夏色リバイブ

微炭酸

第31話命令

 着ることに若干の抵抗を覚えるが、一日着続けた服をまた着ることは抵抗があったため、仕方なくバスローブを羽織って脱衣所から出る。

 先に風呂に入った希は、ここに来る前にコンビニで買いこんだお菓子やお酒をずらりとテーブルに並べ終えて満足そうにテレビを観ていた。

「およ。やっぱり男の子のお風呂は早いね。ちゃんと入った?」

「多分。熱いのか冷たいのかも分からなかったけど」

「そりゃ、もったいない。まっ、温度が分かったところで幽霊くんの性格なら大した感想は出て来なそうだね」

 濡れた髪をガシガシと乱暴に拭きながら隣に座る。彼女は肩にバスタオルを羽織っているものの、髪はまだ艶が強く残っており、髪の先端から水滴が今にも滴り落ちそうだ。

「髪、ちゃんと乾かしなよ。風邪引くから」

 すると彼女は、待ってましたと言わんばかりの速度でドライヤーを銃のようにして僕に向ける。

「乾かして、幽霊くん!」

 家ではしっかりと乾かした状態で風呂から出てくる彼女だ。きっと、このシチュエーションをさせたかったのだろう。

 ――自分でやりなよ。それくらい。
 喉から出かけた恥ずかしさを隠そうとする言葉を飲み込み、ドライヤーを受け取る。

 彼女は意外そうに目を丸くしている。

「ありゃ、素直じゃん」

「ほら、後ろ向いて」

 彼女は肩を左右に揺らしながら、言われたままにする。
 二人には若干広すぎる空間に、テレビから聞こえてくるガヤの声とドライヤーの音だけが響く。

 かれこれ五分くらいずっと無言だ。彼女にしては珍しい……なんて言ってしまえば失礼だろうか。

「耳赤いけど、熱かったら言いなよ?」

「…………ん、わかった」

 またしばしの沈黙。
 最初は強張ったように力が入っていた肩の力も抜けたようで、彼女は僕の膝に軽く身体を預けている。

 それにしても、同じ人間とは思えないくらい髪質が違って驚く。一本一本がとても細く、少し引っ張ったら簡単にちぎれてしまいそうだ。束ねると――こういうのは天使の輪って言うんだったか、光の波が出来る。

「髪、綺麗だよね」

 自然とそんな言葉が出ていた。

「……そうかな。ちょっと、いやかなり嬉しい……かも」

 会話が続かない。
 いつも彼女から話を振ってくることが多いため、彼女が口を開かないと、必然と会話が少なくなるのだ。

「なんか、静かじゃない? 耳赤いし、体調悪かったりする?」

「う……」

「う?」

「う、うるさいなー! 恥ずかしいだけだよ! 普通、女子は男の子に髪を触らせません! そういうこと!」

「どういうこと……?」

 また、しばしの沈黙。しかし、少しは話しやすくなったのか、今度は彼女から言葉が飛んでくる。

「それにしても、幽霊くん髪乾かすの上手いね。こなれている感じがするというか」

「あぁ、たまに彼羽の――あ……なんでもない」

 突然、彼女が振り返る。ふくれっ面で僕に軽くデコピンをする。

「デリカシー! でも、幽霊くんにしては珍しく自分で気づくことができたみたいなので、許します」

「そりゃ、どうも」

 彼女の髪を乾かし終わると、また昼間のテンションが再来したかのように、疲れを一切見せない彼女主催の宴が始まった。

 未成年の飲酒は禁止されているが、どうにか今日くらいは許してほしい。

 大きなモニターでテレビを見ながら二人で笑い、トランプをしては二人で笑い、備え付けのカラオケで僕が歌えば彼女が笑う。
 テーブルからお酒の姿が次々に消えてゆく。

「ねーねー、次ババ抜きで勝ったほうが、負けた方に何か命令できるってことにしよ!」

 彼女は突然の賭けを持ち掛けてきた。

「命令って……特に思いつかないんだけど」

「なんでもいいんだよ? ちなみに私はもう決めてる。二つ」

「一つじゃないのかよ」

「一つなんて言ってないよ。何個でも」

 僕の承諾を得る間も無く、彼女は、カードの山札を器用に二等分して半分を渡してきた。

「ふふーん、絶対に勝つよ!」

 強い意気込みと同時に僕の山札からカードを取る彼女。得意げに二枚のカードを二人の間に投げ捨てる。
 いまいち、状況が飲み込みきれないが、何も考えずに彼女の山札からカードを一枚抜き取った。

 ――五分後、僕の最後のカードが中央に積まれたカードの束の中に投げ入れられた。

「負けたー! ババ抜きなら完全に運なのにー!」

「運も無かったってことでしょ」

「むー、まっ勝負は勝負だからね。さぁ、なんでも命令しなさい」

 随分と赫らんだ頬の彼女は新しい缶を手に取り、カシュっとプルタブを立てる。

「そう言われてもなぁ。んー……じゃあ、君が勝った時に僕に命令しようとしてたことを教えて」

「そんなことでいいの? 勿体無くない? 本当に甲斐性なしだなぁ」

 彼女はぐいっと缶を煽る。

「えっと、私が命令したかったことだよね? 一つはねー、頭を撫でなさい」

「いや、割とそっちもそんなことって感じだけど。それで、もう一つは?」

「もう一つは…………。やっぱり言わない!」

「あっ、せこい!」

 彼女はそっぽを向いて、トランプを片付けはじめた。

「忘れちゃったんですー。思い出せないから、しょうがないね!」

 二つ目の命令したかったことははぐらかされてしまった。少しだけ気になりはしたものの、きっとなんて事のない命令だったのだろう。

 それから一時間程経っただろうか。テーブルにずらりと並べられていた食材たちはほとんど消え失せていた。

「うーん。良いテンションだー。ねー、幽霊くん」

 明らかに目が据わっている。そんな彼女にふっと笑いが溢れた。
 僕は当たり前だが、特に酔うことはない。

「ほら、そろそろお開きにしよ。明日も早いし」

「んー、まだ楽しむ!」

 その言葉と裏腹に彼女は力なくテーブルに突っ伏した。

 なんとか彼女を促してベッドで寝るように誘導する。

 ここからはいつも通り一人の夜が始まる。

「んー、幽霊くんも寝なきゃ駄目。はい、隣にきなさい!」

 だいぶ酔っているのだろう。彼女は目を閉じたまま僕の袖をグイグイと引っ張ってくる。
 しばらくしても離しそうになかったので、仕方なく彼女とできる限り間隔を空けてベッドに潜り込む。
 僕がベッドに入ったことが分かったのか、彼女は袖から手を離す。
 
 彼女が完全に寝たら、そっと出るとしよう。

 窓の外はぼんやりとネオンに色づいている。いつもとは違う外の景色にいろんなと想いを馳せる。

 ふと、背中にコツンと彼女がぶつかってくる。寝息が近くで聞こえてくる。どうやら、だいぶ疲れていたようで、すぐに寝てしまったようだ。
 そろそろベッドから出ようとしたその時、彼女が呟く。

「言えるわけないじゃん……」

 思わず振り向くと、彼女はやっぱり寝ていた。どうやら、寝言のようだ。それでも、僕の動きは完全に止まった。
 彼女は目をつぶっていても分かるくらい、ひどく悲しそうな表情をしていたから――。




「消えないで…………」




 胸がひどく痛んだ。
 いろんな感情がごちゃ混ぜになって、息苦しい。

 どうしようもなく溢れ出す感情の波に無理やり蓋をした。

 彼女を軽く抱きしめて、頭をそっと撫でる。
 
 彼女の頬に一筋の涙が伝った。

「僕も、命令。…………どうか、僕を忘れないで」

 こんなこと言っては駄目だと分かっている。

 ――四日。

 脳裏に無情な数字が響いた。

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