立見家武芸帖

克全

第16話姉妹遭難5

「立見様。
この度の助太刀、心から感謝いたします。
重ね重ねお手数をおかけする事になるのですが、お礼を差し上げたく思いますので、屋敷まで来てくださいませんでしょうか?」

このような状況下で、我の名前を憶えているとは、なかなか冷静な女だ。
姫達に何かあれば自害する覚悟をしていたのだろう。
まあ、屋敷にまで送るつもりだったから、礼はともかく、何の問題もない。

「武士として当たり前のことをしただけで、礼には及びません。
ですが、このまま別れて、何かあれば悔いを生涯に残す事になります。
白河藩が口封じの手勢を繰り出す心配もあります。
屋敷までお送りいたそう」

「おお、細やかな配慮有難く存じます。
そうしていただければ姫様達も安心でございます。
どうかよろしくお願いいたします」

本当に直ぐに屋敷まで送り届けたかったのだが。

「旦那、藤七郎の旦那。
このままじゃ後で問題が起こりますよ。
倒した連中を自身番に届けましょう」

伊之助が慌てて助言をしてくる。
確かにその通りではある。
だが、まだ恐怖に震える姫達の事を考えると、直ぐに屋敷に送り届けたやりたい。

「立見様、我が家も白河藩との掛け合いを考えなければなりません。
評定所に訴えるにしても、証拠証人が必要でございます。
町奉行所に届けると同時に、証人となるこの者どもを屋敷に運びたいです」

「よっしゃ、まかせなお女中。
おう、てめえら、ここが江戸子の見せ場だ。
お前は直ぐに自身番に届けてきな。
おう、おめえは駕籠屋に行ってありったけの駕籠かきを連れてきな」

「おう、まかせな」
「それくらい朝飯前さぁ」

伊之助が野次馬を上手く乗せて使いっ走りにしている。
確かに町奉行所に届けておくのと、独自に証人を確保しておくのは大切だ。
だが何の因果だ。
また南町奉行所の月番ではないか。
何か嫌な予感がする。

「おい、またお前か、藤七郎。
今度は白河藩が相手だと。
今度こそ命に係わるぞ」

「黙らっしゃい、不浄役人。
このような乱暴者を袖の下を貰って見逃しておいて、姫君の命の恩人になんたる口の利きようですか。
我らは交代寄合の山名家の者です。
この度の事、評定所に訴えますが、その証拠証人としてお前達を呼んだのです。
余計な事を口にせず、捕り方を集めてこの者を屋敷まで運びなさい」

案の定というべきなのか、兄上と甥がやって来てしまった。
偶然と言うのは恐ろしいもので、見回り中にこの辺りまで来ていたのだろう。
兄上も息子の前で、このように腰元にやり込められては面目丸潰れだな。
それにしても山名家か。
これは一筋縄では済みそうもないな。


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