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克全

第100話一八三一年、日本の政治制度と階級

俺が国際交渉を行うにあたって問題となるのは、俺の日本における地位と権限を、西欧列強にどう理解してもらうかだった。
いや、日本の天皇制と徳川将軍家をどう規定するかだった。
幕末の条約勅許問題を知る俺には、日本の権力構造を西欧列強にどう話すかによって、西欧列強の諸大名切り崩し策が変わってくると思っていた。
その前提があって初めて俺の地位と権限も理解してもらえる。

まあ、西欧列強も国ごとに貴族制度が違う
だから日本独自の考えを理解してもらうよりも、西欧列強のどこかの国の貴族制度に近いと思ってもらえばいい。
どこの国を基準にするか、乏しい知識を総動員して考えた。
特に天皇家を前提として考えた。
後世で批判されることも覚悟で、一つを選ぶことにした。

それは、天皇を世襲教皇とする考えだ。
現在のイタリア、伊国内にあるローマ法王のようにとらえさせる。
いや、歴代の征服王が征服した神聖ローマ帝国の皇室を殺さずに、ローマ教皇の地位に付けて遇したというような説明をすることにした。
初代から数えて一二〇代二〇〇〇年近くの万世一系の家だと説明する。

だが実際に日本を支配しているのは徳川家だとした。
でだ、爵位をどの国を基準にするかを考えたが、御三家御三卿、親藩譜代外様、国主準国主城主城主格領主などの多くの身分を考え、神聖ローマ帝国と伊国の貴族制度を併用させた。
翻訳する言葉は難しく、軍師役に出島商館長と相談させた。

大きな問題は、幕府の役職と親藩譜代をどう遇するかだった。
今はまだ敵に回すわけにはいかないので、恥をかかすわけにはいかない。
将軍の世子と御三家は大公としたが、翻訳には気を付けさせなければいけない。
大老と老中は役職についている間は選帝侯とした。
つまり俺と父は親子同時に選帝侯という訳だ。

御三卿と親藩国主は公爵とした。
御三卿は当然だが、松平秀康の家系と御三家の分家には配慮が必要だ。
将軍の子供は当然王子だが、これは他家に養子に行っても変わらない。
譜代国主にも配慮して侯爵とした。
仮想敵国の外様国主は辺境伯としたが、願い譜代となれば侯爵になれるとし、更に老中就任中は選帝侯となれるとした。

国主ではない十万石以上の外様は伯爵という事にした。
だが席次の低い十万石以上も外様大名を伯爵にして、席次の高い十万石以上未満の親藩譜代を子爵にするわけにはいかない。
翻訳後の漢字一事をどう使うかで、名誉を損ねて敵対されてはかなわない。
同じ伯の字を使った宮中伯を、老中以外の幕府大名役に与えることにした。
同じように伯の字を使った方伯を、帝鑑間大名に与えることにした。
その上で、残った城主大名に城伯の地位を与えることにした。

城を持たない大名は子爵としたが、幕府の威信を保つために、諸大夫役についている幕臣も同じ子爵を与えることにした。
同時に親藩に付けられている付家老を味方につけるために、彼らも子爵としたが、ここで城持ち付家老もいると思った。
そこで城主付家老は城伯としようと考えた。
これで大名の遇し方は決まったが、大名家の中に味方をつけるために、早い話が寝返り要員確保のために、残る貴族の男爵位は万石陪臣とすることにした。
布位以上の幕臣、高家衆、大身旗本にも配慮して彼らを準男爵とすることにした。
残る騎乗資格のある武士や徒士は、幕臣も陪臣もまとめて騎士とすることにしたが、この辺は俺にはどうでもいいので、幕閣と話し合おう。

「日本の貴族制度案」
教皇 :天皇   :Papa
王  :徳川将軍 :Rex
大公 :徳川世子 :Gran principe
:御三家  :Granduca
選帝侯:大老老中 :
公爵 :御三卿  :Duca
:親藩国主 :Duca
王子 :将軍の子 :Principe
侯爵 :譜代国主 :Marchese
辺境伯:外様国主 :Margravio
伯爵 :十万石以上:
宮中伯:若年寄以上:Conte
方伯 :帝鑑間大名:
城伯 :城主大名 :
:城主付家老:
子爵 :領主大名 :Visconte
:付家老  :
:諸大夫以上:
男爵 :万石陪臣 :Barone
準男爵:大身武士 :Baronetto
:布位以上 :
:高家   :
騎士 :騎乗武士 :Cavaliere
:徒士   :

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