立見家武芸帖

克全

第67話徳川家基1

「しかし、御老中、正式には浪人に過ぎない、田沼家の食客でしかない我が、御城に登城しても宜しいのでしょうか」

「構わぬよ、今回は市井の武芸者の話を聞きたいという、西ノ丸様たっての願いじゃ、誰も遮りはせんよ。
藤七郎が登城するのが嫌だというのなら、無理にとは言わぬが、西ノ丸様からの呼び出しを断るには、相当の覚悟がいるぞ」

御老中田沼様がいたずらっぽく笑顔を浮かべておられる。
悪戯を成功させた子供のようである。

「そうじゃ、そうじゃ、山に籠って武芸だけに生きるつもりでなければ、とても断る事などできんぞ」

白河公も面白そうに笑っておられる。
山名の殿様も楽しそうだ。
以前の話では、御老中が我を将軍家に紹介すれば、御老中の事をよく思っていない者が、足を引っ張るという話だった。
では、御老中が我の事を世子西ノ丸様の御耳に入れたとは思えぬ。
あの笑顔を見れば、白河公が西ノ丸様の耳に入れたのであろう。

「いえ、そのような不敬をする気はございません。
喜んで登城させていただきます。
ただ我ばかりではなく、陪臣の力太郎まで登城しろというのは、あまりにも非常識ではないのでしょうか」

「気にするな。
武芸者の藤七郎を御前にあげるのは、試合をさせるためじゃ。
小姓番や書院番の腕自慢と試合をさせられるだろうが、それだけでは面白くないのだあろう。
読売で評判になってる、藤七郎と力太郎の試合を見たいのであろう」

我の言葉に、白河公が待ちかねたように言葉を重ねる。
それで大体わかった。
白河公が、市井に評判の武芸者がいると、読売を西ノ丸様に見せたのだ。
それを見た西ノ丸様が、我と力太郎に興味を引かれたという事だな。
最近の読売では、我は六百人斬りと書き立てられているし、力太郎は二百人殺しと書き立てられている。

「では、最初から勝負をする心算で準備する方が宜しいのでしょうか。
上覧試合をするのなら、敵味方分かり易い衣装や武器を用意すべきでしょうか」

「ふむ、どのような衣装を用意するつもりなのだ」

御老中が興味深々という様子で聞かれてくる。

「我は槍使いですから、皆朱槍にあわせて赤の着物を着るのです。
それに対して力太郎には、藍染の着物を着させて、四尋やぶきを青く塗った武器を持たせます」

「ふむ、確かに試合の見栄えはよくなるが、赤備えの井伊家のこともある。
西ノ丸様にお聞きした方がいいだろう。
白河公はいかが思われますか」

御老中は白河公に確認されている。
自分が段取りしたわけではないので、段取りした白河公に確認しているのだろう。
さて、白河公はどうされるのかな。
山名の殿様も興味津々と言った表情だ。
本気で我と姫君を夫婦にさせる気なのか。

「うむ、うむ、うむ。
そうできれば面白いが、何分城中での事じゃ。
西ノ丸様だけの考えでは決められぬことも多い。
明日にでもお聞きしてみよう」

白河公は最後まで楽しげだ。
やれ、やれ、どうなる事やら。

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