金色天狗とツノ無し鬼
第3話 転がる岩
烏天狗は子供天狗から渡された書物を広げる事なく熟視する。
うんうん、ううん、と小さな声で唸りながら、角度を変えて何度も見ている。
「お前これの中身を知っているか?なんと言われて渡された?」
「大事なものだから必ず向こうの里長に見せるように、って言われたくらいだ」
すると烏天狗は再び唸りながら書物を眺めたかと思うと、今度は堰をきったように笑い始めた。
「確かにこれは大事なものだから、ちゃんと向こうの里長に見てもらえ」
「わかってる、だからお願いしてるんだ」
笑いながら自分が言った言葉を繰り返すものだから、子供天狗は少し怒った様子である。
両手を後ろに回して背筋を伸ばす。小さな体を大きく見せているつもりなのだ。
「だけど俺が渡したんじゃだめだ、お前が渡すんだ」
怒った様子の子供天狗に、烏天狗は笑いを止め、その大きな烏の顔を狐のお面に近づけて言った。
「急がなくてもいい」
それがどんな意味を持つ言葉なのか考える頭が無かったが、自分がしなければいけない事ははっきりわかった。
「俺が渡さないと行けないんだな」
力を込めて子供天狗は言う。
「そうだ」
烏天狗もそれに応えるように、力強く言って答えた。
「わかった!」
子供天狗は、背中に回していた両手を空へ向けて上げる。それに合わせて「まかせろ!」とも言っていた。
やる気に溢れた子供天狗を見て烏天狗は頷く。
しかし同時に烏天狗は、自分で行けと言ったものの、心配にもなるのだった。
「この岩の上を走り飛び超え行こうとは、決してするなよ」
「あいわかった!」
気合の入った声が返ってくる。
「探せば道は必ずある」
「あいわかった!」
その狐の面の下は、さぞやる気に満ち溢れているに違いないと思った矢先。
「しかし俺はしばらく童を見守らないといけない。もし向こうの里に行く事があったら、遅れる事を伝えてくれないか」
烏天狗は上手く理解出来ず聞き返した。
「何だって?」
「しばらくは行けない事を伝えて欲しい、もし向こうの里に行く事があったら」
「いやその前だ、もう一つ」
「あいわかった?」
「違うわ」
交代した他の烏天狗達は帰ってしまい、姿はもう見えない。
烏天狗も里に帰ろうとする途中であったのに、今はもうすっかり羽を閉じて、空を飛べない子供天狗に合わせては倒木に腰をかけて休んでいる。
烏天狗は烏のお面をつけている様にみえるが、それはお面ではなく生まれ持っての顔であり、天狗の世に生まれた時からずっとそれなのだ。
烏のような嘴であるのに人の言葉も喋れるし、烏本来の様に飛ぶ事も出来た。
「それで、その書物を地蔵に預けてくれた童を見守っているのか」
「そうだ」
子供天狗は倒木の上、烏天狗の隣で背筋をのばし凛々しく直立する。
両手は後ろで組み、胸を張り大きく見せている。
「天狗は人を助ける」
力強く放つ言葉。
それが子供天狗の「天狗像」なのだろうと、烏天狗は思った。
しかし、その童は天狗に助けを求めた訳でもなんでもなく、むしろその童に子供天狗が助けられた次第である。
「恩返しをするというのか?」
「俺は自分で巻物を見つけられなかった、もし地蔵の所に置いてくれなかったら、きっと永遠に見つけられなかった」
自身の言葉に頷きながら子供天狗は続ける。
「しかし俺は未熟。あの童が何を求めているか全くわからない」
強欲な人間の願いなど俺でも理解しきれぬわ、と本音を声に出さぬよう烏天狗は心の中で答えた。
同時に目の前の子供天狗がまだ赤ん坊の頃、ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ、烏天狗の子らに混じって泣き叫んでいたのを思い出す。
この子供天狗はとても目立つ髪の毛色と目の色だったから、黒い烏天狗の子らの中では一層ひどく目立っていた。
木々から落ちる時だって、そりゃあ一番目立っていた。
そんな赤ん坊が今では一人前の天狗として一生懸命に振舞っているのだから、成長したその姿に烏天狗は胸が熱くなってくるのだった。
「そうか、ではお前の思う通りにすればいい。いつか何かしてあげられるといいな」
烏天狗はそう言うと、真っ黒で大きな羽をはばたかせ、飛び去って行った。
残された子供天狗は倒木の上に直立したまま、空を見上げる。
そろそろ少し眠りたい。
急に眠気に襲われ、近くにあった杉の木を、4本の手足を使って器用に登って行く。
童は一人で寝てさみしくないのだろうか。
程よい高さまで登ると、枝と枝の間に挟まるように寝転がり、木々の間から見える夜空を眺めながら子供天狗は思うのだった。
眠りに入ろうとする子供天狗の耳に、岩の上を転がる耳障りな岩の音が侵入してくる。
ごろごろごろ・・・どごぉん。
・・・ごろごろごろ・・・。
どごおん・・・ごろごろごろ・・・「痛!」・・ごろごろごろ・・・
「!?」
子供天狗は飛び起きる。
岩の音に混じって声が聞こえたのだ。
もう一度聞いてやろうと耳を澄ましてみるが、どんなに経っても岩が転がる音しか聞こえてはこない。
ごろごろごろ・・・・どごぉん。
気のせいか。
そうして再び枝の間に挟まると、今度こそ眠りにつくのだった。
          
うんうん、ううん、と小さな声で唸りながら、角度を変えて何度も見ている。
「お前これの中身を知っているか?なんと言われて渡された?」
「大事なものだから必ず向こうの里長に見せるように、って言われたくらいだ」
すると烏天狗は再び唸りながら書物を眺めたかと思うと、今度は堰をきったように笑い始めた。
「確かにこれは大事なものだから、ちゃんと向こうの里長に見てもらえ」
「わかってる、だからお願いしてるんだ」
笑いながら自分が言った言葉を繰り返すものだから、子供天狗は少し怒った様子である。
両手を後ろに回して背筋を伸ばす。小さな体を大きく見せているつもりなのだ。
「だけど俺が渡したんじゃだめだ、お前が渡すんだ」
怒った様子の子供天狗に、烏天狗は笑いを止め、その大きな烏の顔を狐のお面に近づけて言った。
「急がなくてもいい」
それがどんな意味を持つ言葉なのか考える頭が無かったが、自分がしなければいけない事ははっきりわかった。
「俺が渡さないと行けないんだな」
力を込めて子供天狗は言う。
「そうだ」
烏天狗もそれに応えるように、力強く言って答えた。
「わかった!」
子供天狗は、背中に回していた両手を空へ向けて上げる。それに合わせて「まかせろ!」とも言っていた。
やる気に溢れた子供天狗を見て烏天狗は頷く。
しかし同時に烏天狗は、自分で行けと言ったものの、心配にもなるのだった。
「この岩の上を走り飛び超え行こうとは、決してするなよ」
「あいわかった!」
気合の入った声が返ってくる。
「探せば道は必ずある」
「あいわかった!」
その狐の面の下は、さぞやる気に満ち溢れているに違いないと思った矢先。
「しかし俺はしばらく童を見守らないといけない。もし向こうの里に行く事があったら、遅れる事を伝えてくれないか」
烏天狗は上手く理解出来ず聞き返した。
「何だって?」
「しばらくは行けない事を伝えて欲しい、もし向こうの里に行く事があったら」
「いやその前だ、もう一つ」
「あいわかった?」
「違うわ」
交代した他の烏天狗達は帰ってしまい、姿はもう見えない。
烏天狗も里に帰ろうとする途中であったのに、今はもうすっかり羽を閉じて、空を飛べない子供天狗に合わせては倒木に腰をかけて休んでいる。
烏天狗は烏のお面をつけている様にみえるが、それはお面ではなく生まれ持っての顔であり、天狗の世に生まれた時からずっとそれなのだ。
烏のような嘴であるのに人の言葉も喋れるし、烏本来の様に飛ぶ事も出来た。
「それで、その書物を地蔵に預けてくれた童を見守っているのか」
「そうだ」
子供天狗は倒木の上、烏天狗の隣で背筋をのばし凛々しく直立する。
両手は後ろで組み、胸を張り大きく見せている。
「天狗は人を助ける」
力強く放つ言葉。
それが子供天狗の「天狗像」なのだろうと、烏天狗は思った。
しかし、その童は天狗に助けを求めた訳でもなんでもなく、むしろその童に子供天狗が助けられた次第である。
「恩返しをするというのか?」
「俺は自分で巻物を見つけられなかった、もし地蔵の所に置いてくれなかったら、きっと永遠に見つけられなかった」
自身の言葉に頷きながら子供天狗は続ける。
「しかし俺は未熟。あの童が何を求めているか全くわからない」
強欲な人間の願いなど俺でも理解しきれぬわ、と本音を声に出さぬよう烏天狗は心の中で答えた。
同時に目の前の子供天狗がまだ赤ん坊の頃、ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ、烏天狗の子らに混じって泣き叫んでいたのを思い出す。
この子供天狗はとても目立つ髪の毛色と目の色だったから、黒い烏天狗の子らの中では一層ひどく目立っていた。
木々から落ちる時だって、そりゃあ一番目立っていた。
そんな赤ん坊が今では一人前の天狗として一生懸命に振舞っているのだから、成長したその姿に烏天狗は胸が熱くなってくるのだった。
「そうか、ではお前の思う通りにすればいい。いつか何かしてあげられるといいな」
烏天狗はそう言うと、真っ黒で大きな羽をはばたかせ、飛び去って行った。
残された子供天狗は倒木の上に直立したまま、空を見上げる。
そろそろ少し眠りたい。
急に眠気に襲われ、近くにあった杉の木を、4本の手足を使って器用に登って行く。
童は一人で寝てさみしくないのだろうか。
程よい高さまで登ると、枝と枝の間に挟まるように寝転がり、木々の間から見える夜空を眺めながら子供天狗は思うのだった。
眠りに入ろうとする子供天狗の耳に、岩の上を転がる耳障りな岩の音が侵入してくる。
ごろごろごろ・・・どごぉん。
・・・ごろごろごろ・・・。
どごおん・・・ごろごろごろ・・・「痛!」・・ごろごろごろ・・・
「!?」
子供天狗は飛び起きる。
岩の音に混じって声が聞こえたのだ。
もう一度聞いてやろうと耳を澄ましてみるが、どんなに経っても岩が転がる音しか聞こえてはこない。
ごろごろごろ・・・・どごぉん。
気のせいか。
そうして再び枝の間に挟まると、今度こそ眠りにつくのだった。
          
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