金色天狗とツノ無し鬼

ナルミヤタイ

第37話 地獄へ行った山ギツネ

澄み切った青の空。
その青の中に点が一つ。

鷲に鷲掴みにされ、手足をだらりとさせて大人しく運ばれる山ギツネがいた。

「いい眺めじゃな」
ずいぶん長いこと飛んでいて、まだつかない。
どこに向かっているかも知らないが、しかしまだつかない。
そろそろ体を動かしたくなったが、まだまだつきそうにない。

早く着くように言いたいが、話が通じる気もしないし、動けば落ちるかもしれないし、まぁじっとしているのが一番だ。

この状況で出来る楽しみといえば、景色を眺めるくらいだと思い、それをしようと目ん玉を動かす。

上から見下ろす景色は下で見ているものとはずいぶん感じが違う。

人は、少し先に何があるのか見えていない。
見えてさえいれば対処できる事も、見えていないのできない。

あの川なんて、ある一箇所がこないだの氾濫のせいか、流れ着いた流木で塞がってしまっている。ちょっとでも雨が降りかさが増せば、すぐ溢れる事だろう。

あの山もそうだ。
なぜか山が一つ崩れており、あのままでは川水が流れてくる。

どこかで見た山だな、と思い頭を働かせる。

「なんだあれは鬼丸のいた山じゃないか」

山ギツネすら、川の事態に気付いていなかった。
地獄から無事に帰ったら、なんとかせねばならない。

そんな事を考えながら、空一面の青と地の鮮やかな色を対比して楽しむ。

「まさに仏様になった気分じゃ」

上から見ると、今まで気付かなかった事に沢山気付く。

「素晴らしいの」

仏に使える身になり、沢山のことを知ったと思っていたが、やはりまだまだであると反省した。世の中には知らない事が、山ほどある。

「あの場所は日向ぼっこによさそうじゃ」

なるべく場所を覚えて、今度行ってみようと思うのだった。

そんな風に楽しんでいると、途端に赤紫の渦が見えた。それは空のど真ん中にある。

その渦が前からあったのか、今現れたのか。
ずっと眼下の景色に目を奪われ夢中にになっていた為に判断がつかない。

「まぁ、見つかったという事で良しとしよう」

それは大した問題では無いと決めて地獄に入る覚悟をする。

「…」

地獄へ行くのも初めてだという事に気づく。

「生きて帰れるじゃろか?」

鷲は勢いを弱める事なく渦に向かっていく。
山ギツネはずっと眼を開いていたが、渦を通る際、何かにぶつかった感触などは一切無かった。

渦を越えると、そこは真っ暗闇闇。

てっきり灼熱地獄が待っていると思ったものだから、意外であった。

「真っ暗闇か」

真っ暗闇でも、まだ鷲に鷲掴みされているのはわかったから、安心した。こんな所…地獄であっても放り出されるのは勘弁である。

ぴぁっ…。

鷲がほんの少し鳴いた。

真っ暗闇で何も見えぬが鷲の方を見上げた。
まぁ当然何も見えない。

「おいどうしたんじゃ」
鷲の羽の音が少し変わって、山ギツネの体も微かに揺れている気がする。

真っ暗闇なものだから、感覚もおかしい。

神使である山ギツネにとって、見ようとすれば見れるし、何が起きているのか知る事も出来るのだが、山ギツネはあえてそれをしなかった。

それは、危うい気配が無かったから。

山ギツネはいつも神使としての力を面に出さない。
何故なら必要がないからだ。

鷲の異変と共に、山ギツネの足が何かに当たった。
すると、触れた足元から波紋の様に沢山の色が広がっていく。

それは炎の赤、水の無、岩の黒。

「なんじゃ」

山ギツネの前に広がった景色は、まさに地獄、灼熱地獄だった。

ぴぁっ。

鷲が再び鳴く。
目をやると、いつの間にか山ギツネから離れて地面に止まっている。

人間の世で見た時は勇ましい鷲に見えたのだが、こうやって近くで止まった姿を見ると、なんとも言えない情け無さを滲み出している鳥であるでは無いか。

鳥だというのに目尻は垂れ下がり、口元もだらしなく少し開いている。

「あっちに行くといい」

山ギツネは驚いて少し体が動いた。
何と、鷲が喋った。

喋る狐に言われるのも不思議な話ではあるが、まさか喋るとは思わなかったのだ。

「なんだ、喋るのか。驚いたぞ」

鷲は黙っている。
気軽に話しかけたもんだから機嫌を損ねたのかと、山ギツネは鷲を見た。

鷲の口はしっかり閉じている。
だらしなく開いていると思ったのは、喋ろうとしていただけだったらしい。
山ギツネは鷲を少し見直して、あらためて話しかけた。

「ここはどこじゃ?」

地獄だとわかっているが聞いた。
鷲に話をする気があるのか試してみたのだ。

「…。」

鷲は喋らない。
山ギツネは鷲が"あっち"と言った方向へ行こうと思ったのだが、あっちがどっちかわからない。

「どっちじゃ?」

鷲は喋らないし動かない。
ちょっと方角を指差してくれたらいいだけだというのに、心の狭い鳥である。
ああ、しかし鳥には手がないからしょうがないな、と山ギツネが思ったあたりで、足元が煌きだし行くべき道筋を輝かせた。

「ずいぶん洒落た地獄じゃな」

煌く道筋をなぞって歩きながら、ここはどこだと聞きながら自身で地獄と言ってしまった事を後悔した。

まぁしかし、あの鳥は気にもせんじゃろ、と思い振り向いて様子を見てみると、こちらをじとりと見ているのだった。

山ギツネは毛が逆立った気がして心の中で経を唱えた。


          

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