立見家武芸帖

克全

第60話若党坂田力太郎熊吉7

「御奉行にえらい提案をしてくれたな」

金太郎兄上が苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
我の後ろで神妙にしている熊吉の若党姿を、ちらちら見ている。
兄上は同心としての力量が劣るわけではないのだが、どうも小心な所がある。
いや、家を守るように教え育てられた長男の宿命かもしれぬな。

「大したことではありません。
兄上だって思いついていた事でしょう。
ただ御公儀に露見した時に色々と面倒なので、提案されなかっただけでしょう。
だから身軽な我が提案し、実行してみせているだけです」

「ふうぅ、困った奴だ。
確かに藤七郎の申す通りに出来れば、奉行所は色々と助かる。
だか、任せた目明しが問題を起こせば、御奉行がただでは済まなくなる。
係わった与力同心も詰め腹を切らされる。
早々簡単にやれることではないのだ」

確かにその通りだろう。
今まで香具師の元締めや破落戸共の親分がやっていた悪事を、建前上役目を解いておくとはいえ、奉行所の元目明しが仕切るのだ。
元目明しが捕まるようなことになれば、色々と問題が起きてしまうだろう。
御奉行は勿論、提案した我の実家、立見家もただでは済まないだろう。

「分かっております。
ですが武士が一度口にした事を、なかった事にはできません。
奉行所でやれないのなら、我がやるだけです。
幸い我には虚名があります。
後ろに控える力太郎も大いに名が売れました。
その虚名を利用すれば、浅草を騒がす事無く、仕切ることができるでしょう」

そうなのだ、やはり我の無礼討ちは読売で評判となった。
二十数人、しかも半数は熊吉が金砕棒で叩き殺したのに、我が百人を斬り殺したことになっている。
最も今度は、家臣を率いる大将として虚名を得てしまった。
中間姿で手出ししなかった伊之助と浅吉は、読売では触れられていなかったが、金砕棒を振り回して破落戸共を叩き殺した熊吉は、金棒の熊吉と評判になっている。

「それで、毎日浅草の寺社を廻って脅しをかけているのか」

「脅かしとは心外な言い方でございます、兄上。
心ならずも新右衛門を夜逃げさせてしまう仕儀となり、縄張り争いで被害を受けるような事があってはならぬと、何かあれば相談してくれるように、寺社と町名主に声をかけているだけです」

「ふうう、藤七郎はそれが脅しだと分かってやっているのであろう。
まあ、御陰で、藤七郎を怖がって誰も浅草には近寄ってこない。
それにしても、本気で浅草を藤七郎が仕切るつもりか」

「我は武士でございます。
破落戸共のように、門前町を仕切って金にしようとは思いません。
ただ町民が難儀をしないようにしただけです。
兄上が心利いた者を紹介してくれれば、その者に任せますよ」

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