立見家武芸帖

克全

第30話仇討ち2

「お帰りなさい、藤七郎の旦那。
お客様がお待ちですよ。
だけどなんだか訳ありみたいですよ」

山名のお殿様との立ち合いを終えて長屋に帰って来た我に、おいよさんが素早く話しかけてきた。

「そうか、いつも通りに頼んだよ」

「任しときいてくださいよ、藤七郎の旦那」

おいよさんは親切で、人を見る眼もある。
読売で名の売れた我に所には、色んな人間が訪れるようになっていた。
おいよさんの判断で、客のもてなし方を変えていたのだ。
今回の客は、おいよさんから見て、我の長屋で待ってもらっていいと思う相手だ。

「お待たせしてすまない。
立見藤七郎と申す」

「勝手に訪問させていただき、家にまで上がらせて待たせていただいたこと、お詫びとお礼を申し上げます」

「ありがとうございます」

来客は妙齢の女性剣客とまだ十歳前後の男の子だった。
顔立ちが似ているから、恐らく姉弟であろう。
貧にやつれているが、絶世の美少女といえる。
大体の事情と頼みが想像できて気が重くなる。
が、武士である以上避けて通れない問題だ。

「いや、いや、気になさることではない。
私の留守の間の事は、隣家の奥さんに任せてある。
不審な相手なら、家にあげるような事はない。
人を見る眼がある彼女が、長屋にあげてもいいと判断したのだ。
お詫びしてもらうような事ではない」

「重ね重ね有難い言葉を頂戴し、感謝にたえません。
これに控えますは、私の弟で総州浪人の藤野玄太郎と申します」

「宜しくお願い致します」

玄太郎という少年が、身体を固くしながらも礼をとってくれる。
まだ幼いが、姉に厳しく指導してもらっているだろう。

「わたくしは玄太郎の姉、るいと申します。
本来ならば縁も所縁もない立見様にお願いできる事ではありませんが、噂に聞く立見様の漢気にすがるしか方法がないのです」

必死の表情で訴える姿も美しい。
無骨な我が目を奪われるほどの色香がある。
これほどの美形を前にしたら、藤野家の窮地を好機とみて、るい殿を慰み者にしようとする者もいるだろう。

「気になされるな。
袖振り合うも多生の縁と申す。
前世の縁もあれば、来世の縁もある。
前世では私が世話になっていたかもしれぬ。
遠慮せず、なんでも申されよ」

「ありがとうございます。
お言葉に甘えて全て話させていただきます。
長い話になりますが、お聞きいただけますでしょうか」

「聞かせていただきましょう」

私達の会話を聞いているおいよさんが、動き出す気配が伝わってくる。
玄太郎殿とるい殿のために動いてくれるのだろう。
おいよさんに任せれば大丈夫だ。

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