立見家武芸帖
第44話拐かし5
「いったい何があったんですかい、旦那」
「出羽正屋の弥吉が、無頼の者共を集めているらしい。
おつなさんに対する恨み言も繰り返し口にしているという」
「そりゃてえへんだ、直ぐに弥吉をとっちめてやりましょう」
我は伊之助に事情を話しながら、精一郎殿のいる奉行所に向かった。
「これはこれは、わざわざご足労願ってすみません、藤七郎叔父上」
「止めてください、精一郎殿。
精一郎殿は本家の跡継ぎではありませんか。
叔父とはいえ庶子で年下の私に、丁寧な言葉遣いは無用です」
「そうはいきませんよ、叔父上。
叔父上は、御老中田沼様と白河公から剣術指南役を拝命され、御公儀からは御様御用を拝命している方です。
本家の跡継ぎとはいえ、偉そうにはできません」
困ったものだ。
このように生真面目では、清濁併せ吞む必要のある同心の仕事は辛いだろう。
金太郎兄上も困り顔をされている。
早く同心の水に慣れてくださればいいのだが。
「それで、出羽正屋の弥吉の件ですが、捕まえられたのですか」
我は一番気になる事を聞いてみた。
「それが、ただ無頼の徒を集めているというだけでは、召し捕る事はできません。
弥吉が実際に罪を犯すまでは、じっと見張らなければいけないのですが、なにぶん手が足りずに困っています」
思っていた通りだった。
我も、隠居した先代が年を取ってから妾に生ませた庶子とはいえ、同心の家に生まれた身だ。
何かあった時に家を継げるように、ひと通りの事は学んでいる。
いや、武芸者を志してからは、自分から積極的に色々学んだのだ。
「そんなあ、悪事を企んでいるのに何もできないんですかい」
「黙ってろ、伊之助」
伊之助の気持ちも分からないわけではないが、まだ何の罪も犯していない者を捕まえるなど、絶対にあってはならない事だ。
「ところで叔父上、槍持ちを雇われたのですか」
「長屋の者に中間の格好をさせただけですよ。
正式な形で兄上と精一郎殿に会うとなれば、供の者が必要ですからね。
本当なら中間も必要なのですが、急な話で用意できませんでした」
「叔父上には人を雇う余裕があるのですね」
「まあ、それなりには」
「伊勢甚屋のつなを助けてやりたいのですね」
「まあ、ここまで来て見捨てて何かあったら、後悔してしまいますから」
「だったら、奉行所の目明しと銀次郎叔父上達を使いませんか。
多少費用は掛かりますが、弥吉を見張ることができます。
立見家が個人的に使っている目明しは、他の事件で忙しいのですよ」
やれ、やれ、困ったものである。
立見家に部屋住みが二人もいる。
銀次郎兄上は、金太郎兄上の予備だったのだが、精一郎殿が成人して見習同心として出仕したから、今では厄介叔父になっている。
立見家なら、困窮する同心家の株を二百両で買って分家させる事も、大家株を買って安楽に暮らせるようにする事もできるだろうに。
何か事情がありそうだな。
「大家の収入・購入代金一〇〇両の二ケース」
大家株 :二〇両から二〇〇両
給金 :二〇両 :二〇両
町役人余得:一〇両 :一〇両
人糞代 :一〇両から二〇両:三〇両から四〇両
「出羽正屋の弥吉が、無頼の者共を集めているらしい。
おつなさんに対する恨み言も繰り返し口にしているという」
「そりゃてえへんだ、直ぐに弥吉をとっちめてやりましょう」
我は伊之助に事情を話しながら、精一郎殿のいる奉行所に向かった。
「これはこれは、わざわざご足労願ってすみません、藤七郎叔父上」
「止めてください、精一郎殿。
精一郎殿は本家の跡継ぎではありませんか。
叔父とはいえ庶子で年下の私に、丁寧な言葉遣いは無用です」
「そうはいきませんよ、叔父上。
叔父上は、御老中田沼様と白河公から剣術指南役を拝命され、御公儀からは御様御用を拝命している方です。
本家の跡継ぎとはいえ、偉そうにはできません」
困ったものだ。
このように生真面目では、清濁併せ吞む必要のある同心の仕事は辛いだろう。
金太郎兄上も困り顔をされている。
早く同心の水に慣れてくださればいいのだが。
「それで、出羽正屋の弥吉の件ですが、捕まえられたのですか」
我は一番気になる事を聞いてみた。
「それが、ただ無頼の徒を集めているというだけでは、召し捕る事はできません。
弥吉が実際に罪を犯すまでは、じっと見張らなければいけないのですが、なにぶん手が足りずに困っています」
思っていた通りだった。
我も、隠居した先代が年を取ってから妾に生ませた庶子とはいえ、同心の家に生まれた身だ。
何かあった時に家を継げるように、ひと通りの事は学んでいる。
いや、武芸者を志してからは、自分から積極的に色々学んだのだ。
「そんなあ、悪事を企んでいるのに何もできないんですかい」
「黙ってろ、伊之助」
伊之助の気持ちも分からないわけではないが、まだ何の罪も犯していない者を捕まえるなど、絶対にあってはならない事だ。
「ところで叔父上、槍持ちを雇われたのですか」
「長屋の者に中間の格好をさせただけですよ。
正式な形で兄上と精一郎殿に会うとなれば、供の者が必要ですからね。
本当なら中間も必要なのですが、急な話で用意できませんでした」
「叔父上には人を雇う余裕があるのですね」
「まあ、それなりには」
「伊勢甚屋のつなを助けてやりたいのですね」
「まあ、ここまで来て見捨てて何かあったら、後悔してしまいますから」
「だったら、奉行所の目明しと銀次郎叔父上達を使いませんか。
多少費用は掛かりますが、弥吉を見張ることができます。
立見家が個人的に使っている目明しは、他の事件で忙しいのですよ」
やれ、やれ、困ったものである。
立見家に部屋住みが二人もいる。
銀次郎兄上は、金太郎兄上の予備だったのだが、精一郎殿が成人して見習同心として出仕したから、今では厄介叔父になっている。
立見家なら、困窮する同心家の株を二百両で買って分家させる事も、大家株を買って安楽に暮らせるようにする事もできるだろうに。
何か事情がありそうだな。
「大家の収入・購入代金一〇〇両の二ケース」
大家株 :二〇両から二〇〇両
給金 :二〇両 :二〇両
町役人余得:一〇両 :一〇両
人糞代 :一〇両から二〇両:三〇両から四〇両
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