金色天狗とツノ無し鬼

ナルミヤタイ

第18話 婆ぁの教え

何を思ったか、角無し鬼は子供天狗にそう言った。

「人間っ子ぉ、盗みはダメだぁ、盗みはなぁ、人を傷つけるんだぁ」
さとすように優しく言う。
「きっとその団扇うちわの持ち主どのは、今頃必死に探してるぞぉ」
鬼丸の脳裏に、昔の自分が蘇る。


鬼丸がばばぁと会う前。
鬼丸は気の向くまま暮らしていた。
他の一族の鬼と違って人間を食おうものなら腹を壊すらしいので人間こそ食わなかったが、人間の畑になる美味いものや、家畜は遠慮なく頂いていた。
人間に見られて悲鳴をあげられるのが嫌いで、人間が寝静まった闇の中で動いてそれをしていた。が、稀に人間達に気づかれる事もあった。
しかしその場合であっても人間達は、鬼丸をどうにかしようと向かってくる訳でもなく、悲鳴をあげたり、ただ隠れて見ているだけだった。
なぜなのかは分からなかったがそれでよかった。
『そりゃぁあんたしゃんが怖いけえ、隠れるほかなかったんじゃあ』
婆ぁはそう教えてくれた。
怖い?
『そうじゃあ、あんたしゃんは鬼じゃけえ、怖いんじゃあ。内心は怒りで震えてたじゃろてぇ』
怒り?
そのどちらの気持ちもわからず。
『きっと泣いたでぇ、家さ帰って、荒らされだ物思い出してえ、どうにもならん、しょうがないってぇ、泣くんだぁ。子供でもおったら、捨てんといけんくなるって、余計に泣ぐべさぁ』
婆ぁは藁をねじりながらそう教えてくれた。
『盗みっていうんだぁ』
外で屋根から雪が滑り落ちた音と振動がして、外に出てみる。
お天道様が輝き、雪を溶かしてしまったようだ。
『あんたしゃん、盗んだ物がまだどこかにあるんじゃったら、春になったら、一緒に返しに行こうなぁ』
振り返るとばばぁがしわをくしゃくしゃにして笑いかけてくれていた。
盗み。
盗みをしたら、人間を傷つける。
鬼丸はこの時にそう覚えた。


「この場を生きて出られたら、一緒に返しに行こうなぁ」
婆ぁに言われた様に、自分も人間の子供にそう声をかける。
鬼丸の言葉に、人間の子供は団扇うちわを一度だけ見ると、もう一度鬼丸を見た。
「…あいわかった!」
自身の団扇であるのにも関わらず、人間の子供はなぜかそう答え、再び団扇せんすあおいだ。

団扇うちわが鬼の元で風のうずを作り舞い上がる。
「がああああ!」
体を持ち上げられまいと、鬼は気合いを入れる。
すると鬼の目が赤く光り、鬼の体は更に重くなって地に埋まっていく。それは大きな穴となり、鬼は腹の所まで埋もれてしまった。
「かあーっかっかっ、鬼を飛ばそうなどおろかしやあ!天狗ぅ、天狗ぅ!」
すぅぅぅー…。
鬼が息を吸い始め、口を膨らませ炎を吐き出そうとした時に、鬼丸がその口の中に手を突っ込んだ。
穴に埋もれて背が低くなったので出来たのだ。
「がはあっ!」
炎は勢いなく口から漏れて無くなった。
「小癪な真似をするなぁ!」
鬼丸の腕を掴み、引き寄せ頭突きする。
鬼丸と鬼、双方から血は出ていたが、鬼は笑い鬼丸は白目を剥いていた。
「かっかっかっ、弱い!弱いぞ!」
穴に半分埋もれた鬼は笑いながら言う。
そうして更に穴の中へ鬼丸を引き込もうとしたのだが、バチっと手がしびれ、鬼丸を離した。
「なんだあ!」
辺りを見渡す。神使しんし狐の軌跡がを描くのが見えた。
「お前か!」
今までにない早さで口から炎を神使しんし狐に向かって吐く。
そうすると団扇うちわから生まれた風が吹いて邪魔をする。
しかし今度の風はずいぶんと弱い。
すぅぅー…。
これは狙いどころだと思った鬼は、ここぞとばかりにたっぷりと息を吸い、思い切り炎を吐いてやった。
対峙すべく団扇うちわから生み出された風はあまりにも弱く、すっかり飲み込まれ消え失せた。炎はそのまま子供天狗を飲みこもうとしたのだが、身軽に脇に避ける。
すると炎は木々にぶつかって燃え上がってしまった。
「火が!!」
鬼に手離され倒れた鬼丸は慌てて立ち上がり燃え上がる木に向かう。
「なんてこったぁ!」
鬼は子供天狗目掛けて炎を吐くのだが、ことごとくかわされてしまう。
そこで狙ったのは鬼丸だった。
鬼丸は鬼に背を向け、木を折り火が広がらないようにしている。
思い切り息を吸い、吐き出す!!
炎は鬼丸目掛けて真っ直ぐ進んで行く。
それに気づいた鬼丸はこれ以上木々を燃やさんと受け止める構えだ。
子供天狗も団扇うちわで風を起こすのだが、いつかのささやかな突風にしかならない。
鬼丸が受け止める、その直前に。
山ギツネの怒号が響く!

「おー前らは人の話を聞かんかあ!なーんで天狗っ子が避けて角無しが避けんのじゃぁ!」
山ギツネが怒りつつも生み出した神通力で、鬼丸も木々も炎から守られた。
「儂の力が溜まらんじゃろが!儂に術を使わせるな!わかったか!」
初めて見せた山ギツネの怒る姿に、子供天狗は慌てて返事した。
「あいわかった!」
けるなよ!」
「あいわかった、まかせろ!」
子供天狗は鬼丸が転がしていた岩上に立ちながら、胸を張って答えた。
続いて山ギツネは鬼丸を見た。
子供天狗も鬼丸を見ている。
「わかったぁ!」
両方から視線を向けられ、目に見えない何かに言わされたかのように返事をした。
そう鬼丸は全く理解していない。

「天狗っ子!お前、ちんまりした風しか生めない理由に気付いてないじゃろ!」
「ああ、わかって無い!なんでだ!」
「お前にそんな大層な力はないからじゃ!」
なぜか二人とも近くにいるのに大声で掛け合っている。
「何だって!」
「なんにあんな大天狗ばりの風を起こせるんは、お前が人の力を勝手に使っとるからじゃ!」
「…わからん!」
「何とかわかれ!でないと皆あの鬼に潰されるじゃろが!一番に死ぬのは鬼丸じゃろて!」
「それは困る、なんとかする!」
「気合いを入れろ!」
「あいわかったー!」
子供天狗は顔を天に向けながら、声が枯れてしまいそうな程の声を気合いとして出してやった!
その背は反り返り、そのままひっくり返そうでもあった。
「鬼丸も気合いを入れろー!」
子供天狗の呼びかけに少し戸惑いながらも、鬼丸も続いた。
「わかあったああぁあ!」
内容は全くわかっていないのだが、腰を落としできる限りの声を腹から吐き出した!

するとその場の空気が振動し、地獄の鬼達にも負けない程の揺れを起こした。
それには子供天狗と山ギツネだけではなく、地獄の鬼達さえも驚いた。

「行くぞおおおぉ!」
鬼丸のとどめの雄叫びが合図となり、地獄の鬼どもと子供天狗達、双方が動きだした!







          

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