妹と幼馴染を寝取られた最弱の荷物運び、勇者の聖剣に貫かれたが目覚ますと最強になっていたので無双をします

英雄譚

第15話 「奴隷になった貴族」

 

 盗賊団員と遭遇しないよう、慎重にノエルを探す。

 あまり人気は感じないけど、用心に越したことはない。
 隠れられる場所が限られているため、遭遇してしまえば逃げるのは困難だろう。

「ミミが一緒にくれば、見つけだしてくれたかもしれないな……」

 勿体無いと思いながらも、壁を背にして息を潜める。
 土壁だ、もしかして地下にいるのかもしれない。

 風の音もしない、窓が一つも見当たらない。
 奴隷収容所にはうってつけの場所だ。

 一般の人を無断で奴隷にするのは違法だ、だからこそ収容する場所を隠さなければならない。

 ならば許可すれば人を奴隷にできるか?
 それがたとえ貴族であろうと、奴隷商に複数の人が申請すれば対象を奴隷へと成り下がらせることは可能だ。

 以前、存続のため長男を次なる当主として騎士家系を継がせようとした下流貴族の噂を耳にしたことがある。

 貴族でありながら長男は当主の継承を拒み、騎士ではなく他の職業につきたいと打ち明けた。

 権力を行使する獣にはなりたくない。
 それが彼の想いであり、狡猾な貴族に対して膨張していた長年の怒りだった。

 しかし、長男の想いは両親の心には届かず、それは逆に彼を地獄のドン底へと陥らせる火種となってしまった。

 奴隷商へと連行され、貴族である素性を口封じするため微弱な服従印を長男は焼き付けられた。

 その後、彼の姿を見た者は誰一人としていない。
 今じゃ死んでいるのかもしれない、それかまだ生きているのかもしれない。

 自分には到底関連のない話だろう、と誰もが酔いしれていた。
 だけど架空の話ではないのは確かだ。

 それだけでも十分に恐ろしいと感じていた。

「お願い……ここから出して」

 薄暗い通路の先、階段を前にしたと同時に弱々声が右の鉄格子から聞こえた。
 見てみると、そこには数人もの綺麗な格好した少年少女達がいた。

 まるで誘拐をされたばかりかのように、裕福な身なりをしている。

 こちらな恐ろしげな瞳で見ながら、一人の少女が切れた唇を開いて助けを求めてきた。

 考える前に身体は、牢屋に閉じ込められている子供達の方へと吸い込まれていた。

「ひっ!  ごめんなさい!  ごめんなさい!  煩くしないから、もうぶたないでっ!」

 鉄格子に手をかけると、子供たちは怯えたように抱き合った。
 涙に濡れた目元でこちらを凝視して、何度も謝罪を繰り返してきた。

 僕が盗賊の一員だってことを誤解しているのかもしれない。

「大丈夫だよ、僕は君たちをぶったりしないよ」

「え……?」

 子供たちの警戒心を解くためにも、出来るだけ自分なりの優しい微笑みを演出した。
 自信はあまりないけど、僕を見た子供達から警戒心が微かに消えているのを感じれた。

「お兄さん……悪者じゃないの?」

「違うよ。君たちと同じで悪者に捕まっちゃった、ただのお兄さんだよ」

 戸惑いが徐々に薄れ、信じてくれたのか子供たちは安心したかのように泣きだした。
 だけど僕は彼らを見ながら、唇に指を当てる。

 静かにしないと、盗賊の見回りに気づかれるかもしれない。

 とりあえず魔術が鉄格子に施されていないのを確認すると、すぐさま風元素の魔法『鎌鼬』で南京錠を切り落とした。

 そのまま扉を開け、六人はいる男女を外にだす。

「う………うぅ……ありがとう」

 泣きながら、少年と少女たちが一斉に抱きついてきた。
 驚きながらも彼らを優しく受け止める。

 全員、暴力でも振られたのか傷だらけだ。
 顔には無くても、子供たちの首筋からは痣が覗いていた。

 無防備も同然の小さな子供にすることではない。
 感傷に浸りながらも、自分の本来の目的を忘れたりはしなかった。

 だけど、まずはこの子供たちを安全な所まで連れて行かなければならない。
 そう思い、全員の顔を確認する。

 その中、ノエルに少し似ている髪色と髪型の少女と目が合う。
 この中で一番年上なのか、他の子と比べてると随分と大人びている。

 服装は貴族の娘が着そうな外出用ドレス。
 スカートの裾は破られてしまったのだろうか、膝にまで破られた跡がある。

 可哀想にと同情しながら、一応聞いてみた。

「どうして君達は、こんな所なんかに?」

 先ほど思い浮かべた噂のせいで、此処にいる全員が両親に売られたのではないか?  と心配する。

 もしそうなれば、親御の元へと帰すのが難しくなるし僕のやっていることが犯罪と何一つ変わらないことになってしまう。

「理由は分からないけど……気づいたら攫われてたの」

 状況に順応したかのように冷静に少女は言った。
 気品な雰囲気が漂っていたけが、足が震えているのを見ると所詮は子供だと感じられた。

「僕も」「私も……」「俺もです」と子供たちが口を揃えて言う。

 それを聞いて安堵する。
 誰一人親に売られていないのなら良かった。

「そうか、怖い思いをしたんだね。だけど安心して、ここから出るまでお兄さんが皆んなを守ってやるから」

「そう、じゃさっさと出口まで案内しなさい。こっちは閉じ込められていたせいで疲労状態なの」

 偉そうに上から少女が命令してきた。
 裕福な家庭であれば、礼儀作法を習うのは当然だ。
 相手の見下し方も含めてだけどね。

 生憎、出口など知らないので黙り込んでしまう。
 それだけで察したのか気品を感じとれる少女の表情が崩れ、冷たい瞳で睨まれていた。






 ーーー







 地上を目指して階段を上ると、複数も床に倒れている人間を見つけた。
 身なりからして盗賊の一員だろう人達が、傷を負いながら気を失っている。

 誰かに襲撃されてしまったのか?
 そんな時に唯一、記憶に浮かび上がってきたのは獰猛な獣人『ミミ』の姿だった。

 盗賊の腹部分に猫パンチの跡が残っている。
 顔には爪で引っ掻かれたような深い傷が残っていた。

「これ、お兄さんがやったの……?」

 右腕をずっと掴んでいる黒髪の大人しそうな女の子が、顔を見上げながら聞いてきた。
 答えは一択しかない。

「いや、多分……ここに迷い込んできた猫さんが、悪者たちを懲らしめたみたい」

「ふん、猫がそんなこと出来るはず無いじゃない。子供だからって馬鹿にしないでよね」


 別に間違ってはいないと思うけど、先程から小生意気な少女が唇を尖らせながら否定してきた。
 ああ……こういうタイプね、と今更察する。

 一時気絶した盗賊団員らを避けながら、さらに通路を進んでいく。

 同じように地に伏す者が続出しているようだけど、いちいち気にかけているとキリがないので先を急いだ。

 そして数十分後、地上に出ることができたのか廃墟のような薄汚れた大きな建物の中に辿りついた。
 盗賊団の拠点にしている屋敷のようだ。

 地下と同様、壁にめり込んだ複数もの盗賊団員らが目につく。

「出口だ!」

 少年がロビーの方に指をさした。
 扉が無残にも破壊され、その周辺を盗賊団員らが寝転がっている。

 容赦ないなぁ、と顔の原型を失いかけた一員を見ながら思う。

 それはさておき、自分が非常に困っているのに気がついた。
 現在地が分からない、ここは一体何処だ?

 ーー《霊刀秘伝奥義・火産霊》


 まるで炎にでも焼かれている人間が悲鳴を上げているような音が、背中から接近しているのに気がついた。

 床を弾くように飛び、子供たちを抱きながら回避。
 危機一髪、頭上を黒い炎が通過した。

「ほほー、今の不意打ちを避けるとは運がいい」

 建物の薄い影に潜む人物が、愉快そうに笑いながら視界の前に現れた。

 透き通るような白秋色の肌、艶のある唇、魅了してくるような紅蓮の瞳、長い黒髪を一つに結んでいる。
 一見女性に見間違えてしまいそうな美貌だが、声と体つきからして男性なのは間違いない。

 紺色の着物、腰を覆う灰色の袴、色の異なった二本もの刀を所持していた。
 既に鞘から一本抜かれていて、黒い炎を吸い込むように腕を広げながら男は刀を握りしめていた。

 その姿は、完全に異国からの来訪者そのものだ。

 突然攻撃を仕掛けたのは、この男で間違いない。
 床に倒れ、気を失っている盗賊団が握りしめている剣を拝借して、すぐさま向き合うように構えた。

 男は涼しそうに、無垢な笑みを浮かべている。

「仕事の時間まで仮眠をとっていて、目を覚ませばこの有様。リンカ殿の部下はなまくらしか居ないのだろうか?」

 独り言を呟きながら、余裕のある表情を変えることなく歩み近づいてきた。
 いつでも相手の出方に対応できるよう、頭の中で試行錯誤をする。

 だけど、それを阻害するのは男の放つ覇気だった。
 この場を全て支配するような、言葉では表すことのできない緊張感が走っていた。

 手が震えている、骨の髄までもが眼前の存在に恐怖している。

「君がやったのですか?  この惨劇にも似た、光景を」

 彼を目で捉えるのが精一杯で、質問に答えることが出来なかった。
 息が荒々しくなってくると同時に、心臓の鼓動が加速していっている。

 子供たちもが凍りつくように固まっていた。
 背中を見せて逃走を測れば、間違いなく背中を斬られる。

 男を見るだけで、脳裏が死を連想させていた。

「ふふ、冗談。この者たちを君が倒したというのなら、私を前にしても小動物のように怯える筈がない。まあ、なんにせよーー」

 男は空いたもう片方の手で、右手と同様に刀を力強く握りしめた。

 刹那、目の前を閃光が通り過ぎる。
 いや、間一髪で避けたのだ。

「殺しますがね」

 まるで殺戮に飢えた化け物のような、狂気が淀んだ眼差しを向けられる。
 この時、僕はもう既にどちらが先に死ぬのかを戦う前から理解していた。

 狩られるのは僕で、狩るのはこの男。
 どんなに抗おうと決して覆すことのできない事実だ。

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