立見家武芸帖

克全

第10話座頭金10

「御公儀の御様御用とな。
御様御用は山田浅右衛門が代々務めておる。
藤七郎は山田浅右衛門に成り代わりたいのか」

御老中は笑顔を浮かべたままですが、気配が一変された。
流石に将軍家を補佐されるだけの人物だ。
御公儀に関係する事には警戒心を持って当たられる。
だが、我にも私利私欲があるわけではない。

「いえ、競い合いたいのです。
お役が一人に決まってしまうと、それによる不正が蔓延ります。
町奉行所に南北や東西があるように、将軍家の剣術指南役が二人おられるように、御公儀の御様御用も二人いるべきだと考えたのです」

「ふむ、表向きの理由としては悪くない。
だがそれだけではあるまい。
本心を申せ」

「合法的に人が斬りたいのでございます。
剣術は所詮人殺しの技でございます。
剣術を極めるためには、人を斬らねばなりません。
武士である以上、特に剣客を目指す以上、常在戦場の心は失えません。
据物や獣を斬るだけでは、経験は詰めません。
ただ、人胆丸を作る気はございません。
そのような真似は、人の道に反していると思っています。
ただ、労咳を患った者が、人胆丸を欲する気持ちは分かります。
そのためにも、山田浅右衛門殿にも引き続き御様御用を命じていただきたい」

我は思いの丈を一気に語った。
普段無口な我の雄弁を、兄上は唖然として聞いている。
兄上とはほとんど付き合いはなかったから、好きな事に賭ける我の情熱は知らなかったのだろうが、我にはこのような所もあるのだ。

「ふっふっふっふっふ。
わっはっはっはっはっは。
愉快じゃ。
久しぶりに本気で笑ったぞ、藤七郎。
そうか、合法的に人が斬りたいか。
金太郎、本来なら若手の同心が首切り役を務めるのであったな」

「は、左様でございます、御老中。
ただ、情けなきことながら、太平の世の中で、実際に人を斬ったことのある武士は滅多におりません。
それは町奉行所の同心も同じでございます。
罪人とはいえ、何度も失敗して苦しませるわけにはまいりません。
そこで浅右衛門殿に頼むことになっております」

兄上が建前の話をされている。
実際にはもっと生々しい話だと言うのは、父上から聞いて我は知っている。

「くっくっくっく。
それだけではあるまい。
首切り役に与えられる、刀の砥ぎ料が金二分。
斬らずに懐に入れれば丸儲けであろうが。
その上、浅右衛門から礼金までもらえるという話、聞いたことがあるぞ」

御老中は色々と下情に通じておられるようだ。
兄上も真っ青になって返事に困っておられる。
これは期待してもいいのだろうか。

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