金色天狗とツノ無し鬼

ナルミヤタイ

第41話 馬鹿ばかり




琵琶女が琵琶を奏でても、すぐ天人が解いてしまう。
天人に琵琶の音は効かない。
これでは角の無い鬼も、天人の連れた童にも琵琶は効かぬと同じ。

「天界人がはるばるこんな所によう来たな、して何の用じゃ?」
「何って…」

天人の男は鬼と童を順番に見た。

「人間に悪さするのをやめろ!」
天人に促された形で童は食ってかかってきた。

「何だお前は」
人間の童に見えるが、その言い方や纏う力を見るに人ではない様だ。

「なぜお前らの指図を受けねばならんのだ?」
お淑やかに言ってみせる。

「悪さは良くねえ!」

「物の怪知らんかぁ!」

童の言葉をかき消すほどの大声で、奥の方で角の無い鬼が叫んだ。
この鬼は自身で耳を塞いでいるのも忘れて、問いて来ては返事が無い為に、延々と同じ言葉を繰り返している。

阿呆だ。

「人間どもの悪さはいいんか?」
鬼を無視して童に問う。
童はすぐに答えられずにいる。所詮そんなものだ。何も考えていない。

「人間の悪さなんてたかが知れてるだろう」
童の必死に考えたのがそれだ。
やはり何も知らない童だ。

人間は平気で人を殺めるし、平気で見捨てるものだ。己を守る為なら何だってする。

「見てみるか?童」
童に話し、天人を睨みつけ牽制する。天人は反応せずただ見ている。

べべべん。

童に見せるのは、人間の極悪非道。



子供天狗は、幻の中にいた。
「なんだ…」

道を人間達が歩く、町中の様だった。

道の端に座る女と幼な子が、物乞いの仕草をしていた。
すると、突然男達に殴られはじめたのが見えた。

女は悲鳴をあげる。そして子を庇う様にして丸まっている。

町人は同じ道を普通に歩いて、女と子の近くを通る時だけは、そちらを見ないように目を逸らして歩く。

見ないようにしているのか?

女も幼な子も何もしていない、理由さえ知らないまま、すれ違っただけの男達に殴られている。
物乞いをしていたのが気に入らなかったのか。

道歩く町人は、そうだ、関わりたくないからだ。

子供天狗は止めようと、走って近づいた。
男の手を掴もうとして、すり抜けた。

「!?」

何度つかもうとしてもすり抜ける。

「やめろ!」

叫んでも、やめない。

「おい!お前達、やめさせろ!死んじゃうだろ!」

町人に叫んでも、誰も聞いていない。

そしてとうとう女はぐったりとして動かなくなり、男達は女を引きずって連れて行く。

幼な子が、泣く事も出来ずに女にしがみついていた。



「次に行くか?」
琵琶女は言ったが、童は幻から抜け出せていない。

「人間の非道は切りがない」
ため息混じりに言った。
ふと鬼が動くのが見えた。鬼は童へ近づき声かけている。
「どしたぁ?」

童は耳を塞いでいたが、特別な力で聞こえているらしく、琵琶が効いた。

鬼といえば、ずっと耳を塞ぎ一人喋っている。

べべべん。

角の無い鬼は何かの衝撃に弾かれて、耳を塞ぐ手を離した。

「何するだぁ!」
鬼は叫びをあげる。
弾いた力の出所が琵琶だと知って叫ぶ。
「あんたが物の怪かぁ!?」
今更なことを言ってくる。
「童に何したぁ!」
次から次に喋る。

「人間の愚かさを教えているだけじゃあ」
媚をうる言い方で、優しく教えてやった。

「いいんだ、鬼丸」
幻から抜けたのか、童は言葉を発した。

「どうじゃった?人間の愚かさは」
素晴らしいものでも見せたかの様に、琵琶女は言う。

「…だからって人間に悪さしたらだめだ」
変わらず非難して来る。

「お前は間違ってる」
童は、はっきり言い切った。

童が、童に何がわかるのか。

「力づくでもやめさせるぞ!」
団扇を取り出してこちらに向けて来た。
その羽から感じる、力。

「お前、天狗か」
細切れそうなか細い声でつぶやいた。

「人間どもは我で遊び地獄へ落とした!生き地獄じゃ!やり返して何が悪い!」

べべべん!

厄介な天人を見てみたが、微動だにせず眺めている様だ。手を出す気はないらしい。

琵琶を奏でて音の刃を童と鬼に放つ。

童はそれを団扇を煽って跳ね返し、鬼は受け止めて耐え切った。

続けて音の刃を放つと、童は団扇が間に合わず身をかわし、鬼はまた受け止めていた。

もしあの時、我にこの様な力があれば、殴られ、生き地獄を味わうことなく、川に捨てられる事も無かったのだろうか?

弱かった我が悪いのか?

いいや違う。我は悪くない!
殴りつける男が、そしてそれを悪と言わぬ周りの人間が悪なのだ。

幼な子だけでも助けて欲しかった、しかし誰も助けてはくれなかった、それが人間だ。

この天狗の童は、それでも我が間違っていると言う。

ぐりゃり。

腹の中で、何かが蠢く。

人ならぬものになった時に埋められたものだ。
激しく怒ればそれが蠢く、まるで子のように。

「ああああ!」

否応なく悲鳴がでる。これはあれだ、出てくる、あれが。我の憎しみを吸い込んで、蠢くだけに留まらず、あれが出てこようとしている。

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