妹と幼馴染を寝取られた最弱の荷物運び、勇者の聖剣に貫かれたが目覚ますと最強になっていたので無双をします

英雄譚

第1話 「聖剣に貫かれ」

 勇者との旅路。
 ある日突然、勇者ユーリスに追放を言い渡された。

「お前の妹や元カノがどうしてもって言うから留まらせていたけど、もう必要ねぇよなぁ?」

 妹のリール。
 恋人のジュリアがユーリスを囲むように抱き着いていた。
 ユーリスは勝ち誇った顔で笑う。
 奈落に落とされた僕の気も知らずに、悪のすべてが凝縮したかのような笑い声が、狭い部屋の中で木霊する。

 絶望とは、こんな気持ちか。
 息苦しい、胸が押しつぶされそうだ。

「………ユーリス!」

 怒り任せに掴みかかる。
 襟を引っ張り、不敵な笑みを浮かべるユーリスを睨みつけた。
 この男が、この男がすべての元凶だ。

 殺さなければいけない。
 本能と喪失感がそう促した。

「おいリール」

 指示するユーリスに妹のリールがこくりと頷いた。
 そして彼女は僕に顔を決して向けず、無言のまま魔術をかけてきた。

 体が固まる。
 動けなくなったのだ。
 指の先までぎしっりと束縛されていた。

 リールの得意魔術だ。
 信じられない、勇者の言葉を優先するだなんて。
 こんな屑野郎の傍につくなんて。

 それでも―――


「リール! 待ってろよ! ユーリスを倒して必ず助けて……………っ!?」

 胸の真ん中に激痛が走る。
 血が大量に床に流れていた。
 床はまたたくまに血の海になる。

 僕のだ。
 胸から抑えられないほどまで零れていた。

 勇者の聖剣に貫かれたから。
 下に目をむけ、そう認識した。

 頭に血が上っていたせいで自分の立場を完全に忘れていた。
 所詮、ただの人間であると。
 魔法が少しだけ使える常人であると。
 対して相手は勇者。

 勝てるはずもなかった。
 聖剣が胸から抜かれ、さらに血が流れる。
 掴んでいたユーリスの襟を離し、床に倒れこむ。

「がぁ………」

 呆れた顔でユーリスは顔を踏みつけてきた。
 頭蓋が砕けそうな重圧に声を漏らしてしまう。

 本当に容赦がないんだな、この勇者は。

「もぉユーリスったら床を汚して。宿屋の人に疑いをかけられたらどうするのよ? 捕まりたくないわよ私」

 あまりにもドライで、他人事に恋人のジュリアが言い放った。
 かつて自分が愛した青年が勇者に手をかけられ、瀕死に陥っているというのに、ただただ迷惑そうな表情で見下ろしてきていたのだ。

 確信した。
 この部屋にはもう味方がいないことを。
 大切だと思っていた人たちに裏切られたということを。

 このまま僕は死ぬのか。
 なにも手にすることなく。
 愛される人に見届けられることなく。
 あっけなく人生が終わるのか。

 嫌だ。
 そんなの嫌だ。

「こいつ捨てちゃお」

 だが現実はそう甘くはなかった。
 ジュリアの思いつきが僕をさらなる地獄に突き落とすのだった。
 這いつくばる僕は抵抗しようと手を伸ばす。
 だが届かない、死にかけでは状況を覆すことはできないのだ。

 ジュリアの魔術は転移。
 あらゆる場所に一瞬で移動することのできる魔術だ。
 それを駆使してしまったら僕は本当に人知れず、何処かの土地で息絶えてしまう。

 嫌だ、嫌だ、嫌だ。

「悪いなーエミリオ。可愛い妹と未来の嫁まで貰っちゃって。また縁があればお礼を言ってやるよ、まっ死んでなきゃだけどな」

 胸がいたい。
 ずっといたい。
 全てが踏みにじられる。
 想いも、存在意義も全てが否定される。


 瞼に映る視界が縮小していく。
 死ぬ、死んでしまう。
 相馬等が流れていく、それは一瞬の出来事。
 虚しい現実はすぐに戻ってきていた。

 だらしない声がでできた。
 逃げたい、生きたい。
 泣きながら声にしようとする。
 それでも出てこない、懇願しても出てこない。

 視界がまた狭くなっていく。

「ふん……汚いわね」



 ―――あっ。


 最愛の人の言葉を最後に、僕の体はその場から消滅した。


















 闇に染まった平原で一人。
 座り込む金色の髪をなびかせる少女が、杖の魔石に映る反射に目を大きくさせた。
 すぐ後ろから、なにかが落下してくる。

 人の形をした何かが。

 グチュ!

 肉のつぶれる音。
 それがあまりにも生々しく、少女は固まってしまった。
 そっと落下してきたものを見つめる。

 人だ。
 死にそうになっている青年だ。
 それも自分と同じ金髪。

「血………でも、生きてる? 」

 すぐさま少女は青年に駆け寄った。
 呼吸をしている。
 それも途切れ途切れで必死に。

 生きようとしている。
 死にたくないと抗っている。

 本能が動いた。
 助けなきゃいけないと。

「死んじゃダメ! 生きて! 生きて! 」

 少女は治癒魔術を使った。
 特に損傷がひどい胸を中心に、魔力を絞り出した。
 名前もわからない、死にかけの青年のために。





 ―――生きて、生きて。

 鼓膜に響き渡る、優しい声に呼応するように呼吸が早くなる。

 青年の閉じた瞼の隙間から涙が、ゆっくりと零れ落ちた。

 生きても良いんだと安堵したから。

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