お母さんは魔王さまっ~朝薙紗凪が恋人になりたそうにこちらを見ている~
第13話 ビルに張り付いた哲学
学校が終わってから、紗凪がバイトに行くまでの時間、彼女には1時間以上の空き時間がある事を知った。自分の話をあまりしないので、彼女がそこまで暇を持て余していると言うのに、今の今まで気付かなかった。
「そんなに時間が空いてるなら、声掛けてくれれば良かったのに」
「燈瓏君も忙しいだろうから」
「俺もバイト入れてるときは忙しいけど、そうじゃない時は付き合えるんだから」
「そう。これからは声掛ける様にする」
「ああ。ところでいつも暇なときは何してるんだ?」
「思索に耽っているわ」
「思索……」
どういう暇の潰し方だ。
「燈瓏君は?」
「何もする事が無ければスマフォを弄ってる」
「現代的ね」
紗凪はポケットから携帯電話を取り出す。二つ折りのガラケーだ。それはとても大事に使われているようで、傷一つ付いていない。これほど綺麗な化石を今までに見たことが有ろうか。
と、俺が見惚れているのに気付いて、紗凪が印籠のように突き付けてくる。
「ところでお前、空手部に入部で来たのか?」
「出来たわ」
「認めてくれたんだ。懐が広いなうちの空手部は。で、その部活は、今日は行かないのか?」
「ええ。もう辞めたし」
包丁で白菜の付け根を切り落とすように、すっぱりと言う。
「辞めたって、え? 折角入部できたのに?」
「主将を倒したからもう目的は果たしたわ」
「へー、そうなんだ」
風のように流れる科白に全く違和感を覚えられず、耳から入ってきた情報を脳内で消化し、それがまた耳に抜けて行くところをまた脳内に押し戻して、ようやく理解して驚愕する。
「倒したの!?」
「ええ」
「いやダメでしょ!」
「駄目ではないわ。正々堂々空手で倒したのだから」
せめて反則技で勝ってくれよ。
「紗凪ってそんなに強かったのか?」
「さあ? でも今の私には全能感が漲っている。愛のおかげかも」
愛って怖いな。
「もっと効率よく強くなる方法は無いものかしら。柔道は胴着を買わなければいけないし、合気道はこの学校にないし。何より私にはバイトがあるから、部活動と言うのは時間効率が悪すぎるわ」
「そっか。とりあえず命大事に、な」
こうして紗凪と会話をしていれば十分時間は潰れたのだが、何か目的を持って行動したくて、俺は彼女を連れて本屋に入った。駅前のビルの一階にへばり付く様に看板を出しているその本屋は、見た目とは裏腹に奥行きが有り、時代に求められる雑誌や漫画だけを置く様ななんちゃって本屋ではない。
奥深くには当然思想哲学のコーナーもある。
「ここって、本の検索機はないの?」
「ないよ。意外だな。入っていきなり検索するタイプとは思わなかった」
「幻滅した?」
「そんなことでいちいち幻滅してたら、この世のありとあらゆる人が灰燼と化すわ。ただ、先の携帯を見て、あんまり文明の利器に頼らなさそうだなと思っただけだ」
「私が探す本は店頭にない事が多いから」
「シオランか?」
「そう」
「マイナーだもんな。哲学とかで有名な所だとニーチェとかは結構見かけるけどな。後は、アドラーとか」
「アドラーは心理学」
「そうなんだ。知ったかぶりは良くないな。こういう恥かくから。あ、幻滅したか?」
「しない。誰にでも不得意な分野はあるもの。後、厳密に言うとシオランは哲学者として銘打たれてないの。哲学を学んだことは確かだけど、作家、思想家とされているわ」
「そうなのか。ごめんな」
すると紗凪はハッと我に返ったような表情になり、俯いた。
「やっぱり、燈瓏君は凄い」
「何がだよ。今し方無知と無学を露呈したばかりだろ」
「私の細々とした拘りにも愛想を尽かさないもの。今のやり取り、普通の人なら別に哲学者も思想家も変わらないだろ、細かいこと言うなよ。そう言うと思うから」
「ん……? そうなのか?」
「そう。だから好き」
語調を変えずに言う。しかし頬はほんのり赤く、手は自分のスカートの裾を握りしめていた。平穏冷静な語気とは裏腹な行動を見て、なんだか俺は緊張してしまった。この前のプロポーズみたいに適当に言ってくれれば、聞き流せるのにな。
「検索機はないけど、哲学のコーナーは割と充実してるから、探してみようぜ」
「うん」
哲学思想のコーナーに来て本棚との睨めっこを開始する。
その棚の奥はと言うと、最早聖域というか、俺みたいな漫画しか読んだことの無い様な低俗な人間が入ってはいけない古書のコーナーが広がっていた。
店長もそれを知ってか、そこのコーナーだけ照明が暗い。まるで洞窟だ。つまり、覚悟ある者でなければ入る事は出来ないと、暗に示しているのだろう。
俺は本棚との睨めっこを再開した。
「お、これか。生誕の災厄」
俺が書を取って見せると紗凪は首を横に振った。
「それは持っている」
「じゃあこれは? 時間への失墜」
「それは持ってない」
本を渡す。
「想像していたけれど、高い」
「まあ四六判だもんな」
「今の私に2000円は致死量」
「バイトしてるんだろ?」
「うち、貧乏だから」
家庭にバイト代を入れているのか。偉いな。
その情報を得た途端、急に、目の前の少女が格段に大人っぽく見えてくるから不思議だ。俺なんてバイトしていても母さんがお小遣いを渡して来ようとするのに。
結局紗凪はその本を俺に返した。直接返さなかったのは棚が高くて紗凪の背では届かなかったから。
「そんなに時間が空いてるなら、声掛けてくれれば良かったのに」
「燈瓏君も忙しいだろうから」
「俺もバイト入れてるときは忙しいけど、そうじゃない時は付き合えるんだから」
「そう。これからは声掛ける様にする」
「ああ。ところでいつも暇なときは何してるんだ?」
「思索に耽っているわ」
「思索……」
どういう暇の潰し方だ。
「燈瓏君は?」
「何もする事が無ければスマフォを弄ってる」
「現代的ね」
紗凪はポケットから携帯電話を取り出す。二つ折りのガラケーだ。それはとても大事に使われているようで、傷一つ付いていない。これほど綺麗な化石を今までに見たことが有ろうか。
と、俺が見惚れているのに気付いて、紗凪が印籠のように突き付けてくる。
「ところでお前、空手部に入部で来たのか?」
「出来たわ」
「認めてくれたんだ。懐が広いなうちの空手部は。で、その部活は、今日は行かないのか?」
「ええ。もう辞めたし」
包丁で白菜の付け根を切り落とすように、すっぱりと言う。
「辞めたって、え? 折角入部できたのに?」
「主将を倒したからもう目的は果たしたわ」
「へー、そうなんだ」
風のように流れる科白に全く違和感を覚えられず、耳から入ってきた情報を脳内で消化し、それがまた耳に抜けて行くところをまた脳内に押し戻して、ようやく理解して驚愕する。
「倒したの!?」
「ええ」
「いやダメでしょ!」
「駄目ではないわ。正々堂々空手で倒したのだから」
せめて反則技で勝ってくれよ。
「紗凪ってそんなに強かったのか?」
「さあ? でも今の私には全能感が漲っている。愛のおかげかも」
愛って怖いな。
「もっと効率よく強くなる方法は無いものかしら。柔道は胴着を買わなければいけないし、合気道はこの学校にないし。何より私にはバイトがあるから、部活動と言うのは時間効率が悪すぎるわ」
「そっか。とりあえず命大事に、な」
こうして紗凪と会話をしていれば十分時間は潰れたのだが、何か目的を持って行動したくて、俺は彼女を連れて本屋に入った。駅前のビルの一階にへばり付く様に看板を出しているその本屋は、見た目とは裏腹に奥行きが有り、時代に求められる雑誌や漫画だけを置く様ななんちゃって本屋ではない。
奥深くには当然思想哲学のコーナーもある。
「ここって、本の検索機はないの?」
「ないよ。意外だな。入っていきなり検索するタイプとは思わなかった」
「幻滅した?」
「そんなことでいちいち幻滅してたら、この世のありとあらゆる人が灰燼と化すわ。ただ、先の携帯を見て、あんまり文明の利器に頼らなさそうだなと思っただけだ」
「私が探す本は店頭にない事が多いから」
「シオランか?」
「そう」
「マイナーだもんな。哲学とかで有名な所だとニーチェとかは結構見かけるけどな。後は、アドラーとか」
「アドラーは心理学」
「そうなんだ。知ったかぶりは良くないな。こういう恥かくから。あ、幻滅したか?」
「しない。誰にでも不得意な分野はあるもの。後、厳密に言うとシオランは哲学者として銘打たれてないの。哲学を学んだことは確かだけど、作家、思想家とされているわ」
「そうなのか。ごめんな」
すると紗凪はハッと我に返ったような表情になり、俯いた。
「やっぱり、燈瓏君は凄い」
「何がだよ。今し方無知と無学を露呈したばかりだろ」
「私の細々とした拘りにも愛想を尽かさないもの。今のやり取り、普通の人なら別に哲学者も思想家も変わらないだろ、細かいこと言うなよ。そう言うと思うから」
「ん……? そうなのか?」
「そう。だから好き」
語調を変えずに言う。しかし頬はほんのり赤く、手は自分のスカートの裾を握りしめていた。平穏冷静な語気とは裏腹な行動を見て、なんだか俺は緊張してしまった。この前のプロポーズみたいに適当に言ってくれれば、聞き流せるのにな。
「検索機はないけど、哲学のコーナーは割と充実してるから、探してみようぜ」
「うん」
哲学思想のコーナーに来て本棚との睨めっこを開始する。
その棚の奥はと言うと、最早聖域というか、俺みたいな漫画しか読んだことの無い様な低俗な人間が入ってはいけない古書のコーナーが広がっていた。
店長もそれを知ってか、そこのコーナーだけ照明が暗い。まるで洞窟だ。つまり、覚悟ある者でなければ入る事は出来ないと、暗に示しているのだろう。
俺は本棚との睨めっこを再開した。
「お、これか。生誕の災厄」
俺が書を取って見せると紗凪は首を横に振った。
「それは持っている」
「じゃあこれは? 時間への失墜」
「それは持ってない」
本を渡す。
「想像していたけれど、高い」
「まあ四六判だもんな」
「今の私に2000円は致死量」
「バイトしてるんだろ?」
「うち、貧乏だから」
家庭にバイト代を入れているのか。偉いな。
その情報を得た途端、急に、目の前の少女が格段に大人っぽく見えてくるから不思議だ。俺なんてバイトしていても母さんがお小遣いを渡して来ようとするのに。
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