立見家武芸帖

克全

第45話拐かし6

「銀次郎兄上、虎次郎殿、今回は宜しくお願いします」

「任せてください、藤七郎殿」
「精一杯働かせていただきます、藤七郎殿」

本気で困る。
二十四歳も年上で、父親と言ってもおかしくない銀次郎兄上に、とても丁寧な態度をとられると、対応に困るのだ。
しかも銀次郎兄上だけでなく、精一郎殿の弟虎次郎殿まで一緒だ。

虎次郎殿は精一郎殿の予備で、精一郎殿に何かあった場合には、精一郎殿の長男が元服するまで、代理として立見家を継ぐことになるのだ。
いや、今もし疫病などが流行して、金太郎兄上と精一郎殿の二人が同時に死ぬようなことがあれば、跡継ぎは年下でないといけないので、少しでも年上の銀次郎兄上が継ぐ方が安全だろう。

そんな銀次郎兄上と虎次郎殿を、我が配下として使うのは、非常にやり難い。
金太郎兄上と精一郎殿なら、当主と跡継ぎとして使えるだろうが、先代が五十になってから妾に生ませた我が使うのは、おかしな話なのだ。
それなのに、妾腹の我に、こんなに丁寧に接するなんて、絶対に裏がある。
だが、本当の予備として育てられた銀次郎兄上と虎次郎殿なら、目明しを使って出羽正屋の弥吉を見張るなんて、簡単な事だろう。
素人の我と伊之助でやるよりは、銀次郎兄上と虎次郎殿の任せた方がいい。

「見張りを任せますので、目明しの指図をお願いします。
これは目明しに与える報酬です。
足らなくなったら教えてください」

我は銀次郎兄上と虎次郎殿に十両ずつ預けた。
見張りの家を借りるにしても、奉行所が抱える目明しを使うにしても、お金が必要なのだ。
三廻りの同心に余禄が多いのは、江戸の治安を維持するためには、私的に多くの目明しを抱えなければいけけないからだ。

「お任せください、藤七郎殿」
「そうです、藤七郎殿。
藤七郎殿は御自身の御役目に励んでください」

銀次郎兄上と虎次郎殿は真剣だ。
立見家の勝手向きは、我が思っているよりも苦しいのだろうか。
同心株や大家株を買えない状態のだろうか。
それならば、我を頼る気持ちも分かるのだが。

「旦那、藤七郎の旦那。
俺っちは何をすればいいんですかい」

「伊之助は我の予定を知っておろう。
何かあったら直ぐに我に知らせてくれ」

「では河や海岸にはいかれないのですね。
出稽古の時以外は、長屋におられるのですね」

我の言葉に、伊之助が確認してくる。
せっかく張り切って出てきたのに、何もすることがないと思ったのだろう。
確かに主になってする事はなくなったが、我の予定を知悉していて、非常の場合に連絡が取れるのは伊之助だけだ。
田沼家や白河松平家に出稽古に行っている時に、門番に挨拶して中に入れるのも、門番と顔見知りになっている伊之助だけだ。
だが、そうなると、直ぐに居場所が分からない魚獲りに行けなくなる。
臨時の出費はあるし、困ったものである。

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