金色天狗とツノ無し鬼

ナルミヤタイ

第17話 混乱

「やいやい!やいやい!待て待て!」
何やら小さい声が連続して言っているのが聞こえる。虫か?
しかしそちらを向いて見れば、人間の子が必死に自分のかたわらで叫んでいる。
仰天して目が見開いた。
「何してるんだぁ、早く逃げておけぇ!」
なぜ恐怖を押し殺してか弱い人間の子がしゃしゃり出てきたのかわからず混乱した。
「踏み潰すぞぉ!」
自分では無く鬼が、なのだが混乱していたので言葉を間違えた。
「なんだ、人間のわっぱが何してる。そうだ、踏み潰すぞォ?」
鬼は鬼丸の言葉を使って、馬鹿にしたように真似をする。
「早く逃げろぉ!」
声を振り絞る、だが人間の子供は逃げない。
「うる、うるさあい!俺は逃げない!おい!鬼!鬼丸を離せ!!離せ!」
鬼丸の言葉をかき消す様に人間の子供は必死に吠える。
「鬼丸ぅ?」
鬼は怪訝そうに見てくる。
「お前、名前があるのか?そんな大層な鬼なのか?おい?」
金棒の先でつつかれる。
「やめろおおぉ!」
人間の子供が吠えながら、自分と同じように鬼にしがみついて来たものだから、鬼は片手の小指と親指を使って弾き飛ばした。
「やめろぉ、やめろぉ、殺さないでくれぇ!」
なんとか鬼を動かそうとするのだが、鬼は相変わらず微動だにしない。
人間の子供は死んでしまったかも知れない。

「お前、少しは頭を使わんか、儂も流石に驚いたじゃろが」
喋る狐の声が聞こえた。
「痛い!」
人間の子供の元気そうな声も聞こえてくる、良かった、生きている。
そしたら突然、鬼の体が後方、鬼丸にしてみれば前方に弾き飛ばされていく。
鬼にしがみついていたものだから、鬼丸の体も少し引きずられて宙に浮いてから地に落ちた。
「おい角無し、あの阿呆のおかげで儂も何とかする事になった、さぁ動いてあの鬼に一撃浴びせようぞ」
喋る狐が地に這いつくばる鬼丸の横で淡々と言っている。
「一撃…」
「ところで角無し、まさかとは思うがお前、鬼の力を扱えぬのか?」
「何だぁ、鬼の力って?力持ちの事かぁ?」
「うむうむ、無いようじゃな、致し方あるまい、いやまるで人間だというのだから当然だ、気にするな」
喋る狐はそう言って鼻を顔に近づけてきた。
すると不思議な事に全身の傷口が塞がっていき、痛みが消えた。
「これで少しはマシになったじゃろ、しかし鬼にこんな術をかけたのははじめてじゃ。世のほとんどの出来事には出会ったものと思っていたが、一生いっしょうとはまさに何が起こるかわからない」
山ギツネは淡々と語っているが、鬼が金棒を振り上げて向かって来ているのが見えていないのだろうか。
金棒を受け止めようと山ギツネの前に出ると、先程の鬼と同じように今度は鬼丸の体が後ろに引っ張られた。
鬼の金棒は打つ相手を無くして空振りに終わり、勢い余ってすっ転んだ。
その衝撃から生まれた振動は凄まじく、両脚に力を入れて転ばぬよう踏ん張った。
「よし、では儂が何とか一撃を浴びせよう。角無しは鬼の猛攻から儂を守れ」
鬼が転んだ!
鬼丸は近くの大きな岩を両腕で頭の上にまで持ち上げて吼える。
「うおおお!」
「待て、聞いていたか角無し、待てと言っとるじゃろが!」
両腕で持ち上げた巨大な岩を転んだ鬼めがけてぶん投げる!
「行けー!」
人間の子供の声援が聞こえる。
「うおおお!」
上半身を捻り投げた巨大な岩は、鬼の上へ落ちては轟音を生み出しすっかり潰してしまった!
「やったどぉ!」
「鬼丸偉いぞ!!」
人間の子供が駆け寄って来て抱きついてくる。
「頑張ったなぁ!これであの鬼をやっつけたぞ!」
「ありがとなぁ!」
騒ぎ出す二人を他所よそに、喋るキツネはつまらなさそうに尻尾を揺らしている。
「どしたぁ?」
「儂の話も聞かず、まぁよい見てみろ」
喋るキツネに促されて鬼の方を見る。
後方で待機していた鬼達が揃ってこちらを睨みつけている。
なんだか体が重く、鈍くなる。
「なんだぁ、体が重いなぁ」
「鬼の目じゃろ、あれは捕縛されると動きにくくなる」
喋るキツネが教えてくれるが、鬼であるはずの自分はそんな事は出来ない。
「か、体が動かねえ」
人間の子供は体どころか口さえ動けなくなっているようで、全身もがき震えている。
「お前は捕縛されすぎじゃろ。とにかく、儂が一撃を放つゆえ、力をためている間…」
喋るキツネの途中で鬼を潰した巨大な岩が盛り上がり、転がり始めた。
ごろごろ…。
岩の影から鬼の形相の鬼が出てくると、それと同時に傍観している鬼達の捕縛が解かれた。
「かっかっかっ、お前ら、まさかこんな石っころで我を倒したつもりであるまいな!」
鬼は笑い、そして息を吸い始めた。
「すぅぅぅ…」
「火がくる!山火事になる!」
鬼丸おにまるは叫んだ。
火が木々に移れば燃え広がる。先の火は偶然にも広がらなかったが、今度もそうと限らない。
鬼の吐く火を止めるべく、鬼丸は走り出す。
「鬼丸!」
「なぜあれは儂の話を聞かない」
「鬼丸は一生懸命なんだ!」
「そうじゃろな」

「火はやめろぉ!」
鬼の口を塞ごうと飛びかかったがときすでに遅く、鬼の口から炎が噴き出て襲って来た。
しかし自分に当たれば、きっと木々には届かない、それで良い。
炎はまるで体でもあるかの様に鬼丸を押して来て、踏ん張ってはみたが負けそうだ。
あぁ、押し負ける…。

その刹那せつな、後方から大きな風が舞吹いてきて、鬼の炎だけを巻き上げ消してしまった!

「な、なんだぁ」
振り向くと、団扇うちわを手にした人間の子供が風をまとって立っていた。
「人間っ子、お前がやったのかぁ?」
人間の子供は喋らない。
「…本人が一番驚いちばんおどろいておる、放っておいてやれ」
横から喋るキツネが教えてくれた。
「よし、では儂がその鬼を打ち負かす力を溜めるゆえ、その間…」
「なぁんだ、今のは!それは天狗の団扇うちわではないかあ!!!お前、天狗かあ!!!」
喋るキツネの声をいとも容易くかき消す、今までにない怒鳴りを鬼はあげた。

空気は震えてふもとの里にまで届く。

鬼の目が血走っている。
これは人間の子供が殺される。
しかし。
「天狗の団扇うちわ??」
人間の子供が手に持つのは、それは美しい藤色の羽で出来た団扇うちわだ。
ばばぁに聞いた事がある。
人ならぬ人のようなもののけで、人を助け、時にはたぶらかし、自身の羽で作った団扇うちわあおげば風や火を起こす。さらに空を飛び、その生涯しょうがいに終わりはなくこの世を彷徨さまよう、ほとけに見放された者たちだと。
「人間っ子、お前…」
人間の子供は面をつけていたが、こちらを見ているのはわかった。
「盗みをやったんかぁ!」





          

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