妹と幼馴染を寝取られた最弱の荷物運び、勇者の聖剣に貫かれたが目覚ますと最強になっていたので無双をします

英雄譚

第20話 「偽名の公爵令嬢」

 

 ノエルを突き飛ばした僕は、彼女を庇うように両手を広げながら前へと出た。

 死ぬのは怖い。
 この世界に生まれてくるよりも、ずっと恐ろしいことだ。

 だけど、誰かのために死ねるのなら本望だ。

 だから剣で胸を貫かれようが、悶えながら死のうが恐ろしいことなんて一つも無い。

「………!」

 リンカの凄まじい斬撃が徐々に迫ってくる。
 僕の命を確実に刈り取ろうとろうと、唸る剣の轟音が鼓膜を振動させた。

 《破壊と創生によって生み出された龍の末裔が、たかが小娘一匹相手にその命を絶つというのか》。

 誰かが耳に囁いた。
 聞き覚えのある、知らない男性の声だ。

 途端、右手の大剣が黒い魔力を放つ。
 また僕の意思に反して勝手に動こうとしている。

 ついさっき、この大剣には何度も守られてきた。
 だけど今回だけは違う、羞恥と憎悪に塗られた大剣はリンカを殺そうとしている。

 誰かを救おうとしているんじゃない、誰かを殺そうとしているんだ。

 駄目だ、そんなことは。
 自分の為に誰かを死なせ、そしてその命を踏み台にするだなんて。


 出来なかった。




 ーーやめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!


 心の臓にまで木霊する僕の叫びが、微かに秘めていた自身の殺傷したいという想いに衝突した。

 大剣はそれでも抗おうとする、だけど力が弱まっているような気がした。
 次第に黒い魔力は押しつぶされるかように収縮していき、反抗していた大剣の膨大な力が封印される。


 力を抑えるのに成功し、静けさが訪れた。
 まるで無だけの暗闇にでもいるかのようで、息を吐き捨てる。

 だけど目を瞑っていたため、完全に忘れていた。
 リンカに斬られようとしている自分が。

 ようやく全てが解決したわけではない。
 そう思いながら恐る恐ると目を開く。

「………!」

 すぐ鼻の先に、剣の切っ先が止まっていた。
 少しでも動けば危ない距離だ。

 剣を握っているリンカが、口を半開きにさせながら驚いたように僕とノエルを交互に見ていた。

 まるで信じられない光景を目の当たりにしたかのようだ。
 それで彼女は振り下ろそうとしていた剣を途中で停止させたのか。

 力を込めるのを忘れただけなのか、それとも外してしまっただけなのか。

 だけどリンカは、驚いた顔を徐々に解除。

 優しい表情、悲しそうな瞳を僕に向けていた。
 先ほどまでの侮蔑するような冷たい視線ではない、偽りのない温かな瞳だ。

「ふふ……まさか、どっちも互いのために命さえ捨てられるだなんて。まるでそれを疑っていた私が……馬鹿みたいじゃない」

 彼女は目を閉じ、何も言わずに剣をしまった。
 そのまま僕らから離れ、リンカは盗賊の仲間たちの元へと急いだ。

 そして再び指を鳴らすと、ロード達の前に立ち塞がっていた魔物たちの姿が消える。
 ロードは驚きつつ、呟いた。

「うそっ、まさか《幻想結界》だったなんて……」

 《幻想結界》
 敵を結界内に閉じ込めて幻をみせる、魔術の一種。
 術者の力に応じて結界を張れる範囲は変化する。

 結界内は術者の支配する領域で、膨大な魔力を犠牲にする代わりにあらゆる幻を敵に見せられる。
 ただ、結界内に自分もいなければ展開は不可能。

 おかしい、リンカは剣士のはずなのにどうして魔術が使用できるのだろうか?

 疑問に思いながらも口にしたりはしなかった。
 ただ仲間を連れて去ろうとリンカを見つめるだけ。

「姐さんどうしますか?  今なら弱っているアイツらをとっ捕まえられますよ?」

「そうそう、チャンスですぜい!」

 その部下たちが良からぬことを促すが、リンカは聞く耳を持たず荷台に繋いだ馬の縄を斬った。

 そのまま馬に跨り、力ない声でかのは部下に言った。

「チャンス……何を言っているの?  あれがチャンスなんだって思うのなら、川にでも行って目を洗ってくるのね。皮肉だけど、私たちに勝ち目なんてないわ」

 意外な言葉に騒めく盗賊たち。

「それじゃ奴隷はどうするんですかい?」

「置いていきなさい。多少は勿体ないとは思うけど、貴方たちの命には変えられないわ」

「姐さん……!」

 盗賊の一人が涙目になって感動している。
 それだけではない、まるで猛烈なファンの如くに盗賊たちが騒ぎだしていた。

「親分への報告もあるし、分かったのならさっさと行くわよ」

「「はい!」」

 馬に跨ったリンカは盗賊達を引き連れていくように先陣を切り、走り去っていってしまった。

 てっきり反撃でもしてくるかと思いきや奴隷たちを置いて、あっけなく引いていってしまったリンカ達に困惑する。

 こっちとしては都合がいいし、余計な争いは生みたくないので追いかけたりはしない。
 ロードとヘラも一緒で互いに武器をしまっている。

 とりあえず、ノエル奪還戦が成功したようだ。
 規格外だが他の奴隷たちもゾロゾロと荷台から出てくる。

 全員ボロボロの衣服を着ていて、骨になりそうなぐらい痩せ細っていた。

 気の毒に思いながら、それをロードさん達に任せて僕はノエルの方へと振り返る。
 どのぐらいの時間が経過したのかは分からない。

 確かなのは、まるで懐かしい感覚のようなものに囚われている自分がいるってことだった。

 だけど、その楽観的な思いはノエルを見た瞬間に途切れてしまう。



 僕が手に握る大剣を、必死に止めようとていたかのように剣身にしがみついている彼女がいた。
 身体中には火傷痕と切り傷がついている。

 瞼は閉じられていて、意識を失ってしまったようだ。
 まさか、と思いながら僕は漆黒の大剣をノエルから引き剥がそうとしたが大剣は消滅。

 効果が切れたのだろうか、指輪の亀裂が消えていた。

 いや、今はそんな事なんてどうでもいい。

 "僕„は、助けるべき人を傷つけてしまったんだ。







 ーーー






 ある日、少女は深い眠りの中で夢を見た。

 まるで牢屋のような部屋に、閉じ込められるもっと幼い頃の姿の自分がいた。

 そんな少女を閉じ込めていたのは、かつての家族だった。

 上流階級の家に生まれた彼女には父親がいた。
 とても傲慢で自分の地位向上のために家族さえ犠牲する、公爵家の当主だった。

 一方の母も同様、善意のある人ではなかった。

 領地である城塞都市《アテネル》
 魔王の支配する大陸を目前とした最前線のリグレル王国付近にある都市が、少女の住処だった。

 人口は多く、移住したりする国民が多い。
 かつて古に戦争していたリグレル王国とエレメント王国が残した紛争地帯、使用されていない遺跡、砦があるためか観光客も大勢訪れにきていた。

 だけど大半は裕福な住民ばかりが住んでいる。
 貧しい領地ではないので当然だが、管轄する範囲が広いため公爵家当主の父はとても忙しかった。

 少女はそれを、まるで外界から隔離されたような部屋からずっと観察していた。
 それしかする事がなかったからだ。

 少女は気味悪がられていた。
 未来視と呼ばれる、先におきる出来事を直視する魔法とは逸脱した能力をもっていたからだ。

 両親や兄弟はそんな彼女の能力を行使してみようと試みたが、ノエルは誰に命令されようと自信の意思で未来を視ようとしても発動はしない。

 どうやら術者本人の意思には関係なく、突然起きる怪奇現象と同様のものだと少女の家族は勝手に断言した。

 少女は光が僅かにしか届かない、狭くて薄暗い部屋に閉じ込められてしまった。

 外との干渉は週に一度。
 欲しいものは何でも与えられたけど、少女は世界に絶望していた。

 部屋に並べられた本を読む度に、外への憧れが強くなってく一方で自分が惨めな存在だと少女は感じていた。


 数年が過ぎ、彼女はひたすら本を読む。

 時々、窓の前に鳥がとまったりする。
 少女は自由に羽ばたき、地上を飛び跳ねる彼らを見て、いつか自分も自由になりたいという思いが生まれた。

 たまに食事を運んでくる使用人に「出てもいい?」と頼みこんだりする。

 だけど、父の指示に反する行いが出来ない使用人たちは少女の願いに耳を傾けたりはしなかった。
 同情するように謝り、そして立ち去る。

 ただそれだけの繰り返し。

 少女は次第に希望を失い、虚ろな瞳を狭い窓の外へと向けていた。

 快晴、雨、雪、嵐。
 冬、春、夏、秋。

 天候と季節が何度も過ぎ、少女は何もしなくなった。
 ベットの上に横たわり、薄暗い部屋でずっと一点をだけ見つめていた。

 何もない、期待という思想も完全に遮断されている状態だ。

 たまに幸せな未来を見たりする。
 だけどそれが本当に起きるかは分からない光景だった。

 もう既に彼女は、夢と未来を判別できないぐらい精神を侵されていた。

 もういい。
 少女は完全に諦めて、重々しい瞼がゆっくりと閉ざそうとした。

 瞬間に部屋の扉が前触れもなく開かれ、懐かしい声に少女は振り返る。

 そこには嬉しそうに微笑む父、母が立っていた。

 少女はワケが分からないまま部屋から連れ出され、客間のような場所へと足を運んだ。

 そこには、見覚えのない如何にも金持ちの身なりをした青年がいた。
 とても優しいとは思えない顔つき、ダサい格好をした青年は少女を見るや否や父に声をかけた。

 とても少女には理解しきれない大人のやり取りの後、父は少女に挨拶するよう告げた。

 少女はスカートの裾を持ち上げ、丁寧に頭を下げる。
 青年は近づき少女の豪奢な手をとる。

 少女は何をされるのだろうと緊張していると、急に手をキスされてしまった。

 少女は顔を青ざめるも嫌がるような素振りを見せたりはしなかった。
 男性が目上の女性にする挨拶の一種なので、珍しくはない。

 青年は嬉しそうに父に言った。

「ご令嬢は私が必ず幸せにします!」

 少女は目を見開きながら、ニコニコと笑う父を見上げる。
 唐突に意味の分からない青年の発言の意味を知りたくてしょうがない少女は、父に恐る恐る聞いた。

「これ何を言っているんだ、もうそろそろお前も十五歳。もう良い時期だし、大富豪のところの令息へと嫁ぐことが決まったんだ」

 父の言葉に衝撃を受け、少女は言葉に詰まってしまった。

 まさか、自分が知らない間に話が進められていただなんて。
 本人の意思さえ確かめないで、勝手に定めるだなんて。

 《未来を予知》してしまう能力があったせいで、少女は家族に忌み嫌われていた。
 屋敷の使用人や従者、ここに住んでいる住人全員もが少女を恐ろしがっている。

 だから外界から隔離された。
 何故なら少女は未来を見るだけではなく、他人の《死》を見ることもできるからだ。

 それは少女の能力が原因ではないかと、誰もが口を揃えて疑った。

 だから閉じ込められた。
 数日、数週間、数ヶ月、数年。
 たかが疑惑だけで少女の人生は奪われた。

 やっと解放されたと思いきや、そこに待っていたのは自由などではなかった。

 少女は人気のないところで泣いてしまう。
 それを見かけた使用人の一人、物静かそうな女性が少女に近づき事情を聞いた。

 父に雇われたばかりの彼女は未来を見てしまう少女を恐れたりはせず、表情を固めたまま耳を傾けた。

 途端、女性は少女に告げる。

「ここから逃げてください。そんな理不尽な理由で貴女が縛られるだなんておかしいです」

 使用人の女性の言葉は、背中を押すように何もなかった少女に初めての目的を与えた。


 二日後の夜。
 少女は泣きながら使用人に手を引っ張られ、誰にも見られずに屋敷から脱出をした。

 使用人は途中まで一緒に少女と同行していたのだが、乗合馬車の待合所に着くと彼女は少女にお金を握らせた。

「私は屋敷に戻ります。お嬢様と一緒に私が居なくなれば、きっと疑われてしまいます。ですのでここでお別れであります」

 突然すぎる別れに少女は泣きつきながらも、彼女の言葉をしっかりと理解して頷く。

 今まで無表情だった使用人の女性の目元から、一筋の涙が零れていた。

 短い付き合いに過ぎない。
 だけど二人の間には、確かな絆があるのだと信じながら少女は馬車に乗り、女性に別れを告げて故郷である都市から出たのだった。





 それから一ヶ月後、エレメント王国に辿り着いた彼女は冒険者の街に足を運び『冒険者ギルド』に訪れた。

 依頼を受けるためには登録は必要必須だ。
 少女は受付のカウンターの前へと立ち、緊張しながらも登録手続きをする。

 名前の記入欄に少女は手を止めてしまう。
 あまり本名を明かしたくない。

 もしここで偽りなく記入してしまったら大騒ぎになって、両親に居場所を突き止められてしまうだろう。

 本名は信頼する者にしか明かさない方が良いかもしれない。
 ならばと少女は悩みに悩みながらも、なんとか記入に成功する。


 冒険者登録書

【職業:魔道士】 
 名前:ノエル   性:未  
 年齢:15歳  
 出身:リグレル王国アテネル

 《登録理由》
 お金が欲しいから……です。

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