立見家武芸帖

克全

第74話徳川家基8

「両名とも苦しゅうない、面をあげよ」

「はっ」

上様の側衆が声をかけてくるが、本当に面倒な事だ。
もう二度と御城に上がるのは御免だ。
特に今度は本丸で上様との拝謁だから、三日前に西ノ丸様の御前で試合をした時よりも、警備が厳重で何かと五月蝿い。
今も御庭番が射るような視線で一挙手一投足を睨んでやがる。

「さて、三日前の出来事を取り調べているが、西ノ丸の者達とここにいる者達が申す事が全く違っておる。
西之丸の者達の話だけ直接聞いて、ここにいる者達の話を聞かずに処分を下しては不公平となり、場合によれば大納言様が情実で無実の者を罰した暗愚の暴君と読売に書かれ、御世継ぎに相応しくないと言われかねぬ。
そのようなことにならぬように、忠義の者は嘘偽りなくい真実を話すように。
後日嘘偽りを申した事が分かれば、上様を騙した事になる。
そうなれば親戚縁者連座で処分されると心得よ。
知っている事を黙っている事も不忠者、嘘を申した者と同じように処分される心得、全て話すように、よいな」

側衆を制して御老中田沼様が話された。
流石、御老中は弁が立たれる。
流暢に次から次へと、嘘を申し立てた近習を脅しつつ、黙して語らぬ西ノ丸側衆や西ノ丸役方衆を脅しておられる。
これで正しい証言が得られればいいが、そうでなければ我と熊吉は処罰されるな。

だが、普段は反目していても、武士は相見互いなのだな。
側衆も役方も何も言わない。
これでは我と熊吉は圧倒的に不利だが、御老中は隠し玉を仕込んでいる。
未だに白河公を証人に出されない。
役立たずの旗本を潰して、幕府の勝手向きを少しでもよくする心算か。
それとも我らを斬って捨てたのか。

「あいや、待たれよ。
武士の情けと今まで黙っていたが、このままでは大納言様に取り返しのつかない汚名を着せることにある。
それは余りに不忠である。
そこに居並ぶ卑怯卑劣な不忠者達と同類になるのは、真平御免である。
あの日の事は、この越中守が証言致そう」

「あいや、御待ち下さい。
今まで黙っていたのは忠誠心からでございます。
決して不忠卑怯卑劣からではありません」
「そうでございます、忠誠心から黙っていただけでございます。
大納言様に余計な負担をお掛けしたくなくて、黙っていただけでございます」

やれ、やれ。
白河公が現れて真実を話すと申されたら、途端に西ノ丸衆が真実を話すと言いだしたが、上様はこれを認められるのか。

「黙れ不忠者。
大納言に暗愚暴君の悪名を着せようとしたこと、余は絶対に許さんぞ。
全ての悪行を調べ上げ、一門縁者ことごとく処分してくれる。
その者共を余の眼に触れぬところへ引っ立てよ」

「「「「「はっ」」」」」

上様は余程西ノ丸様を愛しておられるのだな。
これほどの怒りを見せられるとは思わなかった。
上様の命令で身辺警備をしていた新番衆が、西ノ丸衆を捕らえていた。
我と熊吉は命拾いしたようだな。

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