立見家武芸帖

克全

第90話家臣13

「蟻一匹逃すな、廣徳寺から逃げようとする者は、僧形であろうと女子供の格好をしていようと、変装だと思え」

「「「「「おう」」」」」

我は希望する門弟全員を、今回の仇討に参加させた。
武士にとって、少なくとも剣を真剣に学ぶ者にとっては、仇討ちの手伝いをするというのは、自慢になる事なのだ。

少々問題なのは、この仇討ちを見に、西ノ丸様がお忍びで城を出てこられた事だ。
問題があって一新された西ノ丸衆と、同じく問題があって一新された、新番と書院番と小姓組番が厳重に警備をしている。

まあ、西ノ丸様がこの仇討ちに興味を抱き、寺社奉行にお忍びで検分したいと言ってくださったことで、寺社奉行所の役人も不正ができなくなったのは有難い。
だがそれ以上に面倒なのも確かだ。
将軍家の御世継ぎが仇討ちを検分するなど、お忍びでもありえない話だ。
本当に困ったものである。

我の門弟達、旗本御家人の子弟はもとより、相良田沼家、白河松平家、古河土井家の江戸詰め藩士や、少数ながら他の藩の江戸詰め藩士まで、ほぼ全員が参加しているが、皆西ノ丸様の御前で働きたい、御眼に留まりたいという思いがあるのだろう。
己を売り込むのも武士の大切な技なのだ。

「糞、この野郎、どきやがれ、離しやがれ」

予想通りなのが情けないが、鮫島全次郎が僧の衣を纏って逃げようとした。
恐らく寺社奉行所の役人の中に、鮫島全次郎から賄賂をもらって見逃した者がいるのだろう。

普通なら逃げきれたのだろうが、我が門弟達に厳しく言い渡してあったので、僧ではなく鮫島全次郎だと見破られ、破れかぶれになって匕首を振り回して逃げようとしている。

「能美作太郎影守が一子能美重太郎影季。
父の敵鮫島全次郎久堅、いざ尋常に勝負」

「同じく能美作太郎影守が一子能美景次郎守興。
父の敵鮫島全次郎久堅、いざ尋常に勝負」

我は今回の仇討に、僅か八歳の重太郎の弟、景次郎も参加させた。
武士にとって、見事仇討ちを成し遂げたというのは、大きな武勲だ。
奥州の貧乏藩の下級藩士の部屋住みでは、武士で生きていくのはほぼ不可能だが、仇討ちを成し遂げた事があるとなれば、僅かだが仕官の可能性がある。
江戸で寺子屋の師匠や道場主になるにしても、仇討ちを成し遂げた事があれば、生徒や門弟が集まりやすい。

「余は徳川権大納言家基である。
偶々敵討ちに行き会ったゆえ検分いたす。
卑怯卑劣な振舞いは絶対に許さん。
いざ尋常に立ち合え」

西ノ丸様がとても高揚しておられる。
生れて初めての仇討を前にして、興奮しておられるのであろう。
些か不謹慎ではあるが、仇討ちは一種武士の花である。
高揚する気持ちは理解できる。
図太く人殺しに慣れた鮫島全次郎も、この状況には気を飲まれたようだ。
もう安心してみていられる。


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