話を屋敷で聞いたからこそ、大爺様も決断されたのだと思う。
だが、これが、アルベルト家の名を貶め、根絶やしにするための策謀ではないとは言い切れないのだ。

まあ、もう一四〇年も前にアルベルト家は没落してしまっているし、今は皇室どころか地方の男爵家と揉め事を起こしても、滅ぼされる程度の力しかアルベルト家にはないのだが。
今さら皇室の名を汚すような謀略を仕掛けてまで、アルベルト家を潰そうとするとは俺も思わないけれど、小心者はどうしても不安に思ってしまうのだ。

「ええ、それは分かっています。
分かっていても不安になってしまうのが、人の性だと理解してください」

つい見栄を張って、俺の性ではなく人の性だと言ってしまったが、俺が小心者なのは、昨日一日でエルザ様には見抜かれているだろう。





「やい、やい、やい、やい。
借りた金をかえさねぇたぁ、どういう心算だ!
金主は眼の見えない可哀想な盲人なんだぞ。
建国皇帝陛下にお認め頂いた天下の金貸しなんだぞ。
その盲人に借りた金を返さないというのは、建国皇帝陛下を蔑ろにする行為だと分かっているのか!
それで皇帝陛下の直臣を名乗れると思っているのか?!」

これは、あまりにも悪辣非道だ。
昼夜関係なく、連日連夜、こんな言葉を並べ立てられたら、ご近所の手前、妻子を売春宿に売り払ってでも、借りた金を返さなければならない。
噂で、盲人から借りた金は、赤子の衣服を剥いでも返さなばならいとは聞いていたが、そんなものではなかったのだな。
この現場を見れば、絶対に許せないと、シュレースヴィヒ伯爵閣下が判断されたのも理解できる。

「おっ、なんだよ、可愛い娘と奥方がいるじゃあないか。
売春宿に叩き売ったら、少しは貸した金のたしになる。
さあ、一緒に行こうじゃないか」

「おい!
いくら何でもやり過ぎだぞ!
徒士家の娘と奥方を無理矢理に売春宿に売るなど、絶対に許されんぞ!」

「じゃかましいわ!
俺達は建国皇帝陛下がお認めになられた、天下の金貸しだぞ!
つまりは今上陛下から認められた金貸しなんだよ。
卒族の若造の分際で邪魔するんじゃねえ!」

「お前は目が見えるではないか。
目の見える者が盲人を騙って金貸しをするなど、絶対に許されんぞ」

「おや、おや、おや。
この方々は、目の見えない可哀想な私を助けてくださる、親切な方々なのでございますよ。
私のような、眼の見えない弱い者から金を借りて、恥知らずにも返さないような極悪非道な人間から、お金を取り返してくださる親切な方々なのですよ。
その親切な方々を、騙りのように非難をするのは止めてください」

やはり隠れて見ていたな、極悪盲人。
盲人の感覚は鋭いから、普段は表に出ずに隠れていて、皇都警備隊の取り締まりで、盲人が出ていかねばならない時だけ表に出る。
普段から姿を現わしていると、襲われる可能性があるのだろう。
それだけ善良な人から蛇蝎の如く恨まれているという事だ。

「そうか、お前がこの家に金を貸した盲人なのだな?」

「はい、盲人のヤーコプと申します、以後お見知りおき願います」

こいつが悪名高い盲人金貸しの中でも、特に悪逆非道と言われるヤーコプか。
エルザ様の好意に応えるのなら、手先のゴロツキと一緒に殺さないといけない。
だが小心者の俺に人殺しは無理だし、ヤーコプの非を最も露にしないといけない。

「ならばヤーコプに問う。
盲人金を返さない場合は、武家の奥方と姫を力づくで連れ去り、売春宿に売れと建国皇帝陛下が言われたと申すのだな!
当代の今上陛下から、その許可を頂いたと申すのだな!
しかと答えよ、ヤーコプ!
返答によって、この場で今上陛下への不敬罪で無礼討ちにする!」

「おや、おや、おや、おや。
随分とお元気な卒族様でございますね。
どうです、その元気を役に立てられませんか?
私に力を貸してくださるのなら、一日小金貨一枚のお礼をさせていただきますよ。
いかがでございますか?」

しめた、こいつは建国皇帝陛下と今上陛下への無礼を言い訳しなかった。
しかも皇都警備隊足軽家の俺を、雇うと言いやがった。
これで無礼討ちの名目が立つ!

「この場におられる方や徒士家の方に物申す。
ヤーコプと申す盲人金貸しは、事もあろうに建国皇帝陛下と今上陛下の名を騙り、この家の奥方や姫を売春宿に売ろうとした。
止めに入った王都警備隊足軽の俺に、手先になれと言い放った。
上は建国皇帝陛下と今上陛下に対する無礼、中は徒士家の妻女を売春宿に売ろうとした無礼、下は皇都警備隊を買収して悪事を隠蔽しようとした無礼、
絶対に許せぬ無礼を三つも重ねたので、ここで無礼討ちにする。
この後で皇都警備隊の取り調べがあると思うが、正しく証言して欲しい」

「やれ、直ぐに殺しちまえ!」
「こんな極悪人を許すな!」
「私は必ず証言させてもらうよ」
「卒族殿、かたじけない」

見物していた徒士街の者だけではなく、脅迫されていた徒士家の主人まで、俺が正しいと証言する約束してくれる。
後は皇都警備隊の取り調べで有利になるように、体裁を整えなければいけない。

「ヤーコプ、武器を持たぬ者を討つのは武人の作法に反する。
この長剣を使うがよい」

「ひぃぃぃぃい。
本気か、本気で私を殺すと言うのか?!
私は皇国の高官にだって知り合いがいるんですよ!
盲人の私を斬って、ただですむと思っているんですか?!
建国皇帝陛下に保護された盲人を殺せば、斬首にされるんですよ。
それでも私を斬ると言われるんですか!?」

「長剣は渡したぞ。
抵抗しなければお前が死ぬだけだ!」

「ひぃぃぃぃい。
殺せ、殺してしまえ!
こんな卒族の若造を斬り殺しても、罪には問われない。
皇都警備隊の総長はこちらの味方だ!
さっさと殺してしまいなさい!」

馬鹿が、これでこちらの思うつぼだ!

「なに?!
徒士家の奥方や姫の売春宿の売り払う事に、総長が加担しているのか?!
これは絶対の許せない事、御当主!
支配頭に訴えていただきたい」

「お任せください。
泣き寝入りは致しませんぞ」

とは言ったものの、皇国の高官や総長にも逃げ道を用意しておかないと、皇都警備隊の取り調べ中に、密かに暗殺される可能性もあると、大爺様が言っておられた。
死人に口なしではないが、ヤーコプと手下を皆殺しにしておけば、皇国の高官も総長も上手く逃げるだろう。
上手く逃げ道を用意しておけば、俺に対する取り調べも軽く済むだろう。
だが問題は、俺に人殺しができるかどうかだ。

そんな事を考えていたのは一瞬で、ヤーコプに私を殺すように命じられた手下どもは、ほとんど動いていない。
相手が攻撃してきてくれたら、殺す覚悟ができるのだろうか。
権力者たちに暗殺されないためには、こいつらを殺さなければいけないと分かっているのに、手加減して殺さないようにしようとする俺が心の中にいる。

「義によって助太刀する!」

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