立見家武芸帖

克全

第51話拐かし12

「へっへへへへ。
いいざまだな、つや。
ここで会ったが百年目、可愛さ余って憎さ百倍だ。
ここにいるみんなで、気が狂うまで嬲り者にしてやるよ」

腰抜けの卑怯者が、破落戸共に守られて気が大きくなっている。
我はこういう奴が虫唾が走るくらい大嫌いなのだ。
怒りがふつふつと湧き出し、抑えが利かない。

「神妙にしろ、拐かし。
我は三百人斬りの立見藤七郎宗丹だ。
手向かう者は無礼討ちにする」

我の言葉と共に、銀次郎兄上が配下を率いて駆け出す。
つやを見守っていた虎次郎殿も配下を率いて駆け出す。
もちろん我も熊吉を率いてつやを救い出すために駆け出す。
伊之助だけはその場に佇んで悠々としたものだ。
まあ、ここまでよく駆けてくれたのだから、もう十分働いてくれた。
伊之助にしても、勝ち戦だと思っているのだろう。

「ひぃいいいいい」
「うわぁああああああ」
「三百人斬りだぁああ、三百人斬りがきやがったあ」
「逃げろ、逃げるんだ」
「うりゃああああああ」

根性なしの弥吉が、我を見て腰を抜かした。
その場にへたり込んで小便までちびっている。
多くの破落戸が我を恐れて逃げ出した。
だが浪人者五人が我めがけて襲いかかって来た。
三百人斬りの我を斬れば逃げられると思っているのだろう。
いや、冥途の土産に我の首を持参したいのかもしれないな。

「どりゃあああああ」

熊吉が気合と共に、四尋やぶきと呼ばれる、長大な櫂を振り回す。
特別製の金砕棒が完成していないので、熊吉の剛力を生かすために、浦安の漁師が使っている櫂を武器にしたのだ。
四尋(七・二メートル)の長さの武器ならば、敵が間合いに入る前に叩きのめすことができる。

それなりに剣を学び、乱暴狼藉で生きてきた浪人でも、遠くから四尋やぶきを剛力に任せて叩きつけられては敵わない。
我ならば避けて槍の間合いにまで近づくが、剣で受けようとしても、熊吉の剛力と櫂の重さで剣が折れ、頭を叩き割られて死ぬだけだ。

信長公が考案されたという三間半の槍を超える、四尋の櫂を自由自在に振り回す熊吉の剛力には、正直我も信じられないものがある。
鬼に金棒とは言うが、まるで金砕棒を振り回して奥州を暴れまわった最上義光公のようだ。
熊吉が戦国乱世に生まれていたら、最上義光公と同じように、後世に名を残す武将になっていたかもしれぬな。

だが力任せの熊吉に後れを取る我ではない。
熊吉が一人の浪人を叩きのめし、無我夢中の初陣を飾った時には、我は四人の浪人を神速の突きで斃していた。

「つや、気をしっかり持て。
助けに来たぞ。
もう大丈夫だぞ」


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