星の子どもたち-Stars-

ノベルバユーザー514076

第二章 「海」の章   


     1
 
 翌朝。

 がらりと、教室のドアを開けると、先に来ていたクラスの連中は、みつばちが巣にみつをどうやって持って帰るかを相談しているように、あっちでがやがや、こっちでわしゃわしゃ、と、数人ずつの団子に固まっていた。その団子の間を、伝令みつばちたちが、うんうんと、めまぐるしく飛び交っている。
 僕は、ランドセルを教室の後ろの棚にしまい、「みつばち・団子」のむれの一つに、「なになに? 何の話?」と言いながら、ごりごりと頭をねじ込む。
「なにすんだ、サキ」と、タイチが、めいわくそうに、スイカ頭のスイカ顔をふくらませて、僕をにらむ。
「タイチ、あごに、シュークリームが、ついてるぞ」
「えっ?」と、すばやく、あごに手を当てるタイチ。僕は、すかさず、「あごヒゲもんだい、めいきゅういり!」と、テレビのコマーシャルのせりふを口にした。まわりの男子が、ぶはっ、とふきだす。まんまとひっかっかった、というふりをするタイチも、「あごにさわやか、サフラン・Z!」と、だんげんし、二人して、「サフラ~ン、サフラ~ン、サフラ~ン・Z!!」と、くるくる回りながら、コマーシャル・ソングを歌い、「Z」で、ぱしーん、と、ハイタッチ。
「まいにち、よくあきないよな、おまえら……」
 朝の「こうれいぎょうじ」をすませた、僕らの間に、にやにや顔で、わって入るように身を乗り出したのは、みつばち軍団の一人、いがぐり頭のショウスケだった。
「でさ、でさ、やっぱり、箱を見たら、PS5の新作ゲームだったんだよ。誕生日でも、クリスマスでもないのに、何で買ってくれたのかって、母ちゃんに聞いたんだけど、なんか、『いるか・ショッピング・センター』の、福引で当ったっていうんだよ。まじだぜ!」
 いるか小・ソフトボール・チームの、名ショートのほけつであり、「算数のテスト、9回連続・0点」という、「ぜんじんみとうの、大きろく」をなしとげたこともある、ショウスケは、いつも以上の早口で、まくしたてた。
どうでもいいが、こいつがショートのほけつでなく、ピッチャーをさせていたなら、小学四年生にして、「9回0点、ノーヒット・ノーラン」の、「完全試合」をたっせいしていただろうに、いるか小・ソフトボール・チームの監督さいはいに、僕は、つねひごろから、ぎもんをいだいている。
「おれも、おれも! だれも見たことない、でんせつのレア・カード『サイバー・クワガタ・ポチョムキン』がほしいって書いたら、帰りに『いるか酒店』で買ったアイスのおまけに、カードが入ってたんだよ! すっげえ、こんなことって、あんのか、って、思ったね!」
ぎざぎざ髪をふりみだし、リュウジが、机に尻を乗っけて、こうふんした身振り手振りでうったえた。
 サッカー・クラブのユウジ。登校のときも、赤白帽ではなく、「レ」のロゴに「NICE」の文字入り、ぱちもんキャップと、背中に「PECKAM・23」と書かれた、ぱちもんTシャツを着こなす、こじゃれたやつである。ポジションは、ゴール・キーパーの三番手。ボールをひろったり、みがいたり、空気を入れたりする、おもに「ボールと友だちになる係」にはげんでいる。
「僕は、ばあちゃんの、ぎっくりごしが、なおった……」
とつとつと、おかっぱ頭に、銀ぶちメガネの、ユウキが、椅子に腰かけたまま、か細い声でささやく。
 クラス一の分厚いメガネをかけ、クラス一のちびっこであり、「パソコン・にんげん」というあだ名をもつ、ユウキだが、とくにテストの成績がいいわけではなく、たんに、ふだんはむひょうじょうで、ごくごく、たまに笑うと、「とある、世界的に有名な、パソコン会社の社長さん」に、すごく笑顔がにている、というのが、おもな理由である。どっちかというと、彼は、家庭科の時間に、ハンバーグをこねたりするさい、その「しんか」を、はっきする。
「まてよ。さっきから、いったい、何の話してんの?」
まゆをしかめて、たずねる僕に、タイチが、ぶっとい腕を組みながら答えた。
「いや、ほら、きのう、『いるかのぼりの日』だったろ。あのとき、短冊に書いた願いごとが、どんどん、かなってるって、話さ。俺らだけじゃないぜ。さっき、聞いて回ったら、他のやつとか、女子も、みんな、そうらしい」
 ほほう、と、それを聞いて感心しながら、僕は、タイチに聞いてみた。
「おまえも、なんか、当ったのか?」
「ん? んー、俺は……」
言いにくそうにしているタイチの横から顔を出し、ショウスケが、にやにや笑い全開で言った。
「『ぜんこく・まんじゅう・詰め合わせセット』大当たり~!」
「このやろう!」と、さけんだタイチが、ショウスケを追って、机の周りを走り始めたのを見ながら、僕は、昨日のことを思い返していた。
 たしか、いるか神社にみんなで集まり、上級生につきそわれて、海を見下ろす丘の上に立てられた竹竿に、いるかのぼりをつるしたのだ。そして、それぞれ、短冊に願いごとを書いて、笹の葉の間から、それを枝にこよりで結び、また、みんなでいるか神社に戻ったのだった。
 いや、その前に、いるかのぼりの泳ぐ竹竿の下に、短冊の書きそんじがちらばっていたので、班長の僕は、ショウスケやユウジ達と、それを片づけたんだ。それから、いるか神社に戻ったら、タイチのやつが、僕たちの分の「いるかまんじゅう」を平らげていたため、タイチを追いまわして、顔に油性ペンで思い切り落書きをしてやった。
 いるか神社の巫女である「フジノさん」が、あきれ顔で、鼻につんとくる、ボンドのようなにおいの液体を布にしみこませて、落書きをふきとってやり、みんなに、「ひゅう、ひゅう」などとからかわれながら、タイチも、まんざらでもない照れ顔をしていたことを覚えている。 
 ショウスケとの追いかけっこにあきて、戻ってきたタイチの顔をよくよく見ると、まだ、うっすらと、僕達が落書きした、「×」「○」「+」「÷」のマークが、残っていた。
「でな、ふしぎなんだよ。ここにいる、四人、みんな、昨日の夜、おんなじ夢、見たっていうんだ」
 リュウジがそう言うと、残りの三人も、いっせいにうなずいた。
「なあ、サヤ、女子も、なんか、そんなこと、言ってたよなあ」
 机に座ったまま、そう言いながら、ぎざぎざ髪をかきあげ、あごを斜めに上げながら、後ろを振り向く、リュウジ。そんなリュウジの姿に、心の中で、「いらっしゃ~い!」と、妙なせりふを、ついつい、当てはめてしまっている僕がいた。
「そうそうそうそう、そうなのよ」と、「そう」の五連打をあびせかけ、スーパーの大売り出しで、「卵の安売りパック」にとっしんする母さんのように、クラス一のおしゃべり女子、「にんげん・スピーカー」こと、ユカが、馬のしっぽみたいに後ろで結んだ髪の毛をはげしくゆらし、机といすを押しのけながら、こちらへ向ってきた。
「おんなじ夢なのよ。そうなのよ。なんかね、星でできたみたいな、髪の長い、きらきらした女の子が立ってんの。その子、『お願いは、かなうよ』ってだけ言って、船に乗って飛んでっちゃうのよ。あれ、きっと、『うちゅうじん』だよ。そうよね、サヤちゃん!」
ユカが、えんぐんをもとめて、そうさけぶ。
 すると、お下げ髪のサヤが、金魚のようにひらひらした「ふりる」つきの服をひるがえし、ユカの切り開いた、机と椅子の間の花道を、「ふぁっしょん・もでる」のように、足を交互に一直線上に出しながら歩いてきた。
 いちぶの男子に、ぜつだいな人気をほこる、サヤなのであるが、いかんせん、つねづね「私、しょうらいは、ぜったい、歌っておどれる『トップ・プラ・モデル』になる!」と、どこかで何かをかんちがいした、ひじょうにおしい、せりふをだんげんしている。なので、しょうらいは、初の変形・合体しながら歌っておどれる「プラのモデル」としてかつやくしてくれるのではないかと、ほかのいちぶ男子にも、あいまいに、きたいされている。
 ふだんから、しょうらいの夢に向けて、よねんのない、サヤは、思わず半円形にステージを開けた僕らの前で、腰に手を当てて、ゆうがに、しなっ、とポーズをとり、あごを約二十度ほど上へ向けて、その下に人差し指をそえると、かくうの「カメラ・めせん」で言った。
「そうねー。私も、同じ夢見たけどー、あれってさ、ゆうれいっぽくないー?」
 その言葉に、きゃー、きゃー、と、なぜか、手を取り合って、大喜びでこわがりまくる、二人の女子。
 その、「きゃー」の輪にくわわるべく、さらに、二人の女子がやってきた。
 アカネとユマ。クラス一背が高く、男子みたいに短い髪、ごっつい「くぬぎの木」みたいな体から、かつおぶしみたいな、日にやけたがんじょうな腕と足をにょきにょき伸ばしたアカネと、クラスではユウキの次に背の小さな、おかっぱ頭に真っ白な顔、ビー玉みたいな真黒い目のユマは、いつも、二人合わせて、ワンセット。
 例えるなら、森の中をのしのし見回るクマと、いっつも、うでにかかえたドングリを誰かにとられないかと心配しているりすが、なかよくならんで歩いてるみたいな様子なのだが、それを言うと、クマ族に伝わる「ひっさつわざ」をかまされるため、だれも、そのことは、口に出さない。
「ゆうれいなんて、いないよー。あんなの、ただの夢だって、ゆ・め! ねー!」
 アカネが、ユマの方を見て、にかっ、と笑う。
しかし、ユマはこころなしか、ひざをかくかくさせながら、「でも、あの夢に出てきたの、本当に、ゆうれいだったら、どうしよう……」と、つぶやいた。
 それを聞いたショウスケが、こうふんぎみに、二人につめよる。
「でもさ、おまえらも、あの夢、見たんだろ。な、な、どんなお願いしたんだ? 何か、ねがいごと、かなったか?」
 すばやく、さっ、と背中にかくれたユマをかばうように、アカネが言った。
「えー。あたし? あたしは、さあ、大してお願いが思いつかなかったんだー。だからさ、弟やら妹が、自分でかたづけしますようにって、短冊に書いたら、今朝は、めずらしく、みーんな、自分で布団たたんで、自分で着替えて、学校やら幼稚園に時間ぴったしにでかけてったよ。えらく、おりこうさんになったなー、って思ってたけど、これも、お願いのうちに、はいんのかなー?」
 のんびり口調のアカネだが、家族九人という、「おおじょたい」の、一番上の姉であるアカネにとって、ありんこのように、てんでんばらばらに動き回る弟や妹に、手がかからなくてすむというのは、たしかに、ありがたいことだろう。
 アカネは、くぬぎの木にはりついた、クワガタをひっぺがすように、背中のユマを前に押し出しながら言った。
「ユマはさあ、お願いしたら、家で飼ってるハムスターが、たくさん、赤ちゃんを産んだんだって。すっごい、かわいいって、言ってたよー」
 ユマは、その言葉を聞くと、顔を真っ赤にして、ぴょんぴょん、飛び上がりながら、もみじのような小さな手でアカネの口をふさごうと、やっきになった。
今のお願いの、どこに、はずかしいとこがあるのか。しかも、いまさら、全くておくれなのだが、ユマが飛び上がるたび、アカネが、ユマの丸いおかっぱ頭を大きな手のひらで止めるすがたは、まるでバスケのドリブル、または、バスケのボールにたちはだかる、「にんげん・ゴール・ポスト」のようだった。
「お前、それ、すげーじゃん。てことは、何か? あの『いるか祭り』のお願いって、百発百中か?」
ショウスケは、いがぐり頭を、指で、ぴんぴん、はねながら、かんたんの声を上げた。
 ほっぺたをふくらませていたユマは、それを聞くと、うつむきかげんに、こくこくとうなずき、「……うん、すごく、かわいい、の。……手にのせたら、指先を、ちゅー、ちゅーっ、て、すうの……」と、リス声で、ささやいた。
 めったにきけない、ユマのリス的発言に、タイチが身を乗り出し、「のうみそ」をけいゆせず、いぶくろから、ちょくせつ口につながる「しんけいかいろ」で、いつもの「食べれる・食べれない・きじゅん」の、しつもんを発した。
「ハムスターって、大きくなったら、ひもでしばってハムにするの……かかかかかっ!」
 最後まで言い終わらないうちに、クマ族・アカネの「ひっさつわざ」である、「ベア・クロー」、ようするに、顔面わしづかみが、さくれつした。
「な・ん・だっ・て?!」
 いげんに満ちた、アカネの姉声に、タイチは、ずがいこつを、みしみしいわせながら、「じょうだん、じょうだんです。はいもういいませんにどといいませんほんとうです!!」と、つま先立ちで、もだえた。「よし、ゆるす!」のアカネの姉声とともに、姉手から解放され、教室の床にぶじ着地したタイチの「かんじゅく・スイカ」頭は、こころなしか、少し「へちま」っぽく、しぼんだように見えた。
「きみは、どうなの、サキ君。何をお願いしたの?」
分厚いメガネを押し上げながら、いつもの、れいせいな、パソコン口調で、社長さん……ではなく、ユウキが、ぽつりとつぶやく。その言葉に、八人の視線が、いっせいに、僕に注がれた。
 僕は、たこ糸を引っ張るみたいに、昨日の記憶をたどってみた。が、何を短冊に書いたのか、よく思いだせない。
何か、一つだけ、すごく大事なことを書いた気もするが、ものすごくたくさん、これでもかとばかりに、書きまくった気もする。んんん、と、首をひねる僕。
 気が付くと、僕はこうきしん、まんまんの、八人に二個ずつ、合計、十六個の目が放つ、レーザー・ビームの「しゅうちゅうほうか」を、あびていた。ぷすぷすと、みけんのあたりから、こげくさいけむりが出そうになり、僕の口から、ぽろりと言葉がこぼれ出る。
「『ユーフォーにのった、うちゅうじんに、あいたいです』かな? んで、昨日の夜に、会ってきた、かな?」
 八人は、いっしゅん、ぽかんと、口を開け、次のしゅんかん、いっせいに声をそろえて、さけんだ。
「メ―――――ンチ!!!」
 四方八方から伸びてくる指先が、僕のほっぺたといわず、耳も鼻もまゆも、まぶたの上も、顔の中で、ひかくてき、つまみよさそうな、でっぱり部分を、ことごとく、せんたくばさみのようにはさんで、つねり上げる。
 ちなみに、この、「メ――――ンチ!」とは、言葉にならない、「ウソこけ――――!」の叫びであるとどうじに、だれかが、明らかに「ウソ」だと思われることを口走った場合に、「ウソつき」にかされる、「ペナルティ」なのである。
 つまり、「メンチ」とは、「ウソ」をついた、もしくは、ついたと思われる者が、「身のけっぱくのしょうめい」、または、「しゃざい」の意味をこめて、痛みにたえつつ、つねられたまま、じゃんけんをし、勝つまでは、それから逃れられない、という、「てつのおきて」にもとづいた、「へんそくてき・ローカル・じゃんけんルール」ともいえる。
 僕は、パン生地のように、あちこちが、びろーん、と、のびきった顔のまま、「ふだんの行いって、けっこう、だいじなのねー」と、内心、痛みに悲鳴をあげていた。悲鳴をあげようにも、ほっぺたがまんべんなくのびているため、ふがふが、と、のどの奥から息をもらすしかない。
 それにしても、「パソコン・にんげん」のユウキや、「ドングリをかかえたリス」のユマにまで、「メーンチ!」されるという、このじょうきょう、このいがいせい、まったくもって、僕の「じんとく」のなせるわざである。
僕は、「朝の読書の時間」で、読んだことのある、「鼻がのびる、木彫りの人形少年」や、「野生動物の、しゅうらいを何度もさけぶ親切な少年」や、「びょうぶのとらを、つかまえようとした知的少年」の、その後の無念に思いをはせながら、こぶしをにぎりしめて、痛みにたえた。
 「メンチ」し続ける八人相手に、じゃんけんで勝ち抜ける。これは、いかに、顔の皮が厚い僕とはいえ、「しなんのわざ」である。
このままでは、おそらく、びろーん、と、顔がひろがったまま、元に戻らずに、「パン生地」とか、「ぎょうざの皮」とか、「のびた帽子のあごひも」とか、妙なあだ名をつけられ、明日から、のびた顔を、のびたあごひも付きの、赤白帽でかくして、登校したりせねばならないのだ。
くっそお、こいつらが、いっせいにかかってきてくれて、全員おんなじ手を出してくれたら、いっぺんでかたがつくのだが。
 それに、さっきからの「メンチ」痛により、涙のかわりに、鼻水がたれて来そうである。その鼻をにぎるのは、よりによって、「にんげん・スピーカー」のユカ。はやく勝負を決めねば、何を言いふらされるか分かったものではない。
僕は、目をつぶり、歯を食いしばり、「耳・にとうきん」に力をこめ、全、顔面きんにくをそうどういんして、「鼻・ダム」のけっかいをそししようと、ふんとうした。
 僕の内心と、おもに顔の中央ぶぶんでうずまく、はげしい「かっとう」をよそに、お調子者のタイチが、実にうれしそうな声で、「おんど」をとるのがきこえた。
「じゃあ、みんな、いくぜ! じゃーん、けーん、チョス!!」
 おそるおそる目を開く。あぜんとした表情の八人。たかだかと突き上げられた僕の「グー」の拳に、八つのチョキが、はさみをうちくだかれていた。
きつねにつままれたような顔で、せんたくばさみの指をはなしていく八人。じっさいに、くまや、リスや、スイカや、いがぐりや、もでるや、しゃちょうさんや、スピーカーや、「いらっしゃ~い」に、つままれていたのは、僕だったのだが。
 全員が、僕の、ややふくげんしつつある顔を、まじまじと、あるいは、うさんくさそうに、のぞきこむ。その、「メンチ」史上、ありえない勝負から、いちはやく、立ち直ったのは、ユマだった。
「……そういえば、だれか、男の子も夢の中に出てきた気がする。なんだか、逆立ちみたいな、へんなかっこうしてた……」
 消え入りそうなリス声で、ユマがささやく。
「あ、ほんとだ! たしか、私もそんなの見たわ。逆立ちっていうかー、ストリート・ダンスっていうかー。とにかく、みょうな男子がでてきたのよ」
首を傾げ、あごに人差し指を当てながら、サヤが、「ものうい・もでる顔」で、遠くを見ながら、そう言った。
「やっぱり――――! 私も、それ言おうと思ってたのよ。変な逆立ちダンスする、変な男の子!! みんなも夢で見てたんだ――――!!!」
 クラス中にひびく声で、さけんだのは、やはり、「にんげん・スピーカー」のユカだった。理由は分からないのだが、それを聞いて、なぜか、「みょうだの、変だの、言うな」と、しずかないきどおりをおぼえる、僕がいた。 
 ユカの大声に、これまで僕たちのことを遠巻きに見ていたクラスのれんちゅうが、「かがくはんのう」をおこした。「俺も、俺も!」、「私も、私も」、と、クラス中に大合唱が起こり、八人の手から解放された、だいじな顔を、いとおしくなでさする僕に、いつしか、クラス中の視線が、集まっていた。
理科の実験で、「虫めがねで太陽の光を集めて、黒い紙から、けむりを出しましょう」というのがあったが、いま、まさに、僕はクラス光線を浴びる、顔のじゃっかん赤くはれた「じっけんようし」だった。
「な、なんで、僕の方見てんのさ。てれるな、ははは……、いてっ!」
 後頭部に、びしっ、と、なじみのある、鋭いはんぱつ力を感じて、右ななめ後ろの方を振り返る。
そこには、あのヨウタのやろうが、こにくらしい笑みを口のはしに浮かべ、人差し指をこちらに向けていた。
「ばぎゅーん!」
ヨウタは、人差し指と親指を直角にして上へ振りながら、そう言うと、笑い声をあげる、「ギャング・みつばち」のむれの中に取り込まれた。
 僕は、床に落ちた輪ゴムを拾い上げ、机の上にあったエンピツの後ろの方へひっかけて、ヨウタにお礼のいちげきを返そうと、みがまえた。
 そのとたん、「きぃ~ん、こ~ん、くぁ~ん、くぉ~ん、ぅんんん~」と、聞きなれた、ちょうしっぱずれのチャイムの音。同時に、僕たち四年一組の担任である、フジカタ先生が、がらり、と、教室の前の扉を開け、いつものひっつめ髪に白いシャツ、紺色スカートのいでたちで、ひだひだのスカートのすそをひるがえしつつ、入ってきた。
「おっはようーっ! 英語で言えば、『ンッ・モーニンッ!』。さあ、みんな、席について!」
 いっしゅんのためらいのせいで、「んぶっ」と、エンピツの方から外れたゴムのいちげきを、上くちびるにうける。僕は、あっという間に、「ゆめ・話」に、きょうみをなくした、クラスのみつばちたちが、それぞれの巣穴にっ戻って行くのを見ながら、自分の席をめざした。
 「先生の机」の上に、黒い「しゅっせきぼ」を、ぽいっ、と置いて、教室を見まわし、「じしょう・いるか小学校の先生・十二年生」の、フジカタ先生は、笑顔で言った。
「今日も、みなさん、必要以上に、元気そうね! 先生も、無駄に手がやけて、嬉しいわ。あら?」
 先生の視線が、一つの席で止まる。みつばち軍団が去った後、その席の椅子だけが、ぽつんと、乗客のないまま、取り残されていた。
「お休みが一人、いるのね。じゃあ、委員長さん、朝のあいさつを、お願い。……と、その前に!」
 その声に、学級委員長ということでは、これほどの意外性はないであろう、「パソコン・にんげん」ユウキが、銀ぶちメガネをずり上げつつ、「きり……」と言いかけ、立ち上がろうとした途中で、がたがた、と、バランスをくずした。クラス全員が、委員長に続こうとして、ちゅうとはんぱなかっこうのまま、がたがたがた、と、よろけたり、中腰のまま固まる。
「実は、先生、昨日、すっごくすてきな夢を見ました!!」
 どっくん。僕のしんぞうの音が、教室のかべにはねかえって聞こえた。

     2

 どっくん。僕のしんぞうが、先生の放った一言にけとばされ、教室のかべにはねかえって聞こえた。
「どんな夢かといいますと……」
 フジカタ先生は、やおら、黒板の方へ向き直り、白チョークで、かつかつかつかつと、文字をかきなぐった。そのすきに、クラス一同は、がたがたと、椅子をひいて、腰を下ろした。
 黒板にはこう書かれていた。
「セバスチアーノ・リバルト・カルロジーニョ」
 クラス中が、フラミンゴのように、いっせいに首を右に傾げる中、先生は、黒板に書かれた白い文字を指差し、きらきら輝くひとみで、満面の笑顔をふりまいた。
「『セバ・カル』、つまり、世界のほこる、白馬の王子様に会ったのです。そして、王子さまに、プロポーズされました。しかも、結納は、『油田』三反五畝で。どうです? すごいでしょう! そうそう、ちなみに、『油田』というのは、石油が、じゃんじゃん、わきだす、田んぼみたいなものです」
 「はあああ」という、ふかいため息が教室をみたし、「またかよ」「またよね」「まぎらわしい!」、と、声があがる。ふたたび、みつばち軍団が、あっちでひそひそ、こっちでひそひそと、顔をよせあって、みつだんを始めた。
 フジカタ先生が、ゆうべ見た夢の話から、朝のあいさつを始めるのは、いつもの「こうれいぎょうじ」である。しかも、「いるか小学校の先生・十二年生」である、フジカタ先生のお気に入りは、「昨日見た白馬の王子様」話と、「きのうの、おいしかった晩ご飯」話と、「きのうの、スポーツ・ダイジェスト」話である。
「前は、『エクソダス』の、『けんいち』君って、言ってたじゃない」
後ろから、ユカが、となりの席どうしのサヤと、あきれ声でこうぎしている。
「その前は、お笑いコンビの『泣きパン』の『左の人』がいい、っていってたよな」
タイチとショウスケが、ぼそぼそと、話しあっている。この場合の「左」とは、本人たちから見てなのか、お客の方から見てなのか、いまだになぞである。
 ついでに言えば、この、フジカタ先生の「白馬の王子様」、ほぼ二週間おきに、ころころ変わるので、こちらとしても、ストライク・ゾーンがさっぱり分からず、ついていくのがやっとなのだ。
 どう考えても、小学四年生あいてにする話ではないと思うのだが、みんな、ほぼあきらめ気分で、先生の「王子様」話は、右から左に流しながら、耳をかたむけている。
これさえなければ、授業も面白くて分かりやすいし、昼休みのドッジボールでは、おとなげなく、相手チームを、一人でぜんめつさせる、最強の「ごうわん・ドッジ・ボーラー」だし、休みの日に、みんなを海や山に連れて行ってくれたり、ときにはバスに乗せて、映画や遊園地などの「しゃかいけんがく」をさせてくれる、すばらしい先生なのだけど。
 いかんせん、この話題、今日に限っては、タイミングがまずかった。みんなが、昨日の「いるか祭りの夢」話で、うきあしだっているすぐ後に、こんな話をされたのでは、いったん、うやむやになりかけていた、あの「ゆめ・話」が、また、むしかえされてしまうではないか。
 とりあえず、僕は、右となりの席のリュウジに、「お前、『セバ・カル』って、しってる?」とたずねると、リュウジは、めんどくさそうに、「いらっしゃ~い」と髪をかきあげながら答えた。
「サッカーの、『プラチナ・リーグ』の得点王だよ。どっかの、石油を売ってる、すっげえ、だいふごうのチームに、ひきぬかれたんだ。でも、『セバ・カル』って、たしか、『シナモン・ギャルズ』とかいう、歌手の人とけっこんしてたんじゃなかったけか?」
「……なんか、まざりまくってるな」と、つぶやく僕に、「まあ、夢だもんな」と、そっけなくリュウジは返す。さすがは、いるか小・サッカー・チームの「ボールと友だち係」であるリュウジ、こういうことには、やたらとくわしかった。
 ぼんやりと、どっか外国の人が、いるか山のしゃめんに作られた田んぼみたいに、「たな田・油田」の段々を、くわやスキでたがやし、わきだした石油が、用水路を伝って、滝のように流れ落ちるようすを、思いうかべる。石油をわきだす外国の「油田」も、一反、二反と数えるというのは、いつかテストに出るかもしれないので、覚えとこう。
 すると、先生は、胸の前でうっとりと両手を組み、しょうげきてきな言葉をはなった。
「そうしたら、髪の長い、星みたいに輝く、きれいな女の子が、『夢はかないますよ、先生』と言って、船に乗って飛んでいくのです。すてきな夢でした……。妙な男の子が、逆立ちしていたのに、少しだけ、いらっ、としましたけど。でも、みなさんのことが心配だったから、お休みを返上して、こっそり後をつけて、『いるか祭り』の短冊に、お願いを書いたかいがあったというものです」
 その言葉に、クラス全員が固まった。
 次のしゅんかん、「同じ夢かよ!」、「先生、つけてたの?!」、「他に、休みにすることないのか!!」などと、つっこみどころまんさいの、「フジカタ発言」に、ひなんと、どごうが飛び交う。
先生は、ばん、と、「先生の机」をたたき、ふたたび、「だるまさんがころんだ」のように、ぴたりと、みつばち軍団を固まらせると、メガネがずりおちたまま、さっきから、こうちょくしている、ユウキの方へ笑顔を向けた。
「しゃちょ……じゃなかった、委員長さん、朝のあいさつを、おねがい」
 その言葉に、「ふりーず」していたユウキが我に返り、いつもの冷静な口調で、「きりつ・れい・ちゃくせき」のコマンドをじっこうする。クラス全員が、「なんか、なっとくいかない」という、しぶしぶモードで、朝のあいさつを終えると、先生は、鉛筆を片手に、黒い出席簿を開いた。
「では、出席をとります。元気に返事してね。アカマツ・アカネさん」
「はい!」
ずばっ、と、たくましい腕をふりあげて、元気いっぱい、答えるアカネ。
 ん? 僕の心の中で、何かのけいほうが鳴った。先生が名前を呼ぶたび、クラスのあちこちで、「はい」、ぴしっ、「はい」、にょきっ、と、「へんじ・きょしゅ」がくりかえされる。「カ」行を通りこし、「サ」行がやってきた。
「サキカワ・サキ君」
「はい」、すちゃ、と手を上げてこたえる僕。何か、うまく言えないけど、何かが、おかしい。いったい、何が? 僕は、左右を見回す。
「ショウダ・ショウスケ君」、「はい」、びしゅ、を経て、名前は、「タ」行へ。
「タイノキ・タイチ君」
「はい」と、ふつうに、タイチが、きょしゅ。ちがうだろう、タイチ。そこは、何としても、お前のキャラクターてきに、笑いをとって、時間をかせぐとこじゃないか!
 僕は、なぜか、やつあたりてきに、あせりながら、理由の分からない「おかしさ」のげんいんをさがす。
 そのとき、ガラス窓に、何かが映って見えた。僕のずっとななめ前、窓ぎわに近い、ぽつん、と、一つだけ空いた席。
 思わず、がたん、と席をけって立ち上がりそうになる僕の頭に、何かが当った。思わず後ろを振り向く。
 教室のろうかがわ、僕のずっとななめ後ろの席の方で、あいつが、こちらをするどいまなざしで、にらんでいた。
 ヨウタ。
 あんにゃろう、どこまで……。僕は、上へはねかえって机に落ちた輪ゴムをにぎりしめた。
「どうしたの、サキカワ君?」
不思議そうな顔でこっちを見る、フジカタ先生。
「あ、いえ、何でもないです」
僕は、ごにょごにょと、言葉を飲みこんだ。
「そう?」
先生は、目を出席簿にもどし、片手でエンピツをはねながら、名前を読み上げ続ける。
「マツザワ・マツミさん」
「はい」、さっ。
 僕の、じりじりと、やきそばの鉄板で焼かれるような不安をよそに、先生の読みあげる名前は、ついに、「マ」行へ、突入していった。

     3

 「マナヅル……マナミ、さ~ん」
どことなく、まのびした口調で、先生は名前をよんだ。
 「は~い~」、のろ~。先生の声につられたように、ねむたそうに返事をする女子。
 出席をとるのにあきてきたらしく、どうやら、先生は、「へんじ・きょしゅ」の前から、エンピツで、出席簿にピンを付けているようである。
 それにしても……。
 気になる! 気になる!! 気になる!!!
 僕は、気になるあまりに、エンピツの後ろを、奥歯で、がじがじとかみ、その六面体の一面ずつに、美しい歯型をつけた。
 あの、一つだけ空いた席。あそこには、だれが座っていたんだっけ。かぜかなんかで、休みなのだろうか。
 それなら、何で、みつばち軍団のだれも、そのことを言わないんだ?
 いつもなら、「にんげん・スピーカー」のユカあたりが、まっ先に気づいて、「おたふくかぜ? もうちょう? かみかくしとかだったら、どうしよう?!」とか、そんな感じの、いらんうわさ話でさわぎたて、タイチのやつが、「今日の給食の、プリンは、もらった!」と、そうそうに、「あまったプリン・ドラフト一位しめい」を、せんげんしてるはずなのに。
 いっしゅん、僕の目に、ふっ、と、長い髪の女子が、ほおづえをついて、窓の方を見ている姿がよぎった。そして、窓ガラスに映る、どこか遠くを見ているまなざしを思い出し、今にも、すり抜けて逃げ出しそうな、その記憶に、かろうじて針の先がかかった釣り糸を、ひっぱってたぐりよせようとして……。
 どびしゅ!
 後頭部に、またもや、「輪ゴム・ショック」を感じて、僕は、ななめ後ろの方に座るヨウタを、振り返った。ヨウタのやつは、知らんぷりで、僕と反対、廊下の窓の方に顔を向けていた。その左耳が、「オレじゃないよーん」と、いわんばかりに、ぴくぴく動いている。
 「775」。
 この、さんぜんとかがやく、あまりうれしくない数字は、一年生のときに、ヨウタと同じクラスになってから、僕が、やつから受けた、「輪ゴム・そげき」回数である。
 ちなみに、これまで、やつと、とっくみあいのけんかにまでなったさいの、「対戦成績」は、「4勝4敗、3引き分け」。
 この「3ひき分け」のうちわけは、フジカタ先生にむりやりひっぺがされたあげく、「空気いす」で、廊下に立たされたのが一回。どしゃぶりの中、「しろかきした後の田んぼ」の中での、どろまみれのしとうをくり広げる内に、水かさがまして、二人とも足が田んぼからぬけなくなり、助けに来た農家のおじさんに、二人とも、五回ずつげんこつをくらった、「雨天・5回コールド」が一回。そして、その翌日にさいせんをちかい、二人ともかぜをひいて学校を休んだことによる、「りょうしゃ・ノー・コンテスト」が一回というものである。
あと、こうふんした、のらいぬの乱入により、二人とも一時きゅうせんし、とにかく全力で走ってにげまくった、「りょうしゃ・とうそう試合」というものもあるが、これは、カウントには、入れていない。
 そろそろ、この「対戦成績」、おおずもうの、「せんしゅうらく」みたいに、決着をつけるべきときが、近づいているような気がするのだが、ヨウタのやつが、「直接対決」よりも、輪ゴムによる、「えんきょり・スナイパーこうげき」にきりかえてからというもの、僕が、いっぽうてきに、やられっぱなしなのである。
 どういうわけか、ヨウタは、僕の方を見なくても、輪ゴムを当てられるらしく、しかも、僕とヨウタとの間には、何人も、他の生徒がいるはずなのに、かくじつに頭めがけて、ヒットしてくるのだ。
 さらに、ヨウタが輪ゴムを当てるしゅんかんをみたり、どうやってそれをかのうにしているのか、クラスのだれも分からないらしい。たぶん、「ヨウタ軍団」や、やつと席が近い連中の何人かは、知っているはずなのだが、自分が「輪ゴム・そげき」のひょうてきになるのをおそれてか、だれも、そのひみつを明かそうとしない。僕も、300回をこえたあたりから、何が何でも、自分でなぞをといてやる、と、ちかいをたて、結局とけないまま、この数字にいたる。
「マリナカ・マリナ~さ~ん。あーあぁっ、ぬ~むっ!」
なぜか、名前をよんだ後で、せきばらいをする、フジカタ先生。ふつう、ぎゃくではないのか。
「は~い~。えふっ、えふっ!」
かぜ気味なのか、名前をよばれた女子も、えふっ、と、片手で口元をおさえながら、片手をやっとこさ、上げている。
 「775」。この数字、じつに、くやしい。くやしいが、父さんにそうだんしたところ、「そんなの、球界に輝く、土端選手の、『2000バスター・1打席50ファウル記録』に比べたら、何てことない!」というアドバイスが、返ってきた。
 ちなみに、「バスター」とは、「バントの構えで打席に入って、ピッチャーが投げてきたとたん、ふつうに打つ」という、相手をげんわくする「こうとう・テクニック」である。
相手も、「また、バントと見せかけて、バスターだろう」と油断してたら、本当にバントしたり、しなかったり、そうやって、こつこつとつみ上げてきた数字が2000、というのは、たしかにすごいが、どこか、びみょうな気がするのは僕だけだろうか。
 あと、「1打席50ファウル記録」とは、一回の表、先頭打者の土端選手が、対戦チームのエース・ピッチャーの投げる球を、ことごとく、50球ファウルしまくり、ねばりにねばったあげく、フォアボールで出塁し、相手エースを一回三分の一で、ひろうこんぱいさせて、ノックアウトしてしまった、という、あらわざである。
 たしかに、これも「ぎねす・ぶっく」級の記録なのだが、あまりの間のびした試合に、対戦チームはいらだち、スタンドのお客さんは初回で帰り始め、一人で盗塁しまくって、ホーム・スチールで先取点をあげて、ベンチへ戻ってきた、このいだいな選手に、チーム・メイトまでもが、「ひまわりの種」をよってたかって投げつけたという。ついでに、ドルフィン・スウィマーズはこの1点を守りきって、勝ったらしい。
 このとき、「MVP・インタビュー」を受けた、土端選手いわく、「いっぺん、これをやってみたかったので、こうかいはしていない。あと、ひまわりの種は、自宅に持って帰って、記念に50つぶ、花壇に植えます」、とのことである。
 ……にんげん、ここまで「たっかん」していれば、こわいものなしなのだろうけど、ざんねんなことに、僕は、父さんが、ぜつだいな思いをよせる、「日本・野球界、80年の歴史が生んだ黄金の奇才こと、栄光の背番号64、土端選手」ではなかった。
 ふつうに、「いるか小・80年くらいのれきしのうち、たまたま、今年、四年一組の、しゅっせきばんごう6、『サキカワ・サキ』」でしかないのである。ようするに、父さんのアドバイス、いつものことながら、どうにも、やくに立てようがなかった。
「マルオ~カ、マ~ル~オ~く~ん。えくしっ!」
そう言って、ティッシュで鼻を、ちーん、とかむ、フジカタ先生、どうやら、かぜをめされた、ごようすであった。
「は~い。えくしっ!!」
ヨウタ軍団の一人である、マルオが、フジカタ先生のまねをしておどけた。クラスに、くすくす笑いが、さざなみのように広がる。
そのとたん。
「なにが、おかしいかぁ―――っ!!!」
 フジカタ先生の、しょうきぼないかりが、「ピンポイント」で、マルオに向けてふんしゅつした。その「怒気当り」のちょくげきをうけ、へびににらまれた、あまがえるのように、目ん玉をまんまるにしたまま、こうちょくするマルオ。まったく、きのどくなやつめ。
クラスのみんなも、いっせいに両手で口をふさいで、「いえ、わらってません」を、アピールする。
 フジカタ先生、こう見えても、いるか町に、こっそりと伝えられている、「いるか拳」十八代の「でんしょうしゃ」である。「いるかのように舞い、いるかのように泳ぎ、いるかのように親しまれる」を、「モットー」とし、もっぱら、すもぐりで魚をとる漁師さんのために開発された、おもに、水中でいりょくをはっきする「いるか拳」であるが、先生クラスになると、陸上でも、その能力はいかんなく、はっきされる。
 ちなみに、その「きゅうきょくおうぎ・いるか落とし」をくらった者は、自分をいるかと思いこみ、三日くらいは、「クー」としか言えなくなり、ぬるめの海水を入れたお風呂に、一週間ばかりつかっておかないと、元に戻れないという。逆に言えば、そうすれば元に戻る、という、わりかし、親切な「きゅうきょく・おうぎ」だったりする。
ただ、先生によれば、「むかしの、『元カレ』にしか、使ったことは、ありません」とのことである。フジカタ先生の、「元カレ」とやらになるのは、「月面着陸」くらい、じつに、たいへんなチャレンジせいしんが必要なのだろう。
 先生は、「ううん、分かれば、いいのよ」と、ゆうがにほほえみ、もう一つ鼻をかんで、出席の続きをとり始めた。
「マユタニ・マユミさん」
「はい」、すさっ。
 い、いかん。ヨウタの「輪ゴム・そげき」やら、フジカタ先生の「いるか拳」やら、いらんことに気をそらしてたら、かんじんの、何か大切なことを忘れるところだった。
大切な、何か。僕は、あせって、髪の毛をかきむしる。大切な何かって、いったい何だ。僕は、何を、忘れてる? 
 しかも、「マ」のつく名前の生徒が、せっかく四人もいるという、ほとんど、「奇跡的」な状況で、むざむざ、時間をむだに使ってしまった。
次は、「ミ」じゃないか。もう、手おくれなのか? 「ばんじ・きゅうす」なのか、僕? さらに、このごに及んで、まだ、僕はこの言葉のゆらいは、お茶をいれる「きゅうす」に、長いゴムひもをつけて、高い橋の上からとばす、「どきょうだめし」から、きているのだろうか、などと考えてる僕がいる。ああ、サキカワ・サキ、いっしょうの、ふ・か・く……。
 と、思ったら。
「ミーシャ・ミーシュカさん」
「はーい」、ぱぱっ。
きれいな銀色の髪の女子が笑顔で手を上げた。いるか町に、一軒だけあるパン屋さん、「ミーシュカ・パン」のかんばん娘である。
 いるか町は、元はと言えば、港町。ここが気に入って、外国から移り住んだ人も、けっこう、いるのだ。
「まろうどさん、おもてなしすりゃ、まんばいふく」。いるか町に、昔から伝わる「かくげん」であり、「遠くからのお客さんを大事にしたら、何万倍もの、幸福がやってくる」という意味らしい。
ご先祖様、ありがとう。おかげさまで、かろうじて、あなたのしそんは、ピンチをしのぎました。
 ちなみに、「ミーシュカ・パン」の、「ぴろしき」は、ぜっぴんで……。いや、そうじゃない。思い出すんだ! せっかく、ミーシャと、ご先祖様が与えてくれた、このチャンス、ふいにしてはならない。
 どびしゅっ。
 またしても、後ろからの、「輪ゴム・そげき」。「カウント・776」。でも、僕は気にしない。今は、それどころじゃないんだ……。
 ん? んんん? 待てよ。
 僕は、もう一度、空席の机を、窓ガラスを反射して見た。
 そして、素早く、反対側を振り返る。さっと、誰かが、顔をそむけるのが、目のはしに映った。廊下側の窓に映っていたのは、まちがいなく、ヨウタのやつだった。
 分かった! あいつが、僕を輪ゴムでねらいうちできた理由が。廊下側の窓を、「鏡」みたいに反射して使って、僕の方を見ていたんだ。ちょうど、僕が、こっそり、「ミ……」を見ていたように。
 そう、そうだよ。僕は、「ミ……」のことを、ずっと見てた。誰だ、それは?
 いや待て。ということは、もしかして、ヨウタも、廊下側の窓を「鏡」にして、「ミ……」のことを、見ていたんじゃないのか? でも、それだけじゃ、ヨウタと僕の間にいるたくさんの生徒にじゃまされず、僕だけに輪ゴムを当てられたことの、理由にはなってない。
「いえっくしっ! あぁっ!」
先生がくしゃみをして、鼻をすすりあげるように、上を見た。僕もつられて、天井を見上げる。
きりで刺したような、「ぷつぷつ穴」が開いた、「せっこう」か何かでできた板が組み合わさって、一枚の白くて大きな天井板を作り、そこに、はめこまれた、蛍光灯が二組ずつ、列にならんで、「前へならえ」をしている。
 そのとき、僕は、「りかい」した。
 これまで、何度か、ぶつけられた輪ゴムを、指やエンピツの後ろでヨウタにうち返そうとしたけど、とどかなかったり、他の生徒に当ったりして、めいちゅうできたことは、一度もなかった。
でも、この方法なら、そして、あいつが机の中にかくしてる、わりばし製の「ゴム銃」なら、僕に間違いなく当てられる!
「ミエール・ミエラ君」
「はいっ」、ばばっ。
栗毛のミエールが返事をする。いるか町、ゆいいつのスポーツ用品店、「ミエラ・スポーツ」の小学四年生にして、いるか小・サッカー・チームのフォワード。しょうらいの、「土端選手」につぐ、いるか町出身の、プロ・スポーツ選手として将来をきたいされており……。
 ちがーう!!
 しずめるんだ。こころを、しずめろ、僕。ふかく、ふかく、もぐれ。海の底に、いるかみたいに、しずかに、しずかに……。
(「鏡」だよ……)
 誰かの声が、胸の奥から聞こえた。
(世界は、互いが互いを映し出す、「鏡」なんだよ……)
 どこかで聞いたことのあるような、「おんさ」の響き声。
(じゃあ、「何も映さない鏡」は?)
「おんさ声」が、問いかける。
 僕の胸から、はじけるように、その答えが、ほとばしり出た。
「『何も映さない鏡』は、すべてを、うつしだす!!!」
 そのしゅんかん、僕の中なのか、外なのか、ぱきーん、と音が聞こえ、回りの風景に、ひびが入ると、それは、粉々にくだけちって、光のつぶになった。
 僕は、きみょうな風景を見ていた。前後上下左右、すべてのものが、一度に見える。黒板の前の先生、教室の生徒たち、リノリウムの床、白い板に蛍光灯がはめこまれた天井。
まるで、透明な球体になったみたいな僕は、どこにもいないようなのに、たしかに、ここから、360度、すべてを、みわたせる!
 ヨウタが、机の引き出しから、「ゴム銃」の先っぽだけをななめ上に向けて出し、輪ゴムを発射するのが見えた。輪ゴムは、天井にはねかえり、おそるべき正確さで、僕の頭があったはずのところへと、飛来する。
でも、それは、僕に近づくにつれて、まるでテレビのスローモーション映像みたいに、のろのろと、スピードをゆるめ、しまいには、かたつむりが、アジサイの葉っぱの上をはうように、遅く見えた。
 僕は、「きょしゅ」をするように、透明な腕を天井へ向けてのばし、透明な人差し指を突き出す。
 僕の「人差し指」は、みごと輪ゴムを突きさしていた。透明な人差し指にとらえられて、ぶーん、と、回転する輪ゴムを見ながら、僕の思い出そうとしていた何か……誰かの「透明さ」のひみつ、「ミ……」が、僕にはさわれて、僕の方からはさわれなかった理由が、「分かった」。
 人差し指の輪ゴムが、回転スピードをました。指の上で、前後上下左右、あらゆる方向に回転する輪ゴムは、まるで、ピンポン玉より少し大きめの、黄色いボールみたいに見えた。
「『回転』……『速度』……『無限』!!」
 黄色く、ばちばちと、光を放つ、「輪ゴム・ボール」は、「うちゅうの、『無限』さからくる、『回転』と『速度』」で、僕の指から放たれた。
「777!!!」

     4

 「輪ゴム・ボール」は、一気にヨウタの頭めがけて、すっ飛んでいくかと思いきや、ふっ、ふっ、ふっ、と、飛んでいくとちゅうをはぶいて、黄色い光のきらめきを、線のように残しながら、すばやく移動していく。
 その不思議な飛び方は、まるで、母さんが、着古した僕の白いランニング・シャツで、ぞうきんをぬうときに、布の片面から、針についた糸を何センチかずつ通して、裏っかわにぬけ、マジックで名前を書くときには、両面とも、白い糸が、飛び飛びにしかあらわれないのに、そっくりだった。
 もし、こんな飛び方を使って、ボールを投げたら、さしもの土端選手でも、空振りバントをしてしまうにちがいない。そう思えるくらいの、みごとなコントロールで、「輪ゴム・ボール」は、ヨウタの頭の上で、ぶぶーん、と、輝きながら回転していた。
 僕はこれまでの、「輪ゴム・そげき」による、僕がこうむった、「ダメージ」を、机の上にえんぴつを走らせながら、すばやくかんさんした。
 一回一回は、しならせた木の枝の先っちょで、はじかれたていどなので、大して痛くはないけども、それが、777回。7回を、なわとびに失敗して、すねに当ったときの痛み一回分として、「777÷7=111」。おお、そう言えば、大なわとびに、クラス全員でちょうせんして、僕の順番で引っかかったときの回数が、たしか、111回だった。
 あのとき、ぐるんぐるん、いきおいにのった「大なわ」で、耳を「つうだ」して、あまりの痛みに「はぅぅぅぅあぁぁぁ!!」と、さけびながら、運動場をごろごろ転げまわる僕に、クラス全員から、あびせられた「ばせい」と「ためいき」、そして、じゃっかんの「砂つぶて」による、「こころの痛み」を足すと、ちょうど、計算上、ぴったしになるではないか。
 けいさん、しゅうりょう。「777回・輪ゴム・そげき」=「111回・大なわとび・失敗ダメージ、および、そのた、もろもろのこころの痛み」。
 僕の気持ちをくみ取ったのか、回転するボールは、ぎゅるぎゅると、ねじれ、たつまきのように、天井に向けてのび始めた。「たつまき・輪ゴム・ボール」は、ヨウタの頭にねらいを定めたまま、教室のかどっこまで、ばちばちと、黄色い雷のような光を放ち、もう、これ以上のびたら、ぶちん、と切れそうなところまで、のびにのびた。
 台風の目に入ったような、いっしゅんの、せいじゃく。
 そして、次のしゅんかん、げんかいまでのびきった、「たつまき・輪ゴム・ボール」の先っぽを、目に見えない手が、ぱっ、と放したかのように、ぎゃるぎゃる、と、さっきの逆に回転しながら、ヨウタの頭めがけて、向っていく。777回分の「輪ゴム・ダメージ」をひめた、おそるべき「たつまき・輪ゴム」が、どうもうな、おおかみのように、おそいかかった。
 ヨウタ! 777回分、まとめてお返しするぜ。
 これでもくらって、痛がりやがれ! あんた、痛がりなはれ!! イタがりヤがれ!!! イタリヤが晴れ!!!!
 僕は、内心、父さんの好きな演歌のせりふを思い出したり、行ったことのない外国の天気を気にしたりしながら、つうかいな感じが胸にわき上がるのを、おさえきれなかった。
 ヨウタの頭に、「たつまき・輪ゴム」が、ちょくげきする、そのすんぜん、
 僕の透明なはずの頭に、ふっ、と、いるんな「絵」が、ぶくぶくと、海の底からうかび上がってくるあわのように、流れこんできた。
 段々畑をたがやす、腰のまがった、おばあさん。あぜ道にしゃがみこんで、ぶちぶちと、草をむしりながら、真っ赤な目でうつむいて、かめのように、のろのろ前に進んでいく、男の子。日が暮れて、あたりが見えなくなったころ、農作業の道具をつんだ、ねこ車を押しながら、トタン屋根の家へと帰っていく二人。
 ひえたご飯。かまどの台所で、みそ汁を温め直すおばあさん。丸いちゃぶ台を囲む二人は、だまったまま、ご飯と、みそ汁と、つけものを、もくもく、ほおばる。お父さん、お母さんの姿はない。
 おばあさんといっしょに、野菜の入った段ボールを背中にかついで、列車に乗りこみ、となり町へ売りに行く男の子。道ばたに広げたビニール・シートの、露天のお店。店番をする男の子を、ものめずらしそうにじろじろながめる、下校中の小学生たち。
その一人が、新聞紙で包んだ、とうきびをかっさらい、ラグビーのボールみたいに、仲間にパスする。取り返そうとする男の子だが、背の高い上級生達には勝てず、右往左往するだけ。それでも、ひっしに追いかけているところを、おばあさんが帰ってきて、悪がきどもを、おいちらす。
半べそをかいている男の子の頭をなでる、おばあさんの、しわの間に土のしみこんだ、ふしくれだった、大きな手……。
 ああ、これは、ヨウタの「思いのあわ」なのだ、と、僕は、なぜだか、「分かった」。
 僕も、町のおばちゃんたちが、「よりあい」のときにする、うわさ話なんかで、何となく聞いて、知っていた。
ヨウタの父さんは、うでのいい、漁師で、「舟大工」だったこと。でも、だんだんと、川でも海でも、手造りの舟を使う人はほとんどいなくなってきて、お酒ばっかり飲むようになったらしいってこと。
その上、「ざしょうせん」のせいで、十年くらい前から、漁の方も、さっぱり、魚が取れなくなって、ヨウタの父さん、母さんは、おばあさんに、ヨウタをあずけて、遠い町まで、働きに出て行ってしまったってこと……。
 ヨウタの「思いのあわ」は、僕の胸ではじけて、秋の夕焼け空にうかぶ、うろこ雲を見ているような、さびしさに変わった。
「止まれ、輪ゴム・ボール!」
 僕のめいれいに、あと、頭まで3ミリくらいのところで、「輪ゴム・ボール」の、「大なわとび・たつまき」こうげきが、ぴたり、と止まった。
 ヨウタは、そんなこと、まるで気付いていないらしく、のろーり、と、目に見えるか見えないかくらいの、わずかな動きで、エンピツで耳の穴をほじろうとしている。
 それを見た僕は、ヨウタの「思いのあわ」と、「777回」の、「だきょうてん」を、いったい、どこに見つけたらよいのだろうか、と思った。
 すると、元通り、球体の形を取りもどした、「輪ゴム・ボール」が、回転しながら、この花の、どこにとまろうかと迷っているミツバチみたいに、ヨウタの頭の上を、うろうろし始める。「輪ゴム・ボール」は、ぶぃ~~ん、と、父さんが朝に使う、「ひげそりき」みたいな音をたてながら、雨の後の雲の間からさす光みたいに、まんべんなく、ヨウタの頭の上をてらしながら、ゆっくりと、移動していく。
 ち――――。
 ボールの放つ、黄色い光線によって、ヨウタの頭のてっぺんの髪の毛が、台風が通ったあとの田んぼの稲みたいに、なぎたおされて、何かの形を作っていく。それは、「宇宙の無限さ」が、生み出す、「回転」や「速度」を使った、「重さのある光」のようなもので、この「ち――――」に、ふれたものは、アイロンをかけたように、きれいに平たくなる仕組みのようだった。
ああ、なるほど。あの、前にテレビでやってた、人のいたずらだとか、ユーフォーのしわざだとかいう、「みすてりー・さーくる」って、こうやって作るのね。ふうむ。テストには、出そうにないけど、いちおう、おぼえとこう。
 そして、光線は、おたがいの中心で線が交わる、美しい、三つの円をえがいた。その交わった部分は、先のとがった三つの葉っぱが、開いているように見える。さらに、それぞれの、円の中には、「七」の文字が、きざまれていた。
 これだ! 
僕は、「輪ゴム・ボール」ごしに、透明な「目」で、そのもようを見ながら、うっとりした。
七が三つで、777。それに、たしか、ヨウタのおばあさんは、今年がちょうど、七十七歳。たしか、母さんと出かけた、「いるか町・ちょうじゅ会」の、「きじゅ」のお祝いで、おばあさんは、いるか神社の神主さんから、賞状といっしょに、「七」が三つ、三角形にならんだ、焼き印入りの、おまんじゅうを渡されて、とても喜んでいたような気がする。いろんな意味で、この図形、とても、いい、「ちゃくちてん」なのではないだろうか。
 ああ、この、ヨウタの頭のてっぺんを、スケッチブックにした、美しい作品を、「小学四年生・図画工作の部」として、コンクールに、出してみたい。たぶん、「えらい人・でざいん部門大賞」とかは、そうなめだと思うのだが。でも、まあ、「かんじん」の、ヨウタのやつをせっとくするのがむずかしいだろうから、やめておくことにするけど……。
 ん? 何か、僕は、「かんじん・かなめ」なことを、何か、忘れてないか?
 黒板の方を見ると、フジカタ先生の口が、あくびをする前のように、のろりー、と、「……『み』……」の形に、ゆっくり、横へ開いていこうとしていた。
「もどれ! 輪ゴム・ボール!」
 僕の思いにこたえて、次のしゅんかん、「輪ゴム・ボール」は、再び、ふっ、ふっ、ふっ、と、とちゅうをすっ飛ばして、僕の指先に戻って回転していた。
 先生の口は、「み」を言い終えて、次の段階へ進もうと、口を、ゆるゆると、タコのようにつきだそうとしている。
 ま、待って下さい、先生、「お願い」です。もうちょい、僕に「思い出す」チャンスを下さい!

―――お願い。

――――――たしの、お願い……いて。

――――――――――私の、お願い、書いて。

 「輪ゴム・ボール」が、「回転・速度」をあげた。そこから放たれる、黄金色の光が、レーザー・ビームのように、今度は、僕の透明な、おでこの真ん中を、ちょくげきした。
「ふわ~~い!!」
 僕は、そのあまりの気持ちよさに、冬の寒い日、お風呂に肩までつかって、体がとろけていくときのような声を上げた。 
 そのとたん、今度は、僕の丸いボールのような透明な体、いっぱいに、空から、星が降ってきた。その、めくるめくような、虹色のポップコーンがはじけるようなこうけいを、僕は、どこかで見たことがあるような気がした。
 そして、その星の一つ一つが、ぱかっ、と、またたくたびに、また何かの「絵」が、うかんで見えた。
 優しそうなお父さんとお母さんに抱っこされた、赤ちゃん。顔を真っ赤にして泣いている。
 竹かごみたいな、ベビー・ベッドの中で、すやすや眠るその子を、うちわであおぎながら、子守歌を歌って聞かせるお母さん。
 おっかなびっくり、おかゆを、スプーンで口に運んでたべさせてあげる、お父さん。
 ようやく、立って歩けるようになったその子に、手をたたいて、こっちこっち、と呼びかける二人。
 赤いぼたんの花がちりばめられた、ふりそでの着物を着て、いるか神社に、だっこされてお参りし、「ちとせあめ」を持ったまま、「いるか写真館」のおじさんがかまえるカメラの前で、家族三人そろって、記念さつえい。
 寝付けないその子を、布団の上から、ぽんぽん、とリズムをとりながら、絵本を読んであげる、お母さん。しばらくすると、お母さんの方が、先に寝ている。
 幼稚園に入った、春。田んぼのれんげで作った、花のかんむりを頭にかぶり、お姫様になりきっているその子に、冬眠から、やっとこさ目ざめたカエルがとびつき、しりもちをつく。
 夏。海へ、山へ、川へ、これでもかとばかりに、家族を引き連れて出かけるお父さん。麦わらぼうしのお父さんが、いちばん、はしゃいでいる。
 秋。あぜ道でつんだ、じゅず玉で、おじゃみを作り、お母さんと二人で歌いながら、遊んでいる。練習のせいかなのか、運動会の玉入れ競争で、優勝。
 冬。クリスマスの朝、枕もとに置かれた、クマのぬいぐるみをだきしめて、ごろごろと、ふとんの上を転げまわるその子。
 小学一年生の、じゅぎょうさんかん。「はい!」と、元気よく手をあげて、「分かりません!」と、にっこりほほえんで答える、その子に、顔を真っ赤にして、笑いをこらえながら、うつむく二人。
「絵」は、いくつもの光のすじを残して、あらわれてはきえ、きえてはあらわれ、おりかさなって、「夢の地層」を作っていく。
 そうやって、春がそよぎ、夏が照り、秋が散り、冬が積もって……いくつもの季節をこえて、その子には、たくさんの友達が出来て、かけがえのないときがすぎて……。
 いつしか、僕の透明な体じゅうを、ガラスの球体の中に降り積もる雪のおもちゃみたいに、その子の「星のおもい」が、いっぱいに満たしていたんだ。
(君が書いた、「最後のお願い」は、何だった?)
また、どこかで、なつかしい誰かの、「声」が聞こえた。
 僕の最後のお願いは、僕の、ねがいは……。
「『ミ……』に、いますぐ、あいたいです!!!」
 ふっ、と、僕の体は、透明でなくなり、もとの僕……「サキカワ・サキ」に戻っていた。
もとに戻った僕の目は、しゅっせきぼを持って、黒板の前に立つ、先生の方を見ていた。
 フジカタ先生が、一つ、えっくし、と、くしゃみをして、しきり直し、「ミー……」と言いかけたとき、がらり、と、教室の前のドアが開いた。
「はいっ! ミオリヤ・ミオです!! おくれて、ごめんなさい!!!」
 そこには、長い黒髪、アーモンドみたいな目に、ぱちぱちのまつ毛、深いみずうみのひとみの女の子が、ぜー、はー、と、息をはずませて、立っていた。
女の子が、ぺこっ、と、先生におじぎをすると、ランドセルのかぎをかけるのをわすれたのか、背中から、なだれのように、教科書や、ノートやふでばこが、どさどさこぼれ落ちてきた。
 クラス中が、いっしゅん、固まり、次のしゅんかん、
「ずっごおぉぉぉ―――――っ!!!」
 という、僕のおたけびを合図に、四年一組、37人ぜんいんが、「リアル・すけきよ」ポーズで、せいぜんと、逆立ちをしていた。
 それは、あたかも、運動会のときにやる、「ます・げーむ」とか「くみたいそう」、もしくは、たぶん、世界初の「水なし・しんくろないずど・すいみんぐ」が、この地球上にうぶごえを上げたしゅんかんだった。 

     4

 このときのもようを、いるか小・四年一組・出席番号8番、いがぐり頭のショウダ・ショウスケは、後につぎのように語る。
「いやー、おれってさ、実は、逆立ちにがてなんだよね。でも、あのときだけは、体がかってに動いたっていうか、サキの、さけび声をきいたと思ったら、地面と天井が、ひっくり返ってたんだよ。それも、なんか、夢で見たのと同じ、へんなカッコの逆立ちでさ。あんときゃ、おどろいたなあ」
 女子代表、「にんげん・スピーカー」こと、ユカリヤ・ユカは、聞いてもいないのに、こう語る。
「そうそうそうそう、サキ君が、変な声をあげるもんだから、私もつられて逆立ちしちゃってたのよ。そうなのよ。夢のとおんなじポーズなのよ。もおおおお、やんなるわよー。ああ、ズボンはいてきてて、よかったー!」
 男子ほけつ、スイカ頭のタイチはこう語った。
「あまった給食のデザート、食べたそこねた」
 そのとき、僕はといえば、「リアル・すけきよ」ポーズを、クラス全員がかんぺきに決めているという、いるか小、80年の歴史で、おそらく始まって以来のできごとに、感動していた。
 後ろの方で、「むぐぐぐぐ」と、うなり声が聞こえる。椅子や机の足のせいで、よく見えないが、表とうらがひっくり返った、ひらひら付きのスカートと、その間で、ぶらんぶらん、ゆれる、二本のお下げ髪から、「未来の、トップ・プラ・モデル」こと、サノミヤ・サヤであると、すいそくされた。
 はっはっは、サヤ。ぬかったな。この、海や川や、山や田んぼや、その他もろもろ、自然と野性味あふれる、このいるか町で、そんなひらひらした服を着ているから、「むぐぐ」な、ことになるのだ。
 むう、しかし……。これで、サヤの後ろの席の方だったら、この年頃のけんぜんな男子であれば、ちょっとは頭をよぎるであろう、「むふふ」な、てんかいもきたいできたのだが、と思いかけ、僕は、はっ、と気付いた。
 「リアル・すけきよ」、つまり、へんそくてき逆立ちをしていたら、どれだけ後ろの席であっても、後ろの方を見ているのだから、ぎゃくに、そのてんかいからは、遠ざかってしまうだけではないか!
 これは、したり。
 いや、まて! 僕には、さっき到達したばっかりの、なぞの境地、「透明・球体モード」が、あるではないか。今こそ、それを、ちょっぴり、「うふふ」な方向に、用いちゃっても、いいかな……いいよね、うん。
 僕は、「自分・クラス・委員会」の「さんせい:4、はんたい:3、きけん:3」の、きわどい多数決の決定にしたがい、「自分・クラスのはんたいぶぶん」を、じゃっかん、「きょうこうさいけつ」っぽくおしきって、「こころの海」に、ダイブした。
 ぱきゃ、と、さっきと、少し音がちがう、何かの見えない鏡がわれるような音と共に、いっしゅんで、僕の体がきえうせていた。
おお、またも、360度、全部が見わたせる! しょうじゅん、セット! ねらいは、8時方向、ぎゃく「L」の字の先にある、サヤの席の、上空1メートル!
 …………。
「何ィィィィィィィッッッッ!」
僕は、まんがに出てくる、「いひょうをつかれた、わるもの」っぽい、せりふを、内心、さけんでしまっていた。
 なぜなら、そこに、腕組みをした、「もう一人の僕」が、僕をにらんでいたからである。
 言われなくても、すぐに、分かった。こいつは、むりやり、おしきったはずの、「はんたい:3、きけん:3」の、僕なのだ。いかに、「さんせい:4」とはいえ、「3+3=6」の、自分にかてないのは、小学1年生でも、わかる。
 ようするに、この、新境地「透明・球体モード」、なんかこう、「ふらち」な方へ、自分を持ってこうと、むりじいしても、ダメみたいだった。
 「6」の僕は、びしっ、と、2時の方向を指差した。とうぜん、そこには、「リアル・すけきよ」ポーズの僕が……。
「何だとォォォォォォォッッッッ!!」
 またしても、僕は、「いひょうをつかれたふりをして、そのうらをかいたはずが、さらにうらをかかれた、まんがのわるもの」っぽい、せりふを、内心、さけんでいた。
 なぜなら、ふくれっつらをした「ミオ」が、逆立ちをした僕の両足のうわばきの上に、僕の机から、ノートや教科書や、えんぴつや、ふでばこ、絵の具セット、ランドセルなどを取り出し、それらを、タテにつみ重ねていたからである。そのあやうい積み木は、「見事なバランス」というより、見えない空気のかたまりで、ぴたりと固定されているように、一メートルくらいの高さに積み上げられていた。
 「ミオ」は、ごていねいに、その山の頂上に、「黒板消し」をせっちすると、こちらにむけて、一つ、「あっかんべえ」をしてみせて、そそくさと、さっきのあいさつのときに、ランドセルからこぼれおちた、中身を片づけていた。
「やめろォォォォォォッッッッ!!!」
 僕は、だいたい、まんがのわるものが、わるあがきのすえに言う、「だんまつま」のせりふっぽい言葉をさけび…………。
 次のしゅんかん、
 どんがらがっしゃ―――――ん!!!!
 せいだいな音をたてて、「透明・球体モード」のかいじょと共に、くずれおちる「ぶんぼうぐ・さんみゃく・なだれ」に巻きこまれつつ、ひっくり返っていた。
 クラスのみんなは、これまた、いっしゅんで、「リアル・すけきよ」ポーズから、解放されており、
「あっ、ミオだ!」
「おそいぞ、ミオ!!」
「もー、しんぱいしたのよ、ミオ!!!」
 などと、笑顔で口々に叫びながら、ぶんぼうぐにうもれた僕を、ぎゅいぎゅい、ふみこえて、ミオの方へ駆け寄って行った。
 あっという間に、クラス中のひとだかりに、もみくちゃにされる、ミオ。
 その輪の真ん中の方には、四年一組、「い」班の、ユカが、サヤが、アカネが、ユマが、タイチが、ショウスケが、リュウジが、ユウキがいる。マツミ、マナミ、マルオ、マユミたち、「マ」なのに、フジカタ先生が、「分かりやすいから」という理由だけで、一か所に集めた、「る」班のみんなもいる。ミーシャやミエールたちは、もう、「がいせん・ぱれーど」みたいに、だきつかんばかりにして、喜んでいる。
 ん? ちょっと、待て! ヨウダ・ヨウタ!! 
お前まで、しれっ、と、喜びの輪に加わっている、というのは、どういうことだ。そんなの、お前の、いつもの「きゃら・なんとか」じゃないだろ。お前は、野球チームが優勝したときに、マウンドに駆け寄った選手たちの「かんきのうず」に、そっくりなユニフォームを着こんで、まぎれこんだ、観客席から飛び出してくる、はためいわくなファンか!!!
僕は、その姿を見て、まけじと、ぶんぼうぐの山を払いのけ、ミオの元に駆け寄ったが、はしゃぐみんなに、はばまれて、なかなか、その「かんきのうず」の、中心には、たどりつけなかった。
 今にも、どう上げや、インタビューや、「ジュースかけ」が始まりそうないきおいの、四年一組のクラスの面々に、これまで、なりゆきを、にこにこしながら見守っていた、フジカタ先生が、口を開いた。
「ミオさん、おはよう。おくれた理由を、言いなさい」
 ミオは、少し顔を赤くして、もじもじした口調で、答えた。
「えと、お父さんと、お母さんが出会って、結婚して、私が生まれて、ねたり、起きたり、食べたり、遊んだり、友達ができたり、いろいろあって、大きくなってたら、今になりました」
 フジカタ先生は、わが子を見るような、優しい目で、ミオを見つめて言った。
「そう。それは、素晴らしいことね。でも、遅刻は遅刻なので、立ってなさい」
 うなずくミオにほほ笑みかけ、みんなに向って、出席簿を、ばんばんと手でたたきながら声を上げる先生。
「はい、は~い! まだ、出席のとちゅうです。みんな、席に戻って!」
 クラスのみんなが、「は~い」と、それぞれの、巣箱に帰っていく。
 先生は、僕の方を振り向いて、言った。
「サキカワ君、きみも、立ってなさい」
 え、なんで? と思う僕の頭から、黒板消しを、ひょい、と、取り上げ、フジカタ先生は、四つ重なった空っぽのバケツを、なぜか「先生の机」の下から取り出し、僕に持たせて、ウィンクをした。
 先生は、僕とミオの背中を押して、教室から追い出し、ぴしゃん、と、とびらを閉めた。
 廊下に出ると、僕は、空っぽのバケツを、二個、ミオに手渡した。ミオは、それを受け取り、二人して、両手に空バケツを持ったまま、教室のかべに背を向けて、廊下に横にならんで立った。
 教室の中では、出席をとる先生と、「はい」、しゅぴ、と返事を返す声が聞こえてくる。
「…………」
 僕らは、しばらくだまったまま立っていた。
 やがて、ほとんど同時に、僕たちは、口を開いた。
「おかえり、ミオ」
「ただいま、サキ君」
 僕と、ミオは、おたがいに顔を見合わせ、声がもれないように、息をころして、くすくすくすと、笑いあったのだった。

     5
 
 ――――――翌日。


 ホームラン・ボールを吸い込んで行きそうに、すこーん、と、晴れた青空の下、四年一組、みつばち軍団は、「ありんこ軍団」と化して、いるか神社から続く、丘を巻く坂道を、列になって、てくてく登っていた。
「あれ、どうやってやったんだよ」
 となりにならんだ、いがぐり頭のショウスケが、息をはずませながら、僕にたずねて来る。その指の先には、ヨウタの世にも不思議な頭が、えっちらおっちらと、ゆれていた。
 髪の毛が、頭にぺったりと押しつけられて、地肌が見える。その、地肌と、ぺったり髪は、三角に組み合わさった三つの円と、その中に「七」が三つ、「ちょうじゅ・まんじゅう」に焼き印でおされた、「㐂」の、いかにもおめでたい感じをかもしだす形をつくっている。
 その頭が、ひょこひょこ、列の間から見えかくれする様子は、さながら、「みすてりー・ちょうじゅ・まんじゅう」が、ありんこのむれに運ばれて、坂を上っていく感じである。
 僕は、ふと、「じぶんの顔を食べさせて、みんなをすくう、中身があんこの正義のヒーロー」のことを思い出し、始めの「ぬ♪」まで、そのテーマソングを歌いかけて、先をせかす、ショウスケやタイチに、がくがくと首をゆすぶられ、しぶしぶと、説明した。
「知らないのか? まず、あいつの頭に、コンパスをつきたてて、丸をかくんだ。で、その中心に、三角定規のてっぺんをあわせて、左と右の先っぽに、目印をつける。そしたら、そっから、またコンパスで丸をかいて、あとは、『㐂』って切りぬいた紙にのりをつけて、上から、じょうぎと、したじきで、ぎゅっぎゅっ、ておさえつけると、できあがり。あ、じょうぎとかは、固いのだめね。ぺらぺらの曲がるやつ。あれじゃないと、うまく頭の『丸み』に合わせらんないから」
 ほおおお、と、ため息ともかんせいともつかない声が、みんなから上がる。いつの間にか、僕が班長をつとめる、「い」班の男子が集まって来ていた。
 あ、いや、そんな感心されても。ただ、テレビでまえ見たとき、「『みすてりー・さーくる』はこうやって作りました」ってのを、外国の田んぼかなんかでやってて、それを、ふでばこの中身で、てきとうに、言ってみただけなんだけど。
「でもさ、あいつに気付かれないようになんて、むりじゃねえの?」
 髪をかき上げながら、しごく、もっともな意見をつぶやく、リュウジに、僕は、すかさず答えた。
「だいじょうぶだ。0.3秒いないにやってしまえば、だれも、きづかない!」
 ほおおおおおお、と、またも感心する一同。あ、すまん。この前、道ばたにすててあった、雨でぬれて、べろおん、と溶けて「アコーディオン」みたいになっている、まんがざっしを、かさでめくって読んでたら、そんなことが、かいてあっただけなんだけど。
 なのに。
「うん、うん、そっか……。それで分かったよ……」
したり顔の、「社長さん」こと、ユウキが、メガネをずりあげながら言った。
「なにが、ハア、わかった、ハアハア、……んだ?」
最初っから、ぜんぜん、わかってないというか、わかる気もないが、坂道を上る大変さから、気をまぎらわそうという、こんたんみえみえの、タイチが、スイカあたまから、あせをだらだらと、たきのように流しながら言った。
 タイチ、たのむから、むりして、しゃべるな。お前が、うっかり、本当のスイカみたく、坂道を転げ落ちてったら、僕たちで丘の上までかついで上るのは、運動会の「玉ころがし」よか、たいへんなんだぞ。
「うん。『じかん』は、輪ゴムみたく、のびちぢみするってこと。ほら、サキがへんな声出して、みんな逆立ちしたとき、すっごく長いような、あっというまみたいな、へんな感じだったじゃない」
 ほああああああ、と、きょうたんする、やろうども。その、「やろうども」の中で、いちばん、きょうたんしていたのは、実は、僕であった。
「輪ゴム」かあ。こやつ、できるな。僕は、ズボンのポケットの中にしのばせた、輪ゴムを指でさぐった。
「でね、でね。ほら、楽しいときって、あっというまにすぎる感じじゃない。で、つまんないときとか、しんどいときってさ、長く感じるよね。たぶん、あれと同じじゃないかな?」
「おれは、今が、しんどい。フウ」
肩からじょうきをふきあげながら、返すタイチ。お前は、はげしい、とりくみの後の、勝利インタビューに、やっとかっとこたえる、おすもうさんか。
「じゃあよお、あの逆立ちのときって、楽しかったわけ?」と、するどくきりこむ、リュウジ。
「そ、それは……」
急に、メガネをくもらせ、たじろぐユウキ。
「だって、ユウキさあ、メガネ、顔に付けたまんま、変な逆立ちして、『メガネ、メガネ!!』って、大さわぎしてたじゃんかよー。ひっひー」
ユウキのやわらかいほっぺたに、いがぐりあたまの「とげ」をこすりつけるショウスケ。
「やめてよう!」と、にげまどうユウキを、ショウスケは追いかけ回す。まったくもって、「あくぎゃく・ひどう」な、やからである。
「まあ、まあ、しょくん」、僕はこのじょうきょうを、しゅうしゅうすべく、坂道を駆け上がって先回りし、くるっ、と振り向いて言った。
「そのひみつはだな、じつは、僕だけが、知っているのだ。丘の上の、『いるかのぼり』に、一番についたやつにだけ、その『ひみつ』を、お教えしよう」
 僕は、ふてきに笑うと、指の先で、輪ゴムを回転させ、「輪ゴム・ボール」を作った。
 うおおおおおおおおお、と、かんせいが上がり、僕は、じゃっ、と、「月印・ズック」を、線路みたいに草の生えた地面にこすりつけて、きびすをかえし、いちもくさんに、頂上目がけて、駆け出した。
「待てっ、サキ!」
「おれが、いちばんだっ!」
「おれ、パス、フハー……」
 さまざまな声が、後ろから、追っかけてきたり、来なかったりする中、ものすごいいきおいで、僕の横を、誰かが、風のように走り抜けていった。
 ミオ! またしても、ミオかっ!! 
 まけじと、その「かもしか」のように坂道を駆け上がる、後ろ姿に、おいすがる僕。
 その横を、
「あたしが、いちばんよおおおお――――っ!」
「みらいのモデルに、『まけ』は、ゆるされないの―――――――っ!!」
「おっしゃあっ! てっぺんは、あたしたちで、もらったぜえ――――――――っ!!!」
 と、信じられないスピードで、「にんげん・スピーカー」ユカ、「トップ・プラ・モデル」のサヤ、「おろして、おろして……」と目をつぶってささやく「りす」のユマを、こわきにかかえた、「クマ族」のアカネが、次々と、追いこして行った。
 ぬぬぬぬ、と、はぎしりをしながら、言い出しっぺの僕をはじめ、「い」班男子が、丘の頂上目がけて、もうついげきを開始した。
 ちぎれ飛ぶ草の葉をまきちらしながら、僕たちは、汗みずくになって、「いるかのぼり」の泳ぐ、丘へと駆けて行った。

     6

 坂道の下の方から、どなり声。
振り向くと、男子のむれの、一番後ろの方から、「おい、お前ら、待てよ!」と、いんそつ係の、五年生二人が、さけびながら、追いかけてくる。でも、誰も止まらない。というよりも、止める声なんて、聞こえていないみたいだ。
 男子連中が、走り出したのは、わかる。僕が、「輪ゴム・ボール」のなぞを、教えてやるって言ったからだ。
 たぶん、「い」班以外の男子も、聞き耳を立てていて、それが、ヨウタの頭にえがかれた、「みすてりー・さーくる」の、てがかりになると、思ったのに違いない。
 ヨウタのやつは、いがいと、アレを気に入っているらしく、小学生なのに「もひかんがり」、「しるばー・あくせ」、「鼻ぴあす」、とかの「ふぁっしょん」みたいな感じで、昨日から、さも、自分のてがらだとでもいわんばかりに、ぶいぶい、いばっているのだが。
 そう言えば、去年のおおみそかに、テレビの「赤黒・音楽まつり」で、はげしいいでたちをした、はげしい音楽をしている人たちのかっこうを見て、妹が、おはしの先っちょで、こぶまきをつつきながら、父さん、母さんに、「あれ、なんていうの?」とたずねていた。
 父さんたちによれば、あれは、「おんこ・ちしん」といって、古い伝統とかの中に、新しいものをみつけだそうとする、こころみらしい。
 つまり、「もひかんがり」とは、どっか遠い国の、「もひかんぞく」という人たちの髪型、日本でいう、お侍さんの「ちょんまげ」にあたり、「しるばー・あくせ」とは、「私は、お年寄りに席をゆずります」という、「赤いはね」みたいなサインで、「鼻ぴあす」っていうのは、農家のひとが、子牛のころにつける「牛のはなわ」みたいな、「たづな」をつけて、田おこしのときなんかに、牛を引いたり、方向てんかんさせるのに使う、言ってみれば、「車のハンドル」のようなものだという。
 妹が、「ふ~ん」と言って、テレビのリモコンを、勝手に「かくとうせんしゅけん・漢祭り」にかえてしまったため、その話はそれっきりになったが、僕は、三人が、テレビ画面にむちゅうになっているすきに、「いくら」や「かずのこ」、「くるまえび」なんかといっしょに、すばやく、その「ちしき」を、いぶくろにつめこんでおいたのだ。
 とかなんとか、思ってるうちに、僕は、持ち前の、あんまり大したことない「きゃくりょく」にくわえ、頭の上、50センチくらいのところに、いけすの「ブイ」みたくういている、「輪ゴム・ボール」の「回転・速度」を、ややおさえぎみに使って、「い」班女子軍団に、追いついた。
「なあ、アカネ、なんでお前たちまで、走ってるんだよ?」
 僕は、マラソンのときの、えんどうの熱心なファンみたいに、顔だけ横を向いて、足は勝手に動くにまかせながら、ユマの手をひっぱって走るアカネにたずねた。
「ええ? なんか、一番になったら、あんたの『ひみつ』を、教えてくれるんじゃないの? それも、すっごくはずかしいやつ!」
クマ族アカネが、「だいなみっく」に、手足をぶんぶんふり回して走り、息をはずませながら、こたえる。
 なんだと!? いつの間に、話が、そんな方向へ。「すっごくはずかしいひみつ」とは、あれのことか、これのことか、いや、あのあれのことか、と、思い当たるふしでいっぱいの僕は、指を折って、二十七個くらい思いついたひみつを数えながら、あせりまくった。
「うんっ! でっ! サキ君がっ! みんなのっ! 見ている前でっ! 好きな人にっ! 『こくはく』してっ! 笑いながら『ばく転』してっ! いるかみさきからっ! 海に飛びこんでみせる! ……んだってっ!」
 アカネにがっちりと手をにぎられ、きょだいロボットの手につかまれて、ふりまわされるリスのぬいぐるみみたいに、草の道の上を、四方八方、とびはねながら、ユマは、けなげな笑顔をたやさずそう言った。
リス的に、かぼそく、体重のかるい、ユマならではの、「むていこう」が引き起こすはなれわざ、「われないシャボン玉」のような強さに、僕は、感心して……いる場合じゃなかった!
 ちょっと、待てっ! なんだ、それは。いつ、僕が、そんなこと言った!! 話に、「おひれ」どころか、「せびれ」も「くびれ」も、「かんたーびれ」まで、ついてしまっているではないか! いや、「かんたーびれ」って、何なのか、知らんけど!!!
 クラスのみんなの前で、好きな人に「こくはく」? できるか、そんなん! それに、笑いながら「ばく転」って、できるか、というより、できても、せんわ!! だいたい、そんなことして、いるかみさきから海に飛びこんだら、「海面・腹打ち」で、「のしいか」みたいに、ぺちゃんこになるわ!!!
 こ、こんな、むちゃを言いだしやがるようなやつっつったら……。
 僕は、「輪ゴム・ボール」の回転を急加速させ、「せんとうしゅうだん」の、「にんげん・スピーカー」ユカ、「トップ・プラ・モデル」のサヤに追いついた。
「お前らかっ! 「ウソやくそく」ばらまいてんのは!! ユカ、サヤ、この、凹凸コンビ!!!」
 僕は、頭から機関車のようにゆげをふきあげんばかりに、ふたたび、上半身だけ横向きに走りながら、 すばやく、両手の平で、「じぇすちゃー・伝言げーむ」みたく、「凹凸」の形を表現しながら、ののしった。
「だれが、『凹凸コンビ』よ。それを言うなら、『凸凹』でしょうが。まあ、でも、あんた、その『カニ走り』、器用ねえ、感心するわ。シオマネキみたい!」
サヤが、両手で美しい「凸凹」のもはんを示し、スカートを、ひらひらと、たなびかせながら、横目でこっちを見てさけぶ。
「あ、どうも」思わず、ほめられて、てれる僕。
「あたしたちじゃ、ないわよおおおー! ミオが、そう言ったのよおお―――!! もんくあんなら、ミオに言ってよおぉぉぉぉ―――――んんんん!!!」
 ユカの言葉を聞いたとたん、僕は、先頭きって走る、ミオへ追いつくため、「輪ゴム・ボール」の「ぎあ」を、もう一段階、あげた。そのため、ユカの言葉の最後らへんは、猛スピードで遠ざかっていく「石やきいも」の車の声のように、低い調子っぱずれの音に変わり、まわりのけしきは、白一色にそまって、風だけが、ごうごうとうなっている感じになった。
 次のしゅんかん、僕は、長い黒髪をなびかせてしっそうする、ミオのとなりにならんで走っていた。
 ミオが、こちらを向いて、にこっ、と笑った。僕も、つられて、にぱっ、と笑い返した。
「さすがは、サキ君。私に追いつけるとは。でも、あの『ウソやくそく』、みんなの聞きまちがいだからね。私が言ったのは、『サキ君が、ひみつを教えてくれるんだって』、ってことだけだよ。伝言ゲームみたいに、なんか、変なふうに、伝わっちゃったみたいだけど」
 それだけ言うと、ミオは、前を向いて、さらに加速した。
 やっぱ、聞きまちがい、なのね。そう、なっとくしかけ、僕は、「あの『ウソやくそく』、だれが一番になっても、僕がはずかしいめにあってしまう」ことに気付いた。……はい、そうです。今、僕、自分で思ってるいじょうに、大ピンチです。 
「わ、わ、わっ、『輪ゴム・ボ――――――ル』っっっ!!!」

僕は、「さいだいしゅつりょく」で、「輪ゴム・ボール」を、回転させた。ぱっきーん、と、鏡の割れるみたいな、あの音。「とうめい・モード」、とつにゅう。みんな、すろーに、なりやがりませ。なんぴとたりと、僕の前を、走らせるわけには、いかない。たとえ、それが、ミオであってもだ。というより、ミオなら、もっと、なおさらではないか。
 すると。
「う、うおおおおおおおっっ!!!」
 せまい坂道を、おしあいへしあいしながら、てんでんばらばらの、それぞれの「ふぉーむ」で、四年一組メンバー、ぷらす、いんそつ係の五年生二人が、すさまじいスピードでのぼってきた。

まるで、スーパーカーのレースみたく、ぜんいん一丸となって、「S」字の急コーナーを曲がり、直線では、おたがいに場所をとっかえひっかえしながらも、ぶつかることなく、みごとな「ハンドルさばき」で、走っていく。
 先頭を走っていたはずのミオも、二番走者だったはずの僕も、その「一つになって走るいきもの」みたいな集団に飲みこまれ、ひたすら坂道の頂上をめざしていく。なのに、だれも、息切れしている様子もないし、ぶつかったりもしていない。勝手に、まわりの景色だけが、後ろへ下がっていって、僕たちは、地面の上をただすべっているような感じ。
 こ、ここへきて、「あらたなる・きょうち」、しゅつげんか!? 「リアル・すけきよ」の、「超スピード・集団かけっこ」バージョンなのか???
 そう思ったしゅんかん、ぱっ、と目の前が開け、丘の上の平たい草原に出た。全員が、見えない手で「せんす」を開いたように、ばばっ、と広がり、「いるかのぼり」の泳ぐ、竹ざお目がけて、つっぱしっていく。
 と、そこへ。
 やぶの中から、ひょーい、とおどりでる、大・小の人かげ。丘の下の坂道に、とっくに、取り残されたはずの、タイチとユウキだった。
「なにィィィィィィィィ――――――ッッッ!!!」
 あいつら、「しょーと・かっと」してきやがったのかっ! 思わぬ「ふくへい」が、さいたんきょりで、竹ざお目がけてしっそうし、地面の「つた」に、足をひっかけて、こけた。
 これで、五分。
 はらはら、させるな。あと、どうでもいいけど、ユウキ、ふつうに、メガネをかけたまま、地面にメガネが落ちてないか、さがすんじゃない。ついでに、タイチも、りちぎに、それにつきあってさがすな。
 「あほ」は、とりあえず、ほっといて。
 「輪ゴム・ボール」よ、僕に、力を、力をくれ! 僕は、「ほっぷ・すてっぷ・じゃんぷ・あんど・ふらい」で、竹ざお向けておどりかかった。ふっ、と、周囲が暗くなり、首をねじまげると、両手で空中をわしづかみにしながら、「ももんが」や「むささび」のように、いっせいに飛んでくる、同級生たちの姿があった。
 ぬかった。「リアル・すけきよ」どうよう、みんな、僕と同じタイミングと、同じポーズで、竹ざおにタッチする気らしい。
 四年一組のみんなと、いんそつ係の上級生、すなわち、「(37+2)×2」という、小学四年生である僕には、ちと計算がむずかしいが、だいたい、78個くらいの手のひらが、竹ざおにおそいかかった。
「タアアアアアアアア―――――――ッッッッチ!!!」
 丘の上をゆるがす、ぜんいんのおたけびがこだまし、ぶっとい竹ざおが、うわん、うわん、と、円をえがいてゆれ、上から、ササの葉が、ぱらぱらふってきた。
 竹ざおをとりかこむ、「四年一組・まんじゅう」。その山に押しつぶされそうになりながら、さおを両手でにぎりしめ、海面に浮かび上がるように、頭だけ出した僕の口から、「竹ざお、ゲット、だぜ……」と、決めぜりふが、こぼれおちた。
 僕の頭の上に、ぽて、と、いっぴきの、「いるかのぼり」が、落ちてきた。

     7

顔にしなだれかかった、青緑色の「いるかのぼり」のおびれを払いのけ、見上げると、ミオが、片手で竹ざおにつかまり、細い竹の枝に立って、こちらに笑顔を向けていた。
「だれが、一番だった!?」と、僕を入れた38人の声が、同時にひびきわたる。
 ああ、もう、やかましいわ。「輪ゴム・ボール」、かいじょ。
空中にういていた「輪ゴム・ボール」の回転がのろくなり、僕の人さし指の中に、へろへろへろ~、と、漂うように、しなびた輪ゴムが戻ってきた。
 そのとたん、ビニール袋でつつんだ「じしゃく」でくっつけていた「さてつ」が、ビニールから「じしゃく」をひっこぬいたときみたいに、みんなが後ろへ、どさどさと、いっせいにひっくり返る。
 「いてて……」、「あー、おもかった」、「あんなに、はやく走ったの、はじめて!」、などと、口々に言いながら、草原に起き上る四年一組の面々。そのすきに、すばやく、輪ゴムをポケットにしまう僕。
 その竹ざおを中心とした輪の中に、ふわっ、と竹の枝から地面へ着地し、ミオが、おごそかに口を開いた。
「はえある、一等賞は……」
 全員、ごくり、とつばを飲みこみ、次の言葉を待った。
「ヨウダ・ヨウタ君です! おめでとう!!」
 おおおおお、とかんせいが上がり、みんながヨウタにしせんを向けた。ヨウタは、ぽかんとした顔で、おれ? と、自分のむねをゆびさしている。
 ちょいまち、ミオ。どう考えてみても、一番は、ミオじゃないか。あとは、全員どうちゃくのはずだろ。何だって、そんなことを言いだすんだよ。
 こんらんする僕のうでをひっぱるミオ。僕とヨウタは、一メートルほどをあけて、向いあった。
「お前のよお、『ひみつ』を、教えるっつったよなー?」
 ヨウタは、僕の方は見ず、足元をくつのかかとで、マウンドの上のピッチャーみたいに、がりがりとこすりながら言った。
「あー、言ったよ。言ったともさ」
僕は、胸をそらせ、はんぶん、やけくそで答える。こいつのことだ。一体、どんな「むりなんだい」を、ふっかけてくるやら。
「んじゃー、よお……」
ヨウタは、一るいランナーが気になるピッチャーみたく、ちらちらと、見えないランナーのリードを横目で気にしながら、言った。
「どうやったら、ねがいごとが、かなうのか、教えてくんねえか?」
 たぶん、口をあんぐり開けてヨウタを見つめていたのは、僕だけじゃなかったと思う。
 ヨウタが、「めいれい」とかじゃなくって、ふつうに「おしえてくれ」と、たのむすがたを見たことがあるやつなんて、このクラスには、だれもいなかっただろうから。
「あー……」ぱくぱく、と、金魚になる僕。
 てっきり、「みすてりー・さーくる・㐂」のひみつとか、そんなのを聞かれるとばっかり思ってた。それに、今聞かれるまで、「どうやって」ねがいごとがかなうかなんて、考えてもみなかったのだ。
 こまって、ミオの方を振り向く僕。ミオは、ふいっ、と横を向いてしまった。そ、そりゃないだろう。だいたい、ミオが、ヨウタのやつを一位指名したんじゃないか……。
(「ぷあ――――ん」)
 そのとき、僕の胸の中で、何かの「音」が聞こえた。どっかで聞いたことのある音。僕は、横を向いているミオが見つめる先、海の方へ、こころの目をすませた。
(「がっしゅ、がっしゅ」)
 とうめいな、でっかい輪っかを付け、船の形をした「それ」は、海からうかび上がり、えんとつから、きらきらまたたく星のかけらをまきちらし、いっしゅんで、遠ざかって行った。
「……い、おいっ、サキったら、サキ!」
 肩をゆすられて、僕は、はっ、とわれにかえった。こうふんぎみのタイチが、スイカ顔を真っ赤にして、空をゆびさしている。
「今の、見たか? あれ、何だ? ユーフォーか?!」
 空を見上げると、青空を、虹色の光が、じゅうじろの「パカパカ信号」みたいにてんめつしながら、遠ざかっていくところだった。
「お前も、見たのか、今の?」
 聞き返す僕に、タイチだけでなく、ショウスケも、リュウジも、ユウキも、ユカも、サヤも、アカネも、ユマも、みんなが、いっせいにうなずいた。ぐるっと、竹ざおを取り巻く、四年一組の輪っかを見回すと、やっぱり、みんなが、ぶんぶん、首をたてに振ってうなずいていた。
「そっか……みんな……見えたのか……ならっ!」
 僕は、ヨウタの目へ、しせんを、ぴきっ、と合わせた。両腕を、ふおおおお、と、ざんぞうが残る感じで、円をえがきながら、こうごに回し、左手の人差し指で海の方を、右手の人差指で、びしっ、とヨウタをさして、言い放った。
「ヨウタよ……。お前の、ねがいは、すでに、かなっているっ! ほあっちゃー!!」
 僕は、シャツもやぶれよと、全身がふるえんばかりに力をこめ、けっかんを浮かび上がらせようとした。でも、ざんねんなことに、シャツはやぶれず、「えええ――――――っ」と、さけびながら、草原が切れる丘の上のがけぎりぎりのとこまで突っ走っていく、みんなに跳ね飛ばされて、くるくると、その場でベーゴマのように回転した。
「おい、見ろよ! 『ざしょうせん』が、きえてんぞ!!」と、リュウジがどなった。
「マジかよ!」
「うわっ、なんで、なんで?!」
「えーっ、うそでしょう? て、ほんとじゃん!!」
みんな、こっちにおしりを向けて、地面に腹ばいになり、あさせに乗り上げて、何年もほったらかしの「ざしょうせん」が消えているのに、おどろきの声を上げていた。
「ま、そういう、ことだ。ふっ……」
 ぽかん、とした顔のまま、取り残されているヨウタに、僕は、やや「ベーゴマ・回転」のもよおすたちくらみを感じながら、その肩を、一つ、ぽん、とたたいた。ちょっと、決まったかな? と思いつつ、僕は、その場から、ぬき足、さし足で、こっそり「たいきゃく」をせんたくした。
 すると。
「あ、そうだ。サキ君、『はずかしいひみつ』とか、『好きなひとにこくはく』が、まだ、残ってるよおー」
サヤが振り返り、あだなにはじない、スピーカー声をとどろかせた。
ちっ、よけいなことを、と思いながら、地面をけって、ダッシュしようとしたとき、僕の肩を、がしっ、と、だれかがつかんだ。
 ヨウタだった。
 その目の中にうかんでいるものは、僕が、小学一年生の時から見てきた、あいつの目の中でたぎっている、水たまりに流れ込んだ油に火をつけたようなものとは、ぜんぜんちがっていた。
 列車で、となり町まで、畑の野菜を売りに出かけた帰りに、学校にむかえに来た、腰のまがったヨウタのおばあちゃんが、ヨウタをいつも見つめる目と、同じまなざしで、僕のことを見ていた。僕はこのとき、「みすてりー・さーくる」を「『七』が三つ」で、「『六』が三つ」にしなくて良かったと、こころの底から思った。
「行けよ。こんどは、お前の、ばんだろ?」ヨウタは、くいっ、と、親指を後ろへ向けた。
 その先には、風にあおられた長い髪を片手で押さえて、ミオが笑顔で立っている。
サヤにつられて、みんなが、ひょい、ひょい、と立ち上がり、僕とミオを「おうぎがた」に囲んで、見つめている。だれも、一言も、口を開かなかった。でも、「きょうみしんしん」、きたいに満ちあふれた目で、僕のことを見てる。
 はあ、僕は、一つ肩を落とした。こうなったら、やるしかないのか。自分だけの、「とっとき」にしたかったんだけど。……ま、いっか。
「いっとくけど、『はずかしい』とか、そんなんじゃないぞ。がっかりすんなよな」
 僕は、ポケットから、輪ゴムを取り出し、「わごむ・ぼ~る」、と、やる気ゼロのくちょうで言った。人差し指の上で、それは、きゅるきゅると回転し、ばちばち、と、青白い光を放ちながら、僕の頭の上に浮かんだ。
「これが、『ひみつ』ね。さっき、『ユーフォー』見たんだろ? なら、みんなにも、できるはずだよ。僕も、たしか、『いるかのぼり』の夜に、『ユーフォーにのった、うちゅうじん』みたいな、『星のひと』みたいな、なんか、そんな人に、教えてもらった気がするんだ。昨日、みんなが言ってた、『ねがいがかなう、ゆめのはなし』ってのは、たぶん、それのことじゃないかな」
 ほれっ、と、僕は、「輪ゴム・ボール」を、一番先に目にとまった、ユウキにパスした。ユウキは、おっかなびっくり、それを受け取ると、両手のひらで、それがういたまんま、きゅるきゅる回転し続ける様子を、メガネをこらして、見つめていた。
 ふだんなら、「おれも、おれも!」、「あたしが、あたしが!」となるはずの、みんななのに、まるで、ロウソクの炎を、じゅんじゅんに、かたむけたロウソクで受け取って、ともしていくみたいに、「輪ゴム・ボール」を、手渡して行く。そうやって、全員をひとめぐりし、「輪ゴム・ボール」は、僕の手元に戻ってきた。
 僕は、足元に落ちていた、青緑色の「いるかのぼり」をひろい上げて言った
「な、分かったろ? べつに、輪ゴムじゃなくたって、いいんだ。例えば、この『いるかのぼり』だって、口んところが丸いだろ。だから、それを、回せばいいだけ」
 僕の腕の中で、くったり、しおしおと、うなだれていた「いるかのぼり」が、口の輪っかの部分を回転させ、風船がふくらむみたいに、ぱんぱんに体をはって、空中を、ふわふわ泳ぎ始めた。
「ま、そーゆうことね。みんなも、やりかた分かっただろうから、『いるかのぼり』、さおから下ろすときとかに使ってよ。ほかにも、ペットボトルのふた開けるときとか、ジャムのふた開けるときとか、マンホールのふた開けて、てきのアジトからだっしゅつするときとかにも、べんりだと思うよ。じゃ」
 僕は、「輪ゴム・ボール」を頭の上で回しつつ、きびすを返そうとした。
「ちがうよ」
 ん? 僕は、その声に、振り返った。ユマが、冬眠明けのリスみたいに、しゃん、と、すあなからせすじをのばす感じで、言った。
「サキ君、『ほんとのこと』で、もっと『ほんとのこと』、言わないようにしてる。いま、ここで、言わないと、いけないんだよ。きっと、そうだよ」
「『ほんとのこと』って……」
 僕は、「カニ取りかご」のわなにかかった、カニみたいにうろたえて、回りを見渡した。今度は、みんなが、さっきのヨウタみたいな目で、僕を、見つめている。浜辺にうちよせる、とうめいな波みたいな、透き通った目。前までは、ミオだけが、もってた「透明さ」を、いつの間にか、みんなが、僕に向けていた。
「サーキ、サーキ!」と、声が上がる。おちょうしものの、ショウスケめ。手びょうしまでしやがって。お前は、「よりあい」のときの、お酒で真っ赤になって「せいちょう・いるかぶし」を歌う、漁師のおじさんか。
「サーキ、サーキ、サーキ!!」
かけ声と、手びょうしは、どんどん大きくなり、丘の上を包んだ。僕は、背中を、どん、と押されて、一歩前に出た。
 ヨウタが、ひとつ、うなずいて、笑っていた。
「はいっ、す、ちゃ、ちゃっ!!!」
僕が、テレビで見た、「しきしゃ」みたいに、手を「しきぼう」っぽく振ると、かけ声と手びょうしが、ぴたりと止まった。
 僕は、勇気をふるいおこし、なまりになったズックを、持ち上げながら、一歩ずつ草をふみしめて歩いた。たった、三メートルくらいのきょりが、こんなに長く感じたのは、初めてだった。
 そして、僕は、ミオの前に立ち止まり、せいいっぱいの声で、さけんだ。
「ミオリヤ・ミオさんっ! 僕はっ!! きみのことが、好きで――――すっっっ!!!」
 言った。言ってしまった。言って、しまわれました。
 僕の声が、地球をいっしゅうして、背中からもどってくるほどの、いっしゅんの、間。
「わたしも、サキ君のこと、すき!」
 はちきれんばかりの笑顔で、ミオがこたえた。
「おおおおおおおおお――――――!!!」
「きゃあああああああ――――――!!!」
 周囲にこだまする、かんきの声。僕は、ふたたび、「はいっ、す、ちゃ、ちゃっ!!!」と、「しきぼう」を振って、かんしゅうを、しずまらせる。
「それって、『僕のことがすき』っていみ? それとも、『地球人として』とか、『宇宙人として』すきっていみ?」僕は、おごそかに、たずねた。
「きまってるじゃない」
ミオは、ぎゅっ、と僕の手をにぎりしめて、こたえた。

「ぜ―――んぶ、だよ!」

…………。

「いやっほ―――――――――い!!!」

 僕は、次のしゅんかん、腹の底から来る「かんき」に、もう、いてもたってもおられず、「ひゃっほーっ」、と、笑いながら、地面をけって、いるかみたいに、空中におどりあがって、ばく転した。すちゃっ、と着地、ばく転、着地、ばく転! 
僕の、もう、お盆と正月と、夏休みと冬休みと、春休みと、クリスマスがいっしょにきたような、うちゅうといっしょになったような、この喜び! 「自分・ボール」となって回転する僕。回転するたびに、その喜びは、どんどん、パワーアップし……。
 気が付くと、丘の上のがけを通りこして、空中にいた。 
 ふっ、と、足元のぬける感覚。
 こちらを見下ろす、みんなの顔が、いっしゅん、見えたような気がして。
 僕は、ざっぱ―――ん、と、せいだいな水柱をたて、海へ突っ込んでいた。
 なんか、こんなこと、あった気がするけど、やっぱ、こうなるのね。
 たぶん、「ぎねす・ぶっく」とかに、「小学四年生、こくはくせいこうご、さいたん、げきちん・しんきろく」みたく、きろく、されちゃうのね。
 そんなことを、思いながら。
 僕はこぽこぽと、あわを身にまといながら、どこまでも、海の底深くしずんでいこうとして。
 なにか、つるつるした強い力に、ぎゅいっ、と、お腹を押され、むちゅうでそれにしがみつき。
 今度は、ぎゃくに、ぐいぐいと、太陽の光を受けて、ゆらゆらと虹色にかがやく、海面目がけてきゅうじょうしょうを始め。
 どっぱ―――――――――ん!!
 僕は、本物のいるかのせびれにつかまって、水しぶきをまきちらしながら、空中に、おどり上がっていた。

     8

 それからのことは、とぎれとぎれにしか、おぼえていない。
 おぼえていないので、それが、本当だったのかどうか、よく分からないけど、後になって、思い出してみると、だいたい、こんな感じだった気がする。
 あさせまで来ると、こんいろの体に、一本の白いすじが入った、いるかは、僕を、鼻先で、つんつんとつつき、まるで、「バイバイ」とでもいうように、ひれを振った。そして、「きゅい」と、一声鳴くと、水切り石みたいに、海面をジャンプしながら、おきに帰って行った。
 それから、犬かきすること、やく、300かき。
 ようやく、足がつくところまでたどりついた僕は、びったり体にはりついた服から、水をたきのように流しながら、ぼしゃぼしゃ、海の中を歩いて、波うちぎわまでたどりついたところで、なまこのように、ぶったおれたのだった。
 すると、だれかの大きな手が、僕のわきをかかえて、ずりずりと、はまべまで、引っぱって行くのが分かった。
 海水で、しばしばと、しみる目で見上げると、サングラスに、野球キャップをかぶった、背の高い男の大人のすがたが、ぼんやり見えた。
 野球キャップの大人は、僕の横にかがんで、僕のいたいけなほっぺたを、こうごに広い手のおもてとうらで、ぺしぺしと、はたきながら、「大丈夫か」とか、「しっかりしろ」とか、「歯、みがいたか」、「はやくねろよ」とか、言っていたような気がするけど、たぶん、耳に水が入っていたせいで、聞きまちがえたのだろう。
 僕は、おうふくびんたのたびに、頭が、右、左、右、左……とゆれるのにはらを立て、「だいじょうぶです!」とどなって、飛び起きたが、さすがに「300・いぬかき」につかれはて、またぶったおれそうになった。
 野球キャップは、僕のうでをつかみ、「ちっ」、とか、はきすてながら、「レ」のマークに、「NICE」のロゴ入りで、「セバスチアーノ・リバルト・カルロジーニョ・64」と、ながったらしく、かたかなで書かれた、ぱちもんTシャツの背中を向け、「のれよ」と言った。
 おもむろに、その肩に足をかけ、首につかまろうとする僕。
「そっちじゃない! 誰が、肩車するって言った!! それに、首しめるな!!!」
野球キャップは、ぶるん、と、ぶっとい首を振って、僕をふるい落とした。
 ごちん。
 後ろへひっくり返った、僕のやんごとなき「こうとうぶ」は、みごとに、はまべに流れついた、ぶっとい丸太のしんに、「くりーん・ひっと」していた。
「あ、いけね」と、野球キャップの声。
 あやつり人形みたいに、くねくねになった僕が、その広い背中におぶさるとき、遠くから、みんなのさけびごえが聞こえた気がするんだけど、そこから先は、本当に覚えていないんだ。

     9

 そして、気が付くと、僕は、ふとんに寝かされていた。
 目をこすりながら周りを見る。足をたたんだ細長い机や、おりたたみ椅子が、かべに立てかけられている。どうやら、自分ちの、ベッドの上じゃないことは、たしかだった。
 ちくたく、金色のせんべいみたいな「ふりこ」のゆれる、柱にかかった木の時計を見ると、まだ五時すぎだった。つまり、僕たちが、いるか神社を出てから、まだ二時間くらいしかたっていないことになる。
 僕は、「ふあ~あ」、と、一つ大きくあくびをして、ふとんをはいだした。何か、すーすー、するな、と思って、シャツのそでをひっぱろうとしたら、僕は、いつの間にか「かすりのゆかた」を着ているのに気が付いた。しかも、何でか知らんけど、髪の毛がこげくさくて、ちりちりしてる。それに、体中から、何か、つーん、としたにおいがただよっている。とくに、顔らへん。
 頭の上に、「???」のふきだしを、ぷかぷかとただよわせながら、まっ白なふすまを開けて、しん、としずまりかえった、木の板のろうかに出る僕。
 えーと、トイレ、トイレ、と、ふすまだらけのろうかを、きょろきょろしながら歩いていると、その一つが、がらりと開き、おぼんを持って出てきた、上が白のきもの、下が赤の「はかま」を着けた、きれいなお姉さんと、ぶつかった。
「えっ、サキ君?!」
 お姉さんは、お湯のみや「きゅうす」をのせたお盆を、ひっくり返しそうになり、そのしゅんかん、白い「たび」をはいた足で、すいー、とろうかをすべり、くるっと、半回転した。いってきもお茶をこぼさず、両方の手のひらで、おぼんのうらをささえ、後ろへ片足を水平にのばすと、「T」の字になって、ぴたりととまる。
 その「ふぃぎゅあ・すけーと」のせんしゅみたいな、美しくかれいなうごきに、僕は、ないしん、「10点! 10点! 10点!」と、最高得点をつけていた。
えんぎを終えて足を下ろしたお姉さんは、片手でおぼんを持ち、空いている方の手で、「ほ~っ」と、胸をなでおろした。
 ん? このきれいなお姉さん、「みこさん」のお姉さんじゃないか。ってことは……。
「ここ、いるか神社なの?」
僕が、首をかしげてたずねると、「みこさん」は、ここが、いるか神社の「しゃむしょ」のとなりにある、「かんぬしさま」の家なのだと、教えてくれた。
「それより、サキ君、もう起きて大丈夫なの? ついさっき、お母さんに、来てもらうように、お家に電話をしたのですけれど……」
 心配そうに、僕の顔をのぞきこんだお姉さんの顔が、みるみる真っ赤になり、「ぷふっ」、と、ふきだした。「みこさん」は、お盆のお湯のみや「きゅうす」を、かたかた鳴らしながら、肩をこきざみにふるわせて、「ぷくっくくくくっ」と顔をうつむかせた。
「なにを、しとるんだね、『フジノ』や」
 がらり、と、はんたいがわのふすまが開いて、上が白、下がねぎ色の「はかま」を、冬のかれ木に、かぶせたような、白いおひげの「かんぬしさま」が、あらわれた。
僕は、すっ、とえしゃくをした「みこさん」の横から、ぺこり、と、頭を下げる。
「おお、『サチカワ君』、かね。目が覚めたか。みんな、心配しとったぞ」
 「かんぬしさま」は目を細めながら、僕の顔をのぞきこんで、そう言うと、ぽんぽんと、僕の肩をたたいた。
「かんぬしさま、ありがとうございます。あと、僕、『サキカワ・サキ』です」
「うむ。そうした、細かいことは、どうでもよろしい。それより、君を、ここまで運んできた男だが、どこへ行ったか、知らんかね。え~、『サチカマ君』、でよろしいか?」
「かんぬしさま、僕、さっきまでねてたんで、知りません。細かいようですが、僕、『サキカワ』です。あと、さっきよりか、遠ざかってます」
「そうかのう」と、あごひげをしごく、「かんぬしさま」。僕たちの、どうにもかみあわない会話の間をとりなすように、「みこさん」が、春のようにうららかな声で言った。
「おじい様、あの方なら、姉さんのところに行くと言っていましたよ」
「ほほう……。んっ、なにいいいい―――っ?!」
 それまで、おだやかだった「かんぬしさま」の顔に、ぴきぴきと、あおすじが走った。ついで、「ぬん!」というかけ声と共に、ほっそりした「かれ木」の体が、むくむくとふくれあがり、白いきものをやぶらんばかりに、ぱんぱんにもりあがった「タイヤのチューブ」みたいな「だいきょうきん」と、丸太んぼうみたいなうでが、しゅつげんした。
 岩のかたまりみたいな拳が、先っちょについた両腕を、腰にかまえて、「かんぬしさま」が、「コオオオオオオ―――!!」と、おなかをへこますように息をはくと、ろうかに「大しけ」のときみたいな「たつまき」がまきおこり、僕は、思わず顔をうででかばったまま、ろうかを、つつーっ、と後ろにさがっていった。
 こ、この「怒気あたり」はっ! フジカタ先生が、とっぱつてきに、はらをたてたさいに、生徒をかなしばりにしてしまう、「いるか拳」?! しかも、この、ろうか中のふすまを、ばたばたと、「ドミノたおし」みたく、なぎたおしていく「いりょく」、フジカタ先生より、「100・へくと・ぴくせる」くらい、すごいかもしんない。
「あ、あの男め、ぬけぬけと、またしても、『フジコ』を、ろうらくする気であるかっ! 今度という、今度は、許さぬ!! 目にもの見せてくれるわ――――っ!!!」
 白いひげをさかだて、「におうさま」みたく、きんにくもりもりの腕を、びしっ、と上下にかまえた「かんぬしさま」は、「ハッ!」とさけぶと、鉄砲玉のようないきおいで、長いろうかをつっぱしり、急ブレーキをかけて止まると、振り返って、とっぷうを巻き起こしながら、僕たちの方へもどってきた。
 「かれ木」から、いっしゅんで、いるか山にそびえたつ、じゅれい一万年くらいの「いるか・いっぽんすぎ」へ、パワーアップした「かんぬしさま」は、顔を「どあっぷ」に近付けて、僕の目をしげしげとのぞきこんだ。やや、「干し柿」っぽい、しぶい感じの香りに、顔をそむける僕。
「すると、やはり、『チーカマ君』、かのう。おんし、おもしろい、顔を、しとるな」
 わっしと、クマのような手で頭をつかまれて、定位置に顔をもどされた僕は、内心、「ほっとけ」、と思った。
 ついでに、「なんで、僕の名前、父さんの『ビールの、おつまみ』なのですか。どんどん、遠くなって、『カ』しか、あってないでは、ないですか」、と、はんろんしたかったが、そのあまりの「どはくりょく」に、口を動かすことも、できなかった。
「……それに、おんしからは、奇妙な『ちから』を、身にまとっておるのを、感ずる。ふむ……。よきかな、よきかな。その『ちから』、ゆめゆめ、用い方を誤るでないぞ。『しんらばんしょう』のために、用いてこその、尊い『業』と、知れ」
 ちくちくと、逆立ったひげに鼻先をつつかれながら、僕は、まるで、通学路で、ハチミツ入りのつぼをすすめてくる「きいろい、クマ」に出会ったみたいに、目だけを、ぱちぱち、まばたきして、「いえっさー」の気持ちを表した。
 「かんぬしさま」は、何か、一人で納得してしまったらしく、笑顔でうなずくと、すちゃっ、と、二本指を立てて、かっこよく顔の横でふった。「では、さらばっ!」と、言い残して、ろうかに、「干し柿」の香りをふりまきつつ、「ばくそう」して行く。
 そのまま、つきあたりを、右に曲がって消え、「間違えた!」と、またあらわれると、左へ「スーパー・カー」のように、ふおぉぉん、と、かけぬけて、今度こそ、見えなくなる。
「あらあら、どうしましょう」と、なにごともなかったかのように、「みこさん」は、おぼんを床におろし、「かんぬしさま」の消えたあとの、ろうかに散らばるふすまを片づけ始めた。
「あのー、さっきの『かんぬしさま』のって、もしかして『いるか拳』ですか?」と、おそるおそるたずねる僕。
 にっこりと春風のようにほほえみ、フジノさんは、こたえた。
「そうよ。おじい様が、フジカタ家に代々伝わる、『いるか拳・十七代・伝承者』。もう、引退して、あとをゆずったけど。サキ君の、担任の先生が、十八代目」
「えっ、ちょっと、待って。いるか神社の『かんぬしさま』って、フジカタ先生のおじいさんなの?」
「知らなかったの? フジコ姉さんが、お父さんを飛びこして、跡をついだの。私は、妹のフジノ。姉さんが、小学校の先生になったから、私が今は、おじい様のお手伝いをしているわけ」
 はああああ。僕にとっては、いるか神社の「かんぬしさま」は、「かんんぬしさま」で、フジカタ先生は、僕ら四年一組の「たんにんの先生」ってだけだったので、そんな「つながり」があるなんて、ちっとも知らなかった。ほんと、「大人のせかい」って、ふくざつなのね。
 「みこさん」……フジカタ先生の妹らしい、フジノさんは、僕をうながして、ろうかを歩き始めた。
「それにしても、あのひと、大丈夫かしら? おじい様に、見つからなければいいけど……」
 前を歩くフジノさんが、心配そうに、ぽつりと言う。
「あのひと?」
「サキ君を、ここまで運んできてくれた男の人よ。彼が、あなたに、ホースで水をぶっかけて、砂を落としてくれたり、ぞうきんで体中ふいてくれたり、落ち葉をもやす『バーナー』で遠くからあぶって、冷えた体を温めてくれたり、保湿用に、車のワックスを体中、塗りこんでくれたり、してくれたのよ。あ、着替えは私がしたの。子供のころの、私のおさがりの『ゆかた』よ。気にいってくれた?」
…………。
 あの、「野球キャップ」め! ひとを、何だと思ってやがんだ!! 僕は、夜中に外国の人がやってる「つうはんばんぐみ」の、「車・めんてなんす・せっと。今ならおとく! 五千円のところが、四千八百七十円」みたいな、じっけんだいの車じゃないぞ!!!
 どうりで、髪の毛がこげくさかったり、体中から、へんな、においがしてたはずだ。というか、「わっくす」とか、体にぬられて、だいじょうぶなのか、僕。あとで、あらいおとしとこう。
 僕は、「野球キャップ」が、「かんぬしさま」と、ぜひともめぐりあい、とくと、「いるか拳」のいりょくをあじわっていただきたい、と、はげしくねがった。
 フジノさんが、何か話していたけど、僕は、あいつのことで頭がいっぱいだったので、ろくに聞いていなかった。ろうかのかどを、いくつか曲がると、みんなの笑い声が、だんだん聞こえてきた。
 みんな、しんぱいかけたな。サキカワ・サキ、ただいま、もどりました。
 フジノさんが、八枚ならんだ、大きな部屋のふすまを、がらりと開けた。見覚えのある部屋。「いるかのぼり」のときに、みんなで集まる、「おざしき」だった。
 でも、部屋には、だれもいない。ランドセルや、「たいいくぎ」のふくろなんかが、ざぶとんの上に投げ出されていて、つやつや黒い、大きな木のテーブルの上に、お菓子のつつみがみが、たくさんちらばってる。みんなの笑い声は聞こえるのに。
 フジノさんが、すたすたと、部屋のはんたいがわへ歩いて行って、しょうじを、すすーっと、開けた。そこから、松の木でかこまれている、広い庭に出れるはず……。
 そこで、僕は、見た。
 赤・青・白・黄、色とりどり、大・中・小の、「いるかのぼり」のむれが、空中を、わがもの顔で、ふおんふおん、と、体をくねらせて、いりみだれながら泳ぎまくっている。
 それを追いかけて走り、はしゃぎまくっている、四年一組のみんな。
「おーい、みんな、ただいまー!」
 さけぶ僕に、まっ先に気が付いて振り向いた、タイチが、「おっ、サキ、目がさめたか!?」と言って、みんなに声をかけた。
 四年一組・37人+五年生・二人が、かけよってくると、えんがわに立ってる僕を見つめた。
 そして。
「ぷっふ~!」
「ぶわっはっは!!」
「なーに、そのかお、ひ~!!!」
 などと、「だいばくしょう」のうずをまきおこし、お腹をかかえたり、みをよじったり、ひっくりかえったり、えんがわを、ばしばし、たたいたりして、うけまくっていた。
 「ぷぷぷぷぷ」と、くちびるをふるわせながら、近づいてきたミオが、「おざしき」の鏡をゆびさした。隅に置かれた鏡を見にかけもどる僕。がばっ、と、その「三面鏡」のとびらを開き、左右の鏡の面を、うまいこと、てかてか・つやつや顔の上でのたくっている、黒いもようが見えるように合わせる。
 僕の「ごそんがん」には、油性ペンで、ところせましと、こう書いてあった。
「ボクのなまえは? ①サチカワ、②サチカマ、③チーカマ」
 せいかい④「サキカワ・サキ」は、「あの『野球キャップ』、ぜったい、ゆるさん!!!」と、全身をぶるぶるふるわせて、こぶしを固くにぎりしめた。

     10

 僕は、おざしきの「三面鏡」に映った、自分の顔一面に、みみずののたくったような字でえがかれているらくがきを見て、あの「野球キャップ」男のしわざである、「かお・クイズ」に、水からあがったばっかりの犬みたく、からだをわななかせた。
 なにが、腹が立つって、この「かお・クイズ」、「せいかい」が、問題の中に、ないではないか。「野球キャップ」の、「しゅつだいしゃ」としての、あまりのいいかげんさに、僕は、かならずや、あのぼうしの下にかくされた頭に、「輪ゴム・ボール」で、おもうぞんぶん、「みすてりー・らくがき」を「こくいん」してやるのだ、と、深く静かに決心した。
「はい、は~い。みんな、そろそろ、『いるかのぼり』、片づけてねー」
 フジノさんが、縁側から、ぱんぱん、と手をたたく。僕のことなどすっかり忘れ、ふたたび、庭中を走り回って、「いるかのぼり」を泳がせることによねんのない、四年一組のめんめんが、その声に振り向く。
「は~い」
じつにあきっぽい、みんなが、へんじを返し、お正月のたこあげのときみたいに、「おっとっと」という感じで、おりてきた「いるかのぼり」を、キャッチしようとしている。
 いつの間にか、僕の横には、ミオが立っており、ハンカチで、僕のほっぺたを、ごしごしとこすってくれていた。
「とれないねー、これ?」と、首をかしげるミオ。
 ワックスをぬったくった上から、油性ペンで書いたために、「かがくはんのう」をおこしたのか、らくがきは、さいしょっから、僕の顔のいちぶだとでもいいたげに、ごうじょうさをしめして、いすわり続けた。
 また僕の顔を見て、ぷ、と首を横に向けると、肩をこきざみにふるわせる、しょうじきなミオ。
 ああ、「こくはく・せいこう」のすぐあとに、こんなことでは、「ろまんちっく」なふんいきが、だいなしではないか。
こう、なんか、カップ・アイスとか、木のへらで、いっしょにたべて、ほっぺたについてるのを、ハンカチでぬぐってもらって、「とれたよー、うふっ」とか、そんな、「ばにら・くりーむ」てきな、そういう感じのてんかいは、僕にはないのでしょうか。僕は、冷蔵庫の奥に忘れ去られたもやしのように、しんなりとうなだれた。
しかたなく、おかしのつつみ紙のちらばっている、机の上から、おかしぶくろの口をしばってあった、輪ゴムを取り上げ、顔の前に、「輪ゴム・ボール」を出現させる。回転するボールから、一本のまっ白な、「れーざー・びーむ」がはなたれ、「ち―――」と、僕の顔のらくがきの上を、なぞっていく。
「うひょひょひょひょ!」
 僕は、そのむずがゆいような、こそばゆさに、思わずみょうな声をあげてしまった。が、こうかは、てきめん。ぺりぺりと、おにぎりから黒いのりをはがすみたいな音を立てて、油性ペンの文字は、消しゴムのくずみたいに、「輪ゴム・ボール」の中に、すいこまれていった。
 ついでに、体中にぬったくられた、「わっくす」も、すいとってもらおうと、頭の上にボールをいどうさせる。しゅごー、と、そうじきにすいとられる感じで、「てかてか・わっくす・せいぶん」が、頭の上にあつまり、どんどん、ボールの中に、きえていく。
「いるか・りはつてん」のおばちゃんが、「ぱーま」をかけるときに、お客さんのおばちゃんたちが、ひなたぼっこのねこみたいに、うっとりしたひょうじょうで、ざっしをよんでいるのを、学校帰りのガラスごしに見たことがあるけど、あの気持ちが、少し分かったような気がした。
 僕も、目を細めて、その「ぱーま感」に、しばし身をゆだねる。「てかてか・わっくす感」が、体から消えていくのを感じて、「あら、もう、おわっちゃったの?」と、思わず、ざっしを持ったままいねむりしていたおばちゃんのように、周りを見回すと、たたみの床を転げまわり、おなかをよじって笑いまくる、ミオのすがたがあった。
「あ、んんっ! どうかな、今の僕?」
僕は、「ざんてい・かれし」の、いげんをたもつため、「くーる」なえみをうかべて、ミオを見ると、ミオはなぜか、さらに、ばしばしと、たたみをたたいて、うけにうけまくっていた。
 四年一組のみんなが、手に手に「いるかのぼり」を持って、くつをぬぎすてながら、えんがわへよじ登ろうとしたとき、「ぱっぱー」、と、車の「くらくしょん」の音が聞こえた。
「サキ君、お母さんがむかえにきたみたいよ」
フジノさんが、ちらばったランドセルをすみっこによせながら言う。僕は、「は~い」と答え、内心、「ああ、母さんに、こってりしぼられるんだろうなあ」などと、思っていると、
「ぱっぱ、ぱっぱら、ぱっぱ、ぱっぱら……ぱっぱ~~~!!!」
「くらくしょん」が、ふしぎな音色をかなでた。
 はっ、と顔を上げたフジノさんが、えんがわへと走り、しょうじをぜんかいにして、外をながめる。
 その、ただごとでないいきおいに、僕とミオは、フジノさんの後をおっかけて、りょうがわからはさむように、となりにならんだ。
「どうしたの、フジノさん?」と、たずねる僕。おざしきに上がったり、えんがわをうろうろしていたみんなも、きょとん、として、めいめいのかっこうで、動きをとめた。
「あ、あれは……」
フジノさんが、白いたびのつまさきで、のびをしながら、遠くへ目をこらす。
「あれは?」と、りょうがわから聞く、僕たち。
「『日曜・スリリング・劇場』の、テーマ・ソング! 何か、あったんだわ!! スリリングな何かが!!!」
 そう言って、ひらり、と、えんがわから飛び下り、「わらじ」をつっかけたフジノさんは、「ふぃぎゅあ・すけーたー」みたいな、なめらかさで、庭木をよけながら、地面の上を、ついー、とすべるように、勝手口の方へ向って行った。
 いっしゅん、あぜんとしていた僕らだったが、顔を見合わせると、いっせいに、えんがわを飛び下り、フジノさんの後を追った。
 勝手口の、竹で出来たくぐり戸をぬけて、「しゃむしょ」のうらの、せまい路地をまがり、「さんどう」へ。もう神社の「ほんでん」の門はしまっているので、通る人はだれもいない、じゃり道の「さんどう」を、赤い「はかま」をはためかせて、すべって行くフジノさんに、髪をなびかせたミオ、そして、ボールを頭の上にのっけた僕が続く。
「フジノさん、あの車の音って、何なの?」
横にならんで、走りながらたずねるミオ。そうだ、僕もそれが聞きたかった。それに、「日曜・スリリング・劇場」といったら、日曜の夜9時頃にテレビでやってる、それを見ようとしたら、塩せんべいを食べる母さんに、「はやく、歯をみがいて、ねなさいっ!」と、いっかつされる、「きんだんの、ばんぐみ」ではないのか。
「あれは、いるか町で、『緊急事態』が発生したときにならす、女の人だけが知ってる信号の音なのよ。だから、ミオちゃんはいいけど、サキ君、男の子だから、これは、内緒ね!」
口の前で人差し指を立て、しー、のポーズを作りながら、すべるように走り続ける、フジノさん。そんな「ひみつ」が、あの変な「ぱっぱー」音に、かくされていたとは。
さらには、春の田んぼにさく、れんげの花みたく、おしとやかなフジノさんの、意外にも器用な、この走りっぷり。それとも、さすがは、あの「かんぬしさま」のお孫さんで、「いるか拳・でんしょうしゃ」である、フジカタ先生の妹さん、といったらいいのか。
いるかまちに生まれ育って、だいたい十年。この、サキカワ・サキにとっても、このまち、いまだに、なぞだらけである。というか、育つほどに、なぞが深まる気がするのは、僕だけですか。
 「さんどう」をつっきり、左へのびる、「いるかのぼり」の丘へ向かう道の、はんたいがわ。「ひ」の字みたいに、いるか神社の前に広がる海の入り江を真ん中にして、僕の落っこった、「いるかのぼり」のある左の方の丘のがけと、ちょうど、向い合わせになるみたいに、突き出した、右の方の、もっと高いみさき。
すなわち、「いるかみさき」。
 そこに、だれかがいるのが、米つぶみたいに、見えた。
「輪ゴム・ボール、ズーム・イン!」
そんな、べんりな「きのう」があるのかどうか、ぜんぜん知らないけど、僕は、てきとうにそうさけんでみた。すると、れいの「ち―――」光線が、あたまのてっぺんにつきささり、僕の目が、そうがんきょうみたく、みさきのがけの上に、さいしょは、ぼやっと、しだいに、きりきりとダイヤルをちょうせつするように、くっきりと、ピントを合わせた。何でも、ためしに、言ってみるもんである。
 僕は、そこにいる人物を見て、息を飲んだ。
 そこにいたのは、なぜか、その手に、「すりこぎ」をにぎりしめた、「野球キャップ」だった。やつは、あわてふためきながら、後ろにせまる、がけを見て、片足を、ひっ、と上げ、後ずさった。ちなみに、「すりこぎ」とは、母さんが、内側にぎざぎざのついた「すりばち」で、「ごま」なんかを、こなにするときに使う、先っちょが丸い、小さなバットみたいな、木の棒のことである。
 すると、しげみをつきやぶるように、ぬういっ、と、手が突き出し、さぐるように、木の葉を両手でかきわけると、その間から、んざっ、と、頭が、出現した。
あれ? どっかで、あの髪形、見たことあるような……。
その、ひっつめ髪を、上でおだんごにまとめた頭は、ドライバーをねじこむように、ぎゅいぎゅいと、茂みをとっぱし、ゆっくりと、顔を上げた。
「フジカタ先生!!!」
「姉さん!!!」
僕とミオ、フジノさんの声が、重なった。
 そして、フジカタ先生は、ぬぉぉぉぉお、と、白いワンピースに、紺色のスカートという、いつも教室で見るぜんぼうをあらわし、いつか、テレビ映画でみたことのある、「未来からやってきた、えきたい・こうげきロボット」のように、なめらか、かつ、せいみつなうごきで、直角に手足をもちあげ、「野球キャップ」に、じりじりと近づいていく。
 その、あまりにも、「日曜・スリリング・劇場」かつ、「みらい・えすえふ・映画」っぽい、きけんなじたいに、僕の歯は、かってに、かちかちと音を鳴らし、しんぞうは、フジカタ先生の動きに合わせて、「だだすただすただす、だだすただすただす」、と、「えきたいロボットのテーマ」を奏でながら、みゃくうった。これか、これが、「すりりんぐ」なのか!!
 その「すりりんぐ」を、いやがおうにも高めるように、僕の母さんの車がならす、クラクションが、ひびきわたった。
「ぱっぱ、ぱっぱら、ぱっぱ、ぱっぱら……ぱっぱ~~~!!!」
 「すりりんぐ」の引き起こす「さっかく」なのか、僕のしかいを、赤や黄色の丸い円が、めまぐるしく、上下左右に動き回り、「いるかみさき」に、どっぱーん、と、波しぶきが、たたきつけた。

     11

 「いるかみさき」に、どっぱーん、と、たたきつける波しぶき。波しぶきが、「いるかみさき」に、どっぱーん、と、たたきつけられる。「いるかみさき」に、たたきつける波しぶきが、どっぱーん。さいてい、三回くらいは言わないと、伝わらないであろう、このもうれつな波しぶきを背景に、豆つぶのような、二人の男女が、じりじりと、間合いをつめていく。
 これかっ! これが、あの、母さんが九時すぎてからは、見てはいけないという、きんだんの「スリリング」なのかっ!!
二人は、そのまま、何事もなかったかのように、おたがいを通り過ぎて、くるっと振り返り、再び、じりじりと、間合いをつめ始めた。最初の「間合い」に、何の意味があったのか、良く分からないけど、たぶん、僕らの目には止まらないスピードの、ものすごい、「おうしゅう」があったにちがいない。そのわりに、「野球キャップ」は、「すりこぎ」で、首筋を、ぽりぽりかいたり、フジカタ先生は、「いやん、やな風!」みたいな感じで、ほつれた前髪をかきあげたりしていたのだが。もしかすると、今のは、ドッジ・ボールの「追い風・コート・チェンジ」みたいな、場所いれかえだったのだろうか。
 今度は、フジカタ先生が海を背にして、両手両足を激しく振り、その場から、一ミリ動くか動かないかの「スキップ」で、「野球キャップ」へと間合いをつめる。対する「野球キャップ」は、「すりこぎ」を、中腰のまま、両手で横に突き出すように水平にかまえ、おすもうさんの「土俵入り」のように、足をぞわぞわ、地面にこすらせて、にじり寄る。
極端な、「動」のかまえと、「静」のかまえ。いや、これを「かまえ」といっていいものかどうか分からないが、とにかく、そんな感じで、二人のきょりが、縮まっていく。
その「きんぱくかん」に、さしものミオも、あごを伝う汗をぬぐい、僕は、ごくり、と、のどを鳴らし、風にあおられて、どこからか飛んできた、一羽の白い「ウミネコ」が、にゃあ、と、鳴いた。僕は、はっ、として、思わずひざを打った。
 あ、「ウミネコ」って、鳥なのに、本当に「にゃあ」って、鳴くんだ!
 ……などと、感動している場合では、なかった。
 「ウミネコ」の鳴いた「にゃあ」の、「に」が始まる、「八分音符」一ぱく分も入れずに、いるかみさきの、先っちょがするどくとんがった、「ミ-シュカ・パン」の「ぴざ」を八等分したあとの一切れみたいな、せまいがけの上で、「スキップ・フジカタ先生」と、「すりこぎ・野球キャップ」がこうさくし、おそるべき「しとう」に突入してしまったからである。
 そこには、こっそり、タイチに教えてもらった、「日曜・スリリング・劇場」の中身みたく、「じこくひょうのありばい」とか、「おんせんにつかる、おねえさん」とか、「ふだんからジーンズすがたの、かっこいいけいじさん」とかは、まるで出てこなかった。
 ひたすら、フジカタ先生が、水中のいるかの舞いのようなゆうがさと、おそるべきスピードで、こぶしやけりを放ち、「野球キャップ」が、目にもとまらぬ速さで、すりこぎを水平に振り回して、それをげきたいする、という、こどもには、あんまし、見せてはいけなさそうな光景を、夕方六時くらいから、生放送でお送りしていたのである。
 そう言えば、きのう、「クラス全員・リアル・すけきよ」を達成したとき、ミオをのぞくと、ゆいいつ、「すけきよ」らなかったのが、ほかでもない、このフジカタ先生である。
 あのしんきょうち、「リアル・すけきよ」が、きかなかったのではなく、あとで「先生の机」に行ってみたところ、指でわしづかみにしたような、五本の木のへっこんだあとが、机の両側にあり、床には、先生のものらしい、「はいひーる」の、くつあとが、木の段に、めりこんでいた。
 ようするに、力づくで、あれをやぶったらしく、後に、先生は、それを「嫁入り前の、大和撫子の心意気です」と、にっこりほほえみながら、僕の頭を、ぎりぎりと、わしづかみにして下さったのであった。
 それにしても、この拳を体得した、すもぐり漁の漁師さんは、水圧で、「フカ(さめ)」でも、げきたいできるという「いるか拳」、その「十八代目・せいとうこうけいしゃ」である、フジカタ先生に、一歩もゆずらず、ごかくに立ち向かうやつがいるとは、おどろきである。
 しかし、僕は、一つ大きく深呼吸して、ぱきゃーん、と、鏡のわれるような音をきくと、指先で回転する、「輪ゴム・ボール」を、「野球キャップ」めがけて、「出力・まっくす」で、放った。
 ひゅん、ひゅん、ひゅん、と、空中に、青白い光のぬいめを残し、とちゅうをはぶきながら、学校の運動場のはしっこくらい先の、「野球キャップ」へ向けて、僕の「輪ゴム・ボール」が、飛んでいく。
 「スリリング」は、「スリリング」。「つうはんばんぐみ・お試しセット」の実験台にされたり、顔に「僕はだれ? クイズ」を落書きされたのとは、べつの、話なのである。どうせ、フジカタ先生が、のしてしまうにちがいないから、その前に、いっぱつ、「すけだち」をかましても、いいよね。
 「自分・クラス委員会」は、まんじょういっちで、「すけだち」にさんせいし、僕の「輪ゴム・ボール」は、だだだだだ、と、フジカタ先生の、「両手両足・ずつき・五連打」を受け切り、ばっ、と、後ろへとびすさった、「野球キャップ」の頭めがけて、おそいかかる。
 「野球キャップ」は、「輪ゴム・ボール」に気付いたのか、のろのろとした動きで、前かがみになると、すりこぎを地面と水平にかまえた。
 ふふっ、「野球キャップ」よ、「きどう」をよませない、僕の「輪ゴム・ボール」に気付いたのは、ほめてしんぜよう。
 だがッ、しかしッ、そんな、日向ぼっこしてる冬のかまきりみたいな「すろー」な動きで、僕のボールにかなうとでも、思っていらっしゃりやがるのかッ! お前は、僕の「輪ゴム・ボール」を、甘く見すぎたッ!! というか、甘くもなにも、見るのはたぶん、始めてだろうけどッッッ!!!
 そう、思ったら。
 かきぃーん。
 かわいた音を立てて、「輪ゴム・ボール」は、みごとに、すりこぎで、打ち返されていた。
 なっ、なんだとォォォォォォ―――――――ッッッッッッッ!!!
 僕は、たしかに、見た。「野球キャップ」のやつは、水平にかまえた、すりこぎを、いったん後ろにもどし、おそるべきはやさで、振りかぶって、すりこぎの、「ましん」で、ボールをとらえて、はじきかえしてきたのだ。
 ま、まさか、あの打法は、「バスター」!? バントに見せかけて、ヒットしてくるという、あの超高等テクニック、「バスター」だと、いうのか!
 その、ライナーせいの当りは、ふっ、ふっ、ふっ、と、とちゅうをすっ飛ばして、僕の方へピッチャー返しみたく向ってくる。
 う、うぉぉぉぉぉぉ――――――――ッッッッッッ!!!
 僕は、あわてて、「輪ゴム・ボール、かいじょ!!!」とさけんだが、間に合わず、そのちょくげきを、ひたいでうけることになった。
 ぺちん。
 僕は、輪ゴムに、ひたいをはじかれて、あうん、とのけぞった。元をただせば、このボール、輪ゴムなんだから、持ち主にとってみれば、たいした「だめーじ」なんか、ないのは、当たり前だった。
 それにしても、あいつ、何ものだ? 「すろー」じょうたいで、フジカタ先生とごかくにわたりあいながら、僕の「輪ゴム・ボール」を、いともかんたんに、打ち返すとは。
 そして、二人の「しとう」が、げけっぷちで、再開された。
 せんきょうを、見つめる、僕と、ミオ、そして、四年一組のみんな。いるかみさきに向って、僕の母さんの車が、山道を走って行くのが見える。その「じょしゅせき」の窓から、フジノさんの姿も見えるので、二人して、ぜっぺきのたたかいを、なんとかやめさせようとしているらしい。それも、あの「ぱっぱ~」のクラクションを、鳴らし続けながら。
 しかし、この「しとう」、へたすると、もじどおりに、もうすぐけっちゃくがついてしまうかも、しんない。
 というのも、「いるかみさき」の上にしつらえられた、「リング」とか、「どひょう」とか、「ふぁいなる・すてーじ」みたいなのが、だんだんと、小さくなっていってるからだ。
 二人が、めまぐるしく場所を入れかえながらたたかっているうちに、がけのうらから、ぼろぼろ、石や岩がころげ落ちている。
 それは、遠くから見てる僕らだけに分かるのであって、じっさいに、しりょくのかぎりをつくしてせめぎ合っている二人には、自分たちの足の下が、ぽろぽろくずれており、「ピザの生地」がほとんどなくなった、「トッピング」の上でたたかってることになんて、気付いてないだろう。
 そして、そのがけの下には、いるかでさえも、これに巻きこまれたら、ぶじではすまないという、おそろしい伝説のある、ぎざぎざに突っ立った岩を、いくえにもとりまく「いるか・なると」が、うず巻きながら、かっぽり、口を開けて待っている。
 みんな、「フジカタ先生、もうやめて~」、「二人とも、おちる、おちる!」、「うしろ、うしろ!!」などと、手を振ったり、ぴょんぴょんはねあがったり、指さしたりなんかしながら、さけんでいたが、こっから、その声が、とどくわけなんか、ないのだった。
 その間にも、土くれや石が海に落ちて、水しぶきを上げる間もなく、「いるか・なると」に、飲みこまれていく。
 そして、いるかみさきに、たたきつける大波は、バームクーヘンにかぶりつく、大きな歯のように、みさきをかじって、えぐりとっていく。
「ミオっ、なんとかできないのか?!」と、せっぱつまって肩をゆする僕。
「やってみる!」一つうなずいたミオは、深呼吸して、目をつぶった。
 すると、ミオの黒くて長い髪の毛にかがやく、つやつやした光の輪っかが、ミオの頭のてっぺんへ上がって行き、すっ、と、帽子でもぬぐみたいに、空中にうかんだ。
 夜空の星を、一か所に集めたように、きらきらかがやく、その光の輪は、止まっているように見えて、本当は、ものすごい速さで回転しているようだった。
 ミオが、ふっ、と、息をはいて、振りかぶった人差し指をさすのと同時に、星の輪っかは、ミオの頭の上から消え去り、次のしゅんかん、大波から、みさきを守るように、ななめにかたむいた、丸い盾となって、がけの下に現れていた。
「ううううう~」
指先をふるわせながら、声をもらすミオ。打ち寄せる大波をふせぐのと、がけがくずれるのを止めるのを、両方いっぺんにやるのは、さすがのミオにも、しんどいようだった。
「すけだちいたす!」
「輪ゴム・ボール」を、ふたたびはっしゃする僕。ミオの回転する星の輪に、僕のボールがくわわり、『小学生の図鑑シリーズ』の、だいたい、59ページ目くらいで見た、土星と、その輪っかみたく、猛スピードで回転した。
 これなら、いけるか?! そう思ったとき、またしても、大波しゅうらい。岩がてんらく。
だめだ。自然のちからには、とてもじゃないけど、二人ぱっかしの力じゃ、たいこうできない。しかも、僕の「輪ゴム・ボール」は、波に押されて、くっつきすぎたため、ミオの星の輪にはじかれて、がけの上まで飛ばされてしまった。
 すると、「野球キャップ」が、すかさず、すりこぎで、それを打ち返す。おしくもライトのポール右に曲がった、ホームランせいの当りのように、僕の方へもどってきた「輪ゴム・ボール」を、「ふりすびー」を空中でキャッチするみたく、人差し指をつきだして、その上で回転させる。
何やってんだよ、せっかく助けてやろうとしてんのに、そりゃないだろう! がけからおっこったら、その下は、「ブラック・ホール」みたいに、うず巻く「いるか・なると」なんだぞ!
 そう、思いかけて、はっ、と気付いた。
 僕は、手に手に「いるかのぼり」をにぎりしめている、四年一組のみんなの方を振り返って、さけんだ。
「みんな、『いるかのぼり』だ! そいつを、僕のところに、飛ばして集めてくれ!!」
 とつぜん、僕が何を言い出したのかと、きょとんとする、四年一組の面々。それでも、「い」班の、タイチ、ショウスケ、リュウジ、ユウキ、ユカ、サヤ、アカネ、ユマが、僕の周りに、ふわふわと、たよりなげに「いるかのぼり」を、泳がせてきた。他のみんなも、それに続く。赤、青、黄、緑、紫、桃色、色とりどりの、「いるかのぼり」たちが、僕の周りに、泳ぎ始めたばっかりの、いるかの赤ちゃんみたいに、むらがってきた。
 打ち返された「輪ゴム・ボール」は、今、僕の、人差し指の上で、マウンドに駆け上がりたくてうずうずしている、ウォーミングアップ十分のおさえのピッチャーのように、出番を待って回転している。ミオでもできなかったことが、僕の力、ましてや、さっき「いるかのぼり」の「回転」を、おぼえたばっかりの、みんなじゃ、とてもできそうにもない。でも、「でも」なんだ、それがいいんだ。
「回転・速度・無限!!!」
 僕が、「輪ゴム・ボール」に向けて、さけぶと、いるかのぼりたちは、猛スピードで、僕の周りを回転し始め、虹色の輪っかを作った。
「三度目……、だ。そして、これが、さいごだッ!!!」
僕は、「輪ゴム・ボール」を放った。
 そして、
 ぴっしゃーん!!!
 かみなりが落ちたような音が、あたり一面にひびきわたり、次のしゅんかん、いるかのぼりたちは、虹色の光を、ばちばちと、放ちながら、いるかみさきのがけの下にいた。
 いるかのぼりたちは、「でんどう・草かりき」の、ぎざぎざのついた、丸いのこぎりみたいに、あっという間に、がけの下をけずりとって行く。
「おいっ、サキ! このまんまじゃよおっ!」と、ヨウタがさけぶのが聞こえた。
 「このまま……そうだよ、このままが、いいんだ!」
 がけを下から支えていた、最後の大きな岩が、ごそり、と抜け落ち、虹色に回転する、いるかのぼりの輪っかに、はじき飛ばされた。
 がけの上の、フジカタ先生と、「野球キャップ」が、もつれあいながら、「超・すろー・もーしょん」で、ちゅうにうかんで、ふっ、と、足場をなくして、落下し、
「今だ! ミオ!」
 僕の言葉に、ミオが両手を高々と上げる。同時に、僕も、「輪ゴム・ボール」を、ミオの星の輪の中にとつにゅう! さらに、「回転」、パワーアップ!
 すると、
 「いるか・なると」のうずが、たつまきに吸い上げられたみたいに、すさまじい回転をしながら、せりあがってきた。
 「うず」は、海の水の「回転」! それを、もっと、「回転」させる!! 「自然の力」に、さからうんじゃなくって、「味方になってもらう」んだッ!!!
 うずは、回転する「いりかのぼり」のマットの上に、ふんわりと着地した、フジカタ先生と「野球キャップ」を、下から支えて持ち上げるように、「じょうご」みたいな形で、うろうろしている。
 ミオが、手招きするようなそぶりを見せると、「いるか・なると」は、空中に、高々と、虹色の「いるかのぼり・マット」の上にうかぶ、二人を運んで、神社の浜辺の、波打ち際までやってきて、だんだんと、いりょくをうしなっていった。
 そして、くったりしおれて、浜辺の白い泡に洗われている、「いるかのぼり」に囲まれ、顔を見合わせていた、フジカタ先生と、帽子も、サングラスもどっかへ飛んでって、「野球キャップ」とはもう言えないんだけど、「野球キャップ」は、しっかりとだきしめあい。
 二人の方へ、砂浜を走ってくる、僕らのことなんて、気にもしてないみたいに、
 「ちゅー」を、していた。
 思わず、立ちつくす、僕たち。
 次のしゅんかん、
「きゃああああああああ――――――――――!!!」
「うおおおおおおおおお――――――――――!!!」
 全員が、いっせいにさけんでいた。
 あのー、さっきまで、がけの上で、「スリリング」な、しとうをくりひろげていたのは、何だったのですか。そんで、僕たちの、汗とか、涙とか、夕陽とか、そういうの、ぜんぜん、関係なしですか。
 じゃっかん、おむずかりの僕は、「ねえ、ねえ、ミオ、僕もさ……」と、となりにならぶ、ミオの耳に、そっとささやきかけた。
 夕陽にそまる、黒い髪をなびかせた、ミオは、ほんとうの女神様みたいにきれいだった。
 ミオは、海にかくれようとする太陽に、ほっぺたを照らして、しおさいに耳をかたむけるように、目をつぶった。
 僕も、目をつぶった。
 ワ~オ! 「バニラ・アイス」に、かんぱ~い!!
 そして、僕の顔が、ゆっくりと、前にかたむき、
 そのまま、口をつままれ、
 そして、鼻をつままれ、
 ついでに、耳をつままれ、
 さらには、しりをたたかれ、
 耳を引っ張られたまま、砂地をこけつまろびつ、引きずられるようにして、小走りに走り、
 母さんの車のこうぶざせきに、放り込まれた。
「まったく、いろけづきおってからに! この子は!! 後で、父さんにも、たっぷりせっきょうしてもらうからねっ!!! あ、ミオちゃーん、ばいばーい」
 母さんの、荒っぽい運転に、まりのように、ざせきの上で、左右に転がりながら、僕は、母さんの運転する車のクラクションが、
「ぱらぱ、ぱらぱぱ、ぱらぱぱぱ~~♪」
 と、なんだかなつかしい、母さんお気に入りの、メロディをかなでるのをきいた。
 たしか、そのメロディは、「びっぐ・まざー・あいのテーマ」。
 そのまちを流れる、「あいしゅう」にみちた音色が、僕たちの、「スリリング」なぼうけんの日の、おわりをつげていた。

     12

 そして、夏休みが、やってきた。
 ちじょう、たぶん、四億万人くらい、いるはずの、全世界の、全小学生が、もう、じりじりして、机の下で、足の指をもじもじさせながら、待ちに待っていた、夏休みが、やってきたのである。
 スイカや、海や、川や、山や、森や、プールや、クワガタや、カブトや、「ひみつきち」や、ラジオたいそうの首から下げるカードや、ぶたのかっこうをした、「かとりせんこう」なんかを引っさげて、夏休みが、笑顔で手をふりながら、のっしのっしと、おおまたでやってきたのである。
 もう、その「どとうの、いきおい」の前には、「一学期」なんて、はだしで逃げ出してしまい、その「どとう」にじょうじて、僕ら四年一組の面々も、今、「いるか浜」の砂の上を、手に手にスイカをかかえ、はだしで、「ぜんりょくしっそう」している。
 なぜか。
 夏の、砂浜の上は、「くわーっ」、と、どなりつける太陽にやかれて、「やきそばのてっぱん」みたくあついので、前に出した足をちゃくちさせるより早く、後ろの足を出し、それを、猛スピードでくりかえさないと、海にたどり着けないからなのだ。
 よって、みんな、「あちあちあち」、なんてさけぶよゆうもなく、口を横長に、「イー」の形にひっぱり、このまま空へかけ登らんばかりに、足をフル回転させながら、海目がけて、砂浜をひたむきに突っ走っているのである。
 僕たちは、白から茶色に砂の色がかわる、波打ちぎわまでくると、どすどすどす、と、砂浜にスイカを落とし、走りながら、シャツやズボンやなんか、着ているものを、ぽんぽんぽーん、とぬぎすて、そのまま、あわだつ波へと、ダイブした。
 次のしゅんかん、だっぱーん、と、太陽の光に虹色にかがやく、水しぶきが、高々と上がり、青くうねる、つーん、と、しょっぱい海の水が、僕たちを包んでいた。
 しゅわわわわー、と、サイダーみたいに、足のうらが「きゅうそく・れいとう」される、こそばゆさと共に、一るいに、ぎりぎりセーフでかけこんだような、「おっしゃー」感が、体中をかけめぐる。
 僕たちは、海面から頭をつきだすと、おたがいの顔を見て、「うひゃひゃひゃひゃ!」とか、「ひーっひっひ!!」とか、「うっひょーい、げほ、水のんだ!!!」とか、教室の丸いかべかけ時計から、針やら歯車やらぜんまいやらが、百個くらい、すっとんでいったに違いない、みょうちきりんな、おたけびを上げて、笑いまくっていた。
 やろうどもは、波打ちぎわまで、じゃぼじゃぼと波をけ立てて走って戻り、ふたたび、じょそうをつけて、くるくるロール・ケーキみたいな波に、かかんに「はらうち・ダイブ」をかんこうし、せんたくきの中のタオルみたく、ぐるんぐるん回転してもみくちゃにされたあげく、わかめになって、砂浜に打ち上げられたりしている。
さらには、ロープをとびこえてらんにゅうする、こまった「ちょうじん・レスラー」みたく、「水中・よじげん・バックドロップ」や「さんかくきんにく・バスター」や「リボン・スペシャル」なんかの、ふだんなら、ありえん技の数々を、おたがいにかけあったあげく、「ぶえっへ、げほげほ!」、「のうみそ、つーん、ときた! つーん、て!!」と言って身をよじったり、リュウジにいたっては、「よくやったぞタイチ……といいつつ、おまえもだ、ショウスケ!!!」などと、びしっと、指さしながら、わけのわからんことを、さけんでいる。
 女子のみんなは、「ちょうおんぱ」みたいな、きゃーきゃー声で、おたがいに、水着のあっちこっちをつまみ、びろーん、と、ゴムひもみたく、どこまでのびるか、げんかいまでのばしあって、ばちーん、と、はじいていたがったり、「ふぁっしょん・もでる」のれんしゅうみたく、しんちょうに、スイカを頭の上に乗せて、波打ちぎわを、しなしなあるいては、くるっと、「いかした、決めポーズ」をつけては、どっぱーん、と次々に波にさらわれて、こんぶになって打ち上げられたりしている。
何人かは、めざとく、砂浜で見つけたでっかい丸太を、ずりずりとひきずって海に浮かべ、その上に、ぎゅうぎゅうづめで、何人またがれるかをためしたあげく、あんのじょう、くるん、と一回転した丸太んぼうから、ばっしゃーん、と投げ出され、しばらく浮いてこないと思ったら、次には、もう、海の底で見つけた貝がらの、どれがいちばん美しいか、「立ち泳ぎ・ひんぴょうかい」を行ったりもしていた。
 どうでもいいけど、僕らが服の下に着こんでいた水着は、「いるか小・おふぃしゃる・水着」であり、未来の「トップ・プラモデル」を目指す、サヤんちの「いるかようさい店・きんせい」の文字が、さりげなく、おしりの右上あたりに、いるかのマークといっしょに、ししゅうされていたりする。
「あの、さあ、みんなぁ……」
 服といっしょに、メガネを放り投げてしまった、ユウキが、委員長らしく、この、とどまるところを知らない、いるか浜に出現した「むほうちたい」に、一石を投じるべく、気付いているのか、いないのか、女子軍団にこっそりとかぶせられた、七色の「ヒオウギガイ」をわかめで結んだかんむりを、頭の上に、さんぜんといただきながら語りかけた。
 が、メガネなしのユウキ、だれもいない水平線のかなたへ向って語りかけていたので、当然ながら、だれも聞いちゃいなかった。
 見かねた僕が、「あ~、しょくん!」と、さりげなく、ユウキを「ふぉろー」しつつ、「い班」班長のいげんをしめすべく、にぎりこぶしを高々とつきあげて、りりしく、あさせに立ちあがった。
「えーい、しずまれのだ! けっき・さかんな、わかき、ゆうしゃどもよ!!」
 そう、暑苦しく、さけんでみたのだが、みんなは、いっしゅんだけ、こっちを振り返ると、ふたたび、好き勝手にえさを探して泳ぎ回る「キビナゴ」のむれみたく、海遊びにぼっとうし始めた。
 ううむ、と、うでぐみをする僕。時期外れでめずらしかったため、うっかり、つかまえてしまった、「ミズクラゲ」のかんむりを、でろーん、と、頭に乗っけていたために、今一つ、「せっとくりょく」に欠けていたのだろうか。あと、こいつ、見た目、ふにゃふにゃのビニール袋っぽいのに、いがいと、ちくちくして、なんか痛いぞ。
 すると、アカネやユマといっしょに、水のかけあいをしていたミコが、砂浜にとって返して、砂にまみれたメガネを片手に、すいすい泳いでくると、海水に二三度ひたして、「はい」、と笑いながら、それをユウキに手渡した。
 すちゃ、と、メガネをそうちゃくしたユウキは、みんなの方を振り返り、髪の毛から、メガネのレンズをけいゆして、たきのような海水の涙を流しながら、「れんせい・ちんちゃく」な声で言った。
「みんな、わすれちゃ、だめだよ! ぼくらは、『いるか神社』に、お礼にきたんでしょ。それなのに、みんな、海に来たとたん、あそんでばっかりで……」
 最後まで言い終わらないうちに、どっぱーん、と、大波がユウキをさらい、波間に見えなくなった。
 あ、やべっ、と思い、ユウキの方へ水をけ立ててかけよる僕。あわてて海にもぐったけど、ユウキの「ユ」の字も見あたらない。ぷはっ、と海面に顔を出して、あたりをきょろきょろ見回す。
 すると、いつの間にか、「ウ」の字をえがくように手足を丸め、砂浜で波に洗われている、ユウキの姿があった。たぶん、体が軽いので、あっという間に、浜辺へ打ち上げられてしまったのだろう。
 しばらくして起き上ったユウキは、メガネをずりあげつつ、ふ、ふふっ、と、笑い、
「そ…そうまでして、このぼくを、海の中にひきずりこみたいかーっ!! よーし望みとあらば、うけてやるよーっ!!!」
 そうさけんで、海目がけてとっしんしてきた。が、あんのじょう、というか、まるで、ユウキが来るのを待ちかまえていたような、大波に巻かれて、ふたたび、海のもくずと消え、ぷはっ、と頭を上げる。そこへ、波に持ち上げられて、空中に高々と舞い上がる、さっきまで、女子たちが遊んでいた丸太んぼうが、ユウキ目がけておそいかかった。
「輪ゴム・ボール!!!」
 僕は、指先に出現させた、スイカ大の白い「輪ゴム・ボール」を、砂浜目がけてはっしゃし、「へた」を、ななめに向けて、砂の上に転がる、スイカの一個に、ぶち当てた。
 すると、「びりやーど」の玉つきみたく、回転するスイカが、別のスイカをはじき、スイカ達は、じぐざぐにきどうをえがきながら、「れんさ・はんのう」を起こしてぶつかっていく。
七個の「回転・スイカ」が、ふっふっふっ、と、緑色に、とちゅうをすっとばして、波をくぐりぬけ、空中に円をえがいてうかびながら、ユウキの頭に、のろのろとぶつかろうとする、丸太んぼうを、はじき返す。
 ぱっきゃーん!
 スイカがこっぱみじんになる音に、みんながこっちを振り返った。頭から、スイカの皮をかぶって、どくどくと、赤い汁を流しながら、ぼうぜんとしているユウキを助け起こす、僕とミオ。
 それを見たみんなは、ばっ、と、こっちを指さし、
「い~けないんだ、いけないんだ~♪」と、ひなんがましい目で、大合唱を始めていた。
 実はこの「輪ゴム・ボール」、みんなが、「いるかのぼり」での、一件いらい、「回転・速度・無限」のひみつを知って、四年一組のみんなは、めきめきとうでをあげていった。
上手くなるのはいいんだけど、体育の時間のサッカーで、ふつうありえん、「ちょっかく・シュート」を放ったり、「けらない、ドリブル」やら、「おちない、ヘディング・きょうそう」をしたり、じゅぎょう時間も、先生の目をぬすんで、女子が、「丸めた、ひみつのメモ」を、教室のすみっこからすみっこまで、まんべんなくこうかんしたり、男子が、空中で、色とりどりのゴムでできた、「ウルトラ・ボール」を回転させて、ででででで、と「ベーゴマ」みたく、はじきあいっこさせたりと、もう、「がっきゅう・回転せいのちがいによる、かいさん」すんぜんまで、やりほうだいをするに、いたったのだ。
そのあげく、クラスぜんいん、フジカタ先生の「おうぎ・いるか・しばり」を受けたまま、ずらりと、37人が、「まきをせなかにかつぎながら、本をよんで勉強する、えらい少年のどうぞう」のかっこうに固まったまま、教室の外に立たされる、という、「いれいの、じたい」をまねいてしまったのである。
 じゅぎょう時間が終わって、みんなが、「ごめんなさい」、「もうしません」、「ゆるしてやってください」、などと、「はんせいのひとこと」を、先生に言いながら、しおしおと、教室に入って行く中、「僕、やってません!」と、「やってないもの・だいひょう」として、げんじゅうに、僕はこうぎしたのだが、
「ノーノー! 『ぜんたい・せきにん』です。みんなは、じぶんのために。じぶんは、みんなのために。そして、先生は、先生のために。つまり、先生は、みんなのことを思って、そうしているのです。先生、とっても、かなしいわ」
フジカタ先生は、そう言って、手に持った、『ぶるる・ハワイ特集・三泊四日の旅』という、うすっぺらい本で顔をおおって、すん、すん、と鼻をすすりあげたのだった。
 なにか、うまくごまかされたような、「みんな」のうちに、先生が入るんなら、先生も教室の外で、「どうぞう」しなくちゃいけないんじゃないかな、などと、ぼんやり思ったのだが、先生の「すんすん・声」に、それ以上は、何も言えず、「僕、何にもしてないけど、だんだん、何でか、よくなかった気がしてきました。すみません」と言って、教室に入った。
「うん、うん。分かってくれて、うれしいわ……。へ~、パックだと、これくらいで行けるのね~」
 と、「先生の机」の上においた、「でんたく」と、『ぶるる・ハワイとくしゅう』を代わりばんこにながめながら、感心するフジカタ先生を見て、空っぽの教室で、先生が何をやってたのか、だいたい、なぞがとけた僕がいた。
 とにかく、フジカタ先生によって、「輪ゴム・ボール、および、その他にふずいする、『回転・速度・無限』を使っていいのは、『いるかのぼりの日』だけ」、という「学級・とくべつルール」が、ここに決まったのだった。
 でも、先生が本気になれば、じゅぎょう時間に「輪ゴム・ボール」をやぶることは、「りある・すけきよ」のときで、しょうめいされてるから、たぶん、昼休みのドッジ・ボールで、先生が一番になれないのが、くやしいのだろう、というのが、クラスのみんなのいっちした、意見であった。
 そういうわけで、「い~けないんだ~」、なのだが……。
「ちょ、ちょいまち! お前らの目は、『ラムネのびんに、ふたしてる、ビー玉』かーっ!! 今、ユウキが、大ピンチだっただろう?! こういうときこそ、『輪ゴム・ボール』使わなくって、いつ使うんだよ、この、『びんから、ぷしゅー、て、ふきこぼれた、べとべとするラムネのあわ』めっ!!!」
 ユウキの前に、におうだちで立ちはだかり、あまりにも、ごむたいな、みんなの「い~けないんだ・こうげき」に、つい、われをわすれて、分かりにくいたとえで、くちぎたなくののしる僕。
 だが、男子ぜんいんが、「ぶっはー!!!」、と、ラムネをいっきのみした後みたいに吹きだし、女子ぜんいんが、くるりと、180度、回転してせなかを向けていた。
「サキ、サキ!」
肩のあたりを、つんつん、つつくユウキ。
「ん? なーに、礼なら、僕に言ってくれ」
したり顔で返す僕に、ユウキは、足元を指さした。
 そこには、いるかのマークと、「いるかようさい店・きんせい」ししゅう入りの、黒い海パンが、両足に引っかかったまま、ぷかぷかと、波に洗われており。
「おわわわわわっ!!!」
僕は、両手で海パンをずり上げつつ、海中にしずみこむ、という、「上・下、どうじかくし」という、きようなまねをやってのけた。
「新・ルール」ができていらい、僕は「輪ゴム」を持ち歩いていない。なので、とっさに、海パンのゴムで、「輪ゴム・ボール」のかわりをしたのだが、思いっきし、「うらめ」ったようである。
 あまりのはずかしさに、「ああ、このまま、もう、僕は海に帰って行こうか」、などと、片手で頭をかかえ、片手で、ひと足早く、かってに海へ帰って行こうとする、海パンをずり上げながら思っていると、両側から、ユウキとミオにうでをつかまれて、海面へ引っぱり上げられた。
 ユウキが、頭にかぶったスイカから、たきのような赤い涙を、メガネをつたって流しつつ、「ありがとう」と、右の耳にお礼を言い、左の耳に、ミオが、「ちょっと、かっこよかったかも……ぷふっ!」とささやいてくれた。
そこで、僕は、海に帰るのはやめて、重い海パンをずりあげつつ、「うわっ、『ふ**ん・サキ』が、こっちきた! にげろー!!」とか、「きゃー、『だ*ま』よ、『だ*ま』がくるわよ!!」などと、すきかってなことをさけびつつ、おおはしゃぎで砂浜に駆けていく、みんなを、じゃぼじゃぼ、追っかけて行った。
 ここで言う、「ふ**ん」とは、「ふじみの・しょうねん」、もしくは、「ふるもでる・ちぇんじ」のことで、「だ*ま」とは、「だいたい、うまれたまんま」、あるいは、「いだいなる、おうじさま」のことを、短く縮めたものと、すいそくされる。きっと、そうにちがいない。耳に海水が入ってるので、聞きまちがえても、しかたのないことだよね、と思いながら、僕は、「もどれ、輪ゴム・ボール!」と、海パンのゴムひもをかいしゅうして、上からしばり、片足けんけんで、ちょっとふらつきながら、耳から水を出した。
 すると、浜辺の向こう、小さな砂の丘に、二つの人かげが見えた。こちらに向けて、手を振っているのは、フジカタ先生。その横で、「セバ・カル」ぱちもんTシャツを着て、ズボンのポケットに、両手をつっこんだまま、横を向いているのは、あの「野球キャップ」だった。
 四年一組のみんなも、「お~い」と、手を振る。二人は、二本のぼうが付いてて、真ん中で半分こになるサイダー味のアイスみたいな「ぴったり感」で、肩をくっつけながら、僕たちの方へ歩いてきた。
 みんなが、わっ、と、二人をとりかこむ。
「あら、みんな、ヨウタ君ちのお手伝いはすんだの? 早かったわね」
 にこにこ顔のフジカタ先生が、ぴょんぴょん、飛びつこうとする女子たちを、「あ~、もうっ! 水でぬれるじゃない!」と、じゃけんに振りほどきながら言った。
「おわりました~!」と、四年一組の、「いっせい・せいしょう」。
「みんなが手伝ってくれたんで、助かったよ……って、ばあちゃんが、言ってた。ありがとうな、……って、父ちゃんたちも、言ってた」
 ヨウタは、ぽりぽりと、頭をかきながら、照れくさそうに、足の指先で砂をひっかきまわした。
 「いるかのぼり」の一件が終わってから、いろんなことが、変わった。
 何年もほったらかしになっていた、「ざしょうせん」が消えたことで、大人たちは、おおさわぎをしていたけど、けっきょく、「潮の流れで、流されたんだろう」ということに、落ちついた。
 まさか、「ユーフォーにのったうちゅうじんがきて、『ざしょうせん』をユーフォーにして、星のひとたちといっしょに、飛んで行きました」なんて、言えるはずもなかった。
なので、後からたくさんやってきた、テレビやらラジオやら、新聞の人が、「今、どんな気持ち?」とたずねる「いんたびゅー」に、僕たちが、「海って、すごいなあと、思いました」とか、「ファンのみなさんの、おかげです」とか、「ピース、ピース!」とか、小学四年生らしい、「もはんかいとう」を、ちゃんとよういして答えると、みんな、まんぞくして帰って行くのだった。
 本当のとこは、僕とミオしか知らないんだけど。
 でも、「ざしょうせん」が、飛んでっちゃったので、「潮の流れが、かわった」ってのは、本当に、本当のこと。
「海っていうのは、生きものだから、とっても、はげしかったり、とっても、でりけーとだったり、するの」、というのは、ミオの言葉。
あの「ざしょうせん」が消えたために、これまで、なぜか寄りつかなくなっていた、魚たちがもどってきて、「いるか町」が、「いるか町」である「ゆえん」の、いるか達が、本当に、海に帰ってきた。僕も、その、たぶん、さいしょのいるかに、「こくはく・ばく転」後、がけから海に落ちたとき、助けてもらったんだ。
 そして、「いるか町」の漁師さんたちも、沖に出て、漁をすることができるようになった。
 近くの海で、魚をとる漁師さんや、すもぐりりょうの漁師さんたちは、岩の突き出たあさせで、漁をするのに、大きな船じゃなくって、後ろにモーターをくっつけた「木の舟」を使うので、もともと、「船大工」のお仕事をしていた、ヨウタのお父さんも、お母さんといっしょに、町によびもどされて、帰ってきた。今、ヨウタのお父さん達は、木の舟を作ったり、修理したり、テレビとかラジオとか新聞でしょうかいされて、「いるかが、すぐそこを泳いでる町」として、有名になった、いるか町の、「いるか・うぉっちんぐ・つあー」に、ほかの町からやってきたお客さんを、舟で案内するのに、おおいそがしだ。
 でも、舟を作ったり、お客さんに海を案内するのは、とても大変なおしごとなので、ヨウタのおばあちゃんがやってる、畑仕事をするのには、人手が足りない。そこで、フジカタ先生が、校長先生や、町のやくばの人と話しあって、「生活科」の時間に、おばあちゃんに教えてもらいながら、田んぼや畑のお手伝いをすることになったんだ。
 それで、学校がおわってからも、四年一組のみんなは、だんだん畑の、田植えとか、草むしりとか、虫取りとか、水の出し入れとか、いろんなお手伝いを、こうたいですることに、決めたのだった。
 夏休みのさいしょの日である今日も、みんなで草むしりしたあとに、そのまま海に行こうって、約束していた。
おばあちゃんから、お礼に、ってことで、たっくさんのスイカをもらって、その「はつもの」のスイカを「いるか神社」お供えして、「ほうさくの、お礼」をする前に、ついつい、「スイカをかかえて、あつさでわれる前に、海にとびこむ・レース」になっちゃったんだけど、実は、その言い出しっぺは、僕だったりする。
 ちなみに、ヨウタは、一度も、お礼なんて言ったことないけど、この自然と野性味あふれる「いるか町」では、「なんとかかんとか、みんなして、やってくのが、お礼よりもさき」ってのが、ご先祖様のころからの、「ならわし」だって、父さんに教わった。
でも、僕は、ヨウタが砂の上に、足の指で何度も重ねてかいている、意味不明なもようが、「あ」・「り」・「が」・「と」・「う」、の四文字なのだと、気付いてた。たぶん、それは、ヨウタなりの、せいいっぱいの、「かんしゃのきもち」なんだろう。
 なんてことを、思っていると、男子のみんなは、「野球キャップ」のごっつい体に、ありんこのようによじのぼったり、はりついたりして、そのぼうしや、サングラスや、銀色に光る、ズボンのベルトを外そうと、やっきになっていた。「野球キャップ」も、じつにおとなげなく、「やめろ、この『にぼし』ども!」と、むらがるみんなを、砂浜に、ちぎっては投げ、ちぎっては投げしている。「野球キャップ」といい、フジカタ先生といい、この二人、まったくもって、おにあいの「かっぷる」である。
 フジカタ先生は、おほん、と一つせき払いして、おごそかに言った。
「みんな、聞いてね。先生、今度、このひとと、結婚することにしました。ごしょうかい、しましょう。私の、『白馬の王子様』です」
「あ~、ども、『白馬の王子様』です」
 「野球キャップ」は、ショウスケを、海へ放り投げながらそう言うと、二人して、耳のそばに手をあて、中腰になって、聞き耳をたてるそぶりをした。
…………。
 だれも、なんも、反応なし。ぼそぼそと、「知ってるわよね~」、「あんだけ、ひとさわがせなことやっといて、いまさら、なあ……」、「こういうのって、『ワレブタに、トジナベ』っていうんだっけ?」、などと、文字通り、みもふたもない、みんなの感想であった。
「うん、まあ、いいわ。あ~、なんでしょう、この感じ。先生、急に、夏休みの宿題、ふやしたい気分に、なっちゃった……」
ひたいに手を当てて、うなだれる、フジカタ先生。
 僕らは、せんぷうきのスイッチが、いきなり「くびふり・強」になったかのように、先生のもとへかけより、「先生、しあわせになってねっ!」、「先生、お嫁に行っちゃ、いやっ!」、「先生、じつは、先生のことがっ!!!」、などと、こうずいの涙を流さんばかりに、顔をくしゃくしゃにして、「なるとまき」のように、フジカタ先生をぎゅうぎゅうにとりかこみ、しゅくふくの言葉を、はげしくさけんだ。
 「野球キャップ」は、というと、「ちっ、この『ちりめんじゃこ』ども……」などと、いまいましげに、はきすてている。まったくもって、「まなー」のなっていないやつである。
この「野球キャップと、ぱちもんTシャツの、白馬の王子様」、フジカタ先生に連れて行ってもらった、「しゃかいけんがく」で、えいがを見ているときに、かんどうのシーンのとちゅうで、席を立って、えいがの「すくりーん」に、かげをうつす、はためいわくなお客と、どっこいどっこいではなかろうか。でも、フジカタ先生は、ぜんぜん、そんなこと、気にならないらしく、もう、お菓子をほっぺたいっぱいにつめこんだみたいに、にこたらにこたら、まんめんのえみを、うかべている。
 そんな、おおさわぎの中。
「ふふ、『野球キャップ』……」
砂を、ざくざく、ふみしめて、僕は、前へ進み出た。
「『野球キャップ』? オレのことか?」
 「野球キャップと、ぱちもんTシャツの、白馬の王子様」、長いので、てきとうに略して、「野・ぱ・白」は、けげんそうに、まゆをひそめる。およそ、二メートルのきょり。でかい。見上げると、まるで、校庭に立ってる、「いるか小の、はたを上げるポール」みたいである。
「あなたさまとの、『けっちゃく』が、まだだったな。今、ここで、『けっとう』を、もうしこんでも、いいでしょうか」
「ん~~~? つーかさ、お前、だれ?」
 その言葉に、思いっきり、すてーん、と、後ろにひっくり返りそうになった僕だったが、足元が砂地だったので、じゃっかん、えびぞりになるくらいで、ことなきをえた。
「あ、いや、わすれたんなら、別にいいけど。『肩車から、丸太に落っことされた』とか、『車の、メンテナンス・セット』とか、『僕はだれ? クイズ』とか、そういうの、ぜんぜん、これっぽっちも、根にもってないから、どうでも、いいんだけど」
「なら、なんなんだ? この、『みずくらげ』?」
 僕は、わなわなと、体をふるわせた。このッ、「サキカワ・サキ」をッッ、「ほねなし」とでもおっしゃりたいのかなッッッ! もう、いいのです。男どうしの、「けっちゃく」に、言葉は、ふようなのです。
「いいよ、このきょりだ。先に、ぬいてよ。ただしッ! 僕が、勝ったらッ!! 先生との『あまい、しんこんせいかつ』とか『はにー・むーん』とかは、あきらめてもらおうッ!!!」
 「野球キャップ」は、首をかしげ、
「何で、お前に、結婚の許可をもらわんといけないのか分からんが、まあ、いいだろう」
 そう言って、腰のベルトの後ろから、「すりこぎ」を、引きぬいて取り出した。
 こいつは、いつも、「すりこぎ」を持ち歩いているのだろうか。いったい、なんのために?! という、そぼくなぎもんはさておき、僕は、腰に、両手をかまえた。
「やめろっ、サキっ! お前、また『ふ**ん』になる気かっ!!」
 僕が、何をしようとしているのか気がついたらしく、めずらしく声をあらげる、タイチのさけびが聞こえた。タイチ、ありがとう。お前は、かけがえのない、親友だったよ。今も、そして、これからも。あと、きのうの給食で、お前のこうぶつのデザート、「れいとうみかん」を、こっそり、食べたのは、僕だ。そんな、僕を、ゆるしてくれ。
「やめて、サキ君! 『だ*ま』は、もう、じゅうぶんよっ!!」
 耳鳴りがするくらいの、この、きんきん声は、「にんげん・スピーカー」ユカだな。「やめて」といいつつ、その声のひびきが、どっかしら、うれしそうに聞こえるのは、気のせいでしょうか。
でも、「男」には、やらなくっちゃ、いけないときが、あるんだ。たしか、テレビの「ロボット・アニメ」とかで、そんなことを言ってたっぽい。たとえ、「だ*ま」の、おめいを、かぶろうとも、だ。……ほんとは、やだけどな!
「やめなさい、サキ君! 私のために、あらそわないでっ!!」
 フジカタ先生の声。先生、すみません。これ、ぜんっぜん、先生には、かんけいないのですが。先生をとろうなんて、そんな気、「みじんこ」の、ひげのさきっちょほども、ないのですが。むしろ、この「野球キャップ」を、しょうさんしたいくらいなのですが。……「てき」をほめて、どうする、僕。
じゃっかん、前かがみで、わきを開け、海パンをしばったゴムひものある、腰のあたりに両手をだらーんと下げて、全身の力を抜き、風に手がゆれるのにまかせる僕。対するは、腰をかがめて、「すりこぎ」を横に突き出し、「バント」のしせいで、ぴたり、と、どうぞうのようにこうちょくする「野球キャップ」。
 たいしょうてきな、「緩」と「固」、「だらーん」と「ぴたり」のかまえ。
 じりじりと、太陽がてりつけ、あせが、ぽつっ、と砂の上に落ち、どっかで、犬が、「うお~ん」、と、ほえた。
たったのは、一秒? 一分? それとも、そろそろ、チャイムの鳴る、四十五分?
 さっきの「うお~ん」の主らしい、ちっこい「しば犬」が、二メートルの砂地をはさんで向かい合う、僕たちの間を、「へっへっへっ」と、べろをだしながら、二三度、おうふくしてくぐりぬけ、「野球キャップ」のズボンに、がりがりと、前足をかけようとしたり、僕の塩味がするであろう足のふくらはぎあたりを、ぺろぺろなめたりしたが、どっちも相手にしてくれないのを見ると、少しかなしげに、てってって、と、浜辺に小さな足あとをつけながら、走り去って行った。
 通り過ぎた「しば犬」が、くるっ、と振り向き、「あんっ(なんで、遊んでくれないの?)!」とほえた、そのしゅんかん。
 ひときわ大きな波が、どっぱーん、と、打ち寄せ、波しぶきが、上がった。
 コ、コオオオオ―――ッ! これだっ! これをッ、まっていたッ! 
お前の、その「サングラス」ッ! それに映る、僕の後ろの海ッッ!! そこから、大波がくるのを、待っていたンだッッッ!!!
 ぱきいいいいい―――んんん!!!
 久しぶりの、鏡がわれるような音。僕の、「本気もーど」とつにゅう。「超・スロー」で、せかいが、うごく。
僕は、水平にかまえた「すりこぎ」を、のろのろと振りかぶって、「こんぱくと」な、さいたんきょりで、「バスター」に、いこうする、「野球キャップ」の動きを、はあくし。
 僕の背中にあたってはじけ、周りにとびちってただよう、むすうの、水しぶき、すべてに、僕の足を、手を、体ぜんぶを伝って、もたらされた、宇宙の「回転・速度・無限」をくわえた。
 その、むすうの回転する「球体」になった、「水しぶき・ボール」は、「よこなぐりの、ひょうのつぶて」、もしくは、「父さんが、ごくまれに、『ふぃーばー』を出したときの、パチンコの玉」となって、「野球キャップ」に、おそいかかる。
 この、数! この、しきんきょり!! そして、この回転する「水球」の、「小ささ」!!!
 いかに、あなたさまが、「輪ゴム・ボール」を打ち返せても、この「水球」ぜんぶを打ち返すのは、ふかのうだッ!!!! 
「勝ったァァァァァァァッッッッッッ!!!!!」
 のろのろ動く「すりこぎ」を、すりぬけて、「野球キャップ」にさっとうする、むすうの「水球」を見た僕は、しょうりをかくしんした、おたけびを上げ、
 次のしゅんかん、打ち寄せてきた大波に背中を押され、
 「野球キャップ」のあごに、「ずつき」をくらわし、
 野球ぼうが、サングラスが、はじけ飛び、
 そこに、信じられない顔を見て、
 そのまま、泡立つ波をかぶり、「野球キャップ」もろとも、砂地に、転がっていた。
 あ、「あいうち」、か? いや、「ずつき」をかました分、僕の方が、上を行ってたはず……。
 なのに、
「おい、大丈夫か?」
そう言って、よゆうで立ち上がる、「野球キャップ」。
 なっ、なんだとォォォォォォ―――――――ッッッッ!!!!!
「あっぶねえー。こいつ、波のいきおいごと、あごにつっこんできやがった。それに、びしょぬれだぜ。何か、波しぶきがオレの方に、向ってきた気がするんだけど、気のせいだったか……?」
 ぬ、ぬかった……。「波の力」が、強すぎた。大波を待ったのはよかったが、まさか「水球」が、後ろから追いついてくる波に飲まれてしまうほどのはげしさだったとは……。
しかし、か、体が、うごかん。なんでだ?!
「こいつが、『みずくらげ』を頭にのっけてなかったら、あごが、やばかったな。いいクッションになった……。というか、こいつ、クラゲなんかのっけてて、大丈夫……なわけないよな。やっぱ、しびれてるわ。このクラゲ、刺されても、あんまし痛み感じねえから、毒あんのに、油断しちまうんだよな。オレも、ガキのころ、しびれて、神社にかつぎこまれたっけ。なあ、フジコ?」
「そうね。なつかしいわ。たしか、酢をたっぷりかけて氷で冷やしたら、よくなったのよね?」
「ああ、こいつにも、酢をたっぷりかけて氷で冷やしてやろうぜ」
「ええ、酢をたっぷりかけて氷で冷やしましょう」
 「おにあい・かっぷる」の、おそるべき試合後のコメントに、「やめろ―――ッ!」とか、心の中で、いつもみたく、さけびたかったけど、「はい、からだ、うごかんので、やっぱ、そうしてください」、と、僕は、すなおに思った。
 「あらよっと」、と、かけ声をあげる、「野球キャップ」の広い背中におぶさりながら、僕は、何となく、「お酢」で、ぐにゃぐにゃの、くらげになった、自分をそうぞうしながら、いしきが、とろけていくのを感じた。
 クラゲのたぐいを、二度と、頭にはのせるまい、そう、ちかいながら。
 そして、「野球キャップ」―父さんから、さんざんかた、聞かされてきた、球界に輝く、『2000バスター・1打席50ファウル記録』のほじしゃ―すなわち、いるか町出身、「栄光の背番号64」こと、「土端選手」って、やっぱ、ただものじゃないな、そう思いながら。
 ぼく、の、いしき、は……、
 ひかり、の、中へ…………、
 とけ、こんで………………、
 いっ、た……………………。

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