お母さんは魔王さまっ~朝薙紗凪が恋人になりたそうにこちらを見ている~

詩一

第22話 たこ焼き

結局俺は地元の花火大会に行く事にした。
紗凪の一方的な提案だったが、それが望みなら叶える事にした。
一緒に行く相手は、紗凪が御所望の飛び切りの美人さんだ。
昨日、あれから電話を掛けたのだ。
「こんばんは」
「こんばんは。連絡が無かったから心配したよ。嫌われてしまったのかと思って」
「それはすいません。すぐに電話すれば良かったですね。突然なんですけど、明日の晩、仕事終わり暇であれば一緒に花火大会行きませんか?」
「花火大会って、街外れの?」
「そうです。この前のお詫びにたこ焼き驕ってください」
真面目な律己先輩の事だから多分断らないだろうと言う思いと、そもそも彼氏居るかも知れないのに何言ってんだと言う思いがあったが、彼女からの答えはOKだった。
普段は19時半まで働いているらしいのだが、今日はお父さんに頼んで17時で上がらせて貰えるらしい。それでも準備をしていくからという事で、待ち合わせは19時だ。駅前は込むので駅から離れたコンビニの裏が待ち合わせ場所だ。
街の中ではそれなりに大きい、駅の方へ続く道が歩行者天国になっており、その道路の両サイドに夜店がのきを連ねている。
普段は活気の無い駅前も、この時ばかりは騒がしい。
この騒がしい場所に、果たして紗凪は本当に来たかったのだろうか。来ても多分夜店の食べ物は高いと言って何も買わなさそうだし、俺が買ってやると言っても断りそうだ。何と言うか、ちゃんと恋人してます感の為だけに行こうとしている気が、しないでもない。
「お待たせ」
力強くそれでいて透き通る声。
夜店に向けていた視線を声のする方へ向ける。
「う」
俺は思わず声を漏らした。
美しいと言う言葉が、脳を介さずに脊髄反射的に出そうだったのだ。
そこに居たのはいつもの律己先輩ではなかった。
彼女は浴衣をまとっていた。地色は生成りで夜に映える。細やかな竹林のシルエットが描かれている。金魚の様な動くものではなく、竹と言う動かないものがあしらわれていると言うのが、なんともらしかった。彼女の誠実さが現れ出でたような雰囲気である。
いつもはポニーテールの髪も後ろでまとめ上げて、かんざしが刺さっている。栗色の髪に深緑の簪はメリハリが効いている。浴衣の竹と合わせているのだろう。
もともと一つ上とは思えない程大人びた人だが、和装に簪と言う組み合わせは更に洗練された大人の色気をまとわせていた。
「その、なんだろう。まだ季節的に早いと思ったのだが、たまには女子らしい事もしてみようと思って、挑戦してみたのだが、あまり、その……似合ってないの、かな?」
俺があまりにも無言で見ていたので不安に思ったのだろう。
「あまりにも美しくて、見蕩れていました。すいません」
俺が深々と頭を下げると、律己先輩の足元からカラッカラッと音が鳴る。下手くそなタップダンスみたいに。
「いや、あの、謝らないでくれ! と言うか、美しいだなんて勿体無い。勿体無いから、そう言うのは本当に美しい人の為に取っておきなさい」
「いえ、本当に」
「わー! わー!」
恐らく浴衣を着てくる事自体、随分勇気を奮発したのだろう。それなのに俺が無言でいるものだから不安になってしまって、更には予想以上の言葉に混乱してしまったのだ。こんな律己先輩を見るのは初めてだが、なんだか可愛らしい。
「それよりすいません。まさか浴衣で来るとは思わず、滅茶苦茶普通の格好で来てしまいました。誘ったの俺なのに」
「それは仕方ない。私が言ってなかったのだから」
「でも、オシャレならともかくだいぶダサい様な。なんか律己先輩の傍を歩くのが恥ずかしいです」
「そんな事ない! 比々色君はオシャレだと思うぞ」
「オシャレじゃないですよ。だって胸にSupremeシュプリームって書いてないし、ニューバランスのスニーカー履いてないし、ウェストポーチをウェポって呼びながら斜め掛けしてないですから」
と、そこまで言うと彼女は目を丸くした後、はははっと声を上げて笑った。
「比々色君はたまに皮肉が過ぎるな。まあでも冗談だと言うなら、私の隣を歩いてくれるのかな?」
「当然です。誘ったのは僕ですよ」
たこ焼き屋の屋台を見つけると、列に並んだ。
「飲み物はどうする?」
「サイダーが良いですね。あ、俺、買ってきますね。先輩炭酸飲めます?」
「ああ、飲めるよ。じゃあよろしく頼むよ」
律己先輩にたこ焼きは任せて、俺はジュースを買いに屋台を回った。
だいたいこういうお祭りの時、自販機のジュースは全て売り切れになっている。そして割高のジュースを買わされるのだ。そんなことを考えていると、その割高のジュースが並ぶ屋台の前に来た。
「サイダー二つ」
もう何百回もジュースを拭いた所為で吸湿力が激減したタオルで二つの瓶を拭った。
300円を渡すと気さくな声が返ってくる。
「毎度あり!」
俺は軽くお辞儀をして瓶二つを受け取った。
さて。たこ焼きの列もそんなに無かったし、律己先輩はもう買えただろうか。
先程並んでいた方角を見ると、まだ律己先輩は居た。どうやらあまり進んでないらしい。
俺が近くまで行くと、子供の声がした。
「わたしの方が先に並んでたのに! 何で横入りするの!?」
小学生の女の子だった。彼女が睨んでいる先には高校生くらいの人が居た。三人グループらしく、睨まれている男の後ろで二人の男がせせら笑っている。私服姿だから確証は無いが、多分うちの生徒ではない。いくら祭りの最中とは言え、木刀を持ち歩く様なガラの悪い連中だったら、覚えているはずだろうから。
「うるせえガキだな!」
睨まれていた男は持っていた木刀を躊躇なく少女に振り下ろした。
衝撃で少女が後ろに倒れる。
「大丈夫か!」
律己先輩は列を離れて少女に駆け寄った。
先輩に抱き寄せられて、遅れて泣き出す子供。
「君たち! 年下の女の子に暴力を振るって、恥ずかしくないのか! そもそも君たちが横入りするのが悪いのだろう」
すると男は木刀を肩に背負って、ヒュンッ、と振って律己先輩の顔に切っ先を向けた。
良くない状況だ。と、俺は慌てて距離を詰める。
とにかく声を掛けてなだめないと。最悪割って入った俺が殴られたって問題は無い。

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